「愛国心はゴロツキの最後の隠れ家である」
(サミュエル・ジョンソン)
愛国心とはなにかを考えさせられる機会が多いですね。他国の国旗を汚し
たり踏みつけたりというのは見ていて気分の良いものではありませんが、そ
のことよりもそれをするのが日本人であったらもっと恥ずかしい思いをした
だろうと感じるのは私だけではないと思います。愛国心は肉親愛や郷土愛に
発するものだと思いますが、それが身内以外への攻撃や他国の排斥に繋がる
のでは余りに幼稚に感じられます。
日本人であることというのはどういうことでしょうか。日本国籍であるこ
と?日本で暮らしていること? でも世界中で活躍する日本人がおられます
し、日本人以上に日本文化を愛する人々もいるでしょう。
どうやら私たち日本人は遺伝子的に異文化に対する受容能力が欠けている
ように思われます。いや、その能力はあるのですがそれを活用しなくとも生
きていける平和な時代が続きすぎたのかも知れません。でも今やこの島国で
も国境は消え去りつつあります。情報は地球の裏側ともリアルタイムで行き
交いますし、アジアの国々とも東京・大阪間と変わらない感覚で行き来がで
きるようになっています。これから益々国境の意味が薄れてくる時代に、私
たちの真価が問われようとしています。
海外へ留学する若者も増えてきましたが、彼らの口から「日本のことを聞
かれて答えられずに恥ずかしい思いをした」という話をよく耳にします。自
分が日本人であることを改めて相対的に認識せざるを得ない状況に追い込ま
れたと言っても良いでしょう。国境が無くなっても「私は日本人です」と胸
を張って答えられること、それこそが本当の愛国心であると私は思います。
ボーダーレス化の進展に抗うように、若い人たちが内向きになりつつある
ように感じるのは私の気のせいでしょうか。それは親から離れなければなら
ない時期の幼児が、却って親に甘えようとする姿に似ています。
さあ、泥んこになって傷まみれになっても良いから、もう自分の足で立っ
て新しい友達を見つけに行きましょう。


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