機会と結論

2007.11.04

「人は皆平等である」という言葉に対する理解は人様々です。


租税公平主義という言葉があります。
この言葉は、租税における課税や手続きにおいては、誰しも皆平等に
取り扱われなければならない、ということを意味しています。
例えば、担税力(税金を負担する力)が同じ人がいたら、その人たちは
同じだけの税金を負担しなければなりません。
また、各種手続きにおいて、「この人はかわいそうだから免除」だとか
「こいつは顔が嫌いだから受理してあげない」といったことは許されません。

ここでよく問題になるのは、何をもって公平とするかです。
租税について、知識がある人とない人との間では結果に大きな差が出ます。
ある人は条文をよく読み、理解をしています。
その理解に基づき、普通の人では思いつかないけれど、禁止はされていない
方法で租税負担の軽減を図ったとします。
その行為(租税回避行為といいます)は、租税公平主義の観点からして、
認められるのか、そうでないのか?

課税庁側は、租税公平主義を盾に、租税回避行為を否認します。
それに対し、裁判まで持っていった場合、案外と納税者が勝つこともあります。
何故課税庁が負けるのかというと「法律で禁止してない行為をして、否認される
のはおかしいから」という理屈です。
この理屈を租税法律主義といいます。
課税要件や手続等、全ての租税行政は法律に基づかなければなりません。


一見すると租税法律主義と租税公平主義は相克する関係にあります。
しかし、実際の意図はそうではなく、法律と公平の両面から特定層に対する
恣意的な課税を廃し、民主主義を守るという大儀のための両主義なのです。
その両主義が相克しているように見えるということは、現在の租税法には
問題があり、更にいえば公平性も保たれているとは言い難いのかもしれません。


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