夜空の花火~親と見た思い出~
2010.08.13
・先日、家の近所で夏の夜空を彩る花火大会が二年振りに開催されました。
・駅から花火を見る会場まで、家族連れ、若人等老若男女達が楽しそうに会話を弾ませながら
歩いて行きました。彼らを見ながら、今日の打ち上げ花火観覧が一生の思い出に繋がるよう
心の中で祈りました。
・小生が就学前の頃(年齢ははっきりとは覚えていませんが)、近所の人々を交え母親と一緒に
隅田川で行われた打ち上げ花火を見た記憶があります。
当時の思い出として、太平洋戦争終結後間もない頃でしたので、打ち上げ花火とはいへ
一度打ち上げられると、次の花火が打ち上げられるまでかなりの時間がありました。
・今にして思えば、この間隔の時間に母、近所の人々との会話のやり取りをしたことが記憶に
鮮明に焼き付いています。花火の形状、大小、色、音について各人各様の感想を言い合って
会話を楽しみました。それだけ会話をしても、尚、次の花火が打ち上げられるまでには更に
時間を要しました。まさに、首を長くしてと言う表現がぴったりの感じで踵を上げて背伸びをし、
手をかざして遠い夜空を懸命に眺めていました。其の情景が昨日のように目に浮かびます。
この会話を通じて、同じ人間でありながら自分の感じ方と他人とでは異なることがあるものだと
不思議に感じたものでした。
・近時の打ち上げ花火は、まさに打ち上げの連続で次から次へと続き、親子の会話が入り込む
余地が無きに等しいものです。親子の会話を交わそうとすると、次の花火が打ちあがり、親子
共々目を夜空に向けてしまい、会話の遣り取りをしなくなってしまいます。
・
貧しいが故に親子の会話が弾んだ時代が幸せなのか、豊かさ故に親子の会話が少ない
時代をよしとするのかを考えさせられる夜空の花火でした。