
創業120年以上の老舗のお菓子メーカー
4代目社長が社員満足度調査を実施し、社員を笑顔に
ミッション経営の実践で、組織で動く会社に成長
炭鉱の町で炭鉱労働者やそこに住む子どもたちを相手に120年以上前に創業したチロルチョコ。アイデアマンだった父を承継した4代目社長の松尾裕二氏は、組織で動くミッション経営が自分の役割と考えた。「『あなた』を笑顔にする」をミッションに定め、社員の笑顔から出発する会社になろうと社員満足度調査を毎年実施し、人事評価制度や福利厚生の見直しを行ってきた。その成果が「チロルの5 Five ベネフィット」というユニークな福利厚生の充実に結びついた。小さなチロルチョコを起点にファンベースマーケティングにも力を入れ、本格的なスイーツを再現した人気のプレミアム版のチロルチョコも実現した。
八木美代子社長(以下、八木) チロルチョコの発祥の地は福岡県田川市ですね。最初は、炭鉱の町の子どもたちを相手にされた駄菓子メーカーだったと伺いました。
松尾裕二社長(以下、松尾) 私は4代目の社長ですが、創業者は、炭鉱の町で遊ぶ子どもたちに砂糖菓子を売ったり、炭鉱で働く肉体労働の人たちに甘いお菓子を販売して、飛ぶように売れたそうです。1962年、2代目社長の時に、当時は高級品だったチョコを子どもたちに食べさせてあげたいという気持ちから、10円のチロルチョコが誕生しました。
チロルチョコの形を変え、10円の価格を守ったのはイノベーション
八木 チロルチョコの形も時代とともに変わったのですね。
松尾 チョコレートは原価が高いから、丸ごとチョコレートの菓子は難しい。そこで、2代目社長が考えたのが、ヌガー入りのチョコレートです。ヌガーと呼ばれるソフトキャンディをセンターに入れることでチョコレートの比率が少なくて済み価格を抑えることができたので子どもたちに買ってもらえました。

高級品だったチョコを子どもたちに食べさせてあげたいという気持ちから、チロルチョコが誕生しました
チロルチョコの形も今とは異なります。最初は、3つの山がつながった長方形のチョコレートでした。しかし、1973年のオイルショックによって資材が高くなり、価格を20円、30円と値上げを余儀なくされ、売れ行きが落ちました。
2代目社長は、なんとか10円で売ることを考え、一念発起して3つの山を割って、1979年に山が一つだけの今の四角い形にしました。10円に立ち返ったので、売り上げも大きく回復しました。
振り返ってみたら、2代目が形を変えて10円という価格を守ったのは、ある種のイノベーションです。というのも、チョコレートの菓子メーカーは、機械で菓子を作る設備産業です。形を変えたら一気に売れなくなることだってあります。そのリスクを承知で製品の形状を変えたのは、大きな変革だったと思っています。
八木 その後、山が一つのチロルチョコが大きなサイズになったそうですね。
松尾 3代目社長になって、これからはコンビニの時代が来ると思ったのでしょう。コンビニにチロルチョコを扱ってもらうために商談に行きました。オリジナルの小さなサイズだと、コンビニでは必須のバーコードが印字できません。そこで、1993年、山は一つでも少し大きな今のサイズのチロルチョコを誕生させました。チロルチョコの側面に製品管理に必要なバーコードを入れたのです。

コンビニ進出の際、側面にバーコードを入れた(提供:チロルチョコ)
2代目までは、九州の駄菓子屋さんでしたが、3代目になってコンビニの商流に乗ったことで、全国展開を始めました。
八木 そのころ、大ヒット商品になるきなこもちが登場するわけですね。

コンビニの棚が上から下まで、きなこもち味のチロルチョコだったことを覚えています
松尾 2003年にコンビニのバイヤーが「これは単独でも売れる」と注目をしてくれて、バラエティパックといういろいろな種類を入れたチロルチョコの袋菓子から、きなこもち味のチロルチョコを単体で売り出しました。そうしたら、5カ月で1700万個も売れる大ヒット商品になったのです。
チロルチョコは、チョコレートが上と下にあって、その間に違う味のものを挟むのが基本構造です。きなこもちが売れたことで、間に挟む味をいろいろなものでトライすることができるようになりました。

チロルチョコ きなこもち味(発売当時の写真。提供:チロルチョコ)
いろいろな味のチロルチョコを出したのは、大人をお客様にする企業になりたいから
八木 いろいろな味を挟む頻度が増えましたが、どういう狙いからですか。
松尾 子ども向けの菓子メーカーとしてスタートし、コンビニを通して全国展開したときも子ども菓子のジャンルとして有名になりました。ですが、大人が「食べておいしい、手にとって楽しい」と言われる製品を生み出したいし、大人もお客様にするメーカーになりたいと思っていました。
そこでチョコレートとチョコレートの間に大人にも人気が出るような味を入れ込もうとチャレンジを始めたわけです。トライした数は数え切れません。
アイデアマンの父の時代と違って、組織全体で運営する会社にしたい
八木 コンビニの棚が上から下まで、きなこもち味のチロルチョコだったことを強烈な印象として覚えています。
ところで、4代目の社長として就任して、どんな社長になろうと考えましたか。
松尾 3代目の父はアイデアマンで、味やパッケージのデザインは全部自分で考えてやっていくタイプでした。父は家に帰ってきても、アイデアが浮かぶとすぐにメモをして、翌朝早く会社に行って、そのアイデアをデザインにして実現する人でした。
自分が父のようにクリエイティブなタイプの人間かというと、そうでもないことはわかっていました。自分は計画を立てて、プラン通りに進めるのは得意なタイプだったので、組織を整えて、組織全体で会社を運営していけるようにしたいと考えました。自分だけが考えるのではなくて、社員一人ひとりが考える会社にしようと動きました。
自分の役割はまず何だろうかと考えて、2020年にミッション(使命)、ビジョン(未来像)、モットー(行動理念)を制定しました。ミッションは「『あなた』を笑顔にする」です。 先代社長が掲げていた「楽しいお菓子で世の中を明るく」を継承するような文言を考えました。
社員が業務の方向性で迷った時は、ミッション、ビジョン、モットーに戻ってこよう。そんなミッション経営をやる。それが4代目である私の役割だと考えたのです。

一番先に笑顔にする対象は社員。社員の笑顔から出発する会社になろうと考えました
笑顔にする対象は誰かというと、お客様であり、取引先であり、社員です。その中で一番先に笑顔にする対象は誰だろうかと考えたら、一番は社員だろう。社員の笑顔から出発する会社になろうと考えました。そこで「社員が笑顔で働ける会社で良い商品を創り、お客様の笑顔に繋がり、また社員が笑顔になる」という文言が出来上がったのです。
社員満足度調査で社員の本音を調べたら、「初回の結果は悲惨なもの」
八木 最初からうまく行きましたか。
松尾 社員の気持ちはどういう状態なのかを知りたくて、社員満足度調査を行うことにしました。今でも、毎年、社員満足度調査を実施していますが、初回の結果は悲惨なものでした。
無記名のアンケートで記入が多かったのが、人事評価に対する不満、給与に対する不満でした。社長になるまでの間に賞与の金額を増やしていました。業績が良いときは業績賞与もしっかり出していました。
平均点ぐらいの結果が出ると想定していましたがふたを開けてみたら、給与面でこれほど不満があるとは考えていませんでした。給与だけではなく、評価制度、お休みの日数などに対して非常に辛辣な言葉が多かったです。
社員の訴えはその通りで、特に人事評価については改善すべき点が多々ありました。企業規模が大きくなっても、企業と言うよりも家業みたいな雰囲気が残っていました。知名度も高く、売り上げも増えているのに、「人事評価制度や福利厚生が整っていないな」と課題感を持っていたことも確かです。社員に直接言われたわけで、これは手をつけなければいけないと痛感しました。
そこで、課題ごとにプロジェクトチームをつくって福利厚生の充実や労働環境の改善、人事評価制度の見直しや給与体系の改定に取り組むようにしました。そして、毎年秋には全社員参加型のイベント「チロルサミット」で活動内容を報告してもらいます。社員の負担は決して小さいとはいえません。それでもメンバーとして活動することで、課題に”自分事”として向き合う意識が育つと期待しています。
消滅有給休暇買取制度など福利厚生制度「チロルの5 Five ベネフィット」を構築
八木 その成果をホームページでも公表していますね。
松尾 「チロルの5 Five ベネフィット」というタイトルで、「スマイル」「スキル」「チーム」「ヘルシー」「プライベート」の5つに分けて公表しています。1つ目の「スマイル」は、全社一丸となってやる「社員満足度向上プロジェクト」を掲げました。毎年実施することが5 ベネフィットの根幹になります。
2つ目の「スキル」は、資格取得の支援や書籍購入の支援、エキスパートの講義・セミナーから自身の見聞を広める勉強会「チロルアカデミー」などが具体策です。
3つ目は、チロルらしい社員として、より笑顔に通じる取り組み、働きをした社員を、社員で選び、社員が表彰する表彰制度「チロルアワード」などです。
チロルアワードは2024年から始めたばかりなんですが、MVPか新人賞とか、ありがちといえばありがちな表彰制度ですが、いくつかのテーマを設定して社員からアンケートをとり、部課長クラスに表彰してあげたい部下を推薦してもらって、表彰しています。
4つ目は、健康です。定期健康診断の総合判定で「A」を獲得した社員に奨励金5,000円を支給する「定期健康診断A判定奨励金」が具体策のひとつです。
5つ目は、「プライベートも全力で楽しもう!」ということで、消滅してしまう有給休暇を1日5,000円で買い取りするとか、業務優先ではありますが、働き方に合わせて出退勤は完全自由に決められる「フルフレックス勤務制度」などがあります。
八木 社員満足度調査を毎年実施している徹底ぶりがすごいですね。経営者としては、社員の満足度を聞くのは、結果が怖いので、しんどいところがあるのですが、やってみると、会社が変わっていくきっかけにもなるので、やったほうがいいですね。
松尾 プロジェクトの推進が年間のスケジュールになっています。毎年12月に調査をして、1月下旬ぐらいに結果が出ます。2月ぐらいに幹部を集めて全員で情報を共有します。
そこから「今年はどの不満を解消すべきか」と議論して、10テーマぐらいを選んでプロジェクトチームを立ち上げて、半年ぐらいかけて検討します。
チョコレートを取り扱う当社は秋冬が繁忙期で、春夏がどちらかと言えば閑散期です。なので、春夏の半年ぐらいかけて、検討するのです。毎年実施していたら、いろいろな改善が重なってきたので、社員に認知してもらうと同時に、リクルートにも活用したいと思って、「チロルの5 Five ベネフィット」として公表しました。

社員の満足度を聞くのは、しんどいところがありますが、やってみると、会社が変わっていくきっかけになりますね
八木 消滅有給休暇買取制度は、どういう問題意識で始めたんですかね。
松尾 この制度を始めて1年ぐらいです。有給休暇の取得率は8割ぐらいと高い。それでも法定の5日間しか取らない社員もいるわけです。
繁忙期はとても忙しくて、残業代は当然払っています。それ以外に社員に報いる方法はないだろうとかと検討しました。有給を完全消化するのが理想なんですが、繁忙期は頑張ってほしいので、背に腹は代えられない。
社会保険労務士にも相談して、使いきれなかった消滅してしまう有給休暇を買い取る「消滅有給休暇買取制度」として始めました。
八木 人事評価制度は難しくありませんか。
松尾 簡単じゃないです。5年前に作りましたけど、2・3回ほどマイナーチェンジしています。完成形というのがなくて、毎年アップデートしています。人事評価制度だけではありませんが、プロジェクトで改善したはずのテーマでも、課題は残っていて、終わりはないです。離職率が結構下がってきましたので、会社は良い方向に変化していると思います。
八木社長もミッションを作られているのですか。
八木 当社のコーポレートサイトで公表しています。「すべての経営者が金融ナレッジをシェアして成功する社会を創りたい」というパーパスから、「お金の悩みに情熱と知恵とテクノロジーで応える」という使命、「経営者がビジョンをカタチにできる社会」をビジョンとして定めました。
ミッションなどを定めてみると、ミッションも行動指針もなかった時とは何か違う気がします。何かしら、ミッションを意識して行動しているんだなと感じています。
生チョコを挟んだ商品を出したのがきっかけで価格の高いプレミアム版が登場
八木 マーケティングの話に話題を戻しますが、きなこもち以降はどんなヒット商品が出たのですか。
松尾 きなこもちクラスの大ヒット商品は、正直言うと出ていないですけど、チロルチョコのプレミアムライン(プレミアム版)が大きく成長しました。きっかけは、先代社長時代に北海道のチョコレートメーカーと組んで、生チョコを間にはさんだチロルチョコを作ったことです。
通常、チロルチョコの賞味期限は1年ですが、生チョコを挟んだので、賞味期限は1カ月。普段の12分の1ですから、全国に配送するのが大変でしたがやり切ることができました。
1粒20円がコンビニの定番だったのですが、より良い商品を作れれば少し高くなっても買っていただけることがわかったのは、大きな財産になりました。賞味期限3カ月、6か月のプレミアム版も出して市民権を得られるようになりました。
最近だと、6月に発売した「チロルチョコ〈白桃アールグレイ〉」の評判がいいです。白桃ゼリー、白桃ソース、が間に入っています。白桃のさっぱりした甘さと、紅茶のアールグレイの華やかな香りがミックスされています。税込み参考価格は1個36 円です。
「チロルチョコ〈ガトー・オペラ〉」も評判いいですね。コーヒーソースとクッキークランチを組み合わせることでスポンジ生地を再現したものです。

チロルチョコ ガトー・オペラ味(提供:チロルチョコ)
コラボ商品、ご当地めぐり、ファンベースマーケティングなど攻めの経営を実践
八木 他社とのコラボ商品もおもしろいですね。
松尾 圧倒的に自社商品が多いのですが、他社とのコラボ商品もたくさんだしており、発売商品全て合わせると累計500種類以上になります。コンビニさん限定とかスーパーさん限定といった特定の小売店向けに開発された商品が多く、業界用語で言えば、「留め型商品」です。
有名キャラクターとのコラボも多く実施していますし、メーカー同士で組んでお互いの商品の味を再現して発売するケースもあります。昨年はブラックサンダー発売30周年を記念して当社は「チロルチョコ〈ミルクなブラックサンダー〉」を発売し、有楽製菓さんには「ブラックサンダー チロルチョコミルク味」を出す相互コラボで話題になりました。
今年の春にはご当地銘菓をチロルチョコで体験できる「チロルご当地めぐり」を発売しました。こちらは各地の銘菓とコラボした商品です。
コラボ商品はいろいろやってみたいのですが、再現度にもこだわっているので製造が大変な部分もあります。当社はベトナム工場もあるのですが、国内だと福岡工場だけです。生産ラインは簡単に変えられないので、コラボ商品はやりたくても限界があります。
八木 ファンベースマーケティングにも力を入れていますね。
松尾 チロルチョコの愛好者の方の中には「パッケージコレクター」が結構いらっしゃいます。いろいろな味のチロルチョコを出していますが、個包装の包み紙はいろいろあります。包装紙をキレイに伸ばして透明の名刺入れみたいなファイルに入れて楽しむファンが結構います。「パッケージコレクター」と言いますか、当社の中では通称「チロリスト」とお呼びしています。その延長で、チロリストのTシャツなんかも作りました。
八木 ファンベースマーケティングは松尾社長が主導するのですか。
松尾 ファンベースマーケティングを担当するマーケティング室を2021年に立ち上げました。社長直轄の専門組織です。それまでは、兼務でやってもらっていましたが、SNSでの発信、広報、マーケティングを強化するために専任の担当者を置きました。2023年にはチロルチョコのファンに集まってもらった「チロルフェス」も開催しましたね。
大事なことは、こちらからの一方通行なメッセージの発信ではなくて、ファンの人たちの意見を聞くということです。ファンベースマーケティングは、双方向のやりとりがあって成り立つと考えています。

チロルチョコ株式会社の4代目社長。1986年生まれ。立教大学経済学部卒業後、コンサルティング会社に2年間勤務。2011年、父親が3代目を務めるチロルチョコに入社、販売・開発・製造業務に従事し、2017年に30歳の若さで取締役社長、2018年から代表取締役社長。2020年に「『あなた』を笑顔にする」のミッション(使命)を制定し、ミッション経営に踏み出す。社員満足度調査を実施したのを契機に「社員満足度向上プロジェクト」を毎年立ち上げ、人事制度や福利厚生の充実をはかっている。
各業界のトップと対談を通して企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒントをお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第22回目は、チロルチョコ代表取締役社長の松尾裕二氏です。30歳の若さで社長業を継いだ松尾社長は、アイデアマン社長だった父(3代目)とは異なり、組織で動くミッション経営を実践しています。社員を笑顔にする「チロルの5 Five ベネフィット」もすごいですが、ファンベースマーケティングやキャラクターマーケティングにも組織として力を入れていて、偉大な先代を継ぐ承継者のひとつのモデルになっていると感じました。