親が死ぬまでにしたい55のこと
2010.07.26

「親孝行したい時に親は無し」とはよく言ったものです。
「子供は親が子を思うほど、親のことを思ってくれない。それは感情の問題ではなく
て、DNAがそうなのだから親にならなければ分からない」と言ったのは、評論家の樋
口恵子さんだが、その通りだと思う。
 また今、親が60歳だとすると、延べであと55日間しか一緒にいられないそうです。
親孝行したいですね。「親が死ぬまでにしたい55のこと」(泰文堂)の抜粋でチェッ
クしてみてください。(注1)

□親の初恋を聞く           
□親を心配させてた事を聞く
□自分が最初にしゃべった言葉を聞く  
□両親の馴れ初めを聞く

□親の悩みを聞く           
□父に腕組みしてあげる
□家族揃って記念写真を撮る      
□親と一緒に酒を酌み交わす

□親と一緒にコンサートへ行く       
□親の好きなところを10個書き出す
□親が自分にかけたお金を計算する   
□余命宣告するべきか考えておく

□親子ケンカを思い出す        
□親の肩をもんであげる
□親に手料理をふるまう        
□孫を抱かせてあげる

□両親を思い出の場所に連れて行く   
□親に花をプレゼントする
□用事がなくても親に電話してみる   
□親の結婚記念日をお祝いする

□親が買ってくれた嬉しかったものを話す
□親に手紙を送る           
□親にありがとうと伝える
□親に会いに行く

            お盆も近いです
             いくつかチェックしたいですね

                     とおやま ひでゆき


(注1)
 親孝行実行委員会作成。


高くても なぜ売れる?
2010.07.19

---「勇気ある経営大賞」受賞会社ーーー

 名刺に「電化の山口はとんで行きます」と東京町田市の電化の㈱山口は印刷している。
普通の電化製品を他社より高い価格で売っているのに業績が拡大している秘訣は何か?
先日TV「ルビコンの決断」で特集していたのでご紹介します。

㈱山口は普通の電化製品をほぼ定価で売っています。この不況時に驚きです。
まともな戦いでは、周りにたくさんあるビックカメラ等量販店の値下げ競争に負けて
しまいます。

そんなピンチの状態の時、山口社長は老夫婦の言葉からヒントを思いつきます。
従業員が帰ってしまったある夜、修理依頼があったので仕方なく社長が直接お客様先
へ行きました。

修理した後、そこの老夫婦にとても感謝されて新しいTVを買ってくれるといわれた。
老夫婦は「少しぐらい高くても、人間味があって困った時に助けてくれる店があれば
うれしい」と。

それをヒントに、社長はノルマを今までの売上でなく粗利にし、良いサービスをして
地域密着型で利益を上げる方向に転換した。

当時、年間売上は16億だったが、売上が減少確実だったので、どうしても粗利35%
が必要だった。

そこで、具体的に35%を稼ぐため、次のような思い切った対策を打った。
①お客様の数を3分の1にしてサービスの質を高めた。
②5年間に買い物に来ないお客様はやめる。

③高齢者(平均64歳)を対象に、お助けの商売をする。
④究極の御用聞きになる。
 たとえば、買い物、掃除、留守番など困っていたら駆けつける。
 でも家電の何が売れそうだとか、何を望んでいるかなどの必要情報は集める。

⑤顧客情報をデータベース化。
その後、少しずつ業績が回復し13期連続黒字で、商工会議所から特別賞も受賞した。
                                (注1)
あるお客様の亡父からの遺言を聞いて感動したという。それは次のようだった。
「何でも山口さんに頼め、遠くの親戚より近くの山口」

しかし、周りのライバルも頑張っている。その動きも見ておくと
1、ヤマダ電機も㈱山口をまねようとしている。
2、AZスーパー
  お客様のため「ないものはない38万品目で、24時間営業」を標語に今までにない
 サービスをしている。

3、巣鴨信用金庫
  年金を自宅に届けたり、業務時間外で住宅ローン相談をしたり、業務時間外で無
 料落語を主催したりしている。


           このようなサービスは誰でもできそうだ。  
            でも、続けることは大変だろう。

                    とおやま ひでゆき


(注1)
 でんかのヤマグチは東京商工会議所主催の「第5回勇気ある経営大賞」特別賞を
受賞しました。

受賞理由
■地域に密着した顧客作りのための、徹底した外回りサービスや30年間にも及ぶ毎週
末に開催する各種イベントといった「お客様をとことん喜ばす」サービス姿勢は類を
見ず、量販店と比べて「かなり高い売値であっても買ってもらう」経営手法は秀逸で
ある。

■小型の電気店が続々と閉店に追い込まれる情勢の中、成長を続ける当社の経営手法
は、ますます進展する高齢化社会に適応しており、家電業界だけでなく様々な業種の
小売業が生き残るモデルとなり得ること。


巨富への道 (2)
2010.07.12

本「巨富への道」に登場する7名はそれぞれに異なる業種で異なる成長を歩み、すべ
て株式上場し巨富を得た。
創業して巨富を得るのに必要な5つの要素は以下のようだと言う。

1.気質
好奇心と好きへの執念
創業に成功して巨富を成すには、何よりもまずそれに適した気質でなければならない。
第一は好奇心が旺盛なことだ。

たとえばドトールコーヒーの鳥羽氏は、パリでコーヒーを立ち飲みするサラリーマン
を見る日本人は何十万人といたが、その当たり前の「現象」を「なぜ」と思った。

そこからドトールコーヒーショップへの「安価立飲み」の発想が生まれた。
立飲みという「現象」を「なぜ」と考え、「どうする」に思い巡らせた。

 2.アイデア
ビジネスモデルに繋がる発想
だるま会7名の創業者に共通なのは、みな秀逸なるビジネスモデルを創り上げているこ
とである。

他にない概念を思い付き、それを現実的なビジネスとし、その業態にふさわしい組織
と技術と人材と施設を整えるには、基本のアイデアがしっかりとしたものでなければ
ならない。

たとえばファンケルの池森氏は、化粧品に防腐剤が入っているのを知り、防腐剤を入
れずにすむ一週間以内に使いきれる小瓶の化粧品を考え出した。

 3.見通し
「出口のない入口に入るな」
ベートさん曰く、「成功への出口のある入口から入りなさい。入りやすいという理由で
出口のない入口に入るのは愚かなことです」。誰でもする楽な仕事はするなという事。

どんなに苦しくとも出口のある入口を叩き続けねばならない。そのためには、どこに
成功への出口があるのか見通す力が必要である。

4.勇気
行動してこその決断
決断には、行動が伴わなければならない。業を起して成功し、巨富を貯えるほどの人
物は、ゆるぎなき覚悟を持って決断し、直ちにかつ熱烈に行動する。

 5.少しばかりの幸運
「何があっても、だから良かった」の精神
「何があっても、だから良かった」-これはAOKIホールディングスの青木氏の口癖で
ある。

人間は「自分は幸運だ」と思えば運が付いて来るものだ。
大富豪になるのには「ほんの少しの幸運」で十分なのだ。運は誰にでもある。
それがほんの少し多い人が、巧みに捉えて巨富を築くのである


     身近で見る成功者は、みなとても運がよく見えます。(^u^)


                    とおやま ひでゆき

【著者略歴】
堺屋 太一(さかいや・たいち)
1935年大阪府生まれ。
著書に、『知価革命』『組織の盛衰』(PHP研究所)、『団塊の世代』『東大講義録
-文明を解く』、『世界を創った男 チンギス・ハン』日本経済新聞出版社)、『大
激震(実業之日本社)など多数。


巨富への道
2010.07.05

 成功者にはそれなりの理由があるという。
本「巨富への道」から巨富をなしたいくつかの会社を挙げると(注1)

・紳士服のアオキは高品質と低価格を保って量産のパイオニアとして成功した。
 しかし、その前に最も大事で難しいのは「意志」を理解してもらうことだ。

・家具のニトリはこの不況下でも2割の増収で、値上げはしたことがない。
修理や交換に数億円を支出し、災害や奨学財団へも億単位の援助をしている。

・化粧品のファンケルの社長は本パン職人で、素人の発想から化粧品業界で成功して
いる。

・スターツは不動産から雑誌の出版まで多角化をし、「リストラ・ゼロ」「日本型家
族経営」「合理主義に背を向ける」などのユニークな経営をしている。

・ドトールコーヒーは「幸福提供業」を使命と考え、パリのカフェをヒントに「コー
ヒー革命」を巻き起こした。

著者は1990年大阪で開かれた「国際花と緑の博覧会」の縁で、栢森氏を通じて「だる
ま会」の常任顧問になり、当時40歳代で上記で述べた、後で著名となる7名の創業者と
付き合うようになった。

彼ら7名はそれぞれに異なる業種で異なる成長を歩み、すべて株式上場し巨富を得た。
創業して巨富を得るのに必要な5つの要素は以下のようだと言う。

1.気質-好奇心と正義感とお金儲け
2.アイデア-ビジネスモデルに至る構想
3.見通し-嗅覚と先見

4.勇気-覚悟と見切り
5.少しばかりの幸運

巨富をなした一人、青木氏を紹介すると。
1、初めに意志ありき
AOKIホールディングス社長の青木氏曰く、

「困っている人を助けたい。でも、それで会社が潰れてはいけない。困っている人を
助けて、世の中の役に立つためには、事業を継続し、さらに大きな貢献が果たせるだ
けの利益を出さないといけない。」

「そういうビジネスをやらねばならないという意志、使命感が必要。やってやろうと
いう意志じゃないですかね。世の中のために、ビジネス以外でも貢献しよう。」
「何があってもやり抜く。いまは面白くて仕方がない。」という。

 青木氏の父親は人の良い質屋だったという。
ある時、石ころを詰め込んだだけの自称「カメラ」を持ち込まれ、それを知りながら、
窮状を察してお金を貸していた。

当然に行き詰まり、自宅は差し押さえられ、借金を重ねていった。
これを見ていて当時17歳だった青木少年は、情けだけでは絶対につぶれると肌身で
知ったそうだ。

                  とおやま ひでゆき

【著者略歴】
堺屋 太一(さかいや・たいち)
1935年大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省(現経済産業省)に入る。
日本万国博覧会を企画し、開催を実現させる。1978年通産省を退官、執筆・評論活動
に入る。

1998年7月より2000年12月まで国務大臣経済企画庁長官を務める。
現在、早稲田大学日本橋キャンパス学督。

著書に、『知価革命』『組織の盛衰』(PHP研究所)、『団塊の世代』『東大講義録-
文明を解く』、『世界を創った男 チンギス・ハン』日本経済新聞出版社)、『大激
震(実業之日本社)など多数。