
「棚卸資産評価損を活用する」という節税術
中小企業にとって、在庫(棚卸資産)は事業継続の命綱である一方、適正に管理できていないと経営を圧迫する「隠れた負債」にもなり得ます。仕入時は価値があった商品も、時間の経過や市場変化により販売価格が大きく下落し、在庫として長期滞留するケースは少なくありません。
実際、在庫価値の下落によって年間数百万円の損失を抱える中小企業もあるといわれます。そんなとき、「棚卸資産評価損を活用する」ことで、帳簿上の在庫価値を実態に合わせ、結果的に法人税などの税負担の軽減が可能です。
たとえば評価損を100万円計上すれば、税率33%の場合、約33万円の節税効果が見込めます(概算)。
今回は、棚卸資産評価損の仕組み、節税メリット、注意点を解説しながら、経営者が取るべき戦略的な在庫管理のポイントを紹介します。
棚卸資産評価損とは?
棚卸資産評価損とは、在庫(棚卸資産)の帳簿価額(通常は取得原価)よりも実際の販売可能価額が下落した場合、その差額を損失として計上する会計処理のことです。
会計基準では「低価法」と呼ばれる評価方法が用いられ、取得原価と正味実現可能価額(見積販売価額から販売費を差し引いた額)のうち低い方をもって評価します。
長期滞留在庫や旧型商品など、市場での価値が大きく下がったものをそのまま高額な原価で帳簿に残しておくと、財務諸表が実態を反映しなくなってしまいます。
そこで、期末時点で時価評価を行い、下落分を「棚卸資産評価損」として損失に計上することで、在庫資産を適正に評価するのが狙いです。
棚卸資産評価損の仕訳と売上原価への影響
評価損を計上する場合の仕訳は以下のとおりです。
取得原価100万円の商品が時価90万円に下落した場合の評価損の仕訳例
借方:棚卸資産評価損 10万円
貸方:商品(棚卸資産)10万円
この評価損は「売上原価」に含めて処理することが一般的で、損益計算書上は利益を圧縮する効果を持ちます。なお、災害など突発的な要因で発生した場合は「特別損失」に区分されるケースもあります。
棚卸資産評価損の計上で「棚卸資産がマイナスになる」ことは通常ありません。帳簿上、在庫はゼロを下回らないように調整する必要があるのです。
評価損を適切に計上することで、財務諸表の実態反映度が高まり、経営判断や資金繰りの精度向上にもつながります。
棚卸資産評価損の会計基準と税務上の扱い
会計上は企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」により、低価法の適用が求められます。税務上も、国税庁通達(法人税基本通達9-1-2など)で、在庫の陳腐化・滞留・市場価値の著しい下落が認められた場合には、評価損を損金算入できる旨が定められています。
ただし、損金算入が認められるためには、「実際に価値が下落した事実」が客観的に確認できることと、事前に税務署へ「低価法を採用していること」を届出していることが絶対条件となります。
評価損の計上は期末ごとの正確な在庫棚卸に基づいて行う必要があり、単なる予想や見込みでの計上は認められません。適切な記録と証拠資料を整備することで、税務調査においても正当性を示せます。
棚卸資産評価損を活用する節税メリット
棚卸資産評価損を正しく活用すれば、単なる在庫整理ではなく「実質的な節税策」として機能します。ここでは4つの主なメリットを紹介します。
棚卸資産評価損を適切に計上することで当期の課税所得を圧縮できるだけでなく、長期滞留在庫の処理や資金繰り改善、財務諸表の信頼性向上にもつながり、経営全体の健全化に貢献します。
節税メリット1 課税所得の即時減少で法人税の負担を軽減できる
棚卸資産評価損を計上すると、その分だけ当期の利益が減少し、課税所得が下がります。つまり、同額の費用が増えたのと同じ効果を持ち、法人税や地方税などの負担が軽減されます。
たとえば100万円の評価損を計上すれば、税率33%の場合だと節税効果は約33万円です。これは、実際にキャッシュが出ていかない「会計上の費用」で節税できる点が大きな魅力といえます。
加えて、評価損の計上により利益の変動幅をコントロールでき、決算の安定性を確保することにもつながります。適正な時価評価を行うことで、企業の財務内容がより信頼性の高いものとなり、経営判断の精度も向上するでしょう。
節税メリット2 長期滞留在庫の早期処理でキャッシュフローを改善できる
在庫が過剰に積み上がっていると、資金が「寝ている状態」になります。棚卸資産評価損を活用して価値を見直せば、長期間滞留している在庫をどう扱うかの意思決定がしやすくなるでしょう。
たとえば、滞留在庫500万円を評価損処理し、翌期以降に回転率を20%改善できれば、仕入資金や運転資金の流動性が向上します。帳簿上の在庫圧縮は、資金繰り改善にも直結するのです。
さらに、不要在庫を早期に処理することで倉庫スペースの有効活用が可能となり、保管コストや管理工数の削減にもつながります。結果として、経営全体の効率性とキャッシュフローの健全化を同時に実現できます。
節税メリット3 在庫損失計上の柔軟性で利益管理がしやすくなる
棚卸資産評価損を計上すると、売上原価を通じて利益を適正化できます。経営者は、期末の在庫を時価評価することで「在庫を損失計上する」という戦略的な判断が可能となり、利益が大きく出すぎた場合の平準化に役立つでしょう。
また、災害など特別損失に該当する突発的な損失は、通常の営業活動と切り離して処理することで、経常利益の安定性を保つ効果があります。
節税メリット4 財務諸表の透明性向上で融資審査が有利になる
在庫を実態に即して評価している企業は、金融機関から「会計の信頼性が高い」と判断されます。特に在庫が多い製造・卸売業では、在庫過大計上による資産水増しを嫌う銀行も少なくありません。
棚卸資産評価損を計上することで、実態に合った貸借対照表を示せるため、融資審査での印象がよくなり、結果的に借入条件が有利になることもあるでしょう。実際、在庫適正化を進めた企業で、融資枠が拡大した例も見られます。
加えて、財務諸表がより現実的な姿になることで、社内外のステークホルダーへの説明責任も果たしやすくなり、経営の透明性向上にもつながります。
棚卸資産評価損を活用する際の注意点
棚卸資産評価損は節税効果の高い手法ですが、誤った運用をすると税務リスクが生じます。以下の4点には特に注意が必要です。
注意点1 届出の提出と会計基準の遵守を徹底する
低価法を採用する場合は、税務署に「棚卸資産の評価方法の届出書」を提出しておく必要があります。届出をしていない場合、税務上は原則として取得原価法とみなされ、評価損を損金にできません。
また、評価方法は「継続適用の原則」があり、期ごと・商品ごとにコロコロ変えると税務調査で指摘を受けるリスクがあります。制度のルールを遵守することが、節税効果を確実に得る前提条件です。
なお、届出内容や適用方法については、税理士と事前に確認しておくことで、万一の税務調査時にも説明がスムーズになり、リスク回避につながります。
注意点2 根拠資料の不備による否認リスクがある
棚卸資産評価損の損金算入を認めてもらうためには、「実際に価値が下落している」ことを証明する客観的資料が必要です。具体的には、市場価格の下落を示す資料、取引先からの見積書、型落ち・陳腐化を示すデータ、販売実績表などが挙げられます。
これらが不十分だと、税務調査の際に「過大計上」と判断され、損金不算入とされるケースがあります。根拠を明確に残しておくことが肝要です。
資料は可能な限り期日や作成者を明示して整理しておくことで、税務署への説明が容易になり、調査リスクの低減にもつながります。
注意点3 時価回復時の戻し入れと過大計上の落とし穴がある
翌期に在庫の時価が回復した場合は、前期に計上した評価損を戻し入れ、利益として処理する必要があります(洗替法の場合)。戻し入れを忘れると、将来的に利益が急増し、税負担がかえって増える恐れもあります。
また、在庫評価を過度に引き下げて評価損を過大計上するのも危険です。短期的な節税にはなっても、税務調査で否認されれば追徴課税を受けるリスクがあります。
さらに、戻し入れのタイミングや金額を誤ると、翌期の財務諸表に誤差が生じ、経営判断や融資交渉に悪影響を与える可能性もあるため、慎重な管理が必要です。
注意点4 損金不算入の例外ケースと特別損失の誤用に注意する
評価損の計上は、客観的な事実がない限り損金不算入となります。具体的には、実態のない架空在庫や、将来の単なる値下げ見込みによる評価損は認められません。
また、自然災害による損失など、異常な事態で生じたものは、棚卸資産評価損ではなく「特別損失」として区分します。
この区分を誤ると、税務調査で修正申告や延滞税が発生する原因となるため、損失計上の根拠と分類には厳重な注意が必要です。
棚卸資産評価損を活用する節税術は、単なる会計テクニックではなく、「経営の見える化」と「財務の健全化」を同時に実現するための戦略的な手法です。
在庫の価値を実態に合わせて評価することは、税務上の損金算入による節税効果だけでなく、経営判断や資金繰りの改善にも直結します。
この節税術に必要な心構えとは
棚卸資産評価損を活用する節税術は、単なる会計テクニックではなく、「経営の見える化」と「財務の健全化」を同時に実現するための戦略的な手法です。
在庫の価値を実態に合わせて評価することは、税務上の損金算入による節税効果だけでなく、経営判断や資金繰りの改善にも直結します。
節税効果を確実に得るためには、次の3つの心構えが欠かせません。
会計・税務のルールを正しく理解し、届出・継続適用を徹底する
低価法の届出や根拠資料の整備を怠ると、せっかくの評価損が税務上認められないリスクがあります。
実態に即した評価を行う
短期的な節税を目的とした過大計上は、将来的な追徴課税や信頼低下を招くおそれがあります。
経営戦略の一環として在庫管理を位置づける
評価損はあくまで経営判断の結果であり、在庫適正化やキャッシュフロー改善につなげる視点が重要です。
棚卸資産評価損の正しい活用は、税務調査に強く、融資審査にも有利な「透明性の高い決算」を作り出します。制度の適用や会計処理に迷う場合は、税理士に相談し、自社の実情に合った方法を選択することが、最も効果的な節税と経営安定への近道です。

