今日の言葉
2011.08.27

 コピペ続きで、我ながら手抜きです。
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 阪神・淡路大地震のあと、阪急電車の復旧を沿線の人々は待ち望んでいた。うちもその一軒。
 夜を徹して行われる作業、騒音や振動をこらえてくださいと、電鉄会社の人が頭を下げに来た。
「何を言ってるんだ?我慢するに決まってるじゃないか。それよりも一刻も早い復旧を。」
 うちも含めて、沿線の人々はみなそう言って、電鉄会社の人を励ました。

 阪急は国の補助も受けず、少しづつ復旧・部分開業していった。
 そして最後に残された西宮北口~夙川間の高架部分の再開によって、ついに神戸本線は全通した。
 再開の日に、もちろんおれも乗りに行った。神戸で逝った友のもとへ行くために。
 運転台の後ろは人だかりだった。みな静かに鉄道の再開の喜びをかみ締めているようすだった。

 夙川を渡るそのとき、川の土手に近所の幼稚園の園児たちが立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。
手書きの横断幕を持って・・・。

    「あ り が と う  は ん き ゅ う で ん し ゃ」

 運転手が普段ならしないはずのそこで敬礼をした。
 そして大きく「出発進行!」と声を上げた。
 その声は涙声になっていた。おれも泣けた。


 ときよ、上越新幹線よ、おまえを待っている人々がいる。

 復興のために、そして人と人をつなぐために、よみがえれ、不死鳥のごとく。

(一部2ch用語は読者のため日本語に翻訳しました。)
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 いいお話でしょう。一人でも多くの人に読んでいただきたいと思い、無許可で改編、転載していますが、著作権等のご指摘があれば削除します。

 今回の震災で欧米のメディアが一様に驚いたことの1つに、震災で流された5700個23億円もの金庫が警察に届けられ、それらが持ち主に戻されたことが挙げられます。日本人にとっては当たり前のことが欧米、就中略奪に悩まされる英国では驚嘆の目で報じられています。

 メディアで思い出しましたが、VOAのHealth Reportによれば、ヨーロッパの財政状況の悪化に比例するように自殺者の数が増えているそうです。ただ、スウェーデンやフィンランドのように政府が就労支援を進めている国は例外だそうです。

 「失業した人たちにはお金を与えるのではなく、朝ベッドから起きる理由、つまり社会的に意義のある仕事が見つかるという希望が彼らに戦う勇気を与えるのです。」
 「特に家族が伝統的で家父長的な地域では父親は強さの象徴として尊敬されねばならず、職を失くしまた事業に失敗することでこの尊敬や自負さえもなくして生きている意味すらないと感じてしまうのです。」

 要の東西を問わず大切なものはバラマキではないようです。


今日の言葉
2011.08.14

 2chからのコピペです。
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 私が小学校五年生の担任になったとき、クラスの生徒の中に勉強ができなくて、服装もだらしない不潔な生徒がいたんです。
 その生徒の通知表にはいつも悪いことを記入していました。
 あるとき、この生徒が一年生だった頃の記録を見る機会があったんです。
そこには、
「あかるくて、友達好き、人にも親切。勉強もよくできる」
 あきらかに間違っていると思った私は、気になって二年生以降の記録も調べてみたんです。
二年生の記録には、
「母親が病気になったために世話をしなければならず、ときどき遅刻する」
三年生の記録には、
「母親が死亡、毎日悲しんでいる」
四年生の記録には、
「父親が悲しみのあまり、アルコール依存症になってしまった。暴力をふるわれているかもしれないので注意が必要」

.........私は反省しました。今まで悪いことばかり書いてごめんねと。
そして急にこの生徒を愛おしく感じました。
悩みながら一生懸命に生きている姿が浮かびました。
なにかできないかと思った私はある日の放課後、この生徒に、
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、一緒に勉強しない?」
すると男の子は微笑んで、その日から一緒に勉強することになったんです。

 六年生になって男の子は私のクラスではなくなったんですが、卒業式の時に
「先生はぼくのお母さんのような人です。ありがとうございました」
と書かれたカードをくれました。
 卒業した後も、数年ごとに手紙をくれるんです。
「先生のおかげで大学の医学部に受かって、奨学金をもらって勉強しています」
「医者になれたので、患者さんの悲しみを癒せるようにがんばります」


そして、先日私のもとに届いた手紙は結婚式の招待状でした。
そこにはこう書き添えられていました。


「母の席に座ってください」

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 著作権が気になりますが、いいお話なので貼らせていただきました。

 遅くなりましたが、今回の震災に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。

 気が付けば1年近くもブログから離れていました。折々に書きたいことも山のように有ったのですが、税理士なんて所詮は社会の便利屋、私のように商売の下手な税理士はお盆休みくらいしか時間の取れない安上がりの公務員のようなものです。

 話があちこちへ行って恐縮ですが、震災後、吸っていたタバコをやめました。コンビニを廻って欠品となった銘柄を探していたのですが、人が困窮している時にも自分のことしか考えられない自分が嫌になりました。(煙草農家の方には申し訳有りませんが、今は煙草代を募金に回させていただいています。)
 それと、もう一つ変化がありました。子供が犬を飼いたいと言うので、保健所へ行ってもらってきました。ダニーと言います。今では私の愛人です。

 ダニーには困ったところがありました。老人を極端に怖がるのです。彼女の生育歴にどのようなことが有ったのかは知る由もありませんが、私たち親子と同居する老親に対しては異常な敵意を示すのです。
 馬は自分が怪我をした場所へ差し掛かると反射的に脅えてしまうそうです。パブロフは条件反射と言いましたが、餌に涎が出るくらいならどうでも良いのですが、本当に怖い経験は動物を合理性のない行動へ駆り立てる、つまり、自己の生命を守るためには、その行動の合理性さえ放棄するように我々の遺伝子には組み込まれているのです。

 今回の震災での東北地方の皆様の行動を、世界は驚嘆をもって讃えました。私も日本人であったことを誇りに思います。

 対照的に、今回の惨劇がはしなくも露呈させた東アジア的な官僚主義と、社会の一部や私たち自身の中にもある「東電的な」としか表現できない部分を恥ずかしく感じました。

 橋や道路が元に戻るだけでは意味がないのです。この悲劇を機に、真の意味で日本が甦ることが望まれます。東北地方の人々は、日本人にはそれが可能であることを示してくれました。