今日の言葉

2011.09.03


    「苦しい時は私の背中を見なさい」


    (澤穂希)


 以前、このプログで「先憂後楽」という言葉を取り上げました。これは本当のリーダーは自分が楽をしたら終わりだということを知っている、という意味だと思っています。

 組織や社会や国家はお神輿みたいなものだと思います。乗っかって目立ちたがる人がいるという意味ではなく、その何トンという重量は誰かの肩に掛かって支えられていると言うことを言いたいのです。それが誰の肩なのかは誰にも分かりませんし、力を抜いて掛け声だけを上げていても誰もあの人がサボっているとは分かりません。むしろ頑張っている人という評価を受けたり、本人もそう思いこんでいたりします。
 ただ言えることは、掛け声ばかりの人が増えてくると、ただ黙々と支えてきた人たちにも支えきれなくなり組織全体が迷走し自壊し、乗っかっていた人たちは振り落とされ掛け声だけの人たちもその下敷きで死んでしまうということだけは確かなのです。

 金銭欲や出世欲というものがあります。それらも必要ですが、本当に社会を支えている人たちは、これらよりももっと強い根源的なものに支配されていると考えなければ説明が付きません。
 それは何でしょう。それは深いレベルでの名誉欲、深いというのは他人の評価さえ受け付けないという意味の深さで、意地悪く言えば自己満足、美しく言えば使命感と言えるでしょう。


 「断じて行えば鬼神もこれを避く」という中国の故事に由来する諺があります。これは元は、確信犯は手を付けられないというような悪い意味だったそうですが、現在では固い意志を持っていれば何事も思ったような展開になってくるというマーフィーさんが喜びそうな意味で使われています。
 実際に、金銭欲や出世欲の人は交渉の余地がありますが、使命感の人は手が付けられない、「鬼神もこれを避く」ような強いエネルギーに突き動かされているように見えます。

 いろいろなボランティアをさせていただいていますと、経済的メリットや社会的地位で納得できる方もないではありませんが、合理性では説明できない方々が圧倒的に多いのも事実です。このような方々の行動原理は
 「誰かに感謝されたい」
 「感謝されなくても、誰かの役に立ちたい」
 「役に立ってなくても、立ってると思いたい」
ということに尽きるのです。実際に組織を支えておられるのはこのような方々であり、具体的な利益を目的としないでも活き活きとしておられます。

 営利の話をすべき税理士がボランティアの話ばかりしていると信頼を無くしそうですのでこの辺にしておきますが、働くということの本質的な意味をもう一度考えてみたいと思います。


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