まぁ恒例というやつでして
2007.12.31

忘れん坊の~サンタクロース、クリスマスまで~に~やってこない♪
七夕に「クリスマスには年間報酬1,000万円位の大口顧客の名刺を下さい」って
短冊に書いておいたのに、まったくどこにいってしまったのでしょうか?

おはようございます、大晦日で既に酔っ払っている男です。
酒も飲まずに酔えるのだから、何と経済的なことでしょう。
でも、景気にはあまり優しくないですね。


年の終わりということで、せっかくだから1年ほど前の新聞の切抜きから抜粋。

ビスタってのはもうすぐ一年ですか…個人的には、XPの方が使いやすいですね。
どうも安定度が低い気がしてなりません。

原油が下げ止まり近いか?なんて記事があります。
そうか…この頃はWTIが50ドルとかいう世界だったのですよね…いまでは80ドルを
下ることがないわけですから、如何に投機的な動きをしているのかわかるというものです。

メガバンクがネットバンクに注力、なんてのも残っていました。
実際、窓口に行かないと出来ないことって、もうそれほどないのですよね。
やはり問題はインターフェースかな。

ハイテク株が堅調、薄型テレビ商戦が活況というような記事。
今や薄型テレビは撤退が相次ぐ商品、スタンダードはブラウン管から移ったものの、
収益構造的には大しておいしくもない商品だったということですね。
電機大手では、薄型テレビへの依存度が高い所ほど成績が劣っているのが現状です。

税制では、今年税理士の顧問先でもっとも影響が大きかったのはなんと言っても
特殊支配同族会社の役員報酬の損金不算入の規定でしょうか。
税理士と顧問先との間でトラブルが起こったような事例も多かったようです。
何度か書いていますが、細かい不公平を是正するがために企業の成長力を奪うのは
お話にもならないかと。

利上げが実施され始めたのも今年からでしたね。
ただ、あっという間に世界景気が怪しくなり、今や利下げすら議論になり始めていますが。
しかし、来年は日本でも久しぶりにインフレが話題にもなりそうな勢いですから、景気動向
うんぬんというよりは物価の安定という面からして、利下げは難しいのかもしれません。

融資関係では、融資額の低調と動産担保商品の記事辺りが目に付きます。
融資方法一つとっても、新しい商品の開発が進んでいるのがよくわかります。
利用者側からすれば、何となく既存のものを使うのではなく常に有利なものを選択する
機動性が問われているといえましょうか。


まだまだありますが、イメージとしてはやはり過渡期、という言葉が強いでしょうか。
景気全体についても足踏み感があり、各種構造や制度についても変革が多くて
落ち着きがない、ということなのではないかと。

それと、最近思うこと。
世の中の景気の良し悪しとあなたが儲けられるかどうかは余り関係がないかもしれません。
私の顧客で儲かっている人は「むしろ不景気のおかげで儲かった」と言っている人の方が
多いくらいです。
他との差別化さえ図れれば、案外チャンスは転がっているかもしれません。
…自戒として、この言葉は来年の自分にも贈っておきます。

一年間、お疲れ様でした。
それでは皆様、良いお年を。


p.s.サンタさんへ、お年玉でも良いので、名刺下さい。


阿呆どもの宴
2007.12.30

今日は忘年会の予定、問題はちょっと場所が遠いこと。
移動の間に眠ってしまい、起きたら東京駅だった、という可能性に1,000ポイント。


さて、ネットの技術と権利を巡る動きとしてはしょっちゅう色々な話題が出てきます。
例えば、今紛糾しているところでは「ダウンロード違法化」なんてのがありますが、
コレを提唱している人は、本当にネットの技術を少しでも理解しているのかが非常に
微妙な気がしています。
ブラウザのキャッシュなりをみれば、そこにはホラ違法の証拠が沢山、ってなことに
なりかねないと思うのですが…。

上の件もとても気になるのですが、少し掘り下げてみたいのはこんな件です。
極大雑把に説明すると「皆が見易いものは、表現気をつけろよ」ってなものです。
内容が他者の権利を侵害・公共の安全や青少年の健全な成長を損なう、ねぇ…。
線引きがよくわからないというのがまず問題点。
何が侵害で何が正当な批判になるのか、誰が決めるのでしょうか?

…でね、じゃぁ今回の件、私が本当に不満に思っていることは只一つ。
その前段として、こんなことを以前書いていることを参照に。

…ふぅ~ではいきます。

オープンメディアコンテンツは表現に気をつけろってじゃぁ現状究極のオープンとも
いえるテレビや新聞に対する規制ももちろん厳しくするんだろうなアレの一体どこが
中立性や公平性が保たれた報道姿勢だというのだ偽装偽装ってさんざん騒いで
おいて一番偽装やらかしてるのはテレビだの新聞だのじゃないか経済動向から
政治思想に至るまであそこまで偏狭な報道しかできないのは要するに自分らに
都合がよいからというふうにしか思えないんですけど結局のところ自分たちが
流行させたいと思っている方向にしか情報を流さないその姿勢がトコトン嫌気が
さしているわけであっていい加減公益のための放送とかぬかすのはやめて
はっきりと商業放送なりスポンサーのための放送なりと立場をはっきりして
欲しいわけであってそんなことより………………。


え~まぁ長いのでこんなもんで。
私もすっかりとマスコミ嫌いになってしまったのですが、やはり原因はこの辺りの
感覚が以前の自分とはかなり変わってきた点にあります。
今回の規制ありきの会議にしても、結局は新興勢力に対する「出る杭を打っておけ」
というような話にしか聞こえないのですよ。

「これが流行しています」と報道されるものの大半は、流行しているのではなく
流行して欲しいからという点のあざとさも気に食わないんですよね。
ネット上ではやった「アサヒる・アベしちゃう」騒動なんてのがその最たる例でしょうか。

更に、最近の例では「セカンドライフってそんなに流行しているのか?」というような
疑惑もありますかね…正直にいって、ネット上の技術で長い流行が保てるものって
本当に一握りではないかと思うのです。
ニコニコ動画くらいプラットフォームとして受け入れられたものならともかく、例えば
FLASHなんてのは技術としてしか受け入れられていなかったからこそ、現在では
すっかりと下火になってしまいました。
そもそも昔はHPを持っていることすらステータスになっていた時代だってあった
わけで、それらを考えるとネット上での流行というものはもっと瞬間最大風速的な
モノなのではないかと思うのです。
で、似たようなシステムは常に再生産再構築がされていますから、どれだけ
広告代理店側が誘導しても流行を制御することは難しいのではないでしょうか。


で、結局この文章は何が言いたいんだろう?
役所の無知さを笑いたいのか、既存マスコミが嫌いなことを強調したいのか、
ネットの使い方が難しいことをいいたいのか、ハテ?


実は実現していること
2007.12.29

今日はお休みにするつもりです。
毎日午前様が続いていたので、流石に体にガタが…。


さて、金融税制について、とりあえずの決着が出ました。
以前私も少し考えてみたりもしましたが…。
譲渡の軽減については上限設定の上延長、いずれは廃止の方向へ。
配当についても似たようなものです。
その上で、ついに金融一体課税の第一歩を踏み出すようです。
株の譲渡損失と配当との間での通算を可能にするようです。

一体課税の議論は常にされていました。
個人的には賛成していますし、もっと対象を広げるべきだと思っています。
一体課税が進めば、より機動的かつ機能的なアセットアロケーション、ポート
フォリオの研究が進むと考えているからです。
例えば個人投資家に人気の日経平均先物のミニなどの損益が株式の譲渡損益と
通算可能となれば、ヘッジの面から大きな利用価値が出てきます。
投資できる商品の増加傾向に比し、税制のそれは明らかに対応が遅れている
ように思われますので、商品の魅力を削ってしまっているのではないでしょうか。
もっと使いやすい商品の組成や流通を促進するため、広い意味での金融法制
(無論税制も含みます)の整理が必要になるでしょう。


…で、実は完全なる金融一体課税を誰でも手軽に出来る方法があるのです。
解答は「法人化してしまえば全部通算可能」です。
法人の為す行為は全て事業目的となりますので、どのような手法で儲けたと
してもその利得に対する課税方法に差異はありません。
株・先物・為替・商品・ワラントetc、何で儲けても損益は通算されます。

問題は、そもそもの税率がそれなりに高いという点です。
現行では個人の株式が10%、先物が20%で固定なのに比し、法人のそれは
低くても30%超、高ければ40%を超えます。

じゃ、意味がないのかというとそれは使いようです。
法人に発生するであろう利得相当額を給与として個人に支払ってしまえば良いのです。
仮に投資全体を通して500万円の利得があるとして、これを全て取締役の役員報酬と
して支払ってしまえば、その500万円に対する税金はさほど高くはなりません。
これまた問題は、投資の結果を予測することは不可能なので、役員報酬の設定額を
幾らにするかが著しく難しいということなのですが…。

ヘッジを効かすという意味では非常に有効な方法ですので、余程投資活動を
本格的にやろうとしている方は、一つ考慮してみても面白いとは思います。
実際の運用はかなり難しいとは思うのですが。


問題は何を確定させるか
2007.12.28

今朝方家族に疲れを訴えた所、息子に「お父さん、このままだと枯れちゃうよ」と
言われた男です。
枯れ気味ですが何か?

さて、もう大分前から言葉自体は知られていますが401Kなんてものがあります。
日本語では確定拠出年金と言われていまして、要は年金の一形態です。
既存の年金では、国民年金や厚生年金などの公的年金、民間生保などが
運用している私的年金などがありますが、確定拠出年金はイメージとしては
その間にある位のものです。

従来型の公的年金は確定給付年金という形式をとっています。
言葉を分解すると「給付額を確定させる年金」です。
これに対し確定拠出年金(便宜的に新型と呼びます)は「拠出額が確定している年金」です。
さて、確定しているのが各々給付と拠出なのですから、逆に確定していないのが
何かは自ずとわかります。
従来型の年金は拠出額が不確定、新型は給付額が不確定です。

従来型の拠出額が不確定なのは、皆様よくご存知のはずです。
国民年金、厚生年金共に年金保険料はここ数年上昇を続けています。
コレに対し、新型は拠出額は上がりません、というよりも、自分で幾ら出すか選びます。
そして拠出資本の運用方法も自分で選択しますので、運用手法によっては給付額が
拠出額を下回る可能性も充分にあります。

新型の拠出については、具体的には投資信託を購入する形をとります。
元本保証型や株式重視型など、正確の異なる投資信託から自分の決めた拠出額を
毎月購入し続けることになります。
そして一番のポイントは、税制関係で有利な取り扱いが多いという点です。
拠出額は全額社会保険料控除の対象となりますし、給付時の所得も生保の私的年金と
比較すると、比較的有利な課税方法がとられます。
毎月決まった額の投資信託を購入しているような方は、その投資を確定拠出年金に
切り替えるだけで、多少の節税が図れる可能性があります。

そうはいっても広い意味では間違いなく投資の一形態です。
元本が絶対に保証されているわけでもなく、更には途中での換金性が非常に低いという
点も考慮しなければなりません。
また、運用方法についても一定の勉強が必要となるでしょう。
これらの点について検討し、納得が出来るのであれば、一つ加入を検討されてみても
よいのではないでしょうか。


…という盛り上がりを期待して始まった制度なのですが、どうもぱっとしません。
毎月何となく老後資金を預金するよりは、良い点が多い制度だとは思うのですが…。


粗品贈呈の意味
2007.12.27

メリークリスマス&ハッピーニューイヤー!!って挨拶は、具体的にいつ言えば?

おはようございます、平均的日本人です。
朝から胃腸の調子が優れないのは、食事のせいか睡眠不足か。
ちなみにどこぞの統計では、神奈川県民は日本で一番睡眠時間が短いそうです。


さて、少し前の話題ですが、こんなニュースでも。
極簡単に話のおさらいをしますと
・IDECがモリテックスの株を買い増す。
・モリテックス、IDECが業務提携発表。
・IDEC、更にモリテックス株を買い増し、モリテックス側が不信感。
・業務提携解消、ケンカ勃発、モリテックスの会社提案に対抗し、IDECも株主として
 役員選任等について独自案を提出。
・モリテックス、会社提案に賛同するよう株主に案内状送付、その際にQUOカード添付。
・モリテックス、IDEC側が集めた委任状に不備があるとして、集計対象から除外。
・結果、モリテックス側の提案が通り、IDECの提案は否決、IDECが提訴に踏み切る。

さて、今回問題にされたのは、下の3つの行についてです。
QUOカードの配布は利益供与に該当、IDECの委任状を集計からはずしたのは株主と
しての権利を侵害しているとしてモリテックス側の取り扱いを否定、これが裁決の結果です。

利益供与という言葉は、通常は特定の株主や関係者(総会屋等)に対して、特別に
便宜を図った際に問題とされる事案だったのですが、今回の件では広く株主全般に対する
配布を行ったにも関わらず、不当な供与だとされた点が面白いです。
会社提案と株主からの提案が対等に取り扱われなければならない、という原則が少しずつ
浸透してきている、ということなのかもしれません。

2007年には会社が決めたTOBを株主からの提案でひっくり返した、などという事例も
ありましたし、会社が誰のもので、どんな存在なのかという議論は今後益々活発化して
いくのかも…というより、してくれないと困る気がしています。
今後、日本国内にも色々な色がついたお金(外資・年金・石油等)が流入し、企業買収や
競争、株主による提案やプロクシーファイト(委任状争奪戦)が起こってくるでしょう。
その際、会社が半ば商品のように取り扱われる事案も出てくるはずです。
「日本独自の企業風土」という砦にいつまでこもっていられるのか、非常に疑問を持っています。
只でさえ日本企業の時価総額は海外のソレに比し低いのですから、いつ丸ごと買われて
しまうのか、ということを考えれば、今回の事案なんてのは如何にもかわいい話です。


で、我々のような個人が何をすべきかと言いますと、利が発生する時を見逃さないように
気にしておくことでしょうか。


しよう
2007.12.26

この年末、少々私用が立て込んでいますが、そんな中でも新しいシステムの
試用をしてみたりしているのですが中々枝葉末節に至るまでのチェックは難しく、
まぁそれもしようがないかなと思いながら観葉植物の子葉が伸びていく様を
眺めるそんな日々、年末年始はどうしようかな、と考えております。

こんにちは、今年の歌い収めが済んだ男です。
後は歌仲間との忘年会が残っている程度でしょうか。


先週の始め頃、ある税務用ソフトの体験会のようなものに参加しました。
現在使用しているソフトに対する不満もあることから、切り替え等々を考えている
状況なのですが、その際にとても気になっている点が一つありますので、ソフトウェア
会社の方に一つ質問をしてみました。
「仕様の統一ってかなり気にされていますか?」と。
機能や場面ごとの標準化がどの程度されているのかが非常に重要です。


仕様というとソフトウェアの世界では非常に広い意味で捉えられていますが、私が
気にしているのは所謂見た目の部分や作業感など、インターフェースと呼ばれる
部分です。
人は見た目が○%、なんて本が売れていましたが、ソフトウェアも同じです。
やはり使い心地こそがそのソフトの成否を分けるといってもよいでしょう。

例えば上書き保存をする際、ソフトから「上書き保存をしますか?」と聞かれます。
それに対しての選択肢が 「OK Cansel」 「はい いいえ」 「Yes No」と画面ごとに
違ったらどうでしょうか?
或いは上書きの前に既存データのあるなしを確認するかどうかが、同じソフトなのに
画面ごとに違ったらどうでしょうか?
保存の後に「保存しました」のダイアログが出るかどうかも場面によって違ったら、
非常に違和感を感じないでしょうか?
よくコピーが進んでいると思ったら、確認画面が出ていて全く進んでいなかった、
というような経験を皆様一度はしたことがあるのではないかと思います。

複数の画面や機能を含んだソフトを作る場合、実際の作業を担当するのは全く
別の人間であることは珍しくありません。
その際、個々人が勝って気ままにソフトを作ってしまうと、出来上がったソフトは
闇鍋のようなそりゃぁとんでもないものになってしまいます。
プロジェクトマネージャやSEと呼ばれる人々は、そのような品質管理をしっかりと
行い、製品の標準化を図る必要があります。

これはインタフェースレベルの問題でもありますし、ソフトの構造についても同じです。
インストールした途端、わけのわからぬフォルダがPC内に大量に出来上がっている
ような経験はあるかと思いますが、標準化が進んでいると割合すっきりしている
ものです。
PGのコードも、同じような処理をするのにも色々な方法がありますが、これまた勝手に
作ってしまうと後の処理が大変です。
後々修正等が加わることを考慮すると、似たような処理をする際には使い回しが効く
部品を使っておくことが奨励される傾向にあります。


で、私のこの話は、以前ソフトウェア会社でサラリーマンをしていた時の経験に
基づいています。
短い期間ではありましたが、標準化という考え方を学べたことは、本当にタメになった
と思っています。
どんな仕事にでも応用できる、非常に優れた考え方ではないでしょうか。


終章
2007.12.25

酒を飲んで性質が良くなる人は珍しい。
車の免許をとって早3年、その間に色々な酔っ払い共を乗せてきたが、
まぁ大概は普段は大人しい人がずうずうしくなったり、普段からずうずうしい人が
更にずうずうしくなったりするだけだ。
期待などしていない、まして言動が奇抜な人が大人しくなるなど、有り得ないことだ。
しかもそれが指揮者などという職業であるならば…。


飲み会は苛烈を極めた。
私は車の運転手だ、酒は飲めないという文言が相手に通用しているのかどうか。
誘いを先輩方向に受け流しながら、周囲に空き瓶や御銚子が積みあがっていくのを
何となく眺めている。
酒を飲まずに過ごす飲み会には慣れていたが、ペースの速さには驚くばかりだ。

先輩は明らかに「飲んでも酔えない雰囲気」に呑まれている。
後藤田さんは「まぁそんなもんにしておけよ」という雰囲気だ。
そして山本氏はドンドン出来上がっていく。


店を出て車に全員を乗せる。
ご機嫌が一人、まずまずご機嫌が一人、飲んだはずなのに蒼白なのが一人、素面一人。
来た道を帰るが、うん、酒くせぇ!!
思わず、冷たい秋の夜に車の窓を開けてしまう。
コレ、検問に捕まったら言い逃れが出来るかな…などとボンヤリと考える。

高速道路を降り、まず山本さんの自宅に向かう。
目の前を走るバスに向かい「あのバスを追え!!そうすれば着くぞ~!!」と相変わらず
ご機嫌な山本さん、運転手に対し「絶対に追い抜くなよ!!追うんだ~!!」と注文。
後ろの車から感じる威圧感、ノロノロと進むバス、進退窮まる運転手、つまりは私。
後藤田さんのフォローを受けつつ、何とか山本さん自宅に到着。

その後後藤田さんの自宅まで。
「おーぅ今日はありがとうねー」といういつもの調子も、心なしか疲れ気味か。
あの後藤田さんが疲れをみせるとは、と驚愕する。

先輩を自宅最寄の駅で降ろしたとき、思わずついた溜息はなんだったのか。
こうして私の人生において、二度と体験しないであろう珍道中は終わった。


その後。
山本さんとは二度とお会いすることはなかった。
氏の訃報をニュースで聞いた際、何ともいえない気分になったのをよく覚えている。
たった一日の出会い、向こうはこちらのことなど全く覚えてもいらっしゃらなかったで
あろうが、私にとっては忘れえぬ経験であった。

後藤田さんとはその後もお付き合いが続いた。
引越しをする私に、新しい合唱団を紹介してくださったのも氏であった。
その後、私が税理士試験に挑戦するため合唱活動を自粛していた際、彼が
亡くなられたのを聞いた。
試験が近かったこともあり、お葬式には行かなかった。
今でも少しの後悔がある。

そして最近、子供らが幼稚園や保育園で覚えてくる数々の歌の中に、
彼らが作った、または関わった曲が数多くあることに今更ながら気が付く。
私が出会ったのは、正に時代を担ったというに相応しい方々だったのだな、と
思わずにはいられない。
あの周囲を振り回さずにはいられないパワーが、今ではひどく懐かしい。

そして、今日も私は歌を歌い続けている。


3章
2007.12.24

演奏会を一つこなすというのは、世間で思われているよりも色々厳しい。
合唱に限らず、音楽系の趣味はすべからく気力と体力の勝負なのだ。
長い練習、重い荷物、熱気、人ごみ等、これら全てが気力と体力をけずる。
しかし、また逆にこれらの要素が演奏会に携わる人間のテンションも上げる。
まぁ、合唱のよいところはこれに財力の要素がそれほど関わらないことだろう。
楽器を持ちだすと、最後はお金が続かなくなることも珍しくは無い。


今日は所謂ジョイントコンサート形式なので、山本さんがずっと指揮を振っている
わけでもないようだ。地元合唱団などの演奏が続いた後、所謂真打登場という
形で指揮台に登る手はずになっている。
ジョイントという形式は、多くの演奏会で取り入れられる。
地元合唱団にとっては貴重な本番の舞台となりえるし、メイン団体としては
負担が減らせる。本番を経験することは、成長の原動力ともなりえるが、余り
頻度が過ぎると逆に合唱団に摩滅をもたらすことにもなりかねない。
そんな事情を汲み取った形式といえるだろう。


さて、真打ということで山本さんが指揮台に上がった。


…うん、予想はしていた、初めて会った数時間前から。
やはり只者ではなかった。
会場の空気に、先ほどまでとは違う大きなうねりが産まれている。
一挙手一投足でその場の雰囲気が絡め取られていき、テンションが上がる。
たまに軽口ともとれるような会話が挟まれ、適度な緩急が産み出される。
演奏自体も、必然的に盛り上がるというものだ。
説明は上手く出来ない、が、やはり世の中には傑物がいるのだな、と素直に感心。


演奏会終了、中々の盛況ぶりだったといえよう。
昨今、クラシックの演奏会なんてのは本当に寂しいことが多い。
不況だといわれ続けて早6~7年、この先何年こんな状況が続くのか。
こんな時勢、真っ先に切られるのはこういった余暇、文化的な活動だ。
以前は即日完売だった演奏会が、今では空席が目立つなんてのも珍しくない。
私が就職するころにはまだ無理でも、もう少し立てば少しは明るい話題も出て
くるのだろうか…。
何にしろ、今日の演奏会は面白かった。聴き手としても楽しめたし、裏方周りの
仕事もやってみると案外楽しめるものである。


演奏会の後には打ち上げ、これはどこの団体でも共通の儀礼だ。
とはいっても今日歌っていたのは未成年が主体だったので、打ち上げというよりは
単なる飲み会といった方が正しいだろう。
場にいるのは山本さん、後藤田さん、そして先輩と私の4人だ。
私は運転担当なので、酒は飲まないが…


そして、その日最後の地獄が始まった。


2章
2007.12.23

車は一路埼玉へと向かう。後部座席に二度と乗せないであろう人々を乗せて…。

「…」「…」何か後ろの二人が話を始めている、が、高速道路を走行中、気をそらすな。
「……であいつは……」「…これだから…」どうやら音楽関係者の話のようだが…。
「で、林のやつはいっ」ってオイ!!林って林光か!?
(注)林光…例えていうなら、合唱界での浦澤直樹
「そういやこないだ三善のアレが」三善だぁ!?
(注)三善晃…例えていうなら、合唱界での鳥山明
「だからあの時の武満の」「柴田が」「小澤の」

想像をしてみて欲しい、あなたが何か没頭している趣味があるとしよう。
その趣味の世界にも、やはり大御所と呼ばれる方が多数いらっしゃると思う。
その数々の大御所を、友達感覚で語りだす人間が2人も自分の運転する車の
後部座席に座っているのである。
もうなんというか、単純にいってビビった。
あと、こちらに迂闊な話題は振らないで欲しい、答えられません。
私は頭の中で、来がけに食べた饅頭のことや、大学での課題のことをボンヤリと
考えていた。

私と先輩にとってはディープな、後ろの2人にとっては多分日常的な会話が
続きながら、やっぱり車は一路埼玉へと向かう。


会場に到着、すでに合唱団員の練習や会場セッティングは始まっている。
情報通り、私の仲間も手伝いで来ていた。妙に疲れた雰囲気をかもし出す
先輩と私に「どうしたの?」という質問が来る。答えようもない。
ここからしばらくは仕事らしい仕事はない。が、ぼーとしていてもしょうがない。
パンフレット関係の整理など、手伝えることをボチボチとこなしていく。


間もなく本番が始まる。


1章
2007.12.22

当日、自宅から車を出発させ最初に向かうのは私の先輩の所だ。
今日はその先輩と私以外にも、既に埼玉で現地手伝いをしている仲間が
いるということを聞いている。
待ち合わせ場所にて合流した我々は、近くの和菓子屋で買った饅頭で腹ごしらえを
済ませておく。今日これから会う人たちは、所謂「偉い人」に該当するといって良い。
気が抜けるような状況は来ないと思い、事前にエネルギー摂取に努める。

それから成城の後藤田邸に到着、氏に挨拶を済ませる。
「おーぅ、今日は頼むよー!」といういつもの気さくかつ奔放な感覚。
少し話した程度だと単なる気の良いおじちゃん、という雰囲気でもあるのだが、その内
話の内容が徐々に深層に潜っていき、いつの間にやらこちらだけが溺れている。
毎度のことながら、ついていこうとするだけで精一杯だ。が、そのお話はためになる
ことが本当に多い。聞いているだけでも色々と得るものはある。
後藤田さんを乗せた後の車内では、いつものようにスケールの大きな話が始まる。
「今度はあそこの国から…日本のこの指揮者と…で、あそこでジョイントすれば…」
私も初めてお会いした日から考えれば、それなりに場数を踏んできたこともあり、
ハンドルを握りながら返事が出来る程度には対応できる。

さて、後藤田邸を出発した車は、目黒方面に向かう。もう一人を乗せるためだ。
その人物の名は山本直純という。
もしこの名に覚えがないという人でも、この方の功績の片鱗にはまず間違いなく
触れている、といっても過言ではない。
「男はつらいよ」のテーマ曲、数多くの童謡等、氏による仕事はとても幅広い。
また、小澤征爾氏の兄弟子でもある。簡単にいえば「すごい人」だ。
山本氏と後藤田氏は、NHK時代の番組作りからの古い付き合いらしい。

待ち合わせ場所についた車から後藤田さん一人が降り、山本さんを迎えにいく。
待つこと10分程度、2人が車の方に戻ってきた。
「お~今日はまぁ宜しく頼むよ、ウヮハハハハハハハハハ!!!!」
うん、どうやら山本さんは後藤田さんと同系統のキャラのようだ…が、気のせいか
後藤田さんを上回る気配がする…。
人のパワーに圧倒される、というのは時に経験することだ。
押しの強い同級生や先生からのアピールで、何となく場を押し切られてしまう、
ということはよくあることである。
が、この山本さんから感じるパワーは桁が違う。本人は普通にしているのかも
しれないが、こちらが勝手に感じ取ってしまうとでもいうか。

こうして、多分一生の内で一度しか味わうことはないであろう貴重な一日が始まる。
これから埼玉方面に向かい、そこで山本さんは演奏会の指揮を振る。
その後、埼玉から東京に戻り、山本・後藤田両氏を送り届けるまでが仕事だ。


序章
2007.12.21

(前書き)
今日から何日かかけて書こうかと思っている事項は、1998年頃に私が体験した
事実がもとになっており、記憶が不鮮明な部分は多少推測、創作等で補っています。

*****

1998年、秋も深まってきた今日この頃、最近は毎日が楽しくてしょうがない。
この夏、イスラエル、ハンガリー、ルーマニアと海外演奏旅行が続き、この冬には
スペインとポルトガルでの演奏旅行も待っている。練習にも余念がない。
合唱を始めてもうすぐ6年、自分にこれだけ楽しめる趣味が出来るとは思っても
いなかったが、その歌のおかげで思わぬ人々とも会うことが出来た。
国内外の著名な作曲家や指揮者、教育者や演奏家など、普通の生活をしていれば
私には全く縁の無い人と交流を持つことが出来たのは、僥倖といえよう。


そんなある日、合唱仲間を通じてある人からの頼み事が私の所に来た。
その人の名は後藤田純生さんという。

後藤田さんがどれ位凄い人なのかを説明するのは難しいのだが、物凄くわかり易い
功績を挙げるとすればやはりこのことだろうか。
NHKの「みんなのうた」を作ったのは、この人だ。
NHKプロデューサとして、国内外の優れた歌を収集、整理し普及に努めた、正に
現在の日本音楽界の基盤を築いた功労者の一人と言えよう。
「大きな古時計」や「線路は続くよどこまでも」を日本に持ってきたのも彼だ。
NHKを退職された後は、コーディネータ、プロモータとして海外の演奏家を日本に
招聘したり、国内における譜面の出版業をされている。
私が知っていることなど、彼のほんの一面に過ぎない。
とてつもない人脈を誇り、凄まじいまでの行動力を持っている、計り知れぬ人だ。

私が高校生のとき、些細なきっかけで知り合った後藤田さんだが、その後何度か
演奏会でご一緒させて頂いたりしている内、海外演奏旅行の企画を回して頂いた。
この夏に行ったハンガリーとルーマニアは、後藤田さんが仕切ったものだ。

後藤田さんの性格は「豪放」とでも表現するのが一番しっくり来るだろうか。
とんでもないことをサラリと言い、ワハハハ!と笑って押し切ってしまう。
お話をしていると、スケールが大きすぎて全貌が掴めない事がよくある。
それでも私のような小者に対しても、普通に接して頂けるのだからありがたいことだ。


そんな彼の頼みは、こんな内容だった。
「車を出して、目黒の辺りから埼玉までのある人物の送迎をしてもらいたい。」


車の免許は大学一年の時に取得し、幸いにして自分が好きに運転できる車もあった。
その為か、仲間内で車が必要なときには、まず私の所に話が回ってくる。
ある時は舞台の小道具、またある時は酔っ払い、今までにも色々と運んできた。
「またオレかよ」などと毒づきはするものの、実際にはそれを大して嫌がってはいない
ことは、多分周囲にはバレバレだった。
頼られることが嬉しくないわけもないので、ブチブチ言いながらもいつも引き受けていた。


なので、今回の依頼を断る理由も特になかったし、まして依頼の相手は彼だ。
私は即、了承の返答をしておいた。
仕事の内容は、まず合唱仲間一人を車に乗せ、その後成城の後藤田さんの自宅に
寄り彼を乗せる。最後にそのある人物という人を目黒近辺で乗せ、埼玉に向かう。
帰りはその逆の行程をたどることになるのだろう。
私は日時を確認し、その日を待つことにした。


人前
2007.12.20

昨日、一人の若人と2時間程お話をさせて頂く機会がありました。
いずれ一緒にお仕事が出来ると良いな、と思わせてくれる方だったので、
その時が来るのを楽しみにしております。


講演会や研修会を聞きに行くことも多いのですが、最近はポチポチと人前で
話す機会を与えて頂くことがあります。
そんな時、聞き手の中にこちらの言わんとしていることを分かって下さる方が
一人いて、フォローをしてくれると大変に助かるものですね。
そういった方の質問は、得てして問題の本質を突いたものが多いので、その質問に
解答することで周囲の方たちの理解も進みます。

私がこのことを学ぶきっかけになったのは、やはり趣味の合唱でしょうか。
指揮者、というと皆さんどんな印象をもたれるでしょうか?
完全に自分の世界を構築し、音楽にいっぺんの迷いも無い…なんてことはなく。

音楽の譜面はあくまで基本素材であり、そこにどんな味付けをするかは指揮者次第です。
例えばシンプルに塩コショウ炒めを作ってみたところ、どうも味にパンチがなかった。
で、次の時にはしょうゆを一たらししてみる、が味に深みが無い気が。
ので、少し感じを変えて、味噌炒めにでもしてみようか。
これら行程について、最初から確信をもって挑む指揮者は極少数です。
大半は、少しやってみては味見をし、途中でスパイスを加えていきます。
(もちろん、各指揮者によって味付けの好みはあります。)

その際、歌い手たる側からの意見や感想は、重要な要素となります。
指揮者が「どう思う?」と尋ねてきたときは、味付けの方針についての相談なのです。
また、尋ねてきていないときでも、歌い手側からの意見表明により味付けが変わる
こともままあります。
その曲を仕上げるには指揮者と歌い手の両方の意見表明が重要になります。


これは、よくコミュニケーションの基本として言われる「話し手と聞き手の重要性」という
事項そのままだと思います。
指揮者などという唯我独尊の典型を思わせる職業ですらそうなのですから、普通の
講演ともなれば何をかいわんや、という所でしょうか。


…というのが私の意見なのですが…まぁね、世の中には私の想像なぞ軽く吹き飛ばす
傑物というのがいらっしゃるわけで…明日にでも、10年近く前にあった私の稀有な体験
でも書いてみようかと思います。
私が出会ったのは、まさに「我が道を行く!!」という方々でした。


情報の処理と成果
2007.12.19

かんぱ~い。
ええ、完敗です。

おはようございます、ルーザーです。
誰に負けたかというと、妻です。

今朝の朝食の最中、子供たちに食べさせながらスーパーのチラシを
見ていた妻との会話。
妻「クリスマス用の食品が去年より1割は高い。」
私「そんなの覚えてるの?」
妻「もちろん。」
私「凄い情報処理能力だねぇ…。」
妻「例えばチーズは12月の頭には絶対に買わない。」
妻「ボジョレーの時期とクリスマスの時期に安売りされるチーズは、その時期は割高。」
妻「割高なものは買わず、割安なものを買い繋いでいけば、大体食料は大丈夫。」

確かに食料品の価格高騰は誰しもが知るところですが、我が家の家計簿を見ても
特段食材費が高騰している兆しもない…ということは、1割の価格上昇を吸収しきれて
いるということになります。
対して私、素材価格の高騰は大分前から予知していたので、コモディティ投信を
購入済み、確かに価格は上がりました…が、その上昇率、7%程度…。
妻が1割、私が7分、利回り計算でこの差はデカイ。
おまけに相手はValueとQuality、Priceをこの上なく正確に測れる実力の持ち主。
私なんぞ、自分が投資する商品の真の価値などわかっていません。
完敗です。


女性の方が投資家に向いている、というのはよく言われることです。
細かな情報処理にたけ、決して短期的な儲けに惑わされず、地道に成果を続ける。
収入面から多くの男性個人投資家が成しえようとして結局出来ないことを、
これまた多くの女性が支出面から達成していたりするものです。


と同時に、消費者心理が上向かない理由がよくわかりました。
そりゃこれだけ価格に敏感なのだから、昨今の食材・油等の高騰が消費活動を
鈍らせないわけがありません。
解説としては理解していましたが、今日心底実感を致しました。

国が景気をどうにかしたいなら、いっそのこと「定価購入控除」でも創設したら
いかがなものでしょうか?
適用書類はスーパーのレシート、商品を定価購入すると、一定の所得・税額控除が
受けられるとか。


看板に偽りなし………か?
2007.12.18

昨日のタイトル、ダジャレになっているのに気が付いた人って
どれ位いるのかなぁ…。

おはようございます、今はまだ看板通りの男です。
もうすぐ三十路、「20代若手税理士!!」なんて文句は使えなくなりますので、
掛けかえる準備をしておかなければ。


さて、先週の木曜日の日経金融にこんなドイツを紹介するこんな趣旨の記事がありました。
「ドイツはアメリカみたいな市場経済至上主義は目指さないよ。
 ウチは社会的市場経済が売りだから、金持ちからは沢山税金取るからね。
 所得格差が広がりそうだから、それもガンガン是正させるつもりだよ。
 ファンドも規制するし、いっそのこと給料も最高額規制でもかけようか。」
気持ちよい位の社会主義的発想です。

さて、普段の私からすると、こんなのはけしからん、なんて論調になると思われるのかも
しれませんが、全くそんなことは思っていません。
むしろ、非常に好ましいことだと思っています。

ドイツは看板と中身にズレがありません。
ここ最近、ドイツでは法人税率の引き下げなど企業資本を重視する政策を取っていた為、
市場経済主義に転換するのかと言われていたところに、財務省からこのような発言が
出たのだということらしいです。
米英式の後追いはしない、ウチはウチでやっていくという強い意志の表れかと。
社会的資本主義という考え方も、ある意味において理に適っています。
財の偏在は急成長も産みますが衰退も早いので、安定的なマクロの成長を保つには
格差の拡大を防ぎつつ、満遍なく財を振り分けておく必要があります。
そうすることにより、国民は安心して消費活動にいそしむことが出来るわけです。
その消費が緩やかな成長を育む、急成長は望むべくもありませんが、資本主義と
社会主義の長所を併せ持った、一つの優れた考え方ではないでしょうか。


このBlogでも何度となく書いていますが、私が日本の経済政策に対して一番持っている
不満は、言動の不一致です。
日本は確か資本主義国だったと思うのですが、実際はドイツを越える社会主義的な
行政制度が敷かれています(無論、反論はあるかと思いますが、ご容赦の程を)。
何度も書くようですが、少なくとも租税行政上、日本は低格差社会です。
どこぞの与党も野党も「金持ち優遇だ」とかいって息巻いていますが、本当にそう思って
立法を考えているのなら、その基礎となる自らが立つ場を明確にしてもらいたいのです。
徹底的に市場主義を目指すのか、社会的思想を取り入れるのか、その長期的な目安が
ない状態で場当たり的な立法、行政を行っているのが気に食わないです。

選挙の為の政策なんてのは、どこの国でもやっていることです。
短期的な公約なんてのも、はっきりいって最初から期待していません。
しかし、少なくとも大原則とプライドだけは守ってもらいたい。
私が政治に期待するのは、その程度のことです。


商売人は信用を失ったらお終いです。
では政治家は?
私は信念ではないかと思っています。


Oh!Maria!!
2007.12.17

昨日はクリスマスコンサート本番でして、やはり演奏会は
聴くよりも歌うほうが断然に良い、と確信する今日この頃です。


以前、家計調査というものに協力しているということは書きました。
で、家計調査通信なるものがもらえます。
先月のものを見てみると
・お歳暮の内容 ・医療費 ・保険料の区分 ・その他寄稿
こんな感じでしょうか。

お歳暮の内容、やはり飲食物が多いようですね。
全体の7割近くを占めております。
地方によっても特色あり、北海道は魚介、東北は果物など、やっぱり
地物を送るのが順当なのでしょうか。
全体では、菓子を贈る人が最も多いようです。

国民一人辺りの医療費は約26万円、結構しますね。
薬局調剤医療費なんてのがかなりの伸び率だとか。


しかし、そもそもこの家計調査という制度自体、その内取りやめになるのでは
ないかと思っています。
原因は聴取率の悪さです。
家を担当されている方も、本当にサンプルを見つけるのに苦労されていたようです。
私がなんとなく協力したのもほんの気まぐれですし、中には露骨に居留守を使う
方も少なくないんだとか。

家計・世帯調査関係のデータ収集は、それこそ住民基本台帳システム辺りで
何とかなるような気もするのですが…消費支出についてここまでのマクロな
データを集めているのは確かに他の手段には代え難いのかもしれません。


何にしろ、ここまで手をかけて収集したデータ、上手く政策に活かしてもらいたい
ものです。


雪だるま
2007.12.16

アドベントな毎日、でも日本ではちょっと違う意味合い。
待ちわびているのは、降臨というよりも降財だの降愛だの。


さて、少し前の新聞で次のような趣旨の記事が載りました。
「投資信託保有者、60代では8割超、20代では1%未満」
う~ん、まぁ予想通りではあるのですが、ここまで極端な数字だとは思いませんでした。

この結果の背景には、単純に世代間における財の偏りがある、と片付けることは
非常に簡単です。
しかし、この仮定は、生涯賃金が今後も伸び続け、年功序列的な給与体系が
保全され続ける、という前提が満たされる必要があるかと思われます。
その前提がどれほど脆いものなのかは、今更私が指摘するまでもないでしょう。

一財産出来るまで投資はしない、といっているうちに、さて何時投資をしたものだか、
という流れになるのが目に見えるようです。
貯蓄から投資、などというキャッチフレーズが、本来最も投資に感心を持つべき
若年層に全く浸透していない辺り、如何に金融を巡る企業や政治の努力不足かが
よくわかります。
多分大半の若年層には「だって関係ないし」と思われているのだろうなぁ…。


現預金をある程度持つことは必要不可欠なことです。
しかし、必要以上に積み上げていても、実際にはほとんど何も生み出されないわけで。
問題は、一体今の自分にはどの程度のお金を積み上げておけば良いのか、という点に
ついて、具体的な金額の想定が出来ていないケースが多すぎることなのでしょう。
例えば生命保険や団体信用保険により、万が一の時のための備えがされているにも
関わらず、その点のみにこだわってひたすら現預金を積み上げているような場合ですね。
そんな場合、例えば借入の繰上返済でもよし、別の資産に形を変えておくもよし、
常に手元にある資産に有効に働いてもらうことを忘れてはなりません。

そして、全ての行為は複利的に働きます。
同じ行動を今日やるのか一年後にやるのかで、最終的な効果の累積には大きな
差が出てきます。
行動を起こすなら、明日よりも今日のほうが良いのです。
思慮深さも大切だとは思いますが、まずは一歩動いてみないといけません。


というのが、投資だけではなくて商売でも同じようなことが言えるような気が。
最近、経済活動には、根底に同じような流れがあるように感じられます。
この流れが掴めれば、もっと上のレベルに到達出来るような気がしています。


ある商品に関する話
2007.12.15

やめろ、そこは触るな!痛いんだよ!!…ということも特に無く。
これで明日痛みがきたら、私も立派な中年世代。

おはようございます、つきたての餅は旨いことがよくわかった男です。
昨日のBlog参照のこと。


さて、ある商品の話をします。
その商品は、ここ1~2年ほど、一部地方においては急激ともいえる値上がりを
みせていましたが、ここ最近は様々な要因から不安定な値動きをみせています。
この商品を対象とした証券化商品もあり、取引手段が多角化したことから、
以前よりも多くの個人にとって、親しみやすい商品になりました。
この証券化という要因が、値動きの複雑さを増大させ、不安定な相場を産み出す
ことにもなっています。


この商品は、借りたまま使用することも出来れば、買うことも出来ます。
しかし、この両者には大きな隔たりがあるのですが、何故か多くの人間が
この違いを無視した取引を日々行っています。
物価が上昇を続けるという前提が崩れている今日にあって、商品を所有するという
ことがどのようなリスクを産むのか、その辺りの検討不足がいずれ問題になるの
ではないかと、個人的には気にしています。


国内においてこの商品を取り扱う業者の間では、そろそろ値下がりがきそうだから
もう手放せ、という噂が数ヶ月前から流れています。
その一方、日本国内にあるこの商品の有望性を期待する外資が存在するのも
事実でして、様々な形で資本流入が確認されています。
この資本流入の過程においても、やはり証券化などの手段が用いられます。


この商品を利用した節税も話題になります。
商品に投資、わざと損失が出ることにより個人所得を低下させ、課税所得を
減少させることが出来ます。
課税当局からは租税公平主義を看板に、激しく排撃されたりしています。


そして、この商品はそもそも、短期的な売買で儲けを出すためのものではなく、
長期的な保有により、安定的な収益を獲得するためのものです。
つまり、利回りの発想なしに手を出して良いものではないのです。
それは、事業経営者であろうがサラリーマンであろうが、変わりません。
自分で使うのであっても、本当に買ったほうが特なのかを判断する為には、
利回り計算が必要不可欠となります。


要は、もう少し皆慎重に考えようよ、ということが言いたいだけです。


ブローカーというお仕事
2007.12.14

業務連絡:本日当事務所所長は幼稚園の餅つき会に駆り出されるため、
終日連絡が取れない可能性がございます。
また、翌日以後はきつい筋肉痛に苛まれる恐れもあるため、優しくしてね?


おはようございます、自営業です。
気楽に引き受けましたけど、大丈夫かしら?

昨日お客さんとお会いした際に出てきた話題です。
大工の棟梁さんは、自分でくぎを打つ訳でもなければかんなもかけません。
もちろん出来ないわけではないのですが、細部の作業を担当するのではなく、
施工全体を見回し、適材適所を配置することで工事全体のバランスを図ります。
人材のもつ長所短所を正確に把握しない棟梁は、工事を管理することも
ままなりません。

京極夏彦さんの小説の中に「真に知的な人間とは、どこにいけばその知識が
あるのかを知っている人間だ」というような台詞があります。
自分で何もかも抱えるのには世の中は広過ぎて、現実的ではありません。
それよりも「コレはアイツ、ソレはアソコ、アレだったらあの人に頼めば大丈夫」と
いう知識を持つ人が身近にいれば、どれだけ心強いことか。

このような人を商売上ではブローカーと呼びます。
ブローカーというと非常に強面のイメージがありますが、そんなことはありません。
私は究極に知的な職業だと思っています。
…もちろん、キチンとした仕事をしているというのが前提ですが。
金融商品の各特性を捕え、組み合わせることで希望の効果を産み出すのが
金融ブローカー、保険商品で似たようなことをするのが保険ブローカー。
大工の棟梁さんと、やっているのは似たようなもんです。

「どうしてもこの金融商品・保険を売りたい」と凝り固まっている人には
ブローカーは務まりません。
顧客の要望に沿った商品を、既存の商品を組み替えたり、あるいは所定の機関に
働きかけ新しく産み出すことを放棄してしまえば、ブローカー足り得ない訳です。


さて、税理士やFPなんて仕事をしていると、本当に色々な場面に遭遇します。
中には明らかに畑違いな場面に遭遇することもままあります。
そんな時、ブローカー的能力があるなしで、対処は大分変わってきます。
もちろん自分自身の知識と精神の向上を図り続けることもとても重要です、が、
それと同じくらい信頼に足りる専門家のツテを作ることも必須です。
特にこだわるべき分野は、やはり広い意味での法務でしょうか。
或いは経営・マーケティングなんていう答えもあるかもしれませんね。

特にFPの仕事を語る上でよく出てくる言葉に「ワンストップ」というものがあります。
その人のところに行けば、全てが解決できる、というような意味です。
しかし、この言葉は別に一人で全部知っていろ、という意味ではありません。
FPの職業倫理規定だかにも、専門家と連携し、顧客の信頼に答えるように、
というような旨が書いてあります。


そんなわけで、私も現在色々な分野の専門家にお会いするようにしているわけで。
逆に他の専門家の方から「税務ならアイツに聞いてみるか」と思われるような
存在になれたら良いな、というのが一つの目標でしょうか。


辞めさせるコンサルタント
2007.12.13

一週間前には空白だったはずが、何故か年内ビッシリの予定表。
…ま、逆よりはなんぼかマシか…。


少し前のBlogで、値上げ交渉出来ないとなると、早晩行き詰るかもしれない、
という趣旨の内容を書きました。
今回は、実際に行き詰った例、つまり廃業の話です。

現在の資源価格の高騰や最低賃金を巡る動きをみると、多くの企業において
経費削減による利益確保の構造は限界を迎えることでしょう。
かといって売上、つまり単価を上げることが出来ないとなれば、最早会社の
存続が不可能ということになります。

実際、私の周辺でも廃業の手続きを取る例が多くなっています。
よく利用させて頂いている司法書士さんにもお聞きしたのですが、月に数件は
廃業の登記をしているとのことでした。
一言で廃業といっても解散・清算と手続きは段階を追いますが、そもそもそういった
手続きをせずにひっそりと活動を休止していく法人も数多くあります。
以前税務の調査官にお聞きしたところ、そういった登録されている休眠会社は、
登録法人数の数割程度を占めるのだとか。


ここで問題なのは、辞め方です。
少し話は変わるのですが、私は顧問先の社長さんには「どんぶり勘定は大切に
して下さいね」と常々言っています。
どういう意味かというと、売上の金額から概ねの原価や販売費等を引き、大雑把な
利回りを計算できるようにして欲しい、ということです。
細かい数字はわからなくても、これが概ね頭の中に入っている社長さんは、
利に合わない仕事はしないわけですから、そういった会社はそれなりの成績を
残していることが多いものです。
社長さんの中にはどんぶりどころか、ザル未満のものしか持っていない人も
いますが、そこの企業は当然ながら利にも理にも合わない仕事ばかりしている
為、当然に儲かっていません。

さて、そういったどんぶりをきちんと持ってさえいれば、実は辞め時もすぐにでも
わかるはずなのです。
昨今の流れで仕入れ値が増大、売上への転嫁が無理、あ、もう利益が取れない。
この流れが思い浮かんだ時点で、本来は手を引くべきなのです。

ここで問題になるのは数字以外の要素です。
従業員がいれば、簡単に廃業は出来ませんし、社長自身の年齢や健康状態も
考慮せねばなりません。
そういった各種要素が数字のみからの判断に影響を与え、辞める時をずるずると
先延ばしにしていきます。
ただ、こうして先延ばしをした例でその後上向く可能性は、限りなく低いものです。


会社が常に良い状態であることは有り得ません。
時には数年単位で下向くようなこともままありますし、じっと耐えなくてはならない
時期があるのもその通りです。
この場合には、努力を続けることで成果が出る可能性も充分にありますから、
税理士としても継続の為の策を提案することだって出来ます。

ただ、実は既に業態が時代に即していない可能性も充分にあるのです。
その場合、幾ら耐えた所で報われる可能性はほぼゼロです。
特にこの傾向は、付加価値を加えられない商売、具体的に言えば卸売業や
小売業等で多く見られます。
今現在、モノを買うチャンネルは数多くありますので、余程の工夫をしなければ
安定的にモノを買ってもらうのは至難の業なのです。
この場合、業態そのものを変えるか、廃業を選択するしかありません。
どちらにしろ、今の仕事は辞めてもらうしかないのです。


以前コンサルタントと呼ばれる方に「何をするんですか?」と聞いたことがあります。
その返答は「儲からない仕事を辞めさせることですかね」とのことでした。
まず辞める、そのあと再構築をするなり、別の道を歩むなりしてもらうのだとか。
破壊と再生、大昔から様々な伝承に含まれている啓示でしょうか。


お金にまつわる動き(イスラム)その5
2007.12.12

「つん読」という言葉がありますけど、なるべくそうしないようにしています。
限られたお金と時間、読める本にも限りがあるトイウモノデ…
デモ、ボク、ナゼカホンヤニイクトホンヲカッチャウンダ…
アレ、アソコデオモシロソウナホンガヨンデイルヨ…。

うん、改めて見ると、この文体って結構ホラーチックですね。
もう止めよう、この文体は。


さて、とりあえず今日で一端終わりにしようかと思っているイスラム金融の話。
今日も今日とて、参考文献はこちら「イスラム金融入門」です。

一番最初の頃には「使いようによっては良いかも」というニュアンスで書いていました。
しかし、現実問題を考えると、例えば日本で自由にイスラム金融を利用できるような状況が
来るのか、と言われれば微妙なのかもしれません。
そもそも、イスラム金融は一般金融がイスラムの教えにそぐわないので、ムスリムの
方が安心して金融サービスを利用できる為に考案されているロジック・スキームです。
つまり、利用する人の前提がムスリムである以上、地理的に近いヨーロッパや人種の
坩堝と言われるアメリカのような国ならともかく、日本の国内において本格的な
イスラム金融のリテールサービス等々が始まるのは、難しいでしょう。

さらに言えば、ここ数回で紹介した通り、イスラム金融は実は既存の会計取引等を
駆使して一般金融と同じ効果を産み出す訳ですから、だったら最初から一般金融を
使っても非ムスリムにとっては何の問題もないのでは?という話になりかねません。
取引の複雑性が増すばかりでは、結果的に経費がかさみ、有利な資金調達など
適うはずもないということになりかねません。

また、租税法上の問題も非常に大きいです。
これも前述の通り、どちらかというと金融業よりも小売や卸売、不動産賃貸や
リース業に近い業態になりかねないイスラム金融では、多くの税法が課税対象に
なってきます。(印紙税や消費税がその最たる例かと)


ただ、このイスラム金融の話は、利用する、しないに関わらず、知っておいて損は
ない知識になるのではないかと思います。
今や、海外からの労働者の方がなくてはどんな産業も成り立ちません。
その中には間違いなく多くのムスリムの方がいらっしゃいます。
また、労働者としてだけでなく、事業上の顧客や仕入先等、これから先の企業・
経済活動において、ムスリムの方とご一緒する機会は増えてきます。
そんな時、一つの予備知識として「シャリア」という単語一つ知っているだけでも、
話の種になりますし、少しばかりのイスラム金融の知識があれば、ひょっとしたら
防げるトラブルも出てくるかもしれません。
要は、コミュニケーションのツールとして、知っておいて損はないのではないかと。
この知識一つで、ひょっとしたら新しい商圏も開ける…かもしれません。


今後もこの方面については、少しずつ勉強をしていきたいと思っています。


お金にまつわる動き(イスラム)その4
2007.12.11

先日、都内において宮城から来られた方が「東京の方ではインフルエンザは
大して流行していないって聞いたんですけど」とおっしゃられていました。
それ、間違った噂ですよ~。
ちなみに、妻の職場では予防接種を打った人だけが発症するという逆ミラクルを
やらかしている模様です。


さて、今日も相変わらずイスラム金融のお話。
例によって参考文献はこちらです。

昨日は借入の中でも短期資金の話でしたが、今日は長期資金、つまり投資資金の話。
例えば建物や機械装置など、企業活動の成長や拡大、又は維持には設備投資が
欠かせません。
一般金融を使った場合の仕組みはこんな感じ。
預金         10,000  /  借入金    10,000
建物         10,000  /  預金     10,000
借入金         500  /   預金      500
利息(費用)      100  /   預金      100
減価償却費(費用)  250  /   建物      250
ポイントは、一体いくらが費用処理されているのか、という点です。
この例でいけば利息の100と減価償却費の250を併せた350が費用となります。

ですが、結局この利息がイスラムでは問題になるので、これを避ける必要があります。
さて、どうすれば良いのか。
これまた単純明快、建物自体を銀行に購入してもらい、貸してもらえば良いのです。
(銀行)建物        10,000  /  預金     10,000
    減価償却費(費用) 250  /  建物       250
    預金          350  /  貸付料(収益)  350
(顧客)賃借料(費用)   350   /  預金       350

銀行が建物を建て、減価償却を行う。
銀行は利回りが確保できる賃料を設定し、それを顧客に対して貸し付ける。
顧客は結果的に、借入をして自前で建築したのと同じ程度の費用負担をする。
顧客側の費用額が、一般でもイスラムでも変わっていないことに注目して下さい。

一般金融かイスラム金融か、どちらを選択すべきかを考える際には、顧客側からすれば
一般での借入利率とイスラムでの不動産利回り、どちらか低い方を選べば良い訳です。
物価の高騰などが予測され、賃料の値上げが頻発する状況が想定される場合には
一般での借入が有利でしょうが、そこまでの高騰が見込まれないのであれば
イスラムを選択する方が有利である可能性も充分に有り得ます。


さて、ここでまた一つ問題が。
これ、銀行がやっていることって、金融業ではなくて不動産賃貸業、或いはリース業に
該当することになってしまいます。
更には、この建物は基本的には銀行のものであって、顧客のものではなくなって
しまいます。
建物の賃貸借ということになれば、又もや消費税の問題も発生するでしょう。

前提として書いておきましたが、イスラム金融では会計処理を駆使して、一般の金融と
同じ効果を生み出すことに大きな工夫がこらされています。
預金、短期借入、長期借入、確かに収益や費用の発生額のみを捕らえれば、何ら
変わらない取引を組成することは大して難しくはありません。
しかし、税負担や企業慣行、さらには金融業法等の縛りをクリアするには至りません。
(金融業法では、銀行は副業をやってはダメなことになっているのだとか)


この他にも細かい話は色々とあるのですが、それは是非本を買って読んでみて下さい。
明日、簡単にまとめをしてこの話は一端締めようかと思います。


お金にまつわる動き(イスラム)その3
2007.12.10

少し風邪気味ですが、それほど辛くもありません。
今年の冬は、今のところ大した病気はしていないのが救いです。
見渡すと、周りには病人がやたらといるのですが…。


さて、今日もここの所続けているイスラム金融の話題でも。
参考図書はこちら、「イスラム金融入門」という本です。

昨日はお金を預ける、つまり預金について説明をしました。
今回は借入、特に短期的な資金需要(運転資金等)を簡単にご説明を。

仕入れをして、資金繰りの関係から運転資金を融通してもらうような場合、
一般の金融機関を利用すると次のような仕訳になります。
仕入  10,000 / 買掛金  10,000
預金  10,000 / 借入金  10,000
買掛金 10,000 / 預金   10,000
(中略、売上等により借入金の返済資金を確保)
借入金 10,000 / 預金   10,000
利息   1,000 / 預金    1,000

イスラム金融でいうと、一番最後の支払利息がシャリアに反します。
お金がお金を産み出す、これが実体のない取引とみなされるわけです。

そこで、これを利息を絡ませずに処理するためには、どうすれば良いのか。
答えは簡単、銀行に転売してもらえば良いのです。
(まずは銀行が仕入先から仕入)
(銀行)仕入  10,000 / 預金  10,000
(銀行は仕入れた商品を顧客に転売)
(銀行) 売掛金  11,000 / 売上  11,000
(顧客) 仕入   11,000 / 買掛金 11,000
(顧客、仕入れた商品を売却して買掛金の返済資金を獲得)
(顧客) 買掛金  11,000 / 預金  11,000
(銀行) 預金   11,000 / 売掛金 11,000
これがおおまかな流れです。
顧客からしたら、11,000円負担するのは一般でもイスラムでも同じです。

と、ここまでのお話で税について少し知識がある方は、ある問題点に
気が付かれるかと思われます。
そう、消費税の問題です。
一般の流れにおいては、銀行には一切消費税の問題が発生しません。
借入金に係る利息には、消費税は課税されないのです。

ところが、イスラムの仕組みを利用すると、銀行が行っている業務は、
金融業というよりも卸売・小売業に近い形態となってしまいます。
商品の売買には当然に消費税が課されますので、仕入れた側の顧客の
経理が変わるのはもちろん、銀行自身の消費税の納税義務にも大きな
影響を与えます。


他にも語るべき点は多いのですが、今日はこの辺で。
あと2~3回位、このネタでいってみたいと思います。


お金にまつわる動き(イスラム)その2
2007.12.09

11月からこちら、割と忙しかったこともあり、趣味に時間が余り割けませんでした。
合唱の本番、近いのですが、譜読みが全く終わりません、非常にまずいです。
ま、いつも土壇場でどうにかできることが多いのですが…仕事にもこの力を…
いや、何も言うまい…。


さて、昨日から話を始めているイスラム金融の話。
参考文献は吉田悦章さんの「イスラム金融入門」という本です。
まず大前提、イスラムは商売については熱心なんだそうです。
それともう一つ、イスラム金融では、我々に馴染みのある商取引を駆使することに
より、結果的には通常の金融と同じような効果を生み出すような工夫を使います。


最近ではそれなりに知られてきている情報として「利子の存在を許さない」という
ものが上げられるかと思います。
イスラム法とでもいうべきシャリアというものがあるのですが、その法において
実体のない取引を忌避するというものが規定されています。
利子とは、具体的な商品の取引ではなく、資金を貸し付けることによって発生する
ものなので、その存在が許されないのです。

では、例えば私がイスラム系銀行にお金を預ける場合、利息に相当するものは
貰えないで終わるのかというと、そうではありません。
例えば私が銀行にお金を預ける行為は、預金というよりも出資に近い感覚で
考えて頂ければ良いかと思われます。
シャリアでは、利子はダメですが配当はOKです。
それならば、私が銀行にお金を出資し、銀行がそれを運用し、運用益の中から
私に配当を支払ってくれれば、遊休資金を銀行に預ける意味が出てきます。
ちなみに、もちろん運用損が出る可能性もあるようです。


さて、これを我々レベルでの取引に引きなおすと、昨今で一番近いのは
金銭信託など、投資信託に近い性質を持っているといえるでしょう。
ただ、信託は現金化するには基本的には売却を伴いますので、その点に
ついては少し勝手が違うかと思われます。

そして、仮に日本国内でイスラム金融にお金を預けた結果得られた利潤は、
取引形態からすれば「配当(所得)」として取り扱うべきでしょう。
税制に即して考えると、20%の源泉分離課税ということになりましょうか。
或いは、少し現実味は薄いですが、金融組織を組合契約的な方法で組成
すれば、運用損益は事業所得として課税されることになるでしょうか。
イスラム金融という組織が、どの程度の規模で組成されるものなのかが
よくわからないので、そこらへんは何とも言いがたいのですが…。


まだまだ面白そうな点が沢山ありますので、少しずつ書いていきます。
少しでも興味をもたれた方は、是非参考図書の方もお買い求め下さい。


お金にまつわる動き(イスラム)その1
2007.12.08

昨日と今日、月に二日間受けている租税法務講座に行ってきました。
昨日は民法、今日は商法です。
一日で勉強できる量にはもちろん限りがありますので、半ば雰囲気を
味わうだけでおしまい、という部分もありますが、法律のエッセンスを
感じ取るには結構役に立っています。

で、昨日御茶ノ水の町を歩いていたら、トルコケバブを売っている
移動販売車がありまして、衝動買いをしてしまいました。
結構おいしかったので、また見かけたら買ってみようかと思います。


さて、表題の件ですが、現在吉田悦章さんの書かれた「イスラム金融入門」という
本を読み進めています。
これがかなり面白い。

イスラム金融に関する記事は、最近の新聞経済面などにちょくちょく出てきます。
私も何となく興味があったので、記事の切抜きをとってあったりします。
イスラムというものに対する断片的な知識から、かなり偏った想像をして
しまいがち(人間ってのは得てしてそういうものですが)ですが、これが中々、
もし日本においてもイスラム金融が普及したら結構面白いことが出来そうな気が
しています。
詳しくは本を読んで頂ければわかりますが、別にイスラム金融は私のような
ムスリムでない人間でも利用できるそうです。

この金融の仕組みを一つ一つ見ていくと、通常の銀行借り入れを利用するよりも
イスラム金融を利用した方が中小企業の資金繰りや個人投資家の遊休資金の
預け先として有利な状況も充分に起こりえることがわかります。
今現在、私がポイントとして考えているのは「所有」と「消費」という2点です。


せっかくなので、このblogで本当に触りの部分だけでも少しずつ紹介してみます。
また、これに併せて日本の税制においてどのような対応が考えうるか、少し考察を
してみたいと思います。


リスクテイカー
2007.12.07

昨日、御次男君がロタウィルスというのにやられまして、我が家に
新たなる危機が訪れて…と思ったら、朝は元気でしたね。
ただ、子供二人を別々の部屋に分けて寝かせていましたら、どちらも
「お母さんは~」と泣き出しまして、ええ所詮父親なんてそんなもんですよと
一人イジケル冬の夜が明けた寝不足の朝。
二時間おきに起こされるって新生児かオイ!!


昨今あらゆる所で話題になっていますが、身近な所で物価が上がっています。
食料品、ガソリン、タクシー料金等々、生活に密着した部分でその動きが活発です。
このような局面において、個々人はどのような対策が取れるのか。
もちろん節約、というのもありですが、ここは一つ投資について説明をしておきます。

インフレ時において、現預金のまま保有していることは資産価値の下落を招きます。
預貯金10,000円で、一個100円のモノは100個買えます。
一年後、もし一個当たりの値段が200円に上がる、つまりインフレになれば、50個しか
買えません。
名目上の資産価値は10,000円で変わりませんが、実質上は価値は半分に下落
したことになります。

もし貨幣一単位当たりの購買力を下げたくないのであれば、上記の例ならば
名目10,000万円を20,000円に引き上げる努力が必要です。
その為には、通常の預貯金ではまず不可能で、何らかのリスクを取る、つまり
投資商品を購入するという行為が必要になります。
(まぁ、この仮定はものすごく極端な例なので、そこはご了承下さい。)


さて、これは個人投資家としてのお話、では事業経営者はどうするのか?
答えは簡単、売上一個当たりの単価を引き上げるしかないわけです。
(じゃなければ、経費を削減するしかありません。)

ココ最近、私は顧問先に「値上げできそうな所は、ドンドン頼んで下さいね」と
お願いしています。
今からそういった助走、風潮を作っておかないと、今後物価の上昇が続いた
時に対応が難しくなるためです。
「そんな簡単に転嫁は出来ないよ」というのは最もなご意見ですが、これを
出来ない事業経営者は、早晩手詰まりになる可能性が高いです。
少なくとも、主張することすらあきらめているようでは、お話にもなりません。
ちなみに、値上げ交渉に成功した顧問先は、それなりの利益を産み出して
いる方がほとんどです。(狙い通りなので、当然といえば当然ですが)

例えば、見積もりの時に予め高めの価額を提示しておく等、極々当り前の
レベルで駆け引き、交渉をする習慣をつけるべきです。
こと下請けなどの場合、その点をまるっきり放棄してしまうがために、
立ち行かなくなってしまうケースが多々見受けられます。


最後に。
素材を中心とした商品市況ですが、今後10年以上に渡る相場の上昇が
見込まれる、というデータがあります。
コレはつまり、投資先として有望ともいえますし、対策を打たなければ
現預金の価値が目減りを続け、事業経営にも悪影響を及ぼすともいえます。
あなたは何時から手を打ちますか?
「明日って今さ!」ということで、今日から何か考えてみませんか?


夢の都
2007.12.06

正直、昨日の記事は反省はしている、だが後悔はしない。


おはようございます、流行の最先端を行く男です。
ちなみに流行語ランキングの半分以上が知らない言葉なのはどうなのかと。


さて、自分の知っている常識というものは、案外当てにならないものですが、
こちらの話なんてのもその内の一つではないでしょうか?
何と、我々はウサギではなかったのです。
確かに、海外で宿に泊まった際、別に広く感じたことってほとんどなかったのですが、
気のせいではなかったということで。

でですね、コレ、海外の富裕層を取り込んだりするのに使えないものかと。
最近話題の事項も含め、その気になれば海外に売り込めるポイントはそれなりに
あるのではないかと思うのです。
・世界6位を誇る住宅面積
・世界有数の経済力、技術力(まぁ議論の余地はあるのだが)
・世界の美食が集まる国(某ガイドお墨付き)
・四季折々の変化、一つの国で雪国から常夏の島まで
・独自の発展を遂げた、様々な文化(硬いのから柔らかいのまで)
さて、これらを統合してキャッチフレーズでも考えてみましょう…
設定は、そうだな…無難なところで吉祥寺辺りでどうでしょうか…


世界の東の果てに、独自の文化を育みながら、目覚しい発展を遂げた国がある。
その国には世界中の食が集う。
その国には最先端の技術がある。
その国には四季があり、一年を通して豊かな自然を味わうことが出来る。
その国には豊かな住空間と、力強い商業空間が共存する。
その国の首都、東京の郊外、緑豊かな街に、あなたの為の特別な空間がある…。


・・・なんだ、この分譲マンションのチラシにも載らないような陳腐なキャッチフレーズは…。
うわ~残念ながら、私にはコピーライタの仕事は勤まりそうにもありませんね。
それはともかく、冗談抜きにこれらの点はもっと強調されても良いと思っています。
まぁ数多くの欠点があることも認めざるを得ないのですが…ただ、それはおそらく
どこの国でも何かしら欠点は抱えているわけで。
かの有名な北欧って、寒いんですよ、ものすごく。

これに加え、海外からの移住者に対する税制等の優遇(これ、とても重要)を作るなど、
魅力的な点を政策面などから補えば、観光地としてだけでなく、居住地としての
日本を売り込むことも出来るのではないかと。
そして、それは当然に海外からの商業投資をも呼び込むことにつながるわけで。
お国柄上、プレゼンが下手なのは重々承知、それでもやっていかねば。


というわけで、上記の企画が気に入った方は、是非頑張って売り込んでいって下さい。
私への報酬は応相談というkダメですねそうですねゴメンナサイ。


ナウでヤングなちょうイケテルblog(残念っ!)
2007.12.05

余談。
この夏の猛暑日にですね、出かけた先でどうしても大食いの店を知りたく
なったものでインターネットで調べようと適当な店に入ったのですが、
そこにはネットカフェ難民が沢山いたんですよ。
そこで調べ物をしていたのですが、食品偽装事件が発覚してましてね、
何だか少し気も萎えたのですが、そこは持ち前の鈍感力で乗り切りまして、
周囲からは「どんだけぇ~」とあきれられたりもしましたけれども、
まぁ「そんなの関係ねぇ」って切り替えしておいたのですが、それにしても
消えた年金のことが気になって仕方が無い今日この頃ですね。
こんな時こそ、世間を明るくするためにもハニカミ王子が現れて
「どげんかせんとかん」とか言ってもらえると良いのですけどね~。


本題。
おはようございます、寒いですね、そんな世の中。
おしまい。


ラップでチン
2007.12.04

寒いからってしっかりと食べていたら、少し胃がもたれ気味。


最近よく目にする言葉でラップ口座というものがあります。
極簡単にいえば「お金預けるから、勝手に運用しておいて」という商品です。
銀行等が富裕層に売り込みをかけている商品で、以前は最低投資金額が
5,000万円以上あたりが相場だったようですが、ここ最近では1,000万円
位の小口ラップ口座も出てきているようです。

当り前の話ですが、投資で利潤を得るためには、かなりの勉強が必要です。
最近お会いした個人投資家(きちんとプラスを出している方です)は、セミナー
一つ出るだけでもぜんぜん違う、と断言されていました。
問題は、自分で勉強して稼ぐのか、いっそ最初から料金払って人にまかせるか。
お金を得るためには、お金をかけないといけないのです。


よって、専業やそれに近い投資家にとっては、自分で運用した方が効率が良い
との考えから、余りなじまない商品ですね。
「最初からお金持ち」の方が、余剰資金を運用するための商品といえるでしょう。
うん、なんて羨ましい。


この話で面白いのは、広い意味での金融業界の垣根がどんどん低くなっている
点にあるのではないかと思います。
販売は銀行、運用は証券というスタイルが成り立つように、他業種での交流が
活発になっている点です。
いずれは保険なんてのも絡んでくるかもしれません。
保険業界の優良顧客は、「喉から手」の典型かと思われます。

こと運用という視点が不足しがちだった銀行や保険が、証券との連携を余儀なく
されることから、今後も色々なサービスが出てくる、いや、出ざるを得ないかと。


出来るか、こんなもん!
2007.12.03

って怒っていたのですよ。

おはようございます、今日も天邪鬼です。
さて、誰が何に対して怒っていたのか?


まず一つ、建築関係者の話。
件の建築基準法、アレのせいで本当に建物が建てられないとのこと。
土建業界って、関わっている人が本当に多いのですけれどね。
こういう事態に、なぜ業界ゆかりの「まつりごと関係者」が黙っているのかが、
ちょっと不思議だったりします。
お得意のコネでも圧力でも使ってどうにかしないと、年を越せない会社がボコボコ
出始めますよ、コレ。
とかく悪口を言われがちな土建業界ですが、建築は国のインフラの基礎です。
このまま業界が停滞するようなことがあれば、国内景気全体に取り返しのつかない
悪影響を及ぼしかねません。


もう一つ、金融関係者の話。
金融商品取引法を考慮した上での投資信託等の販売について。
ロールプレイングをやってみて「これで買う人の顔を見てみたい」とのこと。
リスク、リスク、リスク、リスク…って、そりゃその面だけ説明していれば、
誰だって買うのも尻込みするというものです。
そもそも投資とは自己責任で行うものであり、自分でよくわからないなら
投資しなければ良いだけの話です。

ちなみに、直接金取法の影響ではないかもしれませんが、マネーサプライが
増加しているとのことです。
貯蓄から投資へ、といっていた動きは、ストップした模様です。
昨今の円高、株安の動向も、投資から手を引かせている大きな原因では
ないかとは思います。

このBlogでも何度と無く書いていますが、本当に金融立国とやらを目指す
つもりがあるのかなぁ…と不信感が募るばかりです。
外資の呼び込みを声高に叫ぶ一方、買収案件が起これば「日本には独自の
企業風土がある」といって突然排除する方向に向かう。
では、外資と国内のすりあわせをする方策でもあるのかというと、何もない。
言動共に不徹底、不一致が過ぎると思います。


コレ、どちらの業界にしても一罰百戒的なイメージが非常に強いです。
確かにどっかの建築士はどうしようもない人間でしたし、どこぞのカリスマ
社長もやってることは結構詐欺的でした。
が、だからといって業界全体を冷やしきってどうしようというのでしょうか?

これも何度となく書いていますが、仕事や道具、仕組み自体に罪を被せるのは、
結局はそこから生み出される利潤をも否定することになるのです。
最近の法制(無論税制も含みます)は、大局観を失っているようにしか
見えないのですが。


[in][to]
2007.12.02

読まなきゃならない本が大分溜まってしまいました。
今日のように一日お休みというのも久しぶりなので、少し読み進めるつもりです。


私のような新米税理士でも、顧問先が少しずつ増えてくると、本当に色々な業態の
事業・商売に触れることが出来ます。
そんな中、ここの所で実感しているのは海外取引の増加です。
売る相手、買う相手、仲介者等々、様々な形で海外取引が絡んでいます。

まぁ海外が絡むと色々と難しいのは確かなようです。
商習慣、果ては常識レベルから互いの主張が通用しないようなことも多いので、
中々にご苦労をされているという話を多く聞きます。

そんな中、海外相手で比較的成功している事業をまとめてみると、おぼろげながら
一つの傾向が見えています。
それは「海外に向けて商売をしている」方は割と成功しているのに対し、
「海外で商売をしている」方は苦戦しているケースが多いのです。


新興国はこれからの成長が期待されることから、商売として成り立つのでは、と
考えるところまでは皆さん容易に到達しました。
失敗している事例としては「海外の方が人件費も安いし、あっちで直接作れば
運ぶのも簡単だし、色々と楽じゃん」と安易に考えられたケースが多いようです。

これは、例えば労働というものに対する認識が、国によって余りにも違うような
点に起因しているみたいです。
後は製品の質など、色々話題にはなってもやはり日本の製品は高品質なようで、
結局何故高品質に保てるかというと「それなりの人件費を使って国内できちんと
仕上げているから」という当り前の結論に落ち着くわけで。
費用と品質はそれなりに正比例しているようです。


では逆に成功事例だと、国内から海外に向けて売る、安いものを海外から
仕入れてそれを国内で付加価値をつけて売る等、拠点は日本に持ちつつ
海外とのやりとりをしているケースが多いような気がしています。
あくまで土俵を自分の領域に作り、相手との交渉をすることで不利な交渉に
持ち込まず、安売競争に走らないように事業を進めているような場合です。


交渉では所謂5W1Hが大きなポイントを占めます。
スポーツでホームとアウェーの両方でゲームをするのは、不公平をなくす
ためで、それだけホームの優位性が考慮されているわけです。
これは商売でも当然に同じで、金額面のみを考え安易に海外に手を伸ばす
のは、特に中小企業にとっては取り返しのつかない損失を産みます。
まず自分の扱う商品が本当に海外で通用する普遍性があるのか、その点を
本当にシビアに考える必要があるでしょう。


手「あか」まみれの「くろ」うの成果
2007.12.01

赤ってのが、会計でもう少し良い意味で使われていれば、
この色へのイメージも改善するのですけどね…。


記事は少し古いですが、まずはこんな話題でも。
黒字申告の割合ってのは、本当に上がらない時期が続いています。

以前、世田谷にある顧問先の税務調査に立ち会った際、調査官にお聞きした所、
「世田谷管内では産業がそれほどないので、黒字申告は精々2割強位ですかね」と
おっしゃっていました。
先日横浜の緑税務署管内でお聞きした時にも、似たり寄ったりの数字でした。
事業経営というのが、どれだけ難しいのかが端的に現れている数字ではないかと。


上記リンク中でも説明されていますが、黒字割合を引っ張っているのは大企業中心です。
顧問先の現状でみると、3割も黒字申告をしているお客さんっていたかな、というのが
多くの税理士の実感なのではないでしょうか。
更にいえば、一件辺りの申告額の平均が6,000万円超って、
「ソレハイッタイドコノクニノオハナシデスカ?」というのが正直な感想です。


起業と経営が困難な時代、法廷実効税率の引き下げ等々、法人経営について
少なくとも税制上位はある程度のアドバンテージをあげないと、どんどん国の経済力が
下がっていくと思うのですけどね…。
日本ってのは確か「経済大国」であり「金融立国」を目指していたんだと思うのですが。