中小企業経営者の退職金で注意すべきことは 税と事業承継対策から考える

[取材/文責]マネーイズム編集部

中小企業オーナーがリタイアしたときには、退職金を受け取ることができます。ただし、金額が大きいだけに、受け取り方などに注意すべき点もあるようです。使い方によって、親族内の事業承継の武器にもなる経営者の退職金について解説します。

役員退職金の節税効果とは

中小企業の役員(オーナー経営者以外の役員も含みます)に対する退職金の支給には、基本的に会社と退職金を受け取る役員本人の双方にとって、節税効果があります。まずは、その点から確認しておきましょう。

法人税が減らせる

会社の納める法人税は、その期の売上から事業で必要とした経費などを差し引いた利益(所得)に課税されます。役員退職金は、この経費に計上できるため、利益の圧縮=法人税の軽減が可能になります。利益が大きく伸びそうなタイミングで役員退職金を支給すれば、高額の税負担を回避することができますから、さらに効果的です。

自社株の株価を下げられる

子どもなどの後継者に事業を譲ろうと考えたとき、大きなネックになるのが会社の株価です。最低でも50%の株を持たないと、社長として経営を担うのは困難です。しかし、生前贈与するにしろ相続で渡すにしろ、株価が高ければ税金(贈与税、相続税)も高額になり、後継者の大きな負担になってしまいます。

この株価を下げる有効な手立ての1つが、役員退職金の支給です。普通の従業員と違い、役員に対する退職金は、それなりの金額になるはず。会社の支出は増え、資産が減少するため、自社株の株価は下がります。そうした株価対策を講じたうえで後継者に株を贈与あるいは相続させることで、納税額を抑制することができるのです。

退職金をもらった役員の税負担も軽減

受け取った退職金には所得税がかかりますが、その課税対象となる所得(退職所得)は、「(収入金額-退職所得控除)×1/2」です。退職所得控除は、勤続年数(A)によって退職金から差し引ける金額で、勤続20年以下は「40万円×A」、20年超は「800万円+70万円×(A-20年)」となっています。

税額は、この退職所得に所得税の税率を掛けて算出されます。通常の給与所得とは違い、収入の半分以下が課税対象とされますから、税はかなり割安といえるでしょう。

中小企業オーナーが生前に退職金をもらう「リスク」とは

このようなメリットがある役員退職金ですが、中小企業オーナー自身の退職金については、もらう時期などに注意を払うべきケースもあります。

生前にリタイアして退職金を受け取れば、老後の生活は安心できるでしょう。悠々自適の第二の人生を満喫できるかもしれません。退職金がそれらに使われるのならハッピーなのですが、問題はその受け取りから時間を置かずに亡くなって、相続になった場合です。

そうすると、「割安」とはいえ所得税を支払って会社から受け取った退職金(個人の財産)に、今度は丸々相続税が課税されることになるのです。税の負担者は異なるものの、同じ財産に所得税と相続税がダブルで課税されるイメージです。

例えばオーナーに急に病が見つかって余命に自信がない場合、特に退職金を必要としないようなケースでは、生前に退職金の支給を受けるべきかどうか、検討が必要です。

遺族がもらえる死亡退職金

では、経営者が生前に退職金をもらわないと、どうなるのでしょうか? そうした際には、遺族が代わりに故人の退職金を受け取ることができます。これを死亡退職金といいます。

死亡退職金とは

死亡退職金は、在職中に死亡した人がいた場合、本来退職時に受け取るはずだった退職金を遺族などに支給する仕組みです。会社によっては、「弔慰金」「功労金」という名目で支給されることもあります。

この退職金を誰が受け取れるのかは、会社の退職金制度に受取人の規定があるかないかで変わります。

受取人の規定がある場合:死亡退職金はその受取人の財産となる
受取人の規定がない場合:死亡退職金は、相続人の共有の財産となる。被相続人(亡くなった人)の遺言がある場合はそれに従い、ない場合は相続人の遺産分割協議で分け方を決める

いずれにしても、遺族がまとまった金額の死亡退職金を受け取ることができれば、相続税支払いの原資に充てることもできるでしょう。

死亡退職金にかかる税金は

説明したように、生前に本人が退職金を受け取れば、退職所得として所得税が課税されます。しかし、死亡退職金は本人が受け取れませんから、当然所得税の課税はなし。その代わり退職金を受け取る遺族が相続税の課税対象となります。

厳密にいえば、相続財産とは、被相続人が死亡した時点で所有していた財産のことを指します。そのため、死亡退職金は民法上の相続財産には当たりません。ただ、その人の死亡に起因する財産であり、相続したものと同じとみなされるため、税法上「みなし相続財産」として扱われるのです。同様のものに、生命保険(死亡保険)の保険金があります。

みなし相続財産には非課税枠がある

これらのみなし相続財産には、「500万円×法定相続人の数」という非課税枠が設定されています。例えば、相続人が配偶者と子ども2人の3人だった場合、1,500万円まで相続税は非課税。死亡退職金が2,000万円だったら、課税対象になるのは500万円です。

普通に相続するのに比べると、かなり有利な条件で財産を受け取ることができるわけです。

死亡後3年を過ぎると税金が変わる

この死亡退職金については、「被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続または遺贈(遺言書で財産を渡すこと)により取得したものとみなされて、相続税の課税対象となる」とされています。裏を返せば、被相続人の死亡から3年を経過した後に受け取った場合には、相続税の課税対象にはならない、ということです。

死亡退職金の相続税について、詳しくは
No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金|国税庁

このようなケースでは、今度はもらった人が所得税の課税対象になります。この場合の所得は「一時所得」で、「(もらった退職金-50万円)×1/2」で計算され、この金額に所得税の税率を掛けて税額を算出します。

被相続人の死亡後3年以内に死亡退職金受け取って相続税を支払うのに比べ、納税額が軽減されることもありますが、退職金は速やかに支給するのが原則です。正当な理由なく3年を経過した後に受け取ったような場合には、税務調査で指摘されるようなことも考えられますから、注意が必要です。

退職金に対する課税を整理すると、以下のようになります。

  1. 生前に本人が退職金を受け取る:本人に所得税(退職所得)⇒相続までの期間が短いと、相続税が高額になるリスク

  2. 相続人が3年以内に死亡退職金を受け取る:相続人に相続税⇒みなし相続財産の非課税枠あり

  3. 相続人が3年を経過してから死亡退職金を受け取る⇒相続人に所得税(一時所得)

役員退職金を支給する際の注意点

税金面で有利な点が多い退職金ですが、役員退職金を支払う際には、特に次のような点に注意が必要です。

金額の設定が高すぎないよう留意する

事業承継対策として考えたとき、単純に役員に支給する退職金が高額なほど、その効果は大きくなります(株価をより大幅に引き下げられるため)。ただし、税務署に「不当に高額」と判断された場合、高すぎる部分は損金(経費)への算入を否認されてしまうリスクがあります。

退職金の性格を踏まえ、会社に対する功績などを反映した報酬の設定を行うようにしましょう。ポピュラーな基準に、「功績倍率方式」があります。計算式は、「退任時の報酬月額×役員在任年数×功績倍率」となります。

「功績倍率」は、通常役職ごとに定められますが、法律などに規定があるわけではありません。一般的には、過去の判例に照らして、「社長3.0」「専務2.4」などの数値が使われています。

退職金を支給されたら経営にタッチしない

退職金は、文字通り退職した人に支給されるもので、説明したような税金面での優遇も行われています。にもかかわらず、受け取った後も会社の経営に積極的に関与したりした場合、やはり税務署にその損金算入を否認されるかもしれません。

会長などの「名誉職」に就いて、簡単なアドバイスを行う程度のことは認められるかもしれませんが、あくまでも判断するのは税務署であることを忘れずに。経営からは完全にリタイアするというのが、安全策ではあります。

退職金規定を整備しておく

退職金は、会社が必ず支払わなければならないものではありません。就業規則や労働契約などに退職金支給規定がない場合、会社に退職金支払義務は発生しないのです。

逆に、事業承継対策などで会社が退職金を支払う場合は、原則として退職金規定が必要です。それを設けていないのに退職金を支給すると、税務署から利益調整などを疑われる可能性があります。

さきほどの報酬額や受取人などを定めた規定を作成しておくようにしましょう。会社が同族経営の場合、死亡退職金の受取人を定めておけば、社長に万一のことがあったときに、相続争いを防ぐ効果も期待できるでしょう。

まとめ

中小企業オーナーの退職金は、受け取るタイミングによって税金の種類や納税額に差が出ます。事業承継のことも考えて、きちんとした退職金規定を整備しておくようにしましょう。

中小企業経営者や個人事業主が抱える資産運用や相続、税務、労務、投資、保険、年金などの多岐にわたる課題に応えるため、マネーイズム編集部では実務に直結した具体的な解決策を提示する信頼性の高い情報を発信しています。

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