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吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ! 脱サラ編 その11

2009.03.19

入社して3年間はこの高崎支店で必死になって働きました・・・。
その当時は「税理士になろう」なんてコレッぽっちも、思いませんでしたが
「野村證券の社長にもなろう」なんても、まったく思いませんでした・・・。

営業やっていて、教わったことも本当に多かったです。
いろいろな方に出会い教わりました。
前にアップしたように、新社会人に少し言っておきたいみたいな
「小うるさい」中小企業の社長さんも当時は多かったです。
でも今思えば、そういう方々の出会いによっても
自分が成長したように思います。

また群馬県という地域性もよかったと思います。
群馬県は暖かい人が本当に多かったです。
その後転勤した大阪や神奈川とは比べ物になりません。(内緒)
「田舎」といったら失礼でしょうか。
都会にはない、のんびりとした土壌が私には合っていました。

そういう商工業の町や農家の方々にとっては、金融機関というのは
地元地銀であり、農協を指します。
資産運用で証券会社を選ぶというのは選択肢としては
普通にはありえないような時代背景もあったように思います。

証券会社=株屋 やはりそう見られました。
でも本人としては、
「銀行よ!サヨウナラ!証券よ!コンニチハ」
という啓蒙運動をやっているという気構えさえありました。

田舎の人に(失礼!)、「資本主義経済の仕組み」を教えてやろう!
それぐらいにも思っていました。
啓蒙運動の教祖であると、自分は布教に出向くようなつもりでした。
遠くに榛名山を眺めながら田んぼのあぜ道を駆けずり回って外交しました。

高崎支店にいた3年間、どこにでも外交しました。
所構わず飛び込み外交して、当時首相だった中曽根康弘氏の実家に
知らないで入ったこともありました・・・。
25年前は、クールビズなんか当然ですがあるわけもなく、
真夏にスーツに汗の塩が噴出しながらも走って外交していました・・・。

高崎から、前橋くらいは序の口で、館林や桐生までも。
また沼田(あの尾瀬の近く)や下仁田(こんにゃくで有名、
でもそれしかない田舎)にもよく行きました。
駆けずり回ったという方が適切でしょうか。

あの頃の私はどんな夢を追いかけていたのか分かりませんが
あの遠くに見えた榛名山がセピア色に懐かしく思えます・・・。


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