民業圧迫と言われるらしい
おはようございます。
昨日からの続き、かんぽの宿売却について。
この件とは直接関係ないのですが、先日「日本政策金融公庫」という
政府系金融機関の方とお話した時に聞いた話を少し。
(「国民金融公庫」の名前が変わったやつです)
金融公庫としてはもっと積極的に貸し出しをやりたいのだが、あまり
大々的にやると「民業の圧迫だ」と業界から批判を受けるので身動きが
取り辛い、とのことでした。
どうやら「かんぽの宿」についても同じような構造があるらしい、と
先日記事に載っていたのを覚えています。
「かんぽの宿」という組織が真に有用なものであり、社会からその存在を
強く要請され、内部の人間が「強いやりがい」をもって運営されているので
あれば何としてでもその存在は守られるべきだと思います。
その為には、いや、その為にこそ、とっとと民間に売るべきかと。
日本郵政公社という半官半民(実体をみればそう判断せざるを得ないかと)
状態で、上記のような社会的存在に組織を育て上げるのは多分無理です。
社会からの要請に応えるためには、もっと大きく、強く、早く動く必要が
あるからです。
現状それが出来ていないからこそ一年で50億も赤字が出るわけで。
そこに求められる性質は「政治のソレ」とは大分違うかと。
もし内部の人間の雇用を守るためには一括譲渡はけしからん、という程度の
理由ならば、別の雇用先でも作ってかんぽの宿は廃止すべきです。
確かに雇用は重要ですが、それが金銭的な意味合いを強くもつのだとすれば
別の雇用を作れば良いだけのお話です。
「どうしても旅館業に関わりたい」という強い要望をもつ従業員さんには、
別の旅館への就職を斡旋すれば良いのでは。
組織の維持には利益は絶対必要不可欠です。
「利益を出すこと」が目的になってしまうのは本末転倒ですので絶対に
避けなければなりませんが、「利益を出すこと」を否定することはそもそも
事業というものを否定していることになります。
「社会に対する責任や役割を果たす」ことと「利益を出す」こと、どちらも
絶対に欠かしてはならないのではないかと。
今回の騒動についていうと、経済的な合理性の問題もさることながら
「かんぽの宿」とはどうあるべきなのか、というビジョンに対する政府の
見解がまったく見えないことが真の問題なのではないかと思います。
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