誰かのためにお金を使う
2009.02.28

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セイコー、時計台。

おはようございます、施設内の時計台です。
ここでは節目の時間で皆に時間を知らせる仕事(ダンス)が出来ます。


ハーバードビジネスレビューの最新刊で紹介されていた小話より。
人間は「自分のためにお金を使う」よりも「他人のためにお金を使う」方が
満足感を得やすいのだそうです。
一定額のお金を複数の人間に渡し、次のように指示します。
・ある一群には全て自分のために使うように指示する。
・もう一つの一群には他人のために使うように指示する。
どちらがより大きな幸福を感じていたかというと、後者だったそうです。
金額の大小には関係がなく、問題は使い道なのだそうです。

寄付という行為は、合理的な行動からは非常にかけ離れた存在です。
税額控除だのが各国税制では認められていますが、それにしたってそのまま
保有していた方が自分の手元にはより多くのお金が残せるに決まっています。

人間は常に合理的に行動する、という前提を否定することから行動経済学という
学問は派生しているわけですが、よく寄付行為などが研究対象になっています。


この「誰かのために寄付をする・自分の力を使う」という行為、二つの側面から
考えてみたいと思います。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


自由=不満を産むもの
2009.02.27

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三井住友銀行。

おはようございます、園内にある銀行です。
ここに疑似通貨を預けたり、園内にあるATMで通貨の出し入れができます。


ここ最近「自分がどうあるべきか」ということをテーマにBlogを書き続けています。
しかし、実はこのような考え方はあまり広く受け入れられるとは考えていなかったりもします。
「自己実現を図ることができる社会=自由が発達している社会」であることは明白です。
自由でなければ、職業選択の自由もありませんし、新しい産業が発展することも
ありえません。
そして、自由であるということは「自己の行動に責任を問われる社会」であるということです。
自分のことは自分で決めなければならない社会、それが自由社会です。
自由とは決して楽園のような気楽なものではないということです。

「面倒なことは経営者や政治家が考えてくれれば良い」と思っている人にとって、
自由な社会とは非常にストレスが溜まるものです。
自分で自分の生き方を考える必要があるからです。


これは行動経済学による実験結果としても証明されているのですが、人間は
「選べる選択肢が多ければ多いほど、結果には満足しない」というものがあります。
定食のメニューが二つしかないお店と、二十種類あるお店とでは、実は
後者の方が「自分の選んだメニュー」に満足する可能性は低いのです。
まして自由な社会では職業・仕事の内容や進め方・結婚相手から宗教まで
何でも選びたい放題です。
当然、得られる結果に満足する可能性は下がりやすいわけで。


人間は不自由な方が幸福を感じやすい、というある側面から見た事実。
「そんなことはない」と否定するか、「それでも自由には価値がある」と克服するか。
あるいは「やっぱり不自由が良いや」と迎合するか。
考え方は色々、それもまた「自由の一つ」だと私は思います。

いつもお読み頂きありがとうございます。


欲と教育
2009.02.26

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電力緊急車。

おはようございます、東京電力のパビリオンでは停電事故の工事をします。
で、昨日の配電盤はそのための装置だったわけで…いや、ホントに芸が細かい。


昨日からの続き、欲の減退に対する最後の意見。
これも非常に問題がある決めつけですが、私はやはり教育の問題は大きいのでは、
という気がしています。
とくに「ゆとり」と呼ばれるものの影響は相当に大きかったのではないかと。
ここでいう「ゆとり」とは、勉強量の削減などを指しています。

従前の日本教育が「暗記・詰め込み」といって声高に非難された渦中のころに
私は学生時代を過ごしていました。
その当時は「そうだそうだ!」と思って授業量の削減などに気を良くしたものです。

しかし、社会人になり税理士試験に挑戦し、あの「大暗記大会」と揶揄される
勉強を続け、晴れて合格し開業した現在思うことです。
あの「大暗記大会」にも意味はあったのではないか、と。

私はあの暗記は「税理士としての基礎体力」を作るためには有効なものなのかも
しれない、と最近では考えています。
あの時身に付けた「知識に対する基礎体力」があるからこそ、新しい仕事に挑戦する
気概も産まれてきますし、現在でも勉強をすることが出来ています。


現在起こっている「欲の減退」の原因には、学校教育で身につけるべき基礎体力が
身についていないことがあるのではないか、と私は考えています。
何かに興味をもつのって、それなりのエネルギーが必要だと思うのです。
ある意味「ギラギラ」していないと、新しいことへの挑戦だとかそういった意欲は
湧かないのではないでしょうか。
そのギラギラした感じを身につけるためこその学校教育ではないかと。

今、老若男女含めて全ての人がやるべきことは勉強ではないかと思います。
とりあえず何でも良い、少しでも面白いと思えそうなものに取り組んでみては。
そしてその勉強方法は、愚直なほどに同じことを繰り返すような方法でも
一向に構わないのではないでしょうか。
勉強量を増やす、そうやって「行動をし続ける」うちに、新しいことを考える力も
自然と身についていくような気がします。


と、他人ごとのように語っているそのことを、私自身がもっと実践したいです。
最近ちょっと疲れ気味で、勉強の進みが悪いので、反省の意味も込めて書きました。
問われているのは常に自分のこと、行動しなければなりません。


いつもお読み頂きありがとうございます。


夜の営み
2009.02.25

haidenban.jpg

配電盤。

おはようございます、通路の脇に目立ってたんですよ。
邪魔だなぁ…なんて思っていたらですね…。(以下明日に続く)


昨日からの続き、男の欲の減退について。
この手の話もご存じの方が多いかと思いますが、日本人はセックスをあまり
しない国民として有名です。
そもそも「年をとっても現役で元気」だとかいう表現を恥だと考えている節が
あります。
それ自体は文化の問題もあるでしょうし、世界一のセックス好きとして
知られるギリシャ人のように生活するのもまぁ難しいでしょう。
(ほぼ毎日だそうですよ)

が、それにしたってあまりにも少ない、少なすぎる。
その手のニュースは探せばいくらでも出てきますが、特に若い夫婦や
カップル間でも減少傾向にあるような話が出てきています。
(中高年については、むしろここ最近オープンに話がされるようになってきました)

当り前ですけど少子高齢化への影響は深刻ですし、産業に対するダメージも
無視することはできません。
私は「男がスケベで何が悪い!」と思っています。
(無論、やたらな性交渉や浮気だのを黎賛するつもりもまったくありません)


この手の原因として、よく次のようなものが語られました。
・仕事のしすぎ
・将来に対する不安
・環境ホルモン等々
原因を一つに確定させることは難しいかと思います。
また原因を男の側のみに求めることも乱暴にすぎるかと思います。

しかし、やはり私の実感としては「若い男の欲を湧き起こさせる何か」がないことが
非常に大きな問題なのではないか、と思います。
そしてその対象は性的なものに限定されず、ありとあらゆる欲求について言えるの
ではないかと。


「上をみてもきりがない」とは昔からよく言われることです。
欲の限度を抑え、適切なレベルで留めることは大切なことです。
ただ、今必要なのは「欲を起こさせること」な気がするのですが…。

この項、明日まで続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


中高年女性のパワー
2009.02.24

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警察署。

おはようございます、お巡りさんが犯人を追ったり、裁判所が併設されていたり。
裁判は傍聴もすることができるようです。


昨日からの続き、元気のない男が増えた結果、中小零細企業の雇用には
確実に影響が出ているように感じられます。
以下、実際に顧問先やその周囲から聞こえてきた声を。


とある業種で、相手が代金の払ってくれない状態だったので請求に行ったケース。
若い男性:「行ったら相手に怒られたんで帰ってきました~」
中年女性:「がっつりと回収してきました!」

工場作業で目の前の仕事が終わった後の対応
若い男性:「やることなくなったんで休んでました~」
中年女性:「あっちの束、片付けておきました!」


どちらも極論ですが、最近こんなケースは決して少なくありません。
もちろん若い男性の中にも頑張っている人はいますし、中年女性が皆
勤勉なのかといわれればそんなことはありません。
しかし、経営者側はこのようなケースが続く中で、当然に「若い男は使えない」
という常識や思い込みを形成しつつあるように思われます。
結果、比較的若年層に当たる人間、特に男性の雇用が減少している面もあるのでは。

「失われた10年」と呼ばれた期間において、最も失われたのは経済的なものでは
なく精神的な支柱なのではないでしょうか?
特に男性に起こった欲の減退こそが深刻な問題かと。

コレ、真剣にマズイ問題を生みつつあるかと考えます。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


タンパクな雄ども
2009.02.23

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消防署。

おはようございます、保険屋さんが消防署。
実際の消防署にネーミングライツがついたら少々困りものでしょうか。


昨日からの続き、男の元気の無さについて。
ここ最近で聴いた話をいくつか。

若い男は飲みに誘ってもこない。
「明日があるから」って、明日は皆にあるんじゃい!

若い男は車を買わない。(若い女性は車を買っている)
クルマなんかなくたって良い、カッコ悪い、金がかかる等々…。
じゃ、他に何が欲しいの?と聞けば「いや、別に…」

若い男が一般事務職に就職したがる。
「営業や開発みたいな責任ある立場は嫌なんで」
あ~そうですか~へぇ~。

若い男が女性に興味を示さない。
「いや、オンナなんて面倒くさいだけなんで…」
…いや、もう、スイマセン、そうですか…。


誤解なきように書いておきます。
別に私は「男の生きがいは酒・タバコ・女・車・金だ!」なんて
いうつもりは全くありません。
私だって酒はなくても生きていけますし、タバコはもうやめました。
女性は(好きですけど)結婚もできましたし、まして金をはらって
そういう店に行きたいとも思いません。
車はまぁ用が足せればよいです。
金を稼ぐことのみが目的の人生はまっぴらごめんです。

要は「自分なりの強いこだわり」を持ってさえいれば良いのだと思います。
それが趣味の世界でも良いし、職業上の強いこだわりでも良いし、
家族に対する強い愛情でも良いし、何でも良いのだと思います。

どうも若い男性にそれがない、あるいはあるけれども周囲には分からない。
そんなケースが多いような気がしています。


そういう「欲求がない・見えない男」に対して、周囲がどのような評価を与えるのか。

「最近の若い男はボ~としたのが多いな」
「やる気のある男がいないよな~」
「言われたことしかやれないヤツが多すぎる」

こんな文句がよく聞こえてくるわけです。

実際問題、これは雇用関係にも影響を与えています。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


戦国ブーム
2009.02.22

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パン屋さん。

おはようございます、手作りパンを作って持ち帰れます。
焼きたては美味し。


昨日からの続き、昨今のブームについて。
何やら「戦国ブーム」なるものもあるとか。
世の女性(いや、どこまで含まれるのか知りませんよ?)には今戦国武将が
流行しているのだとか。
きっかけはゲームや小説当たりだと言われているみたいですが。

何でも
「戦国武将の、自分の思いを大切にしてそれを達成するためにひたむきに生きる
姿や、友や情、仁義を大切にして泥臭く生きる姿がタマラナイ!!」んだとか。

…いや、ちょっとマテ、草食系男子だかって昨日の話は一体なんなのだ?
この「草食系」なるブームと「戦国武将ブーム」が起こっている女性層が仮に
全く重複していないとすれば理解もできますが…。
どうもこの状況を考えると

・目の前のガツガツした男はうざったい
・物静かな可愛い男の子をどうにかしたい
・物語上の熱い男はカッコイイ!!

ってことでしょうかね…。


表現として大いに問題があることを承知の上で、敢えて書きます。


若い男に元気がないのでは?


この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


草食系
2009.02.21

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テレビ局。

おはようございます、テレビ局もありました。
中ではニュース原稿なんかを読んでいるみたいですね。(局の外に画面があります)


昨日からの続き、欲について。
私自身、周囲にあまり欲を隠すことなく生きているタイプです。
仕事でもお客様に対して意見をガンガン言うことも多いですし、趣味で言えば歌も
殺陣も我慢するつもりなぞサラサラありません。
綺麗な女性と話をしている時は素直に嬉しいですし、美味しいものを食べていると
本当に幸せな気持ちになれます。
残念ながら、昨今のご時世ではこういった生き方はあまり「格好良い」とは思われて
いないようですが。


何でも「草食系男子」なる言葉があるそうで。
イメージとしては「新世代の優しい男」なのだそうです。
特に恋愛などに関して、あまりガツガツとせず、自分のことを前面に押し出さず、
相手を尊重し平等感を大切にして付き合っていくことを価値観としているのだとか。

それが「良い男」と呼ばれる条件だとすると、私には絶対に到達できそうもありません。
「俺が俺が!!」という生き方が正しいとは思わない、ということは先日も書きました
しかし、私の価値観において真に相手を尊重することとは、自分のやるべきことをやり、
相手にも相手のやるべきことをしっかりとやってもらい、お互いが力を尽くして頑張ること
です。
少なくとも
・言いたいことも言えずにモジモジしている
・特に自分の意見に拘らず、相手の意見をきくようにしている
これは相手を尊重していることにはならないのではないかと。


と、その一方でもう一つ面白い話を聴きました。
明日、その話でも。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


欲の力
2009.02.20

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トイレでクイズ。

おはようございます、トイレに行きますと、便器製造メーカーによるクイズが。
「トイレが出来るまで」がこれで分かります。(どこまでもスペースを無駄にしないようです)


一昨日、趣味の世界について飽きてきているのでは、という話を書きました。
昨日、差異を認めない世界が私には理解できないという話を書きました。
この二つの話に共通するのは「欲の存在が認められていない、悪である」という
ことなのではないか、などと考えています。

私は「欲」というものは、人間がより良く生きるために絶対不可欠のものであると考えて
毎日を過ごしています。

・お金が稼ぎたい
・良い食事がしたい
・仕事の成果を人に認められたい
・綺麗な女性と会いたい、カッコ良い男性と話したい
・いや、むしろ綺麗な女性と(以下検閲)

こういった欲求を見せることはカッコ悪いことだ、という雰囲気が随分と前からあります。
しかしながら、欲のない人間に良い仕事が出来るのかと問われれば、私はどうも
「否」なのではないか、という気がしています。


少し前にも経営や宗教、全ての世界で問われているのは「自己実現能力」だという
話を書きました。
「あるべき自分の姿、つまり欲求」を持たない人間に、一人前の仕事が出来るとは
私には思えないのです。

そして、その欲のきっかけは世間から浅ましいと思われるようなものでも一向に
構わないのではないかと思います。
事実、多くの一流男性ミュージシャンが音楽を始めたきっかけは
「女性にもてたかったから」
という「浅ましい(とされている)」ものでした。


そんな欲について、最近お客様と話になったことでも少し。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


ありえんわ~
2009.02.19

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消防車出動!

おはようございます、これも少しミニサイズ。
でも作りは結構しっかりしていたりします。(大人は乗れません)


こんな記事を読んで。

「委員長になれない子が劣等感を持つ」ですか…へ~そういう理屈ですか…。
いや、別に制度として委員長を置く、置かないは自由でいいと思いますけどね…。

では結婚制度は駄目ですね、結婚できない人が劣等感を持つかもしれませんから。
団体の組織も許されないでしょう、組織内の序列で劣等感を感じる人がいるかもしれません。
会社勤めなんてもってのほかです、仕事が出来ない人が劣等感を持ちますので。
試験は全て廃止しましょう、劣等感を産む原因になります。
選挙も駄目ですね、落ちた人が劣等感に悩むことになります。

要するに人間は「学校に行かず」「働きもせず」「自宅に引きこもり」「他人と関わらず」
生きていかざるを得ないということでしょうかね。
そういえば、最近こんな生き方をしている人たちがよく話題に上りますね。
ああいう生き方が理想ということなのでしょうか。


人と人は違うからこそ価値がある。
学級委員長に向いている人もいれば、向いていない人もいるでしょう。
足が速い人もいれば、遅い人だっています。
学業の成績が悪くったって、気の優しい子供もいるでしょう。

「そういった差異を認め、多様性を産むことが社会の活力につながるのでは」みたいな
主張、よくそういった団体の皆様方はおっしゃっていませんでしたっけ?
差異を認めない、これぞ正しく差別では。


少なくとも私とは全くもって相容れない価値観です。
皆で同じようなことやっているような社会ほどつまらんものもないと思いますがね…。


いつもお読み頂きありがとうございます。


飽きてきた
2009.02.18

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火事だ!

おはようございます、消防署に連絡!
至急消防車をお願いします!(次回、乞うご期待!)


表題の件、最近思うのですが、皆さん趣味の世界に飽きていませんか?
私の趣味である合唱の世界では、よく不況になると合唱がはやる、という
ジンクスのようなものがあります。
体一つで始められるから、割と手軽に始められるのです。

が、ここ最近思うのは、以前から歌っていた人たちが離れていくケースが
増えているような気が。

要因として、経済的なものは確かにあるのかもしれません。
歌なんか歌っている場合ではない、と。
しかし、どうも話は金の問題だけではない気がしています。
なんでしょう、趣味の世界全般的に制度疲労的なものが起きているというか。

最近、新しい趣味の話題というものをあまり聞かない気がします。
数年前なら
・フラダンス
・ヨガ
・アロマ
・殺陣
ざっと挙げるだけでも、この辺りは流行していたり静かなブームが始まっていました。
どうなんでしょう、最近こういった話があまりない気がするのですが…。

こういった気だるい感じが、所謂閉塞感というものなのでしょうか。
繰り返しになりますが、これは金銭的な問題よりも気分的な問題が大きいかと。

何か新しい動きが出ないもんかな、などと思いつつ。


いつもお読み頂きありがとうございます。


資格取得はスタート地点
2009.02.17

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建設現場クレーン。

おはようございます、昨日の現場ではこのクレーンを使います。
建材を下から上へ、上では外壁の組み立てをします。


昨日からの続き、会計人の努力不足について。
今になってみると当り前、税理士試験の受験生時代にはどうしても見えなかったこと。
資格を取るのがゴールではなく、そこから何を学ぶのかということが問われています。

税理士試験には経営学はありません。
もし顧問先の事業についてサポートしたいのならば、改めて勉強する必要があります。
公認会計士試験ではそれほど複雑な税務の知識は身に付きません。
個人所得税だとか相続税まで業務をしたいのならば、相当の勉強が必要です。
要は「試験勉強のみで実務を行うことはできない」という当り前のことです。
現在真面目に仕事をしている会計人は、合格後に受験生時代よりももっとスゴイ
勉強をしている人が多いのです。


ところがそういった努力を見せたりだとか、あるいはその成果を効果的に顧問先に
提示することについて今までの会計業界がやっていたか、やはり疑問です。
学生時代、定期試験の前に「いや~全然勉強してないんだよ」と妙な謙遜を
する人が必ずいますが、業界を通してそんな雰囲気があるような気がします。

もっと言うと、先日書いた「だって所詮は帳面でしょ?」という感想を一番強く
持っているのは、実は会計業界人なのではないかと思います。
「所詮ウチラは事務屋だし」という昼行燈的な対応の結果が、現在のような
顧問料の低減傾向を生み出している要因の一つなのではないかと。


もちろん「俺は頑張っている!」「努力した!」「俺の話を聞け~!」といった
態度が正しいのかといえば、そうではないかと思います。
経営の本を読むと必ず出てきますが、真に必要な能力は
・上手に話すこと
ではなく
・上手に聴くこと
です。
努力の上で相手の話に耳を傾ける、そういった態度こそが望ましいのだと思います。
(自分で書いていて、これほど耳が痛い話もそうそうないのですが)


会計業界人のみならず、全ての企業人(経営者・被雇用者含む)に問われているのは
・自分が何をしたいのか
・その為に何をすれば良いのか
なのだと思います。
上手く自己発信をすることで、自分の仕事を貶めるようなことは減らせるような気がします。


いつもお読み頂きありがとうございます。


評価が分からない
2009.02.16

kensetsugenbahyousiki.jpg

建築確認証。

おはようございます、建設現場にて。
…表示が色々と足らないのはご愛敬ということで。


昨日からの続き、努力すれども顧問料は下がるということについて。
そのような傾向が続いている一つの原因として、やはり「努力の結果が
顧問先にどのように還元されているのかが分からない」ということかと。
税理士の名刺に「コンサルタント」と入れるのは自由です。
しかし、これについては多くの方のご賛同を頂けるのではないかと思います。


「コンサルタントって、何か胡散臭くない?」


会計業界でいえば、経営コンサル・税務コンサルといった肩書を標ぼうする
ケースが多いかと思います。
コンサルタントという仕事の定義自体が中々難しいですが、ここでは
「お客様のために色々と提案してよりよい方法を考える」ということに
しておきます。

ところがこの提案によってどの程度顧問先が良い結果を得ることが
出来るのかがよくわからない。
だから会計業界人がどんな努力をしていようが、それに対して報酬を
払うようなことはしたくない。
だって結局は所詮帳面でしょ?
市場の評価はこんなところでしょうか。


とこれだけ書くと、悪いのは消費者で会計人が被害者のような印象を
持たれるかもしれませんが、そんなことはありません。
実際には会計人側が「見せる努力」を怠っているケースも多数あるかと。
その点について明日にでも。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


でも顧問料は逓減傾向にある
2009.02.15

syokuan.jpg

職安、リクルートから。

おはようございます、館内入口近くには職安が用意されています。
ここで「どんな仕事がしたいのか」の説明を受け、紹介状まで書いてもらえます。


昨日からの続き、会計に対する評価が上がっているのは嬉しいのですが、
ではそれに対して顧問料という観点からするとどうなのか、ということでも。
タイトルでもお分かりだと思いますし、すでにこのBlogでも何度か書いていますが、
税理士(税理士業を行っている会計士を含む)に対する顧問料については
ここ最近での低減傾向が著しいです。
この業界でも価格破壊の波が訪れていることを感じます。

これには色々な考え方があるかと思います。
そもそも従来の値段が高すぎたのではないか?という説。
会計業界の高コスト体制を見直せば、もっと安く出来るのでは?という説。
消費者(経営者)側が価格に対して非常に敏感になったのでは?という説。
ITの発展により、比較可能性が高まったことによる影響では?という説。
どの説にも一理あるかと思います。

従来の会計業界に関して、問題がないかと問われれば、答えは「ある」です。
明らかに相場離れした法外な顧問料をもらい、ろくすっぽ仕事もしないような
どうしようもない同業者も見たことがあります。
そんな同業者は規模の大小問わず存在します。
3月14日になって初めて帳面ができて、その日の夜中まで電話をかけてきて、
大した検証もしないで申告書を出しているようなど~しようもない大手税理士
法人が東京に確実に一個存在しています…。


ただ、では皆がどうしようもない仕事をしているかと問われれば「否」です。
本当に立派な仕事をしている先輩も多数いらっしゃいますし、顧問料だって
適正な価格だと思われるケースも多数あります。
(以前、面談の場所で前任の税理士さんを一生懸命フォローしたこともあります)
むしろ、ここ最近の経済状況を踏まえ、より質の高いサービスを提供しようと
頑張っている会計業界人の方が多いのではないでしょうか。

しかし、そのような頑張りが顧問報酬には反映されていません。
むしろ「努力や苦労が増えるほどに報酬は下がっていく」傾向にあります。

そこら辺、要因でも簡単に。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


会計を利用した経営診断
2009.02.14

radiostation.jpg

ラジオ局。

おはようございます、ミニラジオ局です。
J-WAVEのパビリオン、中では子供が館内向けの放送を担当していました。


昨日からの続き、会計業界に関する観点について、単なる事務行為では
ないという方向から見てみます。
ここ最近の新規面談などをしていて感じることですが、中小零細規模の
企業の経営者の方々が会計というものに対する考え方を変えつつある、
という気がします。
具体的には会計を単なる事務ではなく、経営を進めるために必要不可欠な
ツールと捉えている方が増えています。

過去数年間に渡り、会計ブームのようなものがありました。
一過性のものに終わった部分もありますが、一部においては経営者の方に
良い影響を与えた面もあるように思えます。
会計帳簿というものは事業経営の結果を診断するためには必要不可欠な
ものですので、それに対する評価が上がってきたことは好ましいことなのだと
一業界人として思っております。

ただし、随分と前にもネタにしていますが、それでは「会計さえしっかりと
していれば企業経営は大丈夫」かと問われれば、私ははっきりと「否」と
答えるようにしています。
極端な例を挙げれば
・帳面はずぼらだけど営業能力が高い経営者
・帳面は丁寧だけど営業センスがない経営者
この二者でいえば、やはり成功しやすいのは前者だと思います。

前者の方は「会計が重要かも」という認識さえ持って頂ければ、会計士なり
税理士なりとお付き合い頂ければ経営に必要な能力は補完できます。

後者の方は、残念ながらどれだけ帳面をしっかりと作っても会社に儲けが
出ることはありません。
昨日書いた「帳面が利益を産むわけではない」ということは、このような
側面から考えると確かに真実です。

つまり会計が経営に役立てる状況とは
・そもそも経営者が事業に対する明確なビジョンを持ち、行動している
・その上で適切なタイミングで会計帳簿を処理し、結果を診断している
物凄く簡易にまとめると、このようなものになります。


で、会計帳簿に対する評価が上がってきたことに対しては嬉しいのですが、
それとはまた違った問題が生じているように思えます。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


利益を生まないと思われている
2009.02.13

yamatosyuuka.jpg

集荷風景。

おはようございます、ヤマトのお仕事である集荷中です。
このあと事務所に戻り、車に乗ってお届け先に届け物をします。


昨日からの続き、会計業界についての現状分析でも。
先日引用した週刊ダイヤモンドの記事中でも触れられている一言が
この業界に対する世間の評価を表しています。


「利益を生まない監査報酬はできるだけ下げたい」


上場企業が公認会計士に監査をお願いするのは、株式市場に対する上場を
維持するためには監査が必要だからです。
監査にはそれなりの費用(1,000万円超)がかかりますが、その費用に見合った
市場の活用を企業が出来ているのかといえば、残念ながらそうとも言えません。
現在のように株式市場が極端に低迷し、流動性が低下しているような状況に
おいては、企業が上場していることの意味合い自体が薄れてきます。
その状況下において監査法人が「監査料の値上げ」をお願いすれば、そりゃ
前述のような評価が出てくるのも仕方がないかもしれません。

税理士業も同じようなものです。
税務署に対して申告をするのは、それをしないと法人として正常な取引を
行うことが出来ないからです。
「本音を言えば税理士になんか金を払いたくない」と思いながらも
顧問報酬を支払っている企業は結構います。
公認会計士の監査とは規模が大分違いますが、市場からの評価としては
「単なる事務屋」という辺りが一番妥当でしょう。


無論、上の二つの評価は極端な例です。
しかし、この「事務屋」という評価こそが会計・経理を常に覆い続けている
暗雲だったりします。
「会計がしっかりしていても利益が出るわけではない」
残念ながら、これはある一面においては非常に正しい意見です。

その一方で「会計帳面を使った経営に関する分析」という観点もあります。
その点については明日にでも。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


外からか中からか
2009.02.12

yamatotakuhaibox.jpg

ヤマト宅配ボックス。

おはようございます、これも少し小さめサイズ。
しかし、どれもこれも作りが細かい。


昨日からの続き、公認会計士に関して。
よく聞かれる「税理士との違い」についてでも。
なお、物凄く主観を込めた説明となっています。
更には各業務内容についても、相当に狭く捉えています。

まず税理士から。
税理士の本分は「税金の計算」です。
そしてそれは「税務署等に対する申告書の提出」という形で行われます。
申告書には決算書が添付されます。
決算書を作成するためには会計的な能力が必要になります。
従って、この決算書を作成するという作業も多くの場合税理士の仕事に含まれます。

要約すると、税理士は顧問先である企業内部の人間と協力をして
・税務署等に提出するための税務申告書や会計決算書を作成する
のがお仕事です。


次に公認会計士です。
公認会計士のお仕事は
・企業が作成した会計決算書がきちんと作られているか
のチェックです。
投資家は企業が発表する会計決算書を判断材料にその企業の株式を購入するか
等の投資判断を下すことになります。
もしその会計決算書に誤りや粉飾が混ざっていれば、投資家は誤った判断を
させられてしまう可能性があります。
従って公認会計士が出来上がった会計決算書やその元となった資料を調査し、
本当にきちんと作られれいるのかを監査します。

ちなみに、公認会計士に会計決算書をチェックしてもらう必要があるのは、
比較的規模が大きな企業です。(上場or上場候補企業)

監査の結果、きちんと作られているとなれば「監査意見」が出され、
「この企業はきちんと決算書を作っていますよ」とお墨付きをもらえます。


従って、同じ会計帳面を相手にする商売でも、税理士と公認会計士では
関わり方が180度逆なのです。
税理士は会計帳面を作る側から、公認会計士は出来た帳面をチェックする側
から帳面をみることになります。

実際には税理士業務を行っている公認会計士がいたりするので、
一般の方には未だにこの二つの士業の違いが浸透していなかったりします。


ということを踏まえた上で、会計業務に絡む職業の現状分析でも。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


監査報酬
2009.02.11

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ヤマト運輸。

おはようございます、パビリオンの一つ、「宅急便」でお馴染みのヤマトです。
他のブースから物を預かり、それを他のブースまで届けます。


毎週読んでいる「週刊ダイヤモンド」の最新号に、監査法人に対する監査報酬に
関する記事が載りました。
ここ数年の会計が絡む事件の続発を背景に、上場企業等にはより細かい会計系の
チェックを継続的に入れることが要望されました。
その結果、監査法人の作業量が増加、現行の監査料では監査法人としても経営が
厳しいので、料金の値上げ交渉が相次いでいるようです。

しかし、この不況下において監査を受ける企業としても経費を少しでもカットしたい
ため、値上げに対する相当の抵抗があるようです。
今まで監査法人の変更というと
・「監査意見に関する見解の不一致」
・「粉飾関係のゴタゴタ」
この辺りが原因のことが多かったのですが、これからは監査報酬を原因とした
監査法人の変更も多くなってくるかもしれません。


…と当り前のように書いていますが、そもそも「公認会計士」なる人たちが
一体どのような仕事をしているのか、実は世間ではあまり知られていません。
ついでによく質問されるのは「公認会計士」と「税理士」の違いはなにか、
ということです。

せっかくですので、少し取り上げてみます。
この項続く。

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企業広告
2009.02.10

imagechara.jpg

キャラクター。

おはようございます、キッザニアキャラクター。
意外と身軽で、結構軽快に踊っていました。


各パビリオンは個別企業による出展となっています。
宅配ならヤマト、警備会社ならALSOK、ハンバーガーはモスといった感じです。
要するに、テーマパーク全体が企業による大規模な広告スペースといえます。
その点はよーく覚えておいた方が良いだろうと思います。

各ブースで大人たちが言っていることには個別企業の思惑が含まれています。
ここでネチネチと挙げてもどうかと思うので書きませんが「そりゃお宅の会社の
都合だろ!」と突っ込みそうになったお話もチラリと。

子供達は素直ですので、当然に大人の言うことを信じています。
その辺りの「大人の事情」については、親御さんが適宜調整をしてあげた方が
より良く遊べるのではないかと思います。


とはいっても本当によく出来た「ごっこ遊び」です。
念のためいえば、これは褒め言葉です。
アミューズメントの基本は「遊び」だと思いますので、その意味ではこれ程
遊べる施設も中々ないかもしれません。


…ま、どんなに待っても「税理士」が職業ブースに登場することはないだろうな…。


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認められること
2009.02.09

kidmachinami.jpg

街並み。

おはようございます、園内風景。
大体のものが、実物の3分の2サイズらしいです。(街灯とかも小さいです)


子供はパビリオンで与えられた仕事をこなすことで給与をもらいます。
仕事の内容は結構種類があります。
宅配、料理、工事、機械操作、設計、提案、漫画家等…。
難易度やかかる時間、もらえるお給料まで色々な点が異なっています。

もちろん人にもよりますが、子供達は真剣です。
小学生くらいともなると冷めているのかと思いきや、結構真剣にやっています。
ましてや幼稚園児・保育園児の真剣度たるや、そりゃぁもう。

やや平たくいってしまえば、物凄くお金と場所を使ったお店屋さんごっこです。
子供がお店屋さんごっこを好きなのは皆様もご存じのことかと思います。
その中で大人から「お疲れ様でした」「ありがとうございました」などと言われて
自分が認められていることを知り、嬉しがるのだと思います。


子供達はパビリオンを終えたあと、誇らしげに「これ作った!」だの「あれやった!」
だのと大人に報告をしてきます。
認められて嬉しいんだろうなぁ…と素直に思えます。
認められたいのは大人も一緒、やはり大切なのは「褒められる」「認められる」といった
当り前のことが企業や社会の中で適切に行われているのか、ということなのかも
しれない、などと少し思いました。


と、ここまで割と手放しで褒めておきましたが、当然に注意点もあるわけで。
明日、その点でも。
この項続く。

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園としての方針
2009.02.08

kidhikouki.jpg

入口近辺にある飛行機。

おはようございます、昨日に続きキッザニアネタ。
設定として、かの場所は「異国」であり、入口は空港のようになっています。


開始の時間になると、飛行機の着陸音がして従業員さんのダンスが
始まります。
ここら辺は非常にオーソドクスなアミューズメントパークとして成立させて
いるようです。

最初にパビリオンに行った時点で、それぞれの子供に名前と年齢が書かれた
名札シールが貼り付けられます。
以降、園内では子供は従業員の方から「○○さん」と呼ばれることになります。
園のポリシーとして、子供を一人前扱いすることに重きを置いているようです。

そのため、大人は徹底して添え物です。
パビリオンの内部に足を踏み入れることすらできません。
子供が頑張っているのを外で見ていることしか出来ないようになっています。

中には「お母さんと一緒じゃないとやだ~」と泣き出す子もいました。
その場合、残念ながらパビリオンには参加できません。
徹底して「子供だけで何とかする」ことを求めているようです。
(とはいっても、子供だけでは園内には入れないようですが)

パビリオンによっては2時間待ちなんてのもザラです。
その場合でも、大人が代わりに並んで後で子供がくる、といった行為は
認められていません。
あくまで「子供自身が並んで待つ」ことが求められています。


パビリオン内部で行われているのは職業体験です。
昨日も少し触れましたが、これがエンタテイメントとして中々よく出来ています。
厳密な意味での職業体験や、仕事をすることの意義を学ぶことが出来るか、
と問われれば正直疑問点も多くあります。
しかし「楽しいか楽しくないか」という観点で見るならば、楽しめるように大変
配慮されているように私は感じられました。

具体的な内容をここで書いてしまうのはもったいないのでやめておきます。
しかし、各ブースとも「見せ方」についてよく考えているな、というのが実感です。


もう少し書いてみます。
この項続く。

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キッザニア行きました
2009.02.07

kidiriguchi.jpg

入口。

おはようございます、というわけで行ってきましたキッザニア。
知らない方も知っている方もお付き合いのほどを。


キッザニアは東京都江東区の豊洲にあるテーマパークです。
「子供の子供による子供のための国」とでもいいましょうか。
様々な企業がパビリオンを出しており、そのパビリオンで疑似的な
仕事をすることでお給料を稼ぎ、疑似通貨を稼ぐことができます。

開業から2年が経過していますが、中々の人手でした。
私は先月の平日、一日仕事を休んで行ったのですが、午前中から昼に
かけてはかなり一杯でした。
昼から夜にかけてはそれ程混んではいませんでしたが、それでも
パビリオンによってはかなりの混雑をみせていました。


私の感想としては一言、「とても良く出来たエンターテイメント」でした。
好みの問題もあるでしょうが、大変楽しませて頂きました。
我が家は習慣として人が多いところには出かけないようにしているのですが、
また行っても良いかな、と家族そろって思っています。

せっかくですので少しだけネタにしてみます。
この項続く。

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声が…
2009.02.06

ringonokawa.jpg

りんごの皮。

おはようございます、先日のみかんの皮に続いて干してみました。
風呂にいれましたが…うん、ほとんど効果なし、油分ないですからね…。


今週の頭に確定申告の無料相談というものの担当をやってきたのですが、
その翌日から声が出ません。
一日で何十人かをお相手したかと思うのですが…中々大変でした。

喉が痛いわけでもなく、単に「枯れて声がでないだけ」なのですが、
仕事にも多少の支障が出ており、困っています。
医者曰く「静かにしているくらいしかない」と言われました。
が、この時期にじっと静かに座っているわけにもいかず…。
少し長引きそうです。


…せめてもの救いは、しばらくは歌の本番がないことですね…。
人として軸がぶれているような気もしますが、私にとっては一大事。

お客様とお会いする予定も入ってきているので、早く治したいものです。


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実効税率
2009.02.05

taiikukan.jpg

お祭り会場。

おはようございます、先日の殺陣発表会はこちらでありました。
我が家の御近所、よく行っています。(高津スポーツセンター


先日の新聞で個人に対する実効税率に関する記事が載っていました。
記事の主張としては「日本の実効税率は決して高くない」とのこと。
より正確には「累進性が働いている」という表現でした。
累進性とは「高所得者高負担・低所得者低負担」ということです。

前から何度かここにも書いていますが、私は日本の税制はかなりの
程度で平等に出来ているように感じています。
ここでいう平等とは「累進性」についてです。
日本国内でそれなりの所得を出すと、結構な税金を取られます。
それに対し、低所得者に対しては非常に低負担となっています。
あまり世間ではそう思われていないみたいですが…。


よくやり玉に挙げられる「繰越欠損金による税逃れ」なんてものですが、
あれだってもしこの規定がなければ多くの中小企業が潰れてしまいます。
ニュースではさも「大銀行・大企業のみがメリットを受けている」ように
書かれていますが、この規定のメリットを最大限享受しているのは
間違いなく中小零細法人です。

確定申告の無料相談をやっていても思うのですが、税金に関して
「過度な思い」を持っている人が多いように感じられます。
「1円も払いたくない」といってごねる人から「もっと多く還付されるはず」と
妙な期待を持つ人まで、反応は様々ですが。


適切にコントロール出来れば、大概のことでは生活が破たんするような
ダメージは与えないように税金は出来ています。
だからこそ税に関する知識は誰しもがある程度知っているべきだと
私は考えているのですが…。


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斬られる方が難しい
2009.02.04

touzokua.jpg

盗賊Aの雄姿。

おはようございます、ま、最初に出て最初の方で斬られるのですが。
が、これが中々ですね、難しく。


おそらく皆さんは「真中で斬っている主役が難しい」と思われるかと思います。
しかし、実際のところ、周囲にいる斬られ役の方が難しいように感じられます。

まず「斬りかからない時間のテンション」を如何に落とさないか。
時代劇で主役の後ろで「斬りかかろうとしているけど中々いけない人たち」が
沢山いますよね?
あのいけない状態を如何に周囲に飽きさせないように見せるかが、
物凄く難しいです。

一つ一つの動きには当然に動機づけが必要です。
主役が刀を抜けば身を引くでしょうし、こちらに背中を向けていれば
行こうとするかもしれません。


そして、あくまで芸として成立している以上、主役と斬られ役は意思疎通が
出来ていないといけません。
そしてその意思疎通の際、実は斬られ役の方からより強く主役に思いを
伝えようとしないと、殺陣は上手くいかないように思えます。
主役はその斬られ役からの思いを受け間違えなければ、概ね正しい
返し方(受ける・避ける・さばく・斬る等)が出来るようです。

要するに斬られ役が「自分の役割」をきちんと自覚している必要が
あるようです。
この舞台で、自分がこのタイミングで斬られることで、進行にどのような
影響がでるのか、といった要素です。
その意味で、昨日私がやった「最初に出てきて最初に斬られる」というのは
結構重要な役だったのかもしれません。


斬る人、斬られる人、両方いての殺陣でございました。

いつもお読み頂きありがとうございます。


ものっすごく遊びました
2009.02.03

touzokub.jpg

斬られ役。

おはようございます、先日殺陣の発表会がありまして。
その名も「盗賊A」。


その日は
11時頃まで:殺陣発表会
11時から:練習会場へ移動、合唱の練習
12時より:本番会場へ移動、夕方に合唱の本番
19時より:練習会場へ移動、合唱の練習
21時より:殺陣の打ち上げに参加


うん、素晴らしい休日でした。
とりあえずこういう「アホな一日」があるのは、自分の人生には
とってもプラスに働いている気がします。

ちなみに殺陣をやっていて案外と面白いと思ったことが一つ。
明日にでも少し。

この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


悪いのは自分
2009.02.02

shirakoponzu.jpg

タラの白子ポン酢。

おはようございます、先日お知り合いの方から頂きました。
いや~美味いのなんのって…(そんなに量は食べられないですが)。


昨日からの続き、決定に関して。
最近私は次のことを自分に対して言い聞かせるようにしています。
「今の自分が苦しいのだとすれば、それは全て自分のせい」
「今の自分の状況が良いのだとすれば、それは全て周囲のおかげ」

これだけ書くと何やら妙にストイックな文章に見えてしまうかもしれませんが、
実はこの方が色々と楽だったりします。
何かで苦しんでいるとき、結局自分で変えられることって自分の行動くらい
しかないのではないかと思うのです。

人間関係で悩んでいるとして、その相手に勝手に変革を望んでも、まず
期待通りに変わってくれることはないでしょう。
景気、政治など、どんなものでも一緒です。
対象に一方的な願望を持っていても、おそらく何も変わらないかと。


であれば、まず自分の行動を変えてしまった方が気が楽かと。
常に問われているのは「この状況に対して自分はどうするのか」という
ことなのではないかと私は考えます。

出来ることから少しずつ。
…そうはいっても、自分の実力不足に落ち込むことも多い毎日ですが…。


いつもお読み頂きありがとうございます。


決定力不足
2009.02.01

shiobuta.jpg

塩ブタのグリル。

おはようございます、これも昨日と同じお店で食べました。
日曜日のランチ、昼間っからワインを片手に…あぁ素晴らしき休日よ。


タイトルは別に日本サッカー界のことをいっているわけではありません。
就労人口の大部分がサラリーマンとして働いている現在において、
組織運営や経営判断について一定レベル以上の決定を下す機会は
案外と限られています。
組織における稟議だとか、上役の承認なしでは動けないだとか、
そういったことは非常に多いのではないでしょうか。

私は本来ならばもっと多くの人が何かに決定をする場面があった方が
良いのではないかと思います。
指示待ち人間ではダメ、という言葉は使い古された感がありますが、
ここ数年、指示待ちしか出来ない人は益々もって増えたのではないかと。

件の派遣・期間就労などの問題は、一つには自分で色々なことに対する
決定をすることが出来ない人が増えているということなのではないかと。
「自分の人生は企業の機嫌次第」
「景気が上向かないと仕事が見つからない」
確かにそういった面もあるでしょうが、外的要因のみに自分の人生をゆだねる
ことがどれ程恐ろしいことか、今の状況をみれば一目瞭然かと。

無論、それは労働者側のみの問題ではありません。
経営者側も勇気をもって労働者側に決定を任せないといけないのではないかと。


と、ここから少し話を変えて自分のモットーのことでも少し触れてみます。
この項続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。