名言集 ゲーテ 異なる時代・異業種から学べ
2008.04.30

こんばんは。月岡です。

最近、私が居間で寝ながら本や新聞を読んでいると、娘がハイハイしながら近づいてきて、私の眼鏡を取ろうとします。眼鏡は割れると危険ですし、数万円しますので、娘に取られないように顔をあっち向けたり、こっち向けたりするのですが、娘は私の眼鏡に非常な執着をみせまして、なかなかあきられません。そこで、娘が眼鏡を取ろうと近づいたときに、ほっぺにチューをしてあげようと顔を近づけますと、娘はちょっと顔を引いて逃げます。それでも、眼鏡には興味があるので、手を伸ばします、私はチューをしようと顔を近づけます、娘は背けます、手を伸ばします、という攻防を最近繰り広げております。もちろん、両者無言です。

さて、今日はゲーテからです。私の周りではゲーテという言葉すらあまり聞いたことがありません。ですから、あまり人気がないかもしれません。しかし、この方の本には含蓄の多い言葉がたくさん含まれています。その中で今日は『ゲーテとの対話』からです。

『生れが同時代、仕事が同業、といった身近な人から学ぶ必要は無い。何世紀も不変の価値、不変の名声を保ってきた作品を持つ過去の偉大な人物にこそ学ぶことだ。こんなことを言わなくても、現にすぐれた天分に恵まれた人なら、心の中でその必要を感じるだろうし、逆に偉大な先人と交わりたいという欲求こそ、高度な素質のある証拠なのだ。モリエールに学ぶのもいい。けれども、何よりもまず、古代ギリシャ人に、一にも二にもギリシャ人に学ぶべきだよ。』

どうでしょうか。同時代の同業者は持っている専門知識、時代認識は自分と似ていますから、話は早いでしょうし、楽しいでしょう。しかし、そこから得られるものは限られているのではないでしょうか。画期的な面白いアイデアは異業種や世代を超えたところにむしろ転がっているかも知れません。特に芸術に関しては、時代を耐え抜いた先人達の残してくれたものから、学ぶことは絶大でしょう。芸術だけでなく、ビジネスの分野でも先人達の教えを、自分の物としようとする謙虚で素直な姿勢は、次の飛躍へ役立つものときっとなるはずです。


名言集 御立尚資 会議の進め方
2008.04.28

こんばんは。月岡です。

明日はお休みですが、休めるのでしょうか。休むとどうなるのでしょうか。休んでも水・木・金をしっかり乗り切れるでしょうか。少々恐ろしいのですが、明日起きたときの気分次第ということにしましょう。といっても、事務所に行くかどうかの判断で、少なくても家でやるべき仕事は決まっています(そのための資料を紙袋ひとつ持って帰ってきましたから)。何だかサイボウズのTo Doリストがずいぶん溜まってきました。

そんな愚痴はどうでも良いですね。失礼しました。それでは、今日は御立尚資(みたちたかし)氏です。ワールドビジネスサテライトにも出ていらっしゃいますし、顔をみれば「あー、見たことある」という方が多いと思います。ボストンコンサルティンググループの日本代表の方です。この方の著作『使う力 知識とスキルを結果につなげる』から、私がなるほどと思った会議の進め方に関する箇所です。

『ある企業のマーケティング戦略が、会議のテーマだっとしよう。(中略)あなたは密かに頭の中で、customer(顧客)、channel(流通)、competitor(競合)といったフレームを描き、それらの意見に分類していく。
 大抵の社内議論というのは、焦点がどこかの領域に偏ってしまっていることが多い。こういうときに、議論を前に進めるために、「競合に対する戦略も確認しておかないとまずいんじゃないか」などと全体を見据えた発言をするわけだ。自分がフレームワークを提示するだけでなく、意味のある知見を持っていそうな人に、たとえば「Xさん、営業の現場で、同業他社が次にやってきそうなことは何ですか」といった具合に水を向け、それまで見落とされていたポイントについての意見を引き出すようにするといのも上策だ。(中略)
論理の面でも感情の面でも、ファシリテーションを上手く実行して、議論を前に進め、結果につなげていくためには、こういった会議全体をマクロに俯瞰する視点が必要だ。自分が会議の中で、ミクロな議論に参加しつつ、マクロに俯瞰することを、私は「幽体離脱」と呼んでいる。』

この箇所に続いて、それでも会議が苦手な人は一つは準備不足、もう一つは参加者が言いたいことを言うのが会議だと思っていることとしています。後者の言いっぱなしの会議の場合は、会議が迷走し、議論に偏りが必ず生じるので、全体のフレームの中のかけている部分が明らかになるので、そこを埋めるような会議の進め方が良いとしています。なるほどねぇと思いましたが、これを実行するのは難しいですね。なかなか上手くいきません。


名言集 葉隠 人にのせられないように
2008.04.27

こんにちは。月岡です。

最近忙しいので、土日も仕事をしています。今日も事務所と家で仕事をしておりました。もう夕方ですね。今日はこのブログを書いてお終いにしたいと思います。
娘が今、階段を上り下りしながら、奇声をあげております。この階段の上り下りが今のブームのようです。家内が娘を褒めながらも「こわい。こわい。」と言っております。どうも娘はお転婆になりそうです。

さて、今日は『葉隠』からです。『葉隠』というと、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。」という一文が有名で、それ以外はほとんど知られておらず、あまり人気がないと思います。たしかにこの一文からは、現代を生きる我々に参考となるものが少ないように思えますが、実際にはそうでもありません。酒の飲み方や注意の仕方など、現代でも使用できる処世術がたくさん記してあります。もちろん、今では到底受け入れられないことも書いてあるのですが、今日はその中で、「人にのせられないように」という注意です。

本文を書くと長いので、訳文だけにします。

『信念が不明確な者は、思わず人にのせられてしまうことがある。また、集会などで話を聞いている時、ばんやりしていると思ってもいないことを、他人から話しかけられて、「いかにも」などと言ってしまうことがある。はたから見ると、同意見のように思われる。したがって、人に会うときには、片時も木を抜かないようにしていなければならない。
そして、話を聞くときや、ものを言いかけられたときは、うっかりとのせられないようにし、自分の納得できないことならば、その意見をいい、そのことの誤りを指摘しようと思って取り合うのが良い。ごく些細なことでも人を陥れることはできるのだから、よくよく注意しなければならない。
また日ごろから、どうかと思うような人物には近寄らない方が良い。どうしてものせられ、引き込まれてしまうものである。こうした点で失敗しないようにするには、よくよく経験を経なければできないものである。』

どうでしょうか。私は会議が長引いたり、話題がまったく関心がない場合に、相手の話をきかずにうなずいてしまうことが時々あります。それで失敗したことも実際にあります。ここで言うように、相手にどのような意思があるかわかりませんので、決して気を抜いてはいけないという私の自戒を込めましたご紹介です。皆様もご注意ください。


名言集 野口英世の母 シカの手紙
2008.04.25

こんばんは。月岡です。

今日は家に帰ったら、娘が寝てしまっていました。ちょっと残念でしたが、机の上に置いてあった娘の旅行の写真を見ながら、その幸せそうな笑顔に思わず私も笑ってしまいました。普通の親ならば、子に対する愛情はあふれんばかりでしょう。そうした親の愛情があふれんばかりの手紙をご紹介いたします。野口英世の母であるシカの英世への手紙です。

『おまイの 〇 しせにわ(出世には)〇 みなたまけ(げ)ました 〇 わたく
しもよろこんでを(お)ります 〇 なかた(中田)のかんのんさまに 〇 さまにねん(毎年)〇 よこもり(夜籠り)を 〇 いたしました 〇 べん京なぼでも(勉強をいくらしても)〇 きりか(が)ない 〇 いぼしほわこまりをりますか(えぼし村の人からお金を返せといわれて困っていますが)〇 おまいか(が)〇 きたならば 〇 もしわけか(申し訳が)てきましよ(できましょう)〇 はる(春)になるト 〇 みなほかいド(北海道)に 〇 いて(行って)しまいます 〇 わたくしも 〇 こころぼそくありまする 〇 ドカ(どうか)はやく 〇 きてくだされ 〇 かねを 〇 もろた 〇 こトたれにもきかせません 〇 それをきかせるトみなのれて(飲まれて)〇 しまいます 〇 はやくきてくた(だ)され 〇 はやくきてくた(だ)され 〇 はやくきてくた(だ)され 〇 はやくきてくた(だ)され 〇 いしよ(一生)のたのみて(で)〇 ありまする 〇 にし(西)さむいてわ(向いては)〇 おか(が)み〇 ひかし(東)さむいてわ(向いては)おか(が)み 〇 しております 〇 きた(北)さむいて(向いては)わおか(が)みおります 〇 みなみた(さ)むいてわ(向いては)おか(が)んておりまする 〇 ついたち(一日)にわ(は)しをたち(塩断ち)をあいております 〇 ゐ少さまに(えしょう様)〇 ついたちにわ(は)おか(が)んてもろて(もらって)おりまする 〇 なにお(を)わすれても 〇 これわるれません 〇 さしん(写真)お(を)みるト 〇 いただいておりまする(頭の上にささげております)〇 はやくきてくた(だ)され 〇 いつくるトおせて(教えて)くた(だ)され 〇 これのへんち(返事)ち(を)まち(っ)てをりまする 〇 ねてもねむれません』

野口シカは、貧農の生まれで、幼いうちに両親に別れ、7歳で他家に雇われ、人が寝静まってから月明かりに指で木灰にいろはを書き習ったそうです。そうした母が息子の成功を祝し、その身を案じた手紙です。シカの夫は農業を嫌い、酒好きで、金を受け取ったことがわかれば飲まれてしまうというのは、そうした意味です。この手紙の中で繰り返される息子の帰郷を望む母の強い願いに、涙が出てきます。


名言集 冨山和彦 管理職の無能と現場の強さ
2008.04.23

こんばんは。月岡です。

娘が旅行から帰ってきました。私が家に帰るとニコニコと私の側にハイハイしてきてくれました。2日ぶりに見た娘は、一回り可愛らしくなっているような気がしました。あんまり可愛いので、「チュ-をしましょう」と言うと、思いっきり顔を背けられてしまいました。まあ、今日はちょっと疲れて、ご機嫌が悪かったのだと思います。

さて、今日は冨山和彦氏です。産業再生機構の元COOですね。テレビなどでご覧になった方もいらっしゃると思います。私はこの方のことは詳しくないのですが、『会社は頭から腐る』という本で、その主張を知りました。企業再生の本の中でも、とても面白い本だと思います。なかなか辛らつなことも書いてあります。

『マネジメントは自分の意思と言葉を持っていなければならない。自分の頭で考えて、自分の意思で勝ち抜こうという人間でなければ、本当の厳しい状況で正しい解を創出できないし、おそらくは厳しい施策となるその解を断行しようとしても現場がついてこない。
こうした上層部の能力不足に、若手社員が根深い不信感を抱いていることに彼らは気づいていない。経営に関わるいろいろな仕事をしていて、最後の最後に行き着くシリアスな問題は、実は世代間対立だったのではないか、という思いを私は持っている。(中略)
動かない上層部と動かしたい若手。風見鶏状態のミドル層。だが実は、現場を動かしているのは、若い人たちなのだ。実は管理者も上層部もいなくても、現場は動く。企業はまったく問題なく進んでいくのである。(中略)
そもそも人間は40歳を過ぎたあたりから、生産性が下がっていく。40代、50代で付加価値のある仕事ができる人は、実はかなり少ないだろう。肩書きがつき、部長や取締役になったとしても、そこに付加価値をつけられる人はあまりいない。(中略)
学歴や年功序列で半自動的に管理職になるシステムでは、管理職や経営職につくと、ピーターの法則どおり、ほとんどの人が無能になっていくのが現実である。このことに気づいたときの答えは、三つしかない。自覚して誰よりも仕事と自己研鑽に奮闘するか、一兵卒に戻るか。それとも「老兵は静かに去る」か、である。』

どうでしょう。結構厳しい意見ですね。私は、大前研一氏もこれと同じような意見をおっしゃていたことを思い出しました。40代、50代でもしっかり付加価値をつけられる数少ない人間になりたいですね。


名言集 福沢諭吉 子供の教育法
2008.04.22

こんばんは。月岡です。

昨日から娘は、家内と義母とその他親族3人の計6人で軽井沢に旅行に行っております。私の携帯と家内の携帯は同機種で、テレビ電話ができるので、それを通して娘とお話しています。と申しましても、本人はたまに「アー」としゃべるだけですが・・・。娘は非常にご機嫌とのことなので、嬉しいのですが、その場にいないのが、少々残念でさびしく感じました。


その娘を思って、というわけではないのですが、私の出身校である慶應義塾大学の福沢諭吉先生の教育法からです。「福翁自伝」の抜粋ですが、この本は非常に面白いのでお勧めです。ケラケラと笑ってしまうと同時に、時代を見通す洞察力には感服してしまいます。

『子供の教育法については、私はもっぱら身体を大事にして、幼少の時から強いて読書などさせない。まず獣身を成して後に人心を養うというのが私の主義であるから、生まれて三歳五歳まではいろはの字も見せず、七、八歳にもなれば手習いをさせたりさせなかったり、マダ読書はさせない。それまではただ暴れ次第暴れさせて、ただ衣食にはよく気を付けてやり、また子供ながらも卑劣なことをしたり、卑しい言葉を真似たりすればこれを咎めるのみ、その他は一切投げやりにして自由自在にしておくその有様は、犬猫のように成長して無事無病、八、九歳か十歳にもなればそこで初めて教育の門にいれて、本当に毎日、時を定めて修行をさせる。なお、その時にも身体のことはなおざりにしない。世間の父母はややもすると勉強勉強といって、子供が静かに読書すればこれを誉める者が多いが、私どもの子供は読書勉強してついぞ誉められたことがないのみか、私は反対にこれを止めている。』

どうでしょうか。福沢先生は幼児教育に否定的です。また、この文章の後に、長男と次男を帝国大学の予備門に入れたけれども、胃が悪くなって手当てがいったことから、文部長官に「このままで置くなら東京大学は少年の健康屠殺場と命名して宜しい。」と話をしたとでています。
福沢先生は現在の慶応幼稚舎の予備校などをどう思われているのでしょうか。


名言集 藤沢武夫 禍を転じて福とする
2008.04.20

こんにちは。月岡です。

昨日は、風が強い日でしたが、娘と家内とで馬事公苑に行ってきました。ソメイヨシノが終わり、八重桜が満開で、多くの方が馬と共に桜を写真にとっておりました。娘は目の前で調教を受ける馬をじっと見ておりました。これから娘が、どれほど馬に興味を持つことになるかわかりませんが、もう少し大きくなったときにまた来ようと思います。

今日は、藤沢武夫氏です。ご存知でしょうか。戦後、本田宗一郎氏と知り合い、本田技研に常務として入社後、経営を担当して、本田氏と二人三脚で、世界のホンダの基盤を作った人物で、昭和48年に本田氏が社長を辞めるのと同時に副社長を辞め、58年には取締役も退任し、63年に亡くなられています。本田氏を語るときには、この方のことが頻繁に出てきます。この藤沢氏に関連する本もいくつもありますし、ご自身の著作もあります。その中で、ご自身が複数述べられている言葉をご紹介いたします。

『企業には良いことも悪いこともあるのだから、禍を転じて福とする、その橋を見つけ出すことが経営者の仕事なのだと思っています。』

本田技研は戦後、急成長した企業ですが、その成長は必ずしも順調であったわけではないことは、本田氏や藤沢氏の著作で分かります。藤沢氏は本田技研の実印を預る経営者として、上手くいかない状況をどうやって、福に転じていくかが経営者の腕の見せ所なんだと、多くの修羅場を潜り抜けた実感から、経営者の役目を繰り返し述べられているのだと思います。


名言集 鈴木敏文 しがみついてるその手を離せ
2008.04.17

こんばんは。月岡です。

本日もようやく終わろうとしております。家に帰った時には、娘は寝ておりまして、本日は顔を見ることが出来ませんでした。写真立てに飾ってある娘はニコニコしております。これをなぐさみにお酒をこれから飲みましょう。

と、いきたいのですが、その前に、本日の言葉は、鈴木敏文氏です。セブンイレブンを創業し、急成長させた方です。現在、セブン&アイ・ホールディングズの代表取締役会長です。とても有名人ですね。鈴木氏に関する本は何冊も出ています。逆説的な物言いや歯切れのよさが、たくさんの人に好まれている原因かもしれません。

その中から、私自身への自戒を込めて、次の文章をご紹介いたします。

『人間は一方で何かにしがみつきながら、もう一方で新しいことに挑戦することはできません。自分では一歩踏み出したつもりでも、思うように前に進まない人は無意識のうちに何かにしがみついているのかもしれません。
 特に会社組織にしがみつこうとすると、誰にでもいい顔をする「いい子」になりがちです。「いい子」でいるためには厳しい現実にできるだけ直面しないように動くため、挑戦などできるわけがありません。
 生き方を変えるとは、何かにしがみついている自分に対して、このままでいいのかを問い直し、しがみついているその手を離して一歩前に踏み出すことです。
 自分自身を問い直すには、「もう一人の自分」から自分を見ることが大切であると、繰り返し述べてきました。挑戦する自分と保守的な自分の間で揺れ動いたら、「もう一人の自分」から客観的に見てみる。自分は何にしがみついているのか、それは本当にしがみつく価値があるのか問い直す。そして、そんな自分に妥協したくないと思ったら、自分を解放し、思い切って未来に向けて一歩踏み込むことです。』

どうでしょうか。私はこの言葉を聞いたとき、ドキッとしました。このままではダメだと分かっていながら、ズルズルと旧習から抜け出させず、同じことを繰り返している自分のことを言い当てられているようでした。私が持っていたものなんていうのは、随分と小さく取るに足らないもので、それにもかかわらず、なかなか決心がつかないのですから、多くのものを持っている人や会社が新しいことにチャレンジするのは本当に勇気がいることだと思います。しかし、現状に本当にしがみつく価値があるのか問い直してみましょう。


名言集 老子 上善は水の若し
2008.04.16

こんばんは。月岡です。

春はどうも眠くてたまりません。これにも色々理由があるそうですね。だから、皆様方も昼過ぎにはコクリコクリと夢うつつだと思います。私も目覚ましをセットしないと、相当遅くまで寝ていると思うのですが、残念ながら限界までチャレンジしたことがありません。寝てようと思っても、どうしても娘が先におきだしますので、そうするとそれじゃあ私も起きましょう、ということになりますからね。結果的には、娘が私の生活のリズムを調整してくれていると思って、感謝しております。

さて、今日は老子からです。老子の言葉で、「大器晩成」や「天網恢恢疎にして漏らさず」など有名なものがありますが、経営者の方にはあまり人気がないようですね。論語については多くの著名な経営者が本を出されていますが、著名な経営者が出されている老子についての本を私は寡聞にして知りません。確かに老子の思想は、我々が通常もっていて、社会を動かしている価値観をひっくり返しますから、ビジネスの成功に結びつけるのはとても難しいと思います。そうであっても、面白い言葉はたくさんありますので、ご紹介したいと思います。

『上善は水の若し。水は善く万物を利してしかも争わず。衆人の悪(にく)む所に処(お)る。故に道に畿(ちか)し。
居(きょ)には地を善しとし、心には淵(えん)なるを善しとし、与(まじわり)には仁を善しとし、言には信を善しとし、正(政)には治を善しとし、事には能(のう)を善しとし、動には時を善しとす。
夫(そ)れ唯(た)だ争わず、故にとがめ無し。

【訳】
最高のまことの善とは、たとえば水のはたらきのようなものである。水は万物の生長をりっぱに助けて、しかも競い争うことがなく、多くの人がさげすむ低い場所にとどまっている。そこで「道」のはたらきに近いのだ。
住居としては土地の上が善く、言葉では信義を守るのが善く、政治としては平和に治まるのが善く、事業としては有能なのが善く、行動としては時にかなっているのが善い。すべて、水を模範として争わないでいるのが、善いのだ。
そもそも、競い争うようなことをしないからこそ、間違いもないのだ。』


どうでしょうか。途中でてくる「道」という意味ですが、わたくしもよくわかりませんが、宇宙全体をつらぬく唯一絶対の根源者として、大きなはたらきととげているもので、「一」、「大」、「母」とも呼ばれているもののようです。この言葉の意味がよくわからなくても、老子が他の思想家と同じように、不争の善さを述べていることはよく分かると思います。


名言集 堀紘一 リーダーの条件
2008.04.14

こんばんは。月岡です。

寒くなったり、暖かくなったりと落ち着かない天気ですね。春らしいということなのでしょうが、何を着ていいのやら、傘は持っていくべきなのかどうか色々と戸惑います。男性の私が、困惑するくらいですから、持ち物の多い女性はもっと大変でしょうね。

さて、今日は堀紘一氏です。この方もとても有名な方ですね。ボストンコンサルティングを経て、ドリームインキュベータを設立し、上場させた方ですね。この方も何冊か本を出されています。私も数冊読んでおります。テレビでの解説などと同じで、著書も非常に分かりやすいのが特徴だと思います。今日はその中の「実践的リーダーシップの鍛え方」からです。

『「優秀なリーダーになるためには、仕事のスキルを磨く以前に、『人間力』を鍛えていかなければならない」ということである。
 「人間力」とは、ひと言で言えば、その人の持っている「人間的魅力」のすべてを結集した力のことだ。もちろん、仕事に関する能力も含まれるが、それ以上に、まわりの誰からも好かれ、信頼される人間性や社会常識、一般教養の持ち主であることが求められる。
 なぜなら、ビジネスのほとんどはチームプレーで行う。ひとりの力で成し遂げられる仕事などほとんどない。だから、ビジネスにおいては、自分の能力の有無よりは「人の力を借りる力」のほうがはるかに大切なのだ。そのためには、TPOに応じた「物事の考え方」や「人との接し方」が出来るようになることが重要になる。』

 どうでしょうか。どこかで聞いたことがあるかもしれません。多くの著名な経営者の方がこれと同様なことをおっしゃています。堀氏は後半で「人間力」=「能力」+「人間的魅力」として、この比率は能力が30%+人間的魅力70%としています。人間的魅力は努力でどうすることも出来ない部分が大きいでしょう。松下幸之助氏がその人に運があるかないかを重視したといいますが、少し似ているかもしれません。こうした、努力の及ばないことが条件となると何となく厳しいようにも思えますが、何事も適材適所が大事ということだと思います。


名言集 マルクス・アウレリウス 優れた人間
2008.04.13

こんばんは。月岡です。

今日は一日、雨が降ったり曇ったりとさえない天気でしたね。せっかく公園には赤や黄の様々な花が咲いているのに、残念です。昨日は暖かかったので、娘と公園をお散歩しましたが、今日は寒いので、娘は家の中で「お母さんといっしょ」やディズニーランドのビデオなどを見ておりました。私は、傍らで落語を読んで、ケラケラと笑っておりました。
あ、それから、娘が今日階段を登りました。あんな短い足ではよもや登れないだろうと思っていましたが、エッチラオッチラと2段登って、非常に得意そうな顔でこちらに振り返りました。娘の成長に、本日もたいへん驚いてしまいましたが、とりあえず、急いで階段の前にドアを取り付けました。


さてと、今日はマルクス・アウレーリウスです。五賢帝の一人で有名ですね。その自省録からです。この本には含蓄のある言葉が非常に多いのですが、その中からとりあえず私の好きな言葉を選択しました。

『公益を目的とするのでない限り、他人に関する思いで君の余生を消耗してしまうな。なぜならばそうすることによって、君は他の仕事をする機会を失うのだ。すなわち、だれそれはなにをしているだろう、とか、なぜとか、なにをして、なにを考え、なにを企んでいるとか、こんなことがみな君を呆然とさせ、自己のうちなる指導理性を注意深く見守る妨げとなるのだ。
 したがって我々は思想の連鎖において、でたれめなことをや虚しいことを避けなくてならない。またそれにもまして、おせっかいや意地の悪いことはことごとく避けねばならない。そして突然ひとに「今君は何を考えているのか」と尋ねられても、即座に正直にこれこれと答えることが出来るような、そんなことのみを考えるよう習慣づけなくてはならない。このようにすれば、その返事によって、すべて君の内にあるものは単純で善意に富み、社会性を持つ人間にふさわしいものであることや、また君が快楽に無関心で、あらゆる享楽的な思いや競争意識や嫉妬や疑惑やその他すべて君が自分の心の中にあるというのを赤面するであろうようなことは一切考えていないことが直ちに明らかになるであろう。』

どうでしょうか。優れた人間というものはこういうものであるという一つの見本だと思います。とてもとても私には及ばない境地なのですが、こうした人間に近づきたいと思います。
この本はこうした言葉がたっぷりあります。まさに珠玉の一冊だと思います。


名言集 中原中也 頑是ない歌
2008.04.10

こんばんは。月岡です。

今日、家に帰ると娘の目の下が赤く腫れていました。どうもアスパラガスを食べながら、それで顔を掻いて炎症を起こしたようです。かゆいらしくしきりに顔をこすっていましたが、薬を塗って少し落ち着きました。私がアトピーなので、その影響かと思うと胸が痛みます。明日、皮膚科に行くということですが、早くよくなってもらいたいと思います。

今日は、本屋でふと中原中也という名前が目に入ったものですから、何だか久しぶりに聞いたその名前がなつかしくて、好きな詩を載せたいと思います。名言かどうかわかりませんが、すてきな中也の詩です。ちょっと長いですが、ご勘弁ください。

『頑是ない歌

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気(ゆげ)は今いづこ

雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳すると
悄然(しょうぜん)として身をすくね
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひ悲しくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思えば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであろうけど

生きてゆくのであろうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考えてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてゆくのでせう

考えてみれば簡単だ
畢竟(ひっきょう)意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ』

どうでしょう。・・・ビジネスには何にも関係ないですね。でも、子供の頃をちょっとを思い出して、何だか切なくなりませんか。こうした気分もたまには良いではないでしょうか。


名言集 稲盛和夫 目標管理の賃金制度
2008.04.09

こんばんは。月岡です。

今日、歯医者に行ってきましたが、もう1年以上通っています。歯は面倒ですね。常日頃の積み重ねなのでしょうが、こんなに長引くなんて、予想もしていませんでした。娘はまだ自分で歯を磨けませんので、私や家内が磨くのですが、歯ブラシを口に入れると体をくねらせて大きな声で泣き出します。しかし、ここはひるまず、しっかり磨かないと、私の二の舞になってしまいますからね。

さて、今日は稲盛和夫さんです。京セラの創業者ですね。アメーバ経営という言葉をご存知の方もいらっしゃると思います。私も何冊か読んでいますが、非常に勉強になることがたくさんあります。特に「高収益企業のつくり方」のQ&Aはとても実践的で有益です。
その中の一つで、質問者は店頭公開している会社の経営者で、目標管理による年棒制を実施しているのですが、それで良いのかという質問がありました。それについての回答です。実際にはとても長いのですが、抜粋です。

『あなたの会社は技術力を誇り、収益性も高く、すばらしい発展をしてこられました。しかし、会社経営はあなたが言うような合理性のみで経営できるものではありませんし、ましてや人生の回り舞台ではありません。
 仕事ができる人には相応の給与を払いますが、嫌なら辞めてもらっていいというドライなやり方では、会社は長続きしません。あなたの会社は、報酬だけで人を動かそうとするのではなく、栄誉と賞賛を与えることで従業員をモチベートする方法を取り入れるべきです。
 そうして、あなたがつくった会社を個人のための回り舞台にするのではなく、全従業員が心を一つにして、みんなの幸せを追求する舞台にすべきだと思います。』

どうでしょうか。前々回の小倉氏も成果主義を否定されていましたが、稲盛氏も否定派です。金銭を前面に出すと、人間の欲望が会社全体としての機能をかえって低下させてしまうのでしょう。これをお二人は実践から理解しているのでしょう。人間も会社も、金銭という分かりやすい単純な理屈だけではなく、もっと奥の深い、階層的で複雑なものですね。


名言集 中村天風 欲望と成功
2008.04.08

こんばんは。月岡です。

今日は一日中、風と雨のひどい日でしたね。朝は自転車で駅まで行ったのですが、強風で傘がさかさになりそうですし、自転車は思うように前に進めず、びしょびしょになってしまいました。ちょっと面倒ですが、たまにはこういう天気も良いですね。毎日晴天というのも退屈ですから。

娘が最近、よくパパと言うようになりました。ちょっと前まで、語彙は「あー、あー」ばっかりでしたが、最近「ぱーぱー、まーまー」としつこく教えているせいか、微妙な感じで呼んでくれるようになりました。ひとまず安心です。それと、最近、娘の脇を持って歩く練習をしていると、自分勝手にひょいひょいと色んな所へ行きたがります。家内が娘に「そっち言ってはダメー!」などと言うと家内を見て、ニコニコしながらダメと言われた場所に急いで進んでいきます。娘の脇を支えながら、もう少ししたら娘はこういう行動をするのだなと思うと何だか未来を垣間見るようで、面白く思いました。

さて、今日は中村天風氏の言葉です。中村氏は知っている人は知っていますが(当たり前!)、稲盛和夫氏の本にもよく登場する方です。もう随分前(1968年)になくなられていますが、未だに大きな本屋さんではコーナーが設けられていますし、ご近所の本屋さんでも一冊位はあると思います。

『私が事業家にいいたいのは、ここだ。
 宇宙の心理に背いた、自分本位の欲望でもって、しようとしたことは、そう滅多に成功するものではない。事業に成功するのは、自分が欲望から離れて、何かを考えたときに、また、その考えたことを実行するときに成功するのだ。
 同じ事業家でも、欲の固まりでやる者と、「この仕事で、世の中の人のために、本当に役立つものを提供しよう」という気持ちでやるのでは、その結果が全然違うのである。』

どうでしょうか。この部分は中村天風氏がよく使われる積極精神にも相通ずる部分があり、それとともに多くの人が同様のことを述べられています。事業の成功のためには、自社のサービス・製品の社会への貢献を意識しないと、おぼつかないというわけですから、事業主の方は売上げに一喜一憂するだけでなく、一つ次元の上の目標設定も意識したらいかかでしょうか。


名言集 小倉昌男 人事評価基準
2008.04.07

こんばんは。月岡です。

日曜日にゴルフに行ってきました。2回目ですが、常日頃ほとんど練習をしていないせいか、1回目と変わらず、色々な方向にボールが飛んで、へとへととなりました。とくにドライバーは必ずスライスするのですね。となりのホールへ行ってしまいます。そのあとのアイアンもちっともきれいに飛びません。もちろん、パターも全然ダメ。カップを通り越して、右へ行ったり、左へ行ったり。当日は非常に良い天気で暖かく、桜もきれいでしたが、そうした春のうららかな陽気を楽しむ余裕はまったくありませんでした。みなさん、ビールを飲んで、水割りを飲んでと、とても楽しそうでしたが、私は焦るばかりで心休まらない一日となってしまいました。やはり、きちんと練習して、のんびりと楽しみたいと思いましたね。

私の日常はさておき、今日は小倉昌男氏の言葉です。この方も人気のある方ですね。官僚と戦って、クロネコヤマトという宅配便事業を成功させた方です。自伝などを読みますと、筋の通らないことを嫌い、たとえ相手が官僚であっても徹底して抗議する姿勢が貫かれていて、そこが多くの方の共感を呼ぶのでしょう。その小倉氏が管理職の評価基準について述べています。

『管理職の人事評価は「人柄」を基準にすべきだと思うようになる。成果主義は考え方としては正しいが、測定が難しい。ある時期に上がった成果が現任者の功績か、前任者の種まきによるものか、はっきり分けられないからだ。それなら「誠実」「部下の面倒見がいい」といった人間性を重視した方がいい。これが企業風土になれば客に対しても誠実な社員が増えるはずだ。』

どうでしょうか。個人のパフォーマンスが業績に直結するような業種や小規模な会社だと成果主義も導入しやすいと思いますが、一定程度の規模以上ですと仕事は各部署で、時期を連なって、有機的に結びついていますので、仕事の実績と個人の行動とを個別に結びつけるのは難しいのは当然です。そこで、企業風土は企業のDNAですから、ここに企業が将来成長するか、危機を克服できるかどうかの大きな要因があるとして、小倉氏はお客に対する誠実さこそが企業風土として最も望ましく、それを増長させ、定着させるような人柄を基準とした人事評価を行うべきという結論に達したのだと理解しています。とても面白いと思いました。前回の本田氏も、人柄の重要性を説いておられましたが、共通するものがあると思います。企業は人なり、とよく言いますが、多くの方が色々な言い方でこのことをおっしゃているように思えます。


名言集 本田宗一郎 ものの見方
2008.04.04

こんばんは。月岡です。

本日は北海道の函館に行ってきました。東京と違って随分寒いだろうと思っていましたが、それほど寒くなくちょっと拍子抜けでした。ですが、桜はまだ一輪も咲いておらず、堅い芽のままでしたね。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、函館の言葉というのも微妙になまっているのですね。久しぶりに聞いた方言で、ちょっと新鮮でした。

さて、そんなことはどうでもいいのですが、今日の言葉は少し長いので、前置きを短めに切り上げたいと思います。本田宗一郎さんです。本田技研という会社が非常に独特な文化を持っているのは、この方の人間性、DNAが今も生きているからなのでしょう。私自身は、本でしか知らないのですが、その破天荒で男らしい人生は、多くの人の共感を呼び、憧れの対象となっているように思えます。その方のものの見方です。

『今はコンピューターが出現して、いとも簡単にボタン一つでデータを教えてくれるのです。こういう時代になって、覚えることがどれだけ必要ですかね。(中略)私は、こういう時代には良好な人間関係が一番大切な条件だと思います。人間関係さえうまくいっていれば、どんな知識や情報でも入ってくるものです。(中略)ただ、私がここで強調したいことは、誰にでも好かれて立派な人で、「相手が君だから教えてやろう」という気持ちにさせるような人間になっていただきたいということです。それさえ持っていれば、何も学校をでなかったとかいうことは、大して問題じゃないですね。より人間的であって欲しいです。私は自分が人間的だとは言いませんが、社長という職業をついこの間までやってきましたから、それがうまくつながってきて、私が聞けば直ぐ教えてくれる答えが出るのです。自分が知っていればそれにこしたことはありませんが、聞いてこようが、カンニングしようが、私は同じなんだと思います。カンニングしちゃいかんというのは、コンピュータがなくて覚えなくちゃいけない時代はそうでした。今はカンニングしても平気です。むしろカンニングする相手が何人もいるのは素晴らしいことなんだと・・・そんなふうに親が思ってくれれば、子供だって気が楽だと思うのです。』

どうでしょうか。愛嬌といいますか(これは松下幸之助氏も言っていたと思いますが)、人に好かれることが最も大事だということですね。しかし、この人間らしく、というのも簡単にできそうな気もしますが、現実には単純にものを覚えるよりもずっと難しそうです。


名言集 アダム・スミス 国富論
2008.04.02

こんばんは。月岡です。

4月に入りまして、新入社員と思われる方々が駅や街中でよく見かけます。まだ、おそらく研修期間中なのでしょう、同期の人と連れ立って歩いていますし、背広の着方も慣れていないので、すぐそれと分かります。最近の若い方は超現実主義で、合理的らしいですね。経済的、時間的に余裕のない今の日本の現状をそのままに表しているように思えます。一方で一部上場の大会社が非常に好成績であるということも聞くに付け、個人の生活の余裕の無さとの両者の関係がとても対照的で、社会としてのいびつさを感じさせます。

今、参議院と衆議院のねじれ国会で日銀の総裁や多くのことが決まらず、国会がその機能を停止しているかのようです。こうした状況をみるにつけ、参議院が本当に必要なのかと思います。良識の府だなどと言っていますが、どこに良識があるのでしょうか。二院制というのは、両院が同じ党が支配しているときは不必要だし、両院を別々の党が支配していると何も決まらないので、良いことはまるでないと言った人がいるそうですが、まったくの同感です。

私は政治家の方々をテレビを通じて見る限り、どうもあまり好きにはなれそうもありません。

アダム・スミスの国富論からです。

『公共の利益のために仕事をするなどと気取っている人々によって、あまり大きな利益が実現された例を私はまったく知らない。』

まったくの同感です。


名言集 孔子 人物の見分け方
2008.04.01

こんばんは。月岡です。

今日は起きて、窓の外を見ますと、青空に舞う桜の花びらがあまりにも美しいので、午前中は事務所に行くのをやめようかと一瞬思いました。それくらいきれいでした。一階おりてきて、玄関においてある2つのゴミ袋を見たとき、この花びらが舞う優雅な中を、大きなゴミ袋を両手に持って、ゴミ置き場までいくのは、何だかとてもアンバランスな感じがしまして、少し躊躇したのですが、悩んでも何も変わらないとあきらめまして、桜を一瞥した後、走ってゴミ置き場に向いました。
日常の中に、とつぜんびっくりするほどの美しさが入るので、戸惑うのですね。

さて、最近むすめは食が細くなりまして、あまり食べてくれません。果物が大好きなのですが、ご飯や野菜は以前のようにたくさんで食べてくれないのです。無理に食べさせようとしますと体と顔をくねらして、大泣きです。そんな泣き顔でも、イチゴを目の前にすると夢中で食べ始めます。そんなにおいしいのかな、イチゴ。

今日は、孔子です。論語からです。人間の見分け方についてです。

子曰く、その以うるところを視、その由るところを観、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞかくさんや、人いずくんぞかくさんや。

【訳】
孔子が言われました。「他人の人物を見分けるのはたやすいことですよ。その人に友としてつきあっている人がどんな人か、それを見ればわかります。つぎにその人の経歴、それは少し細かに見ないといけません。最後に、人はどこかで落ち着くものだが、その人がどこで落ち着くのか、その落ち着きどころ、つまり行動の目的、それをよく調べてみなければならぬ。この三つをおさえれば。その人柄はしぜんとわかるものだよ。」と。

孔子は他のところで、よく口先よりも行動ということを言っていますが、その観点が人を見分けるときにも有効だということだと理解しています。