世界を創る

2009.01.04

おはようございます。

昨日からの続き、日本人の発想について。
「やおろずの神」なんて言葉がありますが、日本ではとりあえず
ありとあらゆる現象に神格を与えて信仰や畏怖の対象としました。
それらの神様はきまぐれで、とても人格者とは言えず、そろいも
そろって女好きで男好きで酒好きで、とても人間的です。
日本的発想では「世界を自主的に作っている」のかもしれません。

一つ象徴的なものとして、盆栽があります。
ご存知の方も多いかと思いますが、あれは鉢の中に「世界」を
作ります。
西洋的な発想でいえば、鉢の中の木の枝には必ず意味がなければ
ならないことになりますが、盆栽の世界はそんなものではありません。
「鉢の中全体で世界が構築されている」わけで、一つ一つの物質を
とりあげてもそこに合理的な理由があるわけではありません。
西洋におけるレゴブロックと、日本における盆栽とでも比較してみると
何となく違いがわかるのかもしれません。


なぜ最近このようなことが気になるのか。
それは「合理的な発想法が大切だ」という思想にとらわれ過ぎて
しまうと、我々は大切なことを見失ってしまいがちなのではないか、
と考えているからです。

この辺り、先日までの話と絡めて少し触れてみます。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


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