税理士コラム | 税理士紹介25年、税理士紹介のパイオニア「税理士紹介センタービスカス」

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税理士コラム

吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その5
2009.10.30

時はまさにバブル前夜。
東京本社のディーリング・ルームは活況を呈していました。
やはり世界を相手にしている東京です。

地方の営業店に比べたら、本社のスタッフが皆優秀に見えました。
なぜか国立大出の頭の良さそうな人たちが偉そうにしていました・・・。
私立大卒体育会系の私としても多少気後れしたものの、
何より結果が問われ、それこそつまらない学閥などありえない会社
だったので、ここでも必死にトレーダーの仕事に取り組みました。

トレーダーというのは、注文を仲介するのが仕事ですが、
株価というのは、当然日々上がり下がりしますね。
しかも相場観というのは人によって違います。
その銘柄の株価を高いと思う人もいれば、安いと思う人もいる。
その情報を仕入れ、予測しそれを仲介するのが
トレーダーの仕事なのですね。
高いと思う人には売ってもらって、それを安いと思う人に
仲介する。その両者の橋渡しをするとともに会社としての利益も
確保する。
それがうまくいくと「トレーダー冥利」を味わうことができるのです。

あれほどキライだった株も、何となく仲良くしてくれている
ように感じていました。
相場の世界はこんなものか・・・。
仕事がまた面白く思えるときでした。

でも仕事というのは難しいものです。
ここで相場の本当の怖さを知る時がやってきました・・・。
これも古いお話で恐縮ですが、1987年10月19日に起った
有名な事件です・・・。

あの「ブラック・マンデー」と呼ばれた大暴落の日です。
日経平均が一日で3,800円、なんと15%も大暴落しました。
本社の大ディーリング・ルームには、壁面に株価を表示するボードが
あり、上昇すると赤色に、下落すると緑色に変わるのですが、
全面緑色、まさに「オール・グリーン」です。
あのとき携帯カメラがあれば、必ず写真でも撮っていたでしょうけど、
記念を残せなかったのは実に残念です。
でも今思えば、実に貴重な経験でした。

「これが相場の世界か・・・」
全面緑色の株価ボードに立ち尽くしたあの日・・・。
もう20年以上も前のお話なのですが、
あの緑色が今でも脳裏に焼きついてます・・・。


夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その4
2009.10.29

大阪の街がいくら好きになったからといって
やはり仕事が面白くなければサラリーマンとしての生きがいは
得られないですね。

株のキライな証券マンとして、ここは心を入れ替え、
株式の勉強を必死になってやりました。
本社部門のトレーダーなのですから、当然株に詳しくなければ
勤まりませんからね。

ではここで「株式の極意」を伝授しましょうか。
普通の税理士のブログなんかで、こんなお話は聞けません!?

当時からその相場観に一目おかれていた有名人で
その後大手の投資顧問の社長さんを渡り歩いた
真の「相場のプロ」から社内の研修で、聞いたお話です。
ただ20年も前のお話なので現在当てはまるかどうか・・・。
その研修で

「株を理解するには四季報をすべて暗記しなさい!」

そう言われました。
四季報というのは上場企業の業務内容から業績予想まで
網羅的に書かれている本です。
当時の上場企業数が2000社くらいだったでしょうか。
実際は四季報を全部暗記できる人はなかなかいないでしょうから、
それをよく読めということなのでしょう。

私も全部暗記はもちろんできなかったですが、
かなり上場企業の中味の勉強しました。
それとトレーダーとは企業名を社内的に、すべて証券コードで呼び合うので
その番号まで全部暗記しました。
今はもうすっかり忘れてしまいましたが・・・。

また、株価のチャートも勉強しました。
株の上がり下がりを書いたグラフをチャートというのですが
そのチャート分析することで、株価の予想もある程度できるのですね。
それと株式の売買の出来高との相関関係もあるのです。
これを公開すると守秘義務違反?かもしれないので
これくらいにしておきましょう。

それくらいに勉強しましたが、どうも株はやはり分からない。
ただ相場を扱う職業もそれなりに面白いなと思うようになりました。

株価の上昇局面では、社内はお祭り騒ぎのように活気が出るのです。
トレーダールームは大声で怒鳴りあっているようで、
本当にワクワクするような仕事としての喜びを感じました。

しかし、ようやく仕事に喜びを覚えるようになったものの、
会社というのは自分の意志とは違った行動に出るものです。

数ヶ月たって、急に東京本社行きを命じられました。

「大阪という街が気に入っていたのに・・・」
「何と人使いの荒い会社だろう。身重の奥さんを二度も引越をさせるとは・・。」

東京本社のトレーダーに抜擢されたというのは聞こえは良いのですが
その実、バブル前に急拡大する東京市場の本社スタッフの
人手不足が原因だったのでしょう。

それでも、世界のマーケットを東京マーケットが動かしていた時代でした。

「東京マーケットで一旗上げてやる!」
そう意気込んで東京に向かう新幹線に乗り込みました・・・。



夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その3
2009.10.28

脱サラ指数は急上昇したものの、それを踏み留まらせることが
ありました・・・。

「脱サラ評論家」!?としてまた今日も脱サラを目指す方のために
金言を差し上げましょう。

「子はかすがい」
ということです。
よく夫婦間の関係に使われる言葉ですが、これは会社と従業員との
関係でも当てはまるのではないかと思います。
実は、私は転勤の前年に結婚していて、最初の子を授かっていました。
「生まれてくる子のために頑張ろう!」
やはりそう思うものです。
奥さんの大きなお腹を見るたびに、仕事が多少自分の意図と違っても
「どんなことがあっても会社は辞められない!」
そう感じていました。

またこれも脱サラ評論家としての研究成果?ですが、
入社して早々辞める方は、やはり独身の方が圧倒的に多いようです。
その理由は、やはり独り身ですから、最近は結構安易に辞めてしまう
のですね。
「こんなはずではなかった・・・」
「自分の目指す道は・・・」
こう追い求めてしまうものです。

ちょっと脇道にそれますが、(いつものことです・・・)
税理士を目指して会社をそれこそ3年くらいで辞める方も結構います。
若手の税理士に独身が多いのもうなずけますね。
20代で辞めて試験を目指すのですから、合格するまで数年間、
さらに一人前に食えるようになるまでの間、やはり独身です。
内緒のお話ですが、この業界では40歳前後でようやく結婚する人も
多いのですね・・・。


お話を大阪本社の債券部のことに戻しますが、
私の脱サラ指数が一時的に下がったことで、新しい職場で必死になって
仕事をしました。

それと大阪という街が本当に新鮮でした。
何といっても食べ物が旨い!まさに「食い倒れの街」です。
毎晩のように先輩に連れられて、「キタ」や「ミナミ」に繰り出していました。
南千里に住んだのですが、緑が多く本当に良いところで
休みになると神戸まで行ったりして、食べ歩いていました。
そんなこんなで仕事よりも何より、大阪がまず好きになったのですね。

ただ、大阪の方がこれを読んで気を悪くしないで下さい。
関西弁というのは正直ついていけませんでした。
河内弁でしゃべっている同僚の女性が何を言い合っているか
さっぱり分かりませんでした。
仕事中にマンザイでもしているかと本当に思っていました・・・。

でも大阪は今でも大好きな街です。


夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その2
2009.10.27

「3日、3月、3年の法則」
これは以前ご紹介した誰でも一度は会社を辞めたいと思う周期です。
これは私の造語ですが、もう1つお勧め?の造語。
「脱サラ指数」
脱サラしようというボルテージを示す指標です。
100%は辞表を叩きつけた時です。
誰でも潜在的に10%や20%ありますよね?
「こんな会社辞めてやる!」
ふと思いませんか?
朝に満員電車に乗る時や、日曜日の夕方にサザエさんが始まると
この指標は必ず上がります・・・。

やはり私もこの3年目に脱サラ指数急上昇の危機がありました。
最初の転勤です。
どこの企業でも、最初の赴任地は現場を経験させて、
それから本人の適性を見て・・・。
というのが一般的です。
私の勤務していた野村證券も例外なくそうしていました。

ありがたいことに、会社側は私の適性を見てくれていて、
次の赴任地を決めてくれていたのでしょう。
その赴任地は大阪本社の「債券部」でした。
これは実は私の希望した先でもあったのです。
ここでもし、意にそぐわない転勤があると、やはり「脱サラ指数」は
上がるのですね。
最初の3年間で、自分は株式営業には向いていないと感じていました。
どうも株が好きになれない・・・。
これは本音です。
その点、債券は好きでした。
「自分には債券が合う。次の赴任地で債券をもっと勉強して
本当の債券のプロになろう!」
債券の売買をボンド・トレーディングといい、それを扱う人を
かっこいい言い方で「ボンド・トレーダー」といっていました。
本当に高額年俸で外資系に引き抜かれる人も多かった時代です。
ですので、そのときの夢は
「日本一のボンド・トレーダーになろう!」
そう考えていました。

でも赴任初日。衝撃の事実が待っていました。
所属が債券部ではあるものの、その中の「転換社債課」でした。

転換社債は、その当時は大きなマーケットがあったのです。
しかし、その後その市場が商法改正などもあり、一気に縮小して
しまいました。多分ご存じない方も多いでしょう。

転換社債とは、その文字通り、株式に転換できる社債です。
株価の上昇に合わせて債券も値上がりします。
つまり、株の売買とそれほど変わらないのです。
ボンド・トレーダーになろうと意気込んで赴任したものの
また、「好きでもない」株式と付き合うことになってしまったのです・・・。
一気に私の脱サラ指数が上がります・・・。



夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その1
2009.10.26

夢のお話が続いてきたので、また人気シリーズ?を復活させたいと
思います。

このブログを始めて1年以上にもなりますが、
最近、当事務所を訪れる方が、私のことを非常によくご存知のようなのに
驚いています。
やはりこれだけ、あれこれ、しかも好き勝手にアップし続けていると
かなり私のことが分かってしまうのでしょうね。

他のブログのことは知りませんが、私としてもできるだけ、
正直に自分の心情なり、考え方を書いてきたつもりです。
(つい、書きすぎた面もあったかもしれませんが・・・)
それで自然に、私の「素の」人間性が出てしまうのでしょう。

先日も野村證券の後輩が、いきなり尋ねて来ました。
しかも、このブログを、かなり丹念に読んでから来たようです。
「でも先輩はなぜ野村證券をやめたのですか?」
「なぜ税理士を目指したのですか?」
ずばり聞かれてしまいました。

そうなのですね。そのあたりまだ書いていなかったのですね。
昔話をやり出すと、あれこれ脱線して、余計なことまで
つい書いてしまうから、肝心なことに触れていなかったのです。

またしばらく、この「昔話」を書いてみようと思います。
以前は、ブログ・コンサルタントの方から(そんな職業もあるのです・・・)
「アクセス増やすには・・・・」
とよく私がこのブログで触れることを何度も言われた経験があります。
昔話なんてもってのほからしいです。

でも最近は、そんなこと拘らないのですね。
別にアクセス数など、気にしないわけではないですが、
別にいいのです。
好き勝手書いて、自分のことをアピールするべきだとも思うのです。
分かっていただける方だけに読んでもらえれば
それでもいいのではないかとも思うのですね。

実は、ちょうどブログを同じ時期に始めた顧問先の方から
「ブログから大きな商談が来ました・・・」
先日そう言われました。
これは本当にうれしかったですね。
現代では、やはりブログもバカにはできないのです。
本気に商談をしようとする人は、必ず必死気なって
読んでくれるようです。
この方のように、自分の主張を曲げずに繰り返しアピールし続ければ
いつか分かっていただける人が現れるのでしょう。

・・・・そんなことで、また得意の昔話を始めたいと思います。
先日来悩んでいる、「自分の夢」を確認するために・・・。


超簡単経理の本を全面改訂!
2009.10.23

昨日、少し口を滑らせてしまったので!?
キチンと皆様にご報告しておきましょう。

現在ベストセラーの「個人事業の超簡単経理」の全面改訂作業を
行っております。

個人事業の超簡単経理 画像.jpg

発刊以来早、5年改訂を続けてきましたが、思い切って全面改訂する
ことになっております。
個人事業ですから、当然来年3月の確定申告に間に合わせなければ
いけないですね。
来月中にはその骨格を新たにして、鋭意書き直そうと思っています。
前回、何がウケタかと思ったら、やはり
「仕訳を説明しない経理の本」
だったのですね。
やはり、仕訳で万人が悩むのです。
それと何をどうする!という点もウケタと思っています。
今回はそれをもっとグレードアップしようかと思っています。

少しだけサワリを
「経理なんて子供の頃のお小遣い帳と同じ・・・」
どうでしょうか。
でも最近お小遣い帳をつけてない「お坊ちゃま」が
増えてしまいましたからね。
それをどううまく説明するか悩んでおります。

それとこれも内緒のお話(ブログでこれはないか・・・)
パソコン経理の超簡単経理版も書こうと思っております。
出版社に提出した企画案が企画会議で通ったと
先日報告を受けました。
また私が提唱する弥生会計にも、その出版に関して協力の了解を得たのです・・・。

この出版は来年の春頃になるかもしれません。
確定申告に間に合えば売れるのでしょうけどね・・・・。

これも副題は
「会計事務所よサヨウナラ・・・。自分でできるパソコン経理」

どうでしょうか。
こんな本を出すとまた業界から文句言われてしまうでしょうか。
くれぐれも内密に・・・。


しがみつかない生き方 (幻冬舎新書)その5
2009.10.22

また昨日は言いすぎたかもしれません。
このシリーズまた終われなくなってしまいました。
できるだけ固有名詞を上げて批判することは、
本当に絶対やめようと思っていたのですが・・・。
「勝間先生にしがみついて生きている方々」から
きっとお叱りを受けるかもしれません・・・。

人のことは書かず自分のことから反省しましょう。
ブログ書きながら、本当に自分の夢のことを「哲学的に」考えてしまいました。
「自分の夢は何だろう」
「自分は何のために生まれてきたのだろう」
そんな、香山先生が考えなくてもよいといったことまで考えてしまいました。

「税理士になるために生まれてきました。」
なんて口が裂けても、パソコン?が避けてもブログでいえませんね。
だいたい、税理士になろうと思ったのは30を過ぎてからですから・・。
そのあたり、またいずれ、人気ブログシリーズの(本当か?)
「夢をかなえるゼイ」に書こうとは思っています。
では、その夢は何だ?ということになりますね。

確かに考えれば考えるほど、私ですら、うつ病?になりそうです。

でもこのブログを始めて一年以上になりますが、
結構この「夢」というのもテーマのひとつだったのです。
「脱サラして自分の夢を追い求めよう」
そんな方への応援メッセージを書きたいと当初から思っていましたし、
よく書く、私の造語「夢をかなえるブログ=夢かなブログ」も
本当にあると思っています。

うつ病にならない程度に、さらっとまた書きましょうか。
最近の夢です。夢かなブログ・・・。

ハイブリッドのベンツが欲しい!などという世俗的な夢ではありません。
本当に考えている夢・・・。

「超簡単経理術のもっと簡単な本」を書きたいと本当に考えています。
それを読めば誰でもこの嫌な経理から開放される・・・。
これを読むと会計事務所の世話にならなくてすみます!
そんな副題をつけて・・・。

必死になって考えています。
その夢を実現しようとしている自分が好きですし、本当に楽しいです。
昨日出版業界まで批判しましたが、
決して金儲けのための出版でもありません・・・。

そういう本を待っている人がいるはずですし
そういう方々のために・・・。


しがみつかない生き方 (幻冬舎新書)その4
2009.10.21

「夢にしがみつく生き方」と「夢にしがみつかない生き方」
どちらがよいのか。
このブログを書きながら迷ってきましたね。

香山先生は「その夢が本当にやりたいことかどうか」
自らそれを問えといっています。
精神科医の立場で
「私は、自分の本当の夢を実現できるような仕事がしたい」
というような人はとても危ない人らしいそうです。
そういう人は、その夢がかなわなくなると、将来「うつ病」にでも
なってしまうのでしょうか・・・。

精神科医の経験から非常に面白いこともいっています。
「このために生まれたという確信が揺らがなかった人は
新興宗教で洗脳された人か精神病患者しかいない!」
そうです。
つまり、このために生まれたと確信できる人はいないという
ことなのでしょう。

「自分が何のために生まれたか」
などということは絶対に考えない方がよいそうです。
まあ、そんなものなのですかね・・・。


最後にこの香山先生はここが一番言いたかったのではないでしょうか。
「おカネにしがみつかない」
「勝間和代をめざさない」

この箇所は強烈な勝間本批判ですね。
出版業界も同列に批判しています。
「とにかく売れるものがいちばんいいもの」
「本はお金が大好きな著者と出版社のためにあるもの」

これはおかしいといっています・・・これはもうズバリですね。
正直「ここまで言っていいの?」とさえ思いました・・・。

香山先生は「お金儲けが動機で本は書けない」といっています。
私も作家のはしくれ!?として、本当にそう感じています。

先日のある週刊誌の対談で私も読んだのですが、勝間先生は

「私は原稿を書くと、1行書くたびにチェリン、チャリンと
お金のなる音が聞こえます・・・。」

対談の一部のデフォルメされた文章かもしれませんが、
ここを読んだだけで、もう二度と勝間先生の本は読むまいと
さえ思いましたね。

よくぞ言った!
いいぞ カヤマー!!


オラは死んじまっただ~♪
2009.10.20

この歌を知っている世代はもうかなり古いのでしょうね。
元フォークグループのザ・フォーク・クルセダーズの歌った
「帰って来たヨッパライ」です。
その歌で知られる加藤和彦さんが亡くなりました。

この歌は私が確か小学生の時に流行った歌です。
当時はお小遣いがどれくらいあったか定かでないのですが
たぶん初めて買ったレコードかもしれません。

当時はこの歌の中のセリフを全部言えるとクラスでは
人気者になったはずです・・・。
声色で練習もしました・・・。
それくらい流行った歌ですね。
カセットテープもなかったあの時代、懐かしいドーナツ版のレコードを
繰り返し聞いていたのを思い出しました。

兄が二人いた影響で、小学生ながらフォークをよく聞いていました。
フォークソングというのは一時代を築きましたからね。
その中でも
「あの素晴らしい愛をもう一度」
は本当に名曲だと思います。

先日来ご紹介してきた、「しがみつかない生き方」で
取り上げていた、あの「うつ病」が原因だそうです。
これはまたショックですね。
やはり世の中には「うつ病」患者が多いということです。

「しがみつかないで気楽に生きよう!」
という精神科医の忠告を、やはりよく聞かなければなりませんね。

亡くなった地も軽井沢というのもショックです。
軽井沢というのは、我々の世代ではあこがれの地です。
いつか軽井沢に別荘を持って・・・。
なんて夢を見る土地ですからね。
そんな夢の地で自ら命を絶ったのは
「夢にしがみついてしまった」からなのでしょうか・・・。


いの~ち~かけてと~♪ 誓った~日から~♪

あの素晴らしい愛を~♪ もう一度~♪


石川遼とゴルフのお話
2009.10.19

日本オープンをテレビで観戦しました。
ゴルフ番組は中継録画が多いので、本当の意味での臨場感はないのですが
でもやはり天下のNHKです。ライブ映像に見入ってしまいました。
石川遼の逆転優勝かと、見ている方はハラハラ・ドキドキで
観戦したことでしょう。
本当に見ごたえのあるナイス・ゲームでした・・・。

ここで石川遼のウンチクをたれても、誰も読まないでしょうから
たまには私のゴルフのお話をしましょう。

以前アップしましたが、最初の赴任地は群馬県高崎市でした。
ゴルフのたいへん盛んなところです。
それで、初めてのボーナスで、ゴルフクラブを買うことを支店長から
「社命」で言われました。
たしか、ワンセットで5万円くらいだったでしょうか。
それから独身寮の近所のゴルフ練習場に、結構真面目に通いました。
その練習場でレッスンも受け、一応練習したつもりでしたが
初ラウンドはハーフ70でした・・・。
それでも高崎市は車で30分も走るといくらでもゴルフ場があり、
何度かラウンドもしました。

それで上達したかというと、その後中断もあり、
トータルで8年ほどやりましたが、ハーフで47というのが最高です。
バーディを2つとって得意満面で昼食でビールを飲み、そのあと
回ったのですが、残念ながら後半はスコア62でした・・・。
20年も前のことですが、本当に楽しかったのをよく覚えています。
でも109が恥ずかしながら、私の生涯最高スコアです。
つまり、8年もやっていながら一度も100どころか
「108の煩悩」も切れなかった「ヘボ・ゴルファー」です。
仕事に忙しすぎてあまりできなかったので・・・(言い訳)

残念ながら31歳で脱サラした際に、ゴルフはキッパリ辞めてしまいました。
自慢ではないですが、バブルのときに買ったゴルフ会員権も持っています。
今は名義書換え停止で売れなくなったゴルフ場ですが・・・。

よくお客さんから誘われますし、税理士会のコンペにも誘われますが
すべて丁重にお断りしております。
「吉田さん。その体格で飛ぶでしょう。やりませんか。」
何度言われたことでしょう。

しかも、これでも内緒のお話、ゴルフ場の税務顧問もやったこともあって、
ゴルフ場の税務会計は得意でもあるのです・・・。
でもそのときも、それこそ何十回も誘われましたが、やはり一度もクラブを
握りませんでした・・・。

バブルを経験している私としては、どうも「ゴルフ=バブル」という
感じなのですね。
ゴルフはスポーツとしては確かに楽しいとは思います。
でもお金と時間もかかりすぎるのですね・・・。
ゴルフに夢中になりすぎて会社経営が傾いた社長さんも
実際に多く見てきました・・。

もう何年かして、少し余裕が出たら、また始めようかなとは
思っています・・・。
それまで、テレビで自分がラウンドしたつもりで楽しんでいましょう・・。

「遼!ナイスプレー!!」


しがみつかない生き方 (幻冬舎新書)その3
2009.10.16

このブログでも「夢」について多くを語ってきました。
「夢をかなえるゼイ」
という造語を考えたのも私です・・・。

夢をかなえるために頑張る・・。
それはそれでよいのではないかと思うのです。
夢を見るのは楽しいと思うし、夢があるからこそ頑張れるし、
夢のない人生というのもつまらないのではないかと思うのです
これは私の主張であり、今後も続けていきましょう。

しかし、香山先生は
「仕事に夢をもとめない」
とまで言っています。
「実際の社会で、夢を仕事にすることができる人はいったい
どれほどいるのだろうか」
「人はパンのために働く」
と思ったほうがよいまで言っています。

精神科医の立場ではそうなのでしょうね。
夢がかなう人もいればかなわない人もいる。
一度抱いた夢がかなわなかった夢の方が無数にいる・・・。
確かにそうでしょう。


精神科医として、有名な芸術大学の学生のケアを
したことが紹介されていました。
そこには夢破れた「天才音楽家」が大勢いて、
精神科医として非常に難しい治療法が要求されるのだそうです。
それもそうでしょうね。
芸術大学に入学するような人は、小さい頃から回りから「天才」と
言われてきた方々です。
しかし現実には、その「天才」の中から、世界的なコンクールに入賞して
著名なソリストになれるのはほんの数名しかいないのです。

多くは自分の意図とは違う、学校や音楽教室の先生などに
なっていくのです・・・。

マラソン選手の高橋尚子さんがいった
「あきらめなければ夢はかなう」
と言ったことも例示にあげています。
誰もがオリンピックに出られて、金メダルを取れるわけはないと・・・。

それもそうかもしれませんが、やはり夢を見ることは楽しいと
私は思うのです。
といってその夢がかなわないことが分かったら
皆必ず「うつ病」になってしまうのでしょうか。
誰でも金メダルを取れるわけがないとそれは自覚している
はずです。
学校の音楽の先生はすべてうつ病でもないでしょう。
年とともに、いつまでも皆全てが「夢見る夢子さん」で
いるわけもないでしょう。

どうもこのあたり同年代の香山先生の主張とは私は違います。
パンのためだけに働くのはつまらないと思いませんか。
私は少なくと「夢にしがみつく生き方」です・・・。


しがみつかない生き方 (幻冬舎新書)その2
2009.10.15

勝間先生を支持する方々を「カツマー」というのだそうです。
一方香山さんは「カヤマー」と呼ばれ
「カツマーVSカヤマー」
の争い?だそうです。
週刊誌でそう取り上げられていました。

週刊誌ネタはどうでもいいのですが、
香山さんは精神科医の立場で書いているのが面白いですね。
必死になって生きれば生きるほど心が病んでしまって
香山さんのところへ駆け込む方々が増えているのでしょう。
香山さんいわく、
「飽くなき成長願望型」の人が現代では多いそうです。
特に女性に関して言えば
あこがれや欲しいものを何でも手に入れてしまう「松田聖子」が
その象徴のようです。
松田聖子を学生時代からの一ファンとしては
(少し恥ずかしいけど事実です・・・)
となるほどなと思います。

そういう人々は
「幸せになる本」などそういう類いの自己啓発本を買いあさります。
勝間さんの本もすべて買ってしまうのでしょう。
でもやがてどこかでそうならない自分を発見してしまうのです・・。

「もうそこそこの幸せでいいでないか」
「仕事や恋愛や家族にしがみつかないで生きれば」
と彼女は言ってくれているのですね。

人だけでなく企業も病んでいるとも言っています。
例えば「成果主義」を批判しています。
確かに売上増大のために、企業はここ数年急速にこの「成果主義」を
取り入れてきました。
企業間競争だけでなく、企業内でも競争することが奨励され
「蹴落とすか。蹴落とされるか。」の雰囲気が蔓延してしまったのです。

その結果うつ病で休職する人が相次いでしまった。
それで会社の業績が上がってきたかというと、
「会社全体としても、威勢のよい人、鼻持ちならない人が増えた」
だけだそうです。

これは経営学として非常に参考になるお話です・・・。


東京マラソン落選!
2009.10.14

たいへん残念な結果となりました。
来年2月28日に行われる東京マラソンに見事落選しました。
昨晩、実にあっけない結果通知がメールで来ました・・・。

当選したら「最新のマラソンシューズ」買って・・・
「皇居マラソン」にデビューして・・・
「ランナーズ銭湯」に行ってみて・・・

あれこれ想像して楽しんでいたら、
なんと肝心の抽選に外れてしまったのです。

もちろん今まで42.195キロのフルマラソンは
走ったことありません。初マラソンのチャレンジです。
でもブログでアップしているように毎朝「ダンベル・ジョギング」を
しているくらいですからね。
それで、10キロくらいだったら楽に走れるかと思って、
こっそり10キロの部にエントリーしていたのです。
ところがなんと、定員3000人に対して39,307人も・・・。
13倍もの高倍率だったのです。
それと今年から10キロマラソンは前年まで定員5000人だったのに
3000人に減らされていたのですね。
うかつでした。それも知りませんでした。
これはやはり当たりませんね・・・。

フルマラソンの方が倍率低いので、当たる確率はあったと思います。
定員32000人対して、申込み272,134人だから8倍ほど・・。
どうせ外れるなら、フルマラソンにしておけば当たったかもしれませんね。
実に残念です。

でも2月28日に、もしフルマラソン走って、怪我して入院したり
寝込んだりでもしたら問題ですものね。
税理士として一番忙しい季節ですし、やはりお客様には迷惑かけられ
ないですからね。
「2月の月末は税理士なんだから仕事しなさい」
ということなのですね。
仕方がないです。あきらめましょう・・・。

でもエントリーしてからこれまで
東京マラソンに走れる自分の姿を想像して結構楽しかったです。
来年こそ・・・。



しがみつかない生き方 (幻冬舎新書)その1
2009.10.13

三連休で十分「人生のしわ」を伸ばしてきました・・・。
これからどうやってビジネス展開するかなど
結構真面目に考えたりして、リフレッシュしただけでなく
よい休養でした。

最近書評が続いたので、違うネタも考えていたのですが
どうしてもご紹介したい本が出てきました。

読書の秋ですから、先日、思う存分本を読もうとしてアマゾンで
探していたら見つけてしまったのですね。

しがみつかない生き方.jpg

題名の通り、「会社にしがみつかないで独立しよう!」
という本かと思って買ったら、まったく違いました。

これは面白い本です。
ズバリ!
「アンチ勝間本!!」です。
要するに
「勝間本にしがみつかないで生きよう!」
という本なのですね。
さすが天下の幻冬舎です。
ベストセラー作家の勝間先生を向こうに回してやるものです。

作者は香山リカさんです。
テレビでよくコメンテーターとして出てくる人ですね。
精神科医だというのは知っていたのですが、
私と同い年の1960年生まれでした。
テレビではあのキツそうな眼鏡をしていますが、
文体は面白いし読みやすので
さっと読めてしまいます。
これも今やベストセラーになっているのです。
幻冬舎の戦略にまず感心してしまいます・・・・。


幻冬舎のお話はよいのですが、これは自分も反省しなければならないな
と思ったのです。

精神科医として、
「ふつうの幸せをつかむのもそれでよいのだよ」
と言ってくれているのです。

どういうことかというと、勝間先生はじめ、今や自己啓発本ブームですね。
私自身もこのブログでいろいろ自己啓発本も取り上げています。
どうも
「がんばれ!がんばれ!!」
と言いすぎではないかと代弁してくれているのですね。

「本のように誰もが成功する分けないのだよ。
 もっと肩の力を抜いたら・・・」

そう香山リカさんは言ってくれているのですね。
たまにはこういう本もいいですね・・・。



藤原紀香のストレッチポール
2009.10.09

りんごのお話から業界の裏話まで発展して、少しお話が熱くなりすぎました。
ちょっとライトな話題にしましょう。

先日「早起きをします!」と宣言してから、結構おかげで朝が充実しております。
(早起きの効果の報告はまたいずれ)
朝のジョギングに加え、最近これを始めました。

ストレッチポール.jpg

何だかお分かりになりますか。
ストレッチポールという健康器具です。
円筒状の枕と言うのか、マットというのか。
名前の通り、ストレッチをする器具です。
テレビで藤原紀香さんが愛用していると発言して、結構話題になったものです。

使い方は実に簡単です。
背中にごろごろさせて寝るだけです。
これは実に気持ちがよいです。

普段デスクワークがお仕事の方には最高です。
曲がった背中が伸びるのを実感できます。

昔、個人的に腰痛に悩まされたことがありました。
税理士という職業は、月末なんか下手をすると、一日中ずっと座っている
こともありますからね。
背骨の骨と骨の隙間が年を取るとともに、だんだんくっついていく
らしいです。
ある日、異常な腰痛を覚えた時、医者からそう言われました。

最近ではテニスなど、かなり運動しているので、つらい腰痛そのものは
なくなりましたが、今もやはりデスクワーク中心の生活です。
一日一回でもこれをやると実に爽快です。
身体がシャキンとなって、ついでに、「おなかのしわ」と「顔のしわ」も
伸びるようです!?

明日から3連休ですね。
ゆっくり休んで「人生のしわ」も伸ばしに行こうかと・・・。


木村秋則さんが教えてくれたこと その3
2009.10.08

自分が門外漢の農業で「受け売り」にしろ、
よく分からないものが、また偉そうにブログでいうのは、
これくらいでやめておきましょう。
ただ「食」の問題というのは非常に大事な問題だと
木村さんから気づかせていただいたので、
もう少し勉強した上でこの続きはアップしましょう。

木村さんの頑張りに本当に感動しました。
信念を貫くことはすばらしいですね。
私も木村さんに見習って、少なくとも自分のテリトリーに関して
信念を貫こうと思います。
これも本当に木村さんが教えてくれたことです。

私が開業以来信念をもってやっていることを、もう一度ここで
アップしましょう。

「超簡単経理」の実践です。
本も何度かご紹介してきましたが、「超簡単経理術」を
経理に悩んでいる方々に知って欲しいということです。
経理を簡略化することは、やがては地球温暖化にもつながるのでしょう!?

会計ソフト、最近では弥生会計というソフトを中心としていますが、
これの入力方法をできるだけ多くの方々に教えています。
何度も申し上げていますが、会計事務所で一般の方にまで入力セミナーを
やっているのは東京では三事務所くらいしかありませんね。

本当にどうしてでしょうか。
パソコンがこれだけ普及しているのに。
なぜ、いまだに経理で悩む人が多いのでしょうか。

本当にいまだに
「どうせ入力なんかできなのだよ。」
「黙って領収書もってきなよ。」
「毎月監査してあげるから大丈夫だよ。」
といって、料金をふかっけてくる会計事務所もありますね。(内緒)

もうそういう時代でもないと思うのです。
20年前のパソコン黎明期ならまだしも、この時代の変化に
我々業界も対応しなければならないのかもしれません。
旧態依然のやり方を、いまだに連日新聞の全面広告に出して
アピールするところがいまだにあるのです・・・・。(これも内緒)


「租税教育」という言葉があります。
小中学生に租税教育をすることは何らかの意味があると思いますが
子供に「歳入」だ「歳出」だといっても、なかなかピンと来ないでしょう。
自分の子供時代を振り返ってもそう思います。

最低限の簿記会計の基礎知識を教えることの方が意味があると思いますし、
それこそ「お小遣い帳」を毎日パソコンで作らせて
収支という考え方を教えてあげた方が、将来役立つのではないでしょうか。
「義務教育で簿記会計を教えるべし」
これは私がよくいう主張です。

記帳代行を「飯の種」としている会計事務所から、
文句を言われるかもしれません。
会計事務所が木村さんのお話の「農薬会社・肥料会社」のように
大打撃をうけるかもしれません。
それこそ、木村さんが迫害されたように、私が税理士会から「村八分?」に
なるかもしれません・・・。
でも世の中は間違いなく変革してきているのです。
それを気づかないと我々業界も・・・・。

信念をもってやることのすばらしさを教えてもらいました。
木村さん。
ありがとうございました。

(りんご経営学シリーズ)おしまい
この続きは信念をもってそのうち・・・


木村秋則さんが教えてくれたこと その2
2009.10.07

自然栽培米は身体に良さそうなのは、何となく分かります。でも

「農薬はよくないので使わないようにしよう」
そういうと農薬会社の方々が困ります。同様に
「化学肥料はよくないので・・・」
もちろん肥料会社の方々も困ってしまうのです・・・。

既存の農業を否定すると、既存の農業で今まで収益を上げてきた方々が
当然のことながら影響を受けてしまうのですね。

ちょうど、「ダムはよくないので作らないようにしましょう」
と言っている今の政府に対してゼネコンが困っているのと同じですね。

環境問題を取り上げてくると、今までの産業やそれに関係してきた方々が
影響を受けるのです。
「地球温暖化のために背広は着ないでノータイにしよう!」
と言われたために、紳士服やネクタイの製造会社や販売会社が
現在大打撃を受けているのと同じですね。
しかし、これはこれから日本が取り組んでいかざるをえない、
難しい問題なのでしょう。


また木村さんは、実はりんごだけが専門でもないのです。
お米を含めすべての農業まで研究されています。
特に「有機農業」に対しても警鐘をならしています。

「自然栽培」は肥料も農薬も使わないで作る栽培に対して、
「有機栽培」とは国が定めたいわゆる「JAS法」に基いて
栽培する農法だそうです。
このあたり非常に専門的なので、農業をよく知らない都会っ子の私には
理解不能です・・・。

それでも分かりやすい例で、NHKでも放映された実験を紹介しています。
お米の実験です。
有機米(新JAS法認定のもの)は、炊いたご飯をコップに入れると
2週間で腐ってしまいます。
一方、自然栽培米のご飯は腐らず、最後はアルコールを発酵して
酢になってしまうそうです。

「人が作ったものは腐ってきます。自然のものは腐らず枯れていく。」
これは本当に知りませんでした。

日本人は毎日お米を食べる人種です。
腐るものを毎日食べているということなのです。
他人事ではない重大な問題ですね。

最後にまた名言を。

『腐ることのない野菜を食べていれば、
 人はどれほど健康になることでしょうか。
 「人」を「良」くすると書いて「食」と読みます。
 栽培する人も、「食」を生産するのだという誇りを
 持ってください・・・。』


木村秋則さんが教えてくれたこと その1
2009.10.06

昨日アップした身を投げようとされた場面、
なぜか私は昔の「ディズニー映画」の一場面を見ているような気がしました。
木に目玉がついている「森の精霊」がいる、あのディズニー映画です・・・。


身を投げようと森をさまよっている木村さんを森の精霊が見つけます。
「この方を死なせてはいけない。」
「森を、自然を蘇らせてくれる人だ。」

ロープを枝に投げつけようとした瞬間、木の枝が腕のように動いて
するりとよけてしまうのです。
その瞬間に森の精霊が、ロープを飛ばし、森の中で最も自然に満ち溢れた
聖地に木村さんを誘うのです。
どんぐりの木が瞬間にリンゴの木に変わり、虫の被害もまったくない、
見事な枝振りを見せます。
そうやって、山の中で農薬も使っていないのに、なぜこれだけ葉をつけるか
なぜ虫や病気がこの葉を食いつくさないのかを教えてあげたのです。
大自然の営みを、自然の摂理を後世のために・・・。


勝手な解釈で、つたない映画の一場面で恐縮ですが
木村さんがそこで生き延びた訳を、いずれ後世の方々が
分かってくれるのでしょう。

木村さんが、無農薬や無肥料栽培を思いついた、昭和50年代ころは
確かに「消費は美徳」とされました。
「農業は大きな変化を遂げました。化学肥料や農薬の大量投下が始まり、
生産の追及と効率に血道を上げる農業に変わってしまいました。」

日本の農業を支えてきたのは、確かに農薬や肥料だったのでしょう。
でも現代では、環境問題が声高々にそれこそ毎日のように
言われるようになりました。
お米も減反の問題さえ起こり、今や生産性を上げることは
それほど重要視されなくはなってきています。
知らなかったのですが、日本は世界最大の農薬、肥料使用国だそうです。
地球環境を修正するには、確かに「自然栽培」は効果的なのでしょう。


「自然栽培に移行したら生産性が落ちるではないか!」
そういう反論に対して木村さんは実によいことを述べています。

「あなたがたは1万円の売上に7000円の経費をかけています。
肥料、農薬、機械に7000円もかけているのです。だからあなたの
給料はでません。
自然栽培は、肥料、農薬を使いません。機械は丁寧に使えば長持ちします。
半分の5000円の売上でも経費を1000円以下に抑えられます。
どっちが得ですか・・・。」

木村流農業経営論。なるほどと思います。


りんごが教えてくれたこと その3
2009.10.05

この著者は何度も申し上げますが、まったく農業を学んだことがありません。
そこが本当に不思議なことです。
でも、それがかえってよかったのかもしれません。
「私は自然の山の姿を手本にしています」
本人もそういっていることから、今までの農業理論にまったくこだわらなかったのでしょう。

作物と対話する場面が何度もでてきます。
リンゴの木に本当に話しかけているのです。
リンゴの木の気持ちを分かろうとしているのでしょう。
その観点から備わった自然観察眼こそ、この著者の真骨頂です。
「自然界には本には書いていないことが山ほどある」とまで言っています。

しかし、いままでの農業理論は何だったか?ということにもなりますね。
農業大学で日夜研究されている方も多いのです。
農薬や肥料を使わないということは、今までの農業を否定することに
なりますね。
やはりそれが奇人変人扱いされてしまうのです。

ではまた感動の場面をご紹介。
6年ほどやっても、まったく成果がでません。
このときは本当につらかったのでしょう。
生活も困窮を極めます。
二反あった田んぼも手放さざるをえなくなります・・・。
「奇人変人」扱いする近隣の農家からの反発も想像を絶します・・・。

このときは本当に「死んでお詫びしよう」と思ったそうです。
リンゴ箱をトラックに積む際に使用するロープを取り出し
山をさまよい歩きます。
ようやく枝振りのよい木をみつけ、ロープを枝に投げかけたときに、
それが勢い余って飛んでいってしまいます。
そのロープを取りに斜面をおりたとき、どんぐりの木がリンゴの木に
見えてしまいます。
それも、山の奥深い中に、当然農薬も肥料もないところで、
自然の驚異に気がつくのです。
「これだ!」とようやく突破口を見つけることができたのです・・・。
まるで映画のようなワンシーンですが、本当のことなのでしょう。

人間死ぬ気になってやればなんとかなるのですね。
これも感動しました・・・。


りんごが教えてくれたこと その2
2009.10.02

もちろん私は農業に関してはまったくの門外漢です。
都会のど真ん中のコンクリート・ジャングルの中で生まれ育った私は
農業はしたこともありませんし、農業をしている田舎もありません・・・。
無農薬で栽培することは何となくイメージがわきますが
無肥料で栽培するというのもまったく想像がつきません。
それが当たり前だった30年前の農業を
変えようとする努力はどれだけ大変であったか、
これも私のようなものは想像もつかないお話なのでしょう。

りんご.jpg

ところで、りんごと言えば、子供の頃から丸かじりで食べるのが
好きでした。
でもいつ頃からでしょうか。
「りんごは皮をむいてから食べなさい」
と言われるようになったのは・・・。
リンゴはやはり皮のところが美味しいのでないかと本当に思うのです。
でも、「やはり農薬がついているから」といつのまにか言われるように
なりましたね。

私が小学生の頃、これからの近代的な農業というのは
アメリカのように飛行機で農薬を空中散布して・・・
と教わったように思います。
農薬というのは近代的な農業の象徴だったのかもしれません。

この方は昨日申し上げたように経理がご専門で
農業関係を学校で学んだことはありません。
すべて独学で学ばれたのです。
試行錯誤で努力されていきます。
当然、回りの同業者の方から白い目で見られたのでしょう。
白い目どころか田舎ですから、いわゆる「村八分」の残酷な扱いです。

成功するまで11年かかったそうですから、10年間は無収入です。
「奥さんには月3000円しか渡せなかった・・・」
と書いてあります。(涙・・・)
家族を養うために出稼ぎをしたり、ピンサロで働いたり、
便所掃除のアルバイトまでしたことを赤裸々に書かれています。
ピンサロで客引きして、地元のヤクザに絡まれて、殴られ歯まで
折られたそうです・・・。
でも「自分の歯よりりんごの葉の方が大事だったから」
と当時を明るく言っています・・・。

それでも何度も挫折しそうになります。
また私しか突っ込まない一番感動した場所を。
昨日ご紹介した税理士試験科目合格証を畑で焼く場面があります。
「これでまだ飯を食おうとするから」
とソロバンとともに焼いてしまいます。

不退転の決意というのはこのことをいうのでしょう。
ここは本当に感動しました・・・。



りんごが教えてくれたこと その1
2009.10.01

いつまでも大好きな「佐世保バーガー」のお話を続けたいのですが
「読書の秋」です。
お勧めの本をご紹介しましょう。

りんごが教えてくれたこと.jpg

NHKの人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられた
無農薬リンゴのお話です。
この作者木村さんは、一躍「時の人」となった感じもします。
そのため同様の内容の本が、あの人気出版社「幻冬舎」などからも
出ています。
脱サラして農業を始めようとする「キカッケ」となっている教本ですね。
あるお客さんからも、
「この事業がもしダメになったら、田舎で農業をやろうと思っています・・・。」
と真面目に言われたこともあります。
脱サラして農業というのは極端かもしれませんが、結構いるらしいですね。
それも時代の流れなのでしょうかね。

今やエコとか環境問題が、さかんに論じられていますが、
この書に書かれている「絶対不可能といわれた無農薬・無肥料栽培」の
リンゴを成功させたのは20年前のことです。
しかも、それを思いついたのがそれを遡ること10年前。つまり30年も前に
そんなことを思いつくというのは、この方の天才的なところなのでしょう。

ただ残念ながら、それが天才ではなく、当時はまったくもって変人扱いされた・・・。
その苦労話に、ここでもベンチャー・スピリッツを非常に感じます。
ただ、その約11年間の血のにじむような努力に本当に目頭が熱くなります。
秋の夜長、リンゴをかじりながら読んでいただいて、
そのスピリッツをぜひ味わってください・・・・。

まず、最初にだれも気づかない、多分読み落とすところをご紹介しましょう。
この方は本当に頭のよいお方のようです。
弘前の高校時代に、2年生ながら工業簿記1級に合格します。
その後、卒業時に税理士試験にもチャレンジしています。
40年も前の税理士試験のレベルは正直知りませんが、
あと一科目のところで不合格だったそうです。高校時代に4科目も合格した
大変優秀だった方なのでしょう。

高校卒業後、集団就職して、川崎でサラリーマン生活を経験しますが
家庭の事情で、すぐ弘前に戻ることになるのですね。

ですので、本来ならこの方はそのまま経理マンを続けていたら、
間違いなく税理士になっていた方かもしれないのです。
でも、税理士にならなかったおかげで、日本の農業を変えることができた・・・。
本当に偉大な方だと心から尊敬します。

でもこの方が、もし税理士になっていたら、税理士会を無農薬リンゴのように
劇的に変えていたかもしれません。
汚染されていないピュアな税理士を育ててくれて・・・!?
個人的には大変残念なことです・・・。
以上、誰も思いもしない私だけの感想・・・。


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