なぜ高額の追徴課税に?じゃいさんの競馬払戻金をめぐる「一時所得」vs.「雑所得」の戦い | MONEYIZM
 

なぜ高額の追徴課税に?じゃいさんの競馬払戻金をめぐる「一時所得」vs.「雑所得」の戦い

6月5日、お笑いトリオ・インスタントジョンソンのメンバーで、芸能界きってのギャンブラーとしても有名なじゃいさんが、競馬の払戻金をめぐる巨額の所得税の追徴課税によって破産した、と自身のYou Tubeチャンネルで明かし、大きな話題になりました。その後、「破産」というのは借金を背負う事態になったことを表現したものだったと訂正しましたが、いずれにしてもかなりの“痛手”を負ったのは事実のようです。きちんと申告していたという彼に、何があったのでしょうか?

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超高額馬券の的中が発端

儲けが年間50万円を超えたら課税される

そもそも、競馬や競輪などのギャンブル好きの人たちの中にも、レースを的中させて受け取った払戻金に税金がかかることを知らない人がいます。原則として、これらで得た利益が年間50万円を超えた場合、超えた部分は「一時所得」として所得税の課税対象になります。
 

わざわざ「原則として」と注釈をつけたのは、納税者にとって有利な別の課税方法が適用となることが、レアケースながらあるからです。今回の問題の「論点」もそれでした。

「マンションが買えるくらいの請求」

報道を基に、もう一度今回の事案とじゃいさんの見解を整理しておきます。

  • 1. 2020年末に川崎競馬で約6,400万円の超高額馬券を的中させたことを、21年3月、自身のYou Tubeチャンネルで公表。
  • 2.21年秋に、じゃいさんの自宅に税務署員2名が来訪。通帳や資料を調査。
  • 3. 「税金はちゃんと納めているし、競馬で勝ったお金も申告しているので、やましいところはまったくない」と思っていた。
  • 4. ところが、税務署からは「結果的にマンションを買えるくらいの請求が来た」。

 
6,400万円の高額払戻金の申告について税務調査(※)が入り、明確にされてはいませんが、恐らく数千万円単位の追徴課税を請求された、ということです。

※税務調査:国税局や税務署が、納税者の税務申告が正しいかどうかをチェックするために行う調査。税務署が行う任意調査と、国税局査察部が行う強制調査がある。今回は前者。

2022/10/20追記

その後じゃいさんは、8月21日の中央競馬で「WIN5」を購入し、自己最高額となる9370万6710円の馬券を的中させたことを明らかにしました。
自身の公式Twitterに投稿したネット投票の画像によると、1260組で購入金額は12万6000円だったそうです。
なお前回の追加課税時に発生した借金については、今回の払い戻し金により返済したことも明かしました。

競馬の払戻金にかかる税金は?

「一時所得」→「雑所得」に判断を変えた

それにしても、きちんと申告・納税していたにもかかわらず、どうしてそんなことになってしまったのでしょうか? この点についてじゃいさんは、「競馬の払戻金については、7年前までは『一時所得』で申告していたが、周囲から『雑所得』でいける、というアドバイスをもらい、それ以後は『雑所得』として申告していた」「しかし、結果的に国税庁の判断は『一時所得』だった」と語っています。つまり、「一時所得か雑所得か」の見解の相違が、“悲劇”を生んだことになります。

国税庁の基本姿勢は「一時所得」

所得税法が定める典型的な所得区分には、給与所得、事業所得、譲渡所得など9種類があり、一時所得はその1つです。雑所得は、この9種類のどれにも該当しないものをいいます。では、両者の課税方法はどう違うのか、まずは一時所得からみていきましょう。
 

一時所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得で、労務や役務の対価としての性質や資産の譲渡による対価としての性質を有しない一時の所得」と定義され、具体的には以下のようなものを指します(国税庁ホームページ)。

①懸賞や福引きの賞金品(業務に関して受けるものを除きます。)
②競馬や競輪の払戻金(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除きます。)
③生命保険の一時金(業務に関して受けるものを除きます。)や損害保険の満期返戻金等
④法人から贈与された金品(業務に関して受けるもの、継続的に受けるものを除きます。)
⑤遺失物拾得者や埋蔵物発見者の受ける報労金等

問題になった競馬の払戻金は、②にしっかり明示されています。同時に「営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く」という但し書きがあるのも覚えておいてください。

この一時所得の金額は、次のように計算します。

収入金額-収入を得るために支出した金額-特別控除額50万円

競馬の場合は、「当たり馬券の購入金額」が「収入を得るために支出した金額」として認められます。逆に言えば、「外れ馬券の購入金額」は、総収入から差し引くことができません。
 

例えば、競馬で1年間に計200万円の払い戻し(総収入金額)を受けたとします。その各レースで購入した当たり馬券の購入金額(収入を得るために支出した金額)が合計50万円だったら、一時所得金額は

200万円-50万円-特別控除額50万円=100万円

となるわけです。
 

一時所得の場合、課税されるのは、その1/2の金額になります。今の例でいえば、100万円の1/2=50万円を給与所得、事業所得などと合算し、確定申告を行います。
 

なお、一般のサラリーマンの場合、給与所得や退職所得以外の所得が20万円以下であれば確定申告はしなくていいことになっています。ですから、申告が必要なボーダーラインの金額をxとすると、「(x-50)×1/2=20万円」で、x=90万円。つまり、払戻金から当たり馬券を差し引いた残りが90万円以下であれば申告は不要ですが、これを超えたら必要だということになります。

「雑所得」では必要経費が認められる

一方の雑所得は、他の所得に該当しないもので、「例えば、公的年金等、非営業用貸金の利子、副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)が該当」するとされています(国税庁ホームページより引用)。
 

雑所得金額は、

総収入金額-必要経費

となります。この金額を給与所得、事業所得などと合算して、確定申告します。
 

一時所得との大きな違いは、特別控除はなく、課税対象が1/2に減額されることもない代わりに必要経費(経費)が認められることで、これが競馬などの払戻金への課税額に決定的な差となって表れることがあるのです。
 

ポイントは、外れ馬券の扱いです。雑所得とみなされれば、その購入金額は経費で落とせます。さきほどの総収入200万円の例に当てはめれば、別に外れ馬券の購入に150万円を支出していたら、
雑所得は

200万円-50万円-150万円=0円

ということになり、もちろん課税もされません。
 

日常的に競馬や競輪などを楽しむ人には、「高額配当もあったけれど、年間の収支は結局マイナスだった」という経験もあるのでは。その場合、雑所得ならば税金の心配はいりませんが、外れ馬券の購入費が経費にならない一時所得では、課税対象になる可能性があるわけです。

競馬の払戻金が「雑所得」となる条件は?

「雑所得」だと認めた最高裁

さて、ここで、さきほどの一時所得の説明にあった「営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く」という但し書きを思い出してください。これに該当する場合には、一時所得ではなく雑所得となることを、国税庁も認めているのです。一時所得か雑所得かを分けるポイントは、馬券の購入が「営利を目的とする継続的行為」かどうか、ということになります。
 

実はこの点では、「払戻金は雑所得だ」という主張を認める最高裁の判決(決定)が、2つあります。
 

1つは、2015年に判決が下った事例で、競馬で5年間に約1億5,000万円の稼ぎがあったのに無申告だった男性が、国税局の査察を受けて所得税法違反で告発された、という刑事事件でした。この男性は、市販の競馬予想ソフトに改良を加え、ネット上でJRA全競馬場のほぼ全レースの馬券を無差別に購入する、という買い方をしていました。裁判所は、これを「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」すなわち雑所得と認定したのです。
 

判決は、懲役1年の求刑に対し、懲役2ヵ月・執行猶予2年。脱税額も、一時所得であることを前提に起訴された約6億円から約5,000万円に減少しました。外れ馬券の購入費用に加え、ソフトの利用料金なども経費として認められた結果です。
 

もう1つは、公務員の男性がネットで馬券を購入できるサービスを使って、年間数億円から数十億円の馬券を買い続けた事案です。利益は、多い年には2億円に上っていました。この男性は、独自に競走馬や騎手、コースなどの情報を収集・分析して、レースごとに着順を予想して馬券を購入し、利益は今回のじゃいさんと同様、雑所得として確定申告していました。ところが、国税から一時所得であると否認され、およそ2億円の追徴課税を言い渡されたため、その取り消しを求めて、裁判に打って出たわけです。
 

一審では当局の主張が認められたものの、高裁では、さきほどの「2015年判決と購入方法に本質的な違いはない」として、男性が逆転勝訴。国税局は上告したのですが、最高裁はこれを棄却し、17年暮れに「このケースは雑所得に当たる」という判決が確定しました。
 

なお、同様の争いで「一時所得」であるという国税庁側の主張を認めた判例もありますが、ここでは割愛します。

「原則一時所得」は変わらず

これらの最高裁の判断を受けて、国税庁の姿勢は変化したのでしょうか? 17年の最高裁判決後、国税庁は競馬・競輪の払戻金に関する通達を改正するなど、雑所得となる場合の要件をより明確にしました。とはいえ、雑所得の範囲を抜本的に広げたわけではありません。
 

考えてみれば、裁判で勝ったような馬券の買い方をする人は、実際には極めて稀でしょう。「競馬の払戻金は一時所得」という原則に変化はないと考えるべきです。

今回の事例は「雑所得」に当たらないのか?

じゃいさんの一件に話を戻すと、では、やはり今回も「一時所得とされてやむなし」なのでしょうか? 必ずしもそうは言えないかもしれません。
 

じゃいさんは、「競馬の仕事もしているし、本も出版しているし、スポーツ新聞で予想もしているのだから、雑所得でもいけるだろう」とアドバイスされたそう。どんな買い方をしていたのかは定かではないものの、コンスタントに100万円越えの馬券を当てていたといいますから、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」ではないのか、議論の余地は十分ありそうです。
 

ちなみに、本人は、「裁判しようと思ったが、時間も弁護士費用もかかるのでやめた」とも述べています。もし裁判に打って出ていたら、国税庁が「3度目の敗北」を喫していた可能性は、ゼロではないものと思われます。

2022/6/17追記

その後じゃいさんは、6月16日のテレビ朝日「グッド!モーニング」で、この一件に関して、東京国税不服審判所に申し立てを行ったことを明らかにしました。
 

「国税不服審判所」とは、税務署長などが行った課税処分(今回の件でいえば、払戻金が一時所得とされたこと)や、差し押さえをはじめとする滞納処分などに納税者が納得のいかない場合に、その審査請求を受け入れ、裁決を行うことを目的に国税庁に設置されている機関です。裁判に訴える前に公の機関に判断を仰げる仕組みで、費用もかかりません。
 

ただ、じゃいさんの代理弁護人が「現行の法制度では、不服申し立てが通るのはかなり難しい」と述べているように、20年度の審査請求で納税者の主張が一部でも認められたのは、全体の1割程度にとどまっています。一方で、アパレルや飲食ブランドを広く手掛けるサザビーリーグの創業者などに対して、東京国税局が計約80億円を追徴した課税処分について、その全額を取り消すという裁決もありました(2022年2月24日に各紙報道)。
【関連】『サザビーリーグ創業者らへの80億円の課税を取り消した「国税不服審判所」とは? 』
 

「競馬界の歴史を変えたい」と意気込むじゃいさんですが、今後の審査の行方が注目されます。
国税不服審判所について、詳しくは以下の記事でも解説しています。
【関連】
『国税に関する処分に納得できない! 「国税不服審判所」への審査請求とは?』
『国税に関する「再調査の請求」「審査請求」「訴訟」は納税者の権利! しかし、“勝率10%”の現実が』

追徴課税の中身は?

最後に、じゃいさんが請求された追徴課税について触れておきます。稼ぎがあったのに税金を申告しなかったり、少なく申告したりしていた場合、本税(本来支払うべき税額)に加えて、「無申告」「過少申告加算税」「重加算税」などのペナルティが課せられます。
 

今回のケースでは、申告自体は行われていましたから、過少申告加算税(申告した税額が少なかった場合)が適用されたと考えられます。税率は、新たに納付することになった税額の10%(期限内申告税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は15%)となっています。
 

それだけではありません。納税が遅れた場合、その期間に応じた「延滞税」の支払いも求められます。税率は、納付すべき日から2ヵ月までは7.3%、それを過ぎると年14.6%で、これが不足していた税額にかかってきます。
 

発端となった6,400万円の払い戻しを受けたのが2020年暮れですから、その利益の確定申告は21年3月です。ただ、「マンションを買えるくらいの請求」は、雑所得として申告していたそれ以前の申告分の本税不足分、加算税、そして延滞税の“合わせ技”だった可能性が高いと推測されます。

まとめ

高額馬券を的中させたじゃいさんが、追徴課税されて大きな話題になりました。ポイントは、競馬の儲けが一時所得なのか雑所得なのか。雑所得とされれば、外れ馬券も経費計上が可能ですが、そのハードルは、かなり高いといわざるを得ません。
 

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マネーイズム編集部
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