日本初の全寮制の小学校を開設したのは、 子育てをプロに任せる選択肢を増やし、 女性が仕事に専念できる環境をつくりたかった | MONEYIZM
 
学校法人神石高原学園 理事長の末松弥奈子氏(左)とビスカス代表取締役社長の八木美代子(右)

日本初の全寮制の小学校を開設したのは、
子育てをプロに任せる選択肢を増やし、
女性が仕事に専念できる環境をつくりたかった

学校法人神石高原学園 理事長 末松弥奈子氏
公開日:
2024/02/21

インターネット関連ビジネスやジャパンタイムズの経営を担ってきた実業家の末松弥奈子氏が新たに乗り出したのが、教育事業。2020年に広島県神石高原町に日本初の全寮制の小学校「神石(じんせき)インターナショナルスクール(JINIS)」を開校。英語と日本語で授業を行うが、文部科学省が定める日本の小学校(一条校)だ。ご子息をスイスの名門ル・ロゼ学院に小学校から出した経験を生かし、24時間寝食を共にする全寮制にこだわった。

八木美代子(以下、八木)末松理事長は2020年、日本初の全寮制の小学校「神石(じんせき)インターナショナルスクール」(以下、JINIS)を広島県神石高原町に開校されました。

 

私は、開校前からJINISに注目していました。ビスカスのお客様は中堅中小企業のオーナー経営者が多い。皆さん、事業承継を前提に、子弟の教育について考える機会が多い方たちです。この連載では教育界のトップの考え方をお伝えしようと、例えば、ハーバード大学ビジネススクール教授で国際基督教大学理事長の竹内弘高先生のお話などをご紹介しました。ですので、今日のお話は、お孫さんも含めた子弟教育をお考えの経営者にとても参考になると考えています。

 

さて、末松さんと言えば、インターネット関連の情報企業を興されて、今はジャパンタイムズを買収されて代表取締役会長兼社長をしておられる。メディア産業の人というイメージが強いのですが、どうしてインターナショナルスクールを開校しようとお考えになったのですか。

 

末松弥奈子(以下、末松)開校を思い立った動機についてはいろんな側面があるんですけど、自分の子育ての成功と失敗を次の世代に生かしてもらいたいという気持ちが大きいです。私は子どもを海外のボーディングスクール、全寮制の学校に行かせました。具体的には、スイスのル・ロゼ学院に通わせました。そのときの親子での体験が今の学校を創るきっかけになっています。

 

八木ル・ロゼ学院はとても有名です。私も調べたことがあるのですが、世界の王族や富豪の子息などが学んでいる。世界で一番高い学費の学校としても知られていますが、その教育内容も世界最高水準と聞いています。小中高校があって、8歳から入学できるそうですね。

「小学生向けの寄宿舎校が日本にあったら、女性活躍はもっと進んだはず」

「親元を離れてもうちの学校で勉強したいとお子さんが言わない限りは入学させません」と末松理事長

末松そうです。私の子どもたちが小さいときからボーデイングスクールに入れたのはとてもよかった。でも、もしル・ロゼ学院みたいな全寮制の小学校が日本国内にあったら、もっと良かったのではと考えたのです。

 

私は経営者なので、その視点から言えば、小学校の時から子どもを預けられる寄宿舎校が日本にあったら、女性活躍はもっと進むだろうと思っています。

 

八木女性が仕事と家事、子育てを両立させるのは大変なエネルギーが要りますからね。

末松女性活躍の時代と言いますが、経営者として忙しいだけではなく、母としても妻としても役目がたくさんありますよね。経営者であれば、経営者として100%力を出したい。母としては育児をしっかりやりたい。日本の環境だと中途半端になってしまうことにジレンマを感じませんか。

 

八木末松さんのお気持ちはすごくわかります。

 

末松私は経営者であり母であり妻であったことで、1日24時間がとてもきつかった。このままだと「自分が駄目になってしまう」「潰れてしまう」と思ったので、私は子どもの教育を寄宿舎校というプロに任せるという選択をしたわけです。

 

私よりも若い世代の女性経営者たちが子どもを安心して預けられるところがあったら、もっと活躍できるだろうなと思っています。そういう想いでJINISを創立したのです。

 

八木学校を開校するのは大変だったでしょうね。

 

末松スイス、イギリスのトップ校の元校長である2名のアドバイザーとそれこそ2017年からディスカッションしながら、開校を目指しました。最初は、「一条校」という言葉も知らなかったんです。学校教育法第1条に規定する学校を「一条校」と言うんだな、なるほどという具合いでした。インターナショナルスクールは株式会社で作れるけど、一条校は文部科学省の認定をもらわないといけないってことも知らなかったんですよ。絶対に創りたいという思いがあったので、開校できました。

プロのハウスペアレンツと24時間寝食を共にすることで子どもは成長する

八木宿舎形式の良さは何でしたか。

 

末松寄宿舎制の学校といっても、いろいろなタイプがあります。平日だけ寄宿舎で土日は家に帰る学校もあります。ル・ロゼ学院もJINISもフルボーディングの寄宿舎校です。フルボーディングスクールは、学校にいる間、寝食を共にしながら24時間学んでもらうという考え方です。

JINISは日本語と英語の両方で授業を行う

私が目指したのも完全寄宿舎制です。JINISは、寮での親代わりになる有資格者のハウスペアレンツが指導するのが特徴です。

 

私の体験でも、自分の子どもが24時間面倒見てもらえる学校に行って起こった変化はアメージング、驚きでした。例えば子どもたちが4,5,6月と3カ月離れて暮らして、夏休み戻ってくると、子どもたちのマナーが良くなっている。自宅で毎日ガミガミと注意し直らなかったことが、ボーディングに入ったら直るのです。

 

そうすると、親として小言を言う必要がなく、「よくできるようになったね」と褒め言葉から始められました。親子関係が叱ることではなく褒めることから始められるのは、私としては一番大きなメリットでした。

 

ハウスペアレンツを含めて学校の先生たちはしっかりコミットして生徒を指導をしますので、家庭ではできないことができるようになるのです。うちの学校にも偏食がすごいお子さんが入学してきます。だけど、寮生活をしているうちに食べられるようになります。お野菜も食べられるように、少しずつ指導しているからです。

 

八木親御さんは小学生で自分の手元から離すのに抵抗みたいなものはありませんか。

 

末松小学校から親元を離れて寄宿舎生活をするかどうは、学校側の判断ではなくて、ご家族に判断いただくことです。小学生の時から預けたいというご家庭のお子さんを私たちは受け入れています。

 

ただし、お子さんがうちの学校で勉強したいと言わない限りは入学させません。自宅から離れたくないのに親が勝手に離したら、その年齢のお子さんはとても傷つきます。子どもが「行きたい」と意思表示することが大事です。

 

八木ということは、事前に学校を見学して決めるのですか。

 

末松皆さん、サマーキャンプに参加されます。サマーキャンプに参加した上で意思決定をしていただく流れになっています。年長さんから小学校3年生までサマーキャンプを体験してみて、「行きたい」という気持ちになったらOKです。子どもたちには、自分たちで意思決定してほしいのです。

有資格者のハウスペアレンツのもとで寮生活をする子どもたち

寮生活はゲームなどから距離を置く「デジタルデトックス」になる

八木末松さんはボーディングスクールに入れて失敗したこともあったと言われてましたけど、それは何なんですか。

 

末松うちの子は小学校3年生の夏からル・ロゼ学院に転出しています。ル・ロゼ学院の素晴らしいところは、日本人の先生がいて日本語の授業をちゃんと入れてくださることです。国語と社会科の教科書を持っていくことができます。

 

そこまでやってくださっても、漢字や日本人の一般常識が入っていないなと感じることがある。敬語は身につくけど丁寧語は難しい。片言ながらの敬語を使うんですけど、大人の人に対しても友だちのように話してしまいます。

 

漢字が読めない。電車の「日吉駅」が読めないとか、坂本龍馬を知らないなど。私たちって歴史でも習いますけど、なんかよく会話に出てくるから、一般教養として知ってるじゃないですか。

 

小学校から大学まで海外で育つと、日本人として基礎となることの欠落が起きるんです。それは親のチョイスだったので、子どもはかわいそうです。小学校まで日本にいて海外の学校に行けば、そういったことは起こらないだろうと考えてしまうわけです。小学校の教育は一番基礎的なところなので、それをきちんと国内でやっておいた方が、グローバル人材を育てるという意味でも大事だと思うのです。

 

八木グローバル人材といっても根なし草になってしまうということですね。

 

末松海外で日本のことが話題になったときに「日本はどうなっているの?」と尋ねられても、答えられないのでは、グローバル人材とは言えませんよね。うちの子も帰国してから茶道を習ったりして、日本人であることを取り戻そうとしています。

 

八木寄宿舎制はほかにどんなメリットがありますか。

 

末松子どもたちがゲームに時間を取られてしまい、ご苦労されているご家庭は多いと思います。JINISの寮生活は、ゲームなどから距離を置く「デジタルデトックス」を実施しています。子どもたちは朝起きてもゲームができないから、本を読んでるか、新聞を読んでいます。夜も夕食が終わった子どもたちは読書の時間になる。本をたくさん読みます。新聞を読む習慣を身に付けさせていますし、読書の習慣が身に着きますから10年後20年後大きな差になると思います。子ども同士が一緒に過ごすことで、他人への気遣いができるようになり、社会性を備えた成熟した人間として育っていきます。

乗馬、ゴルフ、茶道など課外授業、禅寺体験など週末体験も充実

八木カリキュラムの特徴は何ですか。

 

末松日本の学習指導要領に準拠した内容と、イギリスのカリキュラムをベースに世界中のインターナショナルスクール向けに開発された「インターナショナル・プライマリー・カリキュラム」(IPC)の二つを統合したものを教えています。

 

といっても、算数は日本の教科書を中心にやってます。OECD(経済協力開発機構)加盟国の学力テストの結果を見ても、欧米よりも日本の算数の方が優れています。欧米の授業は電卓でできることを覚える必要ないという考えですが、JINISでは日本式で掛け算の九九はしっかり覚えて次の段階に進んでもらいます。

 

低学年のときには算数の授業は日本語の方が多いですが、3年生ぐらいからは英語のボリュームが増えてきます。東京の中学受験のように1学年先を前取りして教えるやり方はしませんが、きちんと算数が身に着くようにやっています。

 

「グローバル人材といっても、日本について知らなければ根なし草になってしまいます」と八木社長

八木インターナショナル・プライマリー・カリキュラムの特徴は何ですか。

 

末松世界98カ国、2000以上の学校で採用されています。アメリカンスクールだとアメリカのカリキュラム、ブリティッシュスクールだとイギリスのカリキュラムに準拠しますよね。
インターナショナル・プライマリー・カリキュラムの面白いところは、出身国とか宗教とかの生徒のバックグランドは異なっても、小学生レベルのお子さんが学ぶべきことは一緒だという考え方でできているのです。

実際は、プロジェクトベースでひとつのテーマをいろいろな角度から検討し、理解を深めていきます。理科も社会も学ぶ学際的授業であり、物事の真実を追及していく探求型でもあります。

 

八木プライベートレッスンが充実していますね。スイスの学校は午前中はしっかり勉強するけれど、午後はスキーなど課外授業が充実していますよね。そんなイメージで課外活動を充実させているのですか。

 

末松スイスもイギリスも放課後の時間をたっぷり課外活動に使っています。今JINISで行っているのは、乗馬、ゴルフ、ボルダリング、空手、ダンス、クラシックバレエ、空手などです。音楽はチェロ、ギター、バイオリン、ピアノ、ドラム、声楽、お琴。1月からフルートもやっています。追加費用はかかりますが、お子さんやご家族の希望に沿って先生をアレンジしています。

 

基本は先生にJINISに来ていただきますが、プログラミングやフランス語などオンラインで教える課外授業もあります。

プライベートレッスンでは乗馬やゴルフなども習う

八木座禅などもすると聞きました。

 

末松日本を実際に体験してもらっています。低学年のスプリングトリップ(春の旅行)では2泊3日で禅寺に泊まって座禅し写経します。田植えもしますし、稲刈りもします。しめ縄を作ったり、餅つきもします。

 

オータムトリップ(秋の旅行)は任意参加ですけど、出雲大社、伊勢神宮、奈良のお寺などにも行きます。地元でも、「海の復権」をテーマに掲げた「瀬戸内国際芸術祭」に参加したりします。

 

高学年になると週1回、茶道の授業を実施しています。お茶を点てることよりも、茶道を通して和室での振る舞い方を学んだり、お茶席でのお客様との接し方を学びます。

 

海外に行ったときに日本的なものが紹介されると「これ何?」と聞かれるんですよ。聞かれたときに答えられるような経験をしてもらいたいと思ってプログラムを考えました。

 

八木1万坪の広さの庭がすごいですね。

 

末松JINISのキャンパスは、元々あったホテルをベースに作ったのですが、そこに1万坪の日本庭園があって、せっかくだから活用したのです。お茶室が4つあります。一つのお茶室は毎週のお茶のお稽古で使いますし、別のお茶室は「マナーハウス」として、和のマナーを学ぶ空間となっています。

1万坪の日本庭園には、子どもたちが学ぶための茶室が4つもある

八木JINISを卒業したお子さんはどういう進路を進むのですか。

 

末松今の5,6年生は100%海外の学校に進学を希望しています。イギリス、スイス、オ ーストラリアの学校からオファーをもらっています。今後は、マレーシアのインターナショナルスクールへの進学なども準備していきます。JINISに籍を置きながら、すでに海外の学校に留学しているお子さんもいます。海外と日本では学年の始まりが異なるので、そこは柔軟に対応しています。

 

八木海外の学校に行くときのサポートはされているのですか。

 

末松アドバイザーの二人が海外進学をサポートしてくれています。アドバイザーの一人で、英国の名門小学校のオックスフォード・ドラゴンスクールの元校長のジョン・ボー先生の広いネットワークと経験を生かして卒業後の進路についてアドバイスをいただいています。

 

具体的に学校側で進学先候補リストを作って、おすすめしています。海外からの子どもを入れるのに慣れてるかどうか、週末などを寮側でケアしているかなどチェックしています。いきなり勉強ばっかりの学校はおすすめしません。JINISで学んだことが生かせる学校をおすすめしています。

学校法人神石高原学園 理事長 末松弥奈子氏
広島県出身。1993年学習院大学大学院修士課程修了後、インターネット関連ビジネスを起業。2001年ネットPRを提唱する株式会社ニューズ・ツー・ユーを設立。2013年より広島で造船・海運・リゾートなどを手がけるツネイシホールディングスの顧問。2014年同社取締役に就任。2017年6月より株式会社ジャパンタイムズの代表取締役会長兼社長。2020年に学校法人の神石高原学園を創設し、理事長に就任。同年4月に日本初の文科省認定の全寮制小学校「神石(じんせき)インターナショナルスクール(JINIS)」を広島県神石高原町に開校した。
取材・文責:酒井綱一郎、撮影:鈴木愛子
※肩書き等は掲載日時点でのものになります。

各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒント”をお伝えする新連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第12回目は、学校法人神石高原学園の末松弥奈子理事長にお話を伺いました。女性経営者として多忙をきわめる中、自分の子どもを小学校の時から完全寄宿舎制の学校に出した経験が、JINISを開校したきっかけとのことでした。「経営者、母、妻の3役をこなしていたら自分は潰れていた。だからプロに子どもを任せた」と本音を語ってくださったのが印象的でした。