夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その15
2010年8月16日
脱サラ30の法則
一つの転機が訪れたと思いました。
自分の力がいかに弱いか、「原理原則」をまだまだ知らないか
ビジネスの中で思い知らされた時でした。
年齢も、とうとう30歳になっていました。
以前、会社を辞めようと思う法則 「3日・3月・3年の法則」を
ご紹介しましたが、別の意味で「30歳の法則」もあるように思います。
20代はがむしゃらに働く時です。
でも30の声を聞くと、いろいろ思う年代のようですね。
そろそろ会社の中の位置づけや自分が見えてくる年代です。
ただ、まだその時点では会社を辞めようとは思っていなかったし、
税理士になりたい指数もそれほど上がってきません。
とにかく自分自身に力をつけようと思っていたときでした。
まず、英語について多少コンプレックスをもっていたので
当時八重洲にあった英会話スクールに夜間(自腹で)通いました。
ただこれは実際には仕事が忙しくて、ほとんど通えませんでしたね・・。
それと会社で購読していた英字新聞(Financial Times と
Wall Street Journal) を毎日朝7時に出社して読んでいました。
では肝心の税理士試験の方は、ついに大原簿記学校に通うことにしました。
ようやく税理士試験は独学では受からないと悟ったのですね。
ただ平日はとても時間が取れないので、土曜日のロングクラス(!終日です)
の簿記論のみ勉強することにしました。
この頃は本当に充実していたと思います。
私生活も2人目の子供が産まれ、余計に仕事に没頭します。
ここは、アンチ脱サラ理論の「子はかすがい理論」です。
脱サラなんて考えずに、この子のために頑張ろうと思うのですね。
毎日7時には出社して、深夜1時まで仕事しているのはざらでした。
一方でバブルのピークですから、飲食のお誘いも断りません(!?)
深夜1時に仕事終わってから(!)飲みに行ったり、
料亭「吉兆」に初めていったのもこの頃でした。(内緒ですが・・)
日曜日になるとお付き合いの「下手な」ゴルフも・・・。
こういう状況でしたから、土曜日に朝から大原に通ってはいたものの、
新しいことを勉強しているだけで満足し、授業は寝てばかりいました。
まあこんな感じですので税理士試験を真面目にやっていたとは
いえないでしょう。
復習する時間すらなかったわけですから。
でも相変わらず、必死に仕事はしていました。
そのおかげで、当時の同僚から、いまでもお仕事をご紹介して
いただくこともあります。ありがたいものです。
バブルのピークでもありましたが、
自分のサラリーマン人生のピークでもあったのです・・・。







