属性

2007.10.07

どちらかというとLAW寄りのNeutralです、Darkには落ちたくないものです。

金曜日から、出身校である中央大学とTKCさんが共催している租税法務講座
というものを受けています。
私は別にTKCさんの会員でもないのですが、母校であることと、私の登録時
研修の際にお世話になった先生が講師をされるということで受講してみました。
来年7月まで、のんびりと法律の勉強をしてみたいと思います。

会場は御茶ノ水なのですが、神保町からブラブラ歩いて行きます。
あの辺りも建物がかなり変わりましたね。
以前はよく通ったカザルスホールが、すっかりと目立たなくなっていました。

せっかく勉強した知識なので、ちょっとご披露でも。
所謂憲法の解釈、特に9条についての議論になります。
(私自身の判断はここには記載しません。まだその資格がないからです。)

近代における法律の根底は、ルソーの書いた社会契約論があります。
(高校時代、倫理の授業で勉強した覚えがありますが…。)
で、どのように法律を形成していったのか超ダイジェスト且つ超口語版で書きます。

「人間って基本、悪だよね、おまけに権力とか持つと更に性質悪くね?」(性悪説)
「何かっていうと、腕力で解決しようとするしな、よし、ルールでも作るか」(法律の必要性)
「いいね、それ。ルール守らねぇ奴は、仲間に入れてやんないようにするか」(市民社会形成)
「そうそう、ケンカはルールで解決な、でも、身内にズルするやつとかいるな…」(犯罪の存在)
「おまけに外から来たヤツラは最初から腕力でくるよな」(外敵の存在)
「よし、じゃ、何かヤバイときには腕力もありってルールも作るか」(武力権の設定)
「でもさ、せっかくルールで解決って決めたのにウチラが腕力使っていいの?」(武力の否定)
「そうだな…じゃ、腕力用のチームでも用意して、そいつらにやらせるか」(国家形成)
「いいじゃん!もし人がいなけりゃ、オレラがちょっと手伝ってもいいしな」(国家への所属)

要はこのような論旨だそうです…って、そもそもケンカをするのが前提なのですね。
組織でいうと、親会社が市民社会、子会社が国家となります。
法律は、そのスタートから武力というものの存在について、はっきりと意識をしていました。
更に言えば、その武力により攻撃すべき対象すら想定しているのです。
おまけに、あくまで市民社会が行使するのではなく、国家による行使だよ、という
言い訳のスキームまで用意されています。

スタート時点で武力が組み込まれていたのですから、現在においても武力権を完全に
否定している憲法はまず存在していません。
その例外が日本国憲法なわけですが、明らかに言えることが一点あります。
それは「物凄く高いハードルを設定している」ということです。
だって、スタート時点で根底に組み込まれていた武力を否定してしまったのですから。
ただし、だからといって悪法だ、という評価は短絡的に過ぎます。
むしろ、他では成し得なかった事をやってのけた、と評価することも出来るわけです。

ただ、残念なことに現実は争いに満ちているわけです。
「悲しいけど これ 戦争」は至るところに存在しているのです。
9条という存在が「戦争に巻き込まれなかった立役者であり今後もそのまま必要」なのか、
「現実を見ていないお子様な存在であり、少し見直すべきもの」なのか。


ここで、法律とはまた全く違った話をしてこの駄文を締めます。
孫子という兵法家のことはご存知でしょう。
彼(正確には2人いる)は「戦いがあるのは必須である。」という前提に立っています。
その上で「武力による衝突のみが戦いではなく、政治や外交をも利用すべき」としました。
これが所謂「戦わずして勝つ」というお話です。
彼の戦略の基本は「勝つこと」ではなく「負けずに損害を抑えること」にあります。
軍事戦略家である孫子は、実は武力による戦争の無益さも理解していたのです。


さて、我々にはどのような方法があるのでしょうか。


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.all-senmonka.jp/cgi-bin/mt5/mt-tb.cgi/3464

コメントを投稿









ブログトップページ

最近の記事 カレンダー カテゴリ 税理士紹介ビスカス コメント アーカイブ
RSS2.0ATM0.3