
無線LAN機器。
おはようございます、これとエレクトーンが無線でつながってインターネットへ。
練習曲やサンプル曲が聴き放題、何というか、隔世の感があります。
昨日からの続き、自分の長所を活かす人々の話です。
これは先日とあるところで聞いたお話です。
舞台は東京、世田谷方面のとある学校において。
生徒さんの中には芸能人、芸術家といった一家のご家族が多くいるようです。
そしてそんな家族のお子様は「自分をマネジメントすること」を自然と身につけます。
音楽家の子供は学芸会で、アスリートの子供は運動会で。
それぞれの長所を活かした活躍の場が「自主的に」与えられます。
子供達自身が「彼はこれが得意」「私はこれが得意」ということを分かっているからです。
あの子もこの子もみんな変人、だけどそれが当たり前。
彼らは「他人が自分とは違う」ことを自然と受け入れています。
ピアニストを目指す子供は、体育のドッジボールの授業を休むそうです。
そしてそれを責める人間など存在しません。
彼らにとって重要なのは「ボールのぶつけ合い」よりも「自分の武器である
指を大切にすること」です。
父母の会では一流のアーティストが音楽や絵画を披露します。
親もまた自分の長所を子供に対して披露します。
子供らはそれを見て「本物」を実感するわけです。
これは「仕組み」です。
子供のころから帝王学、つまり自分をマネジメントし他者との差別化を
図ることの重要性を学ばせる。
断言できます、その子供らはそこら辺の大人よりも自分を理解しています。
「嫌な子供だ」と思われるかもしれません。
しかし、世の中で一流と呼ばれる人々の多くはこのような経験を過ごして
から認められているのです。
「勝ち負けをつけるのは残酷だ」などといって徒競走で皆で手をつないで
走るなどという気持ちの悪い全体主義とは対極にあります。
このような思想にあるものこそが「没個性」なのだと私は思います。
一流のピアニストの足が遅かったとして、それが何か問題でしょうか?
苦手なものを経験させることも必要でしょう。
しかしより重要なのは「自分はこれが苦手なんだ」と自覚させることです。
何を「やらないか」を決めることが経営では本当に重要なのです。
「個人が個性を発揮できる世の中を」と口先だけは言っていますが、
教育現場でも、企業社会でも、そのような仕組み作りが進んでいない
ことは一目瞭然です。
現在、そのような仕組みに入るためには「お金が必要」なのが現実です。
本来ならばこの仕組みに入るために資金など必要ないはずです。
しかし「没個性推進」の社会においては、お金を払わないとこのような
環境を整えることが出来ないのです。
私はこの国が「変人で溢れ返っている」状況になることこそが現在の
閉塞感を打ち破る最大の策だと思っています。
他者の長所を素直に受け入れる。
ただそれだけで世の中は一気に良くなるのではないかと。
この項、最後に蛇足をつけます。


ビスカストップ





























