「法人税率の軽減税率を活用する」という節税術

[取材/文責]マネーイズム編集部

中小企業の経営者の皆様は、創業時の準備費用や新技術の開発費用など、事業の成長につながる支出をしているにも関わらず、「今期の損益に一気に計上すると赤字になってしまう」「利益を減らしすぎると金融機関への印象が悪くなる」と悩んだ経験はありませんか?

このような悩みは、支出の効果が複数年にわたる場合に認められる「繰延資産(くりのべしさん)」を活用することで解決できます。

繰延資産とは、支出の効果が複数年にわたる費用を「資産」として計上し、効果が及ぶ期間に計画的に経費化できる制度です。これを正しく使うことで、当期の利益を無理に圧縮せず、法人税の納付を先送りしながら手元資金を温存できます。

本記事では、「繰延資産とは何か?」という基礎知識から、節税メリット、注意点まで徹底解説します。最後に節税を成功させるための心構えもまとめましたので、ぜひ経営判断にご活用ください。

繰延資産とは?基本をおさらい

繰延資産を適切に活用するには、まず「繰延資産とは何か」という定義と、なぜ固定資産とは区別されるのかという基礎知識を押さえておく必要があります。

ここでは、経理担当者だけでなく経営者も知っておきたい繰延資産の基本を、「経費なのに全額損金にできない理由」と「具体的にどのような項目があるのか」という視点から解説します。

繰延資産とは?今すぐ全額経費にできない支出

繰延資産とは、すでに支払った経費でありながら、その効果が1年以上にわたって続くため、すぐに全額を損金(経費)として認めず、資産として計上し、効果が続く期間に少しずつ費用化していくものと定義されます。

これは、会社の会計処理の根幹となる「会社法」と、実際の納税額に関わる「税法(法人税法)」でそれぞれ定義されており、両者のルールを正しく理解しなければなりません。

繰延資産は「実体のない長期効果」を資産計上する点で、実体のある「固定資産」と区別されます。繰延資産と固定資産の違いは以下のとおりです。

繰延資産

 – 支出の効果が長期にわたる無形のもの(例:開業費、創業費など) 
 – 効果期間に基づいて償却

固定資産

 – 実体があり、長期にわたって使用する資産(例:建物、機械など)
 – 法定耐用年数に基づき減価償却

繰延資産の具体例5選

繰延資産はさまざまな種類がありますが、中小企業の経営者が事業活動の中で特に活用しやすい代表的な項目は、会社法上の5つの繰延資産(創立費、開業費、開発費、株式交付費、社債発行費)で、具体例と償却方法は以下のとおりです。

創立費

 – 会社設立のための費用(定款作成・登記費用)
 – 会社法上は5年以内で均等償却、税法上は任意償却が可能

開業費

 – 設立後~営業開始までの費用(広告・市場調査費)
 – 会社法上は5年以内で均等償却、税法上は任意償却が可能

開発費

 – 新技術・システム開発費
 – 会社法・税法ともに、原則として5年で均等償却

株式交付費

 – 新株発行の手数料・印紙代
 – 会社法上は3年以内で均等償却、税法上は任意償却が可能

社債発行費

 – 社債発行の手数料・割引費用
 – 会社法上は社債の償還期間に応じて償却、税法上は社債の償還期間による償却が原則

繰延資産を活用する節税メリット

繰延資産を正しく活用することで、単に経費計上のタイミングをずらすだけでなく、法人税の負担を調整し、資金繰りの改善や経営判断の柔軟性を高められます。

ここでは、具体的な節税メリットを4つに分けて解説します。

節税メリット1 利益圧縮を抑え資金繰りを改善できる

大きな支出を全額当期経費にすると、利益が急減し、会社の財務状況が一気に悪化するリスクがあります。大きな支出を繰延資産として処理し、費用を分散することで、不必要な赤字化を防ぎ、計画的な黒字経営を維持できるのです。

たとえば、創業費や開業費といった設立初期の大きな支出を繰延資産として計上し、費用計上のタイミングを意図的に調整すれば、初年度に大きな赤字を出す事態を回避できます。これにより、安定した利益水準の維持が可能となるでしょう。

法人税の支払いは避けられませんが、これは税金を「将来に先送りしている」状態に他なりません。結果として目先の資金が会社の手元に残り、実質的な資金繰り改善に直結します。

特に、金融機関からの融資審査を考えた場合、一時的な赤字を防ぎ、安定した利益水準を維持することは、会社の信用力向上に直結します。これは資金調達において非常に有利に働くポイントです。

節税メリット2 効果が及ぶ期間に合わせて合理的に償却

繰延資産は、支出の効果が複数年にわたる場合、その恩恵を受ける期間に合わせて合理的な償却が認められている点が大きな特長です。たとえば、開発費や創立費などの項目は、税法および会社法に基づき、原則として5年以内の均等償却が一般的とされています。

この均等償却の仕組みを活用すれば、特定の年度に大きな支出を一気に費用化する代わりに、毎年定額で費用を分散計上できます。これにより、単年度の利益変動を抑えられ、長期的に安定した税負担の軽減につながるでしょう。

費用を均等に計上すると、毎年の利益や資金の見通しが立てやすくなります。合理的な償却は単なる節税ではなく、会社の成長に合わせて資金を計画的に使うための経営戦略です。

節税メリット3 任意償却で好きな年度に経費化できる

税法上の繰延資産の中でも、開業費や一部の開発費は、任意償却という特別なルールが認められています。これは、償却する金額や時期を経営者が自由に決められるという、他の固定資産にはない最大の強みです。

たとえば、設立から数年赤字が続いている場合、開業費の償却は行わず温存(償却額ゼロ)し、会社が大きく黒字に転換した事業年度に残額を一括で全額損金に算入すると、税負担の軽減が図れます。

この柔軟性により、繰延資産は「未来の利益に対する節税の調整弁」として機能し、利益水準に合わせた最適な納税計画を立てることが可能になります。

節税メリット4 会計と税務の差異を活かして資金確保

繰延資産は、会計上と税務上で償却方法が異なる場合があり、その差によって「一時的に税金を減らせる」ことがあります。税務上の償却が早ければ、費用化のタイミングを前倒しでき、課税所得を抑えることで納税額を先送りできます。

結果として、当面のキャッシュを温存しつつ、外部への見せ方では安定した利益を維持できるため、金融機関からの信用向上にもつながるでしょう。

繰延資産を正しく扱うことで、「税金は後払い・利益はキープ」という経営に有利な状況を作れるのです。

繰延資産を活用する際の注意点

繰延資産の活用は大きなメリットがある一方で、会計・税務上のルールが複雑であり、一つでも処理を誤ると税務調査で否認されるリスクがあります。ここでは、経営者として特に知っておくべき、繰延資産を活用する際の重要な注意点や落とし穴を解説します。

注意点1 回収不能なら残額は一括損金処理となる

繰延資産は、将来の収益に貢献することを前提に資産計上されます。しかし、事業計画の変更や市場環境の悪化で「支出を回収できない」と判断された場合、残額は一括で特別損失として損金処理する必要があります。

回収見込みのない支出を資産として残すことは、会社の財務状況を過大に見せることになり不適切とみなされます。特に多額の繰延資産を計上している場合は、毎期、回収可能性を確認し、適切に処理することが重要です。

具体的には、将来の売上や利益計画、取引先の安定性、資産の使用可能期間などを総合的に評価し、文書化しておくと、税務調査時にも説明しやすくなります。

注意点2 償却期間は項目別に厳密なルールがある

繰延資産の償却は、会社法や税法で定められた方法と期間に従う必要があります。創立費・開業費・開発費など、項目ごとに規定された償却期間があり、勝手に変更すると税務上の問題や追徴課税のリスクがあります。

主な繰延資産の償却方法・期間は以下のとおりです。

創立費・開業費・開発費

 – 60ヶ月(5年)以内で均等償却
 – 税法上は任意償却も可能

誤って均等償却が原則の費用を一括損金処理すると、税務調査で否認される可能性があります。毎期償却方法・期間を確認し、顧問税理士と相談しながら計画的に処理することが安全かつ効果的な節税のポイントです。

注意点3 任意償却でも必ず損金経理を行う必要あり

開業費などの任意償却が認められる繰延資産は、償却のタイミングを自由に決められますが、償却したい事業年度に必ず会計上の仕訳(損金経理)を行う必要があります。任意償却は「償却費として損金経理した金額」が損金として認められる仕組みです。

決算時に「今年は利益が出たから償却しよう」と判断しても、実際に「繰延資産償却費」として会計処理(仕訳)をしなければ、税務上の損金算入は認められません。

任意償却の柔軟性を最大限に活かすためにも、決算時には必ず税理士と連携し、償却額の決定と仕訳の実行を確実に行ってください。

注意点4 仕訳や会計処理の誤りは追徴税リスクに

繰延資産の会計処理は、税務上の損金算入に直結するため、仕訳ミスは追徴課税や修正申告のリスクにつながります。特に、創立費・開業費・開発費などの繰延資産を正しく「繰延資産」として計上し、償却する仕訳を行わない場合、税務上認められず、追徴課税を受ける可能性があります。

具体的には、初年度に繰延資産を計上する際は「繰延資産 ××円 / 現金・預金 ××円」、償却年度には「繰延資産償却費 ××円 / 繰延資産 ××円」のように正確な仕訳が必要です。

毎期、仕訳方法を確認し、顧問税理士と連携することで、正しい会計処理を確実に行い、税務リスクを防ぐことにつながります。

この節税術に必要な心構えとは

繰延資産を活用する節税術は、当期の利益を急激に減らさず、支出の効果が及ぶ期間に合わせて均等償却や任意償却で税負担を調整できるのが大きなメリットです。利益状況に応じて計画的に経費化すれば、資金繰りも安定させやすくなります。

ただし、回収可能性の判断や償却方法・期間、会計処理の正確性などを守らないと、追徴課税や損金否認のリスクがある点には注意が必要です。単に節税だけを目的にせず、毎期の処理を確認しながら、顧問税理士と一緒に計画的に運用することが大切です。

繰延資産をしっかり理解して活用すれば、節税と資金繰り安定の両方を実現できます。具体的な方法や判断に迷ったときは、税理士に相談すると安心です。

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