我々はどこから来たのか、我々は何か、我々はどこへ行くのか

2009.05.01

最近話題になった、なかにし礼の自伝的小説「兄弟」をTVで見ました。(注1)
副題が、「兄さん。死んでくれてありがとう」ですが、こういう兄弟や親戚がいたら大変
です。悪役、兄の役をビートたけしがやっていましたが、はまってました。

「博打好きより、事業をたちあげてつぶすほうが借金の額が多くて大変です。」
と、主人公(なかにし礼)が弁護士さんに言われます。

なるほど。
ギャンブル好きでも、借金は1000万円くらいかもしれないけど、夢見て事業を起こし
し、つぶすなんてことを繰り返したら、大変だ。

このお兄さんは、祖母の家財産を全部食いつぶし、姉弟の財産も食いつぶしていきます。
なかにし礼が命を削って(彼は重い心臓病を持っている)ヒット曲を連発して得た資金も、
兄はゴルフ場事業で、建築業で失敗し続けて10億円も失います。

そんな中でなかにし礼が気に留めた言葉が、画家ゴーギャンの「我々はどこから来たのか、
我々は何か、我々はどこへ行くのか」です。(注2)
長いゴーギャンの絵の題名ですが、 ワカルなーーー
いくら稼いでも、湯水のように使われては何も残らない。


          
         ある人が、女に惚れても数千万、男の夢に惚れたら
億必要だと言っていたのを思い出した。

GWはお休みします。


                       とおやま ひでゆき 


(注1)なかにし 礼(なかにし れい、男性、1938年9月2日 - )
日本の小説家、作詞家。本名、中西 禮三(なかにし れいぞう)。1998年、『兄弟』で第

119回直木賞候補、2000年、『長崎ぶらぶら節』で第122回直木賞受賞。
菅原洋一 『知りたくないの』(1965年)『今日でお別れ』(1969年)

(注2)ポール・ゴーギャン
画業における集大成的な傑作『我々はどこから来たのか、我々は何か、我々はどこへ行く
のか』。
彼の最高傑作のひとつとして広く認められる本作に描かれるのは、ゴーギャンが人類最後
の楽園と信じていたタヒチに住む現地民の生活やその姿で、本作にはゴーギャンがそれま
での画業で培ってきた絵画表現はもとより、画家自身が抱いていた人生観や死生観、独自
の世界観などが顕著に示されている。

また、本作は画家の遺書とも解釈されている。
いま名古屋ボストン美術館に10周年記念で来ているようです。


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