「正しい決算書」であることを、税務調査の前に自主的に説明できる。それが申告書の「書面添付制度」です
【後編】
- 公開日:
- 2023/09/20
前編は【こちら】
書面には何を書くのか
――書面添付制度の具体的な中身について、話を進めていきたいと思います。書面には、どのようなことが記載されるのでしょう?
田上税理士は、書面に「申告書の作成に関し、計算し、整理し、又は相談に応じた事項」を書くことができる、とされています(税理士法33条の2)。決算の状況や、税務署との間で論点になりそうな事実はそれぞれ異なりますから、申告ごとに記載する内容は変わります。あえていえば、それぞれの税理士や事務所によっても、対応の仕方は違ってくると思います。ここでお話しするのは、あくまでも当事務所のやり方だということを、理解しておいてください。
前編で外注費の例を出しましたが、特に決算書の数値に前期と比べて大きな増減がある場合には、税務署に注目される可能性が高くなりますから、しっかりとその理由を説明します。例えば、「期末の棚卸が大きく減ったのはなぜか」「人件費が急増したが、何のためにどんな人を採用したのか」「給与の増加率以上に、法定福利費(※)が伸びている理由は何か」。
あるいは、事務所が法人から受けた相談事項についても、重要なものについては記載するようにします。「役員報酬の増額の相談を受けたので、このように指導して実行した」といった具合です。
――確かに、どれも申告書だけでは、うかがい知ることができません。そのように、税務調査の理由になりそうな点をピックアップして、説明するのですね。
田上仮にそういう「トピックス」がなかったとしても、「売掛金に漏れがないことを、このように確認した」「貸し倒れ処理は、この通達に則って判断した」「交際費と会議費は、このように区分した」……などなど、書面に書くべきこと、書けることは、いくらでもあります。
――書面を作成するうえで、特に注意していることはありますか?
田上可能な限り、実情を具体的に記載することが大事だと思っています。例えば、「従業員を5人増員したために、人件費が1,500万円増えた」という事実を、「営業力の強化が急務だったので、営業担当を3名増員し、計5名を新たに採用しました」というふうに書くわけです。数字だけではなく、そこに至る背景、経過などを説明することで、事実に対する説得力は増します。せっかく文章で説明できるのですから、そこまで考えて作るべきだろうと思うんですよ。
ちなみに、当事務所では、担当者の作成した書面を二重にチェックして、そうした点での品質が保てるように努めています。
制度を利用するメリットは
――そのような書面添付制度を活用するメリットをまとめると、どうなりますか?
田上述べてきたように、本来税務調査にならなければわからない事実をあらかじめ説明して、税務署の理解を得ることが可能だというところが、この制度の“肝”です。書面添付、その後の意見聴取という手続きを経ることで、税務調査を受ける可能性を低くすることができると考えております。
重要なポイントは、納税者、税理士の側で、説明すべきテーマを整理できることです。書面で説明するのは、1,000の取引があれば、そのうち論点になりそうなものを中心とします。平均的には10~20件程度でしょうか。意見聴取で聞かれるのも、その範囲に限られることが多いです。一方、税務調査になると、1,000の取引があれば、当然ですがそのすべてが調査対象とされます。
書面添付制度を活用することで、税務署に正しい申告であることを納得してもらえれば、実地調査が行われることによる想定外の問題を回避できる可能性が高まります。調査では、納税者が正しい処理をしていたとしても、ちょっとした書類の不備で申告漏れを疑われる、といったことが起こりえますから。
――そういうところで税務署と激しい議論になったり、会社側の主張が認められなかった、という話もよく聞きます。
田上税務調査が省略されれば、それに対応するための時間やエネルギーが必要なくなるというのも、大きなメリットといえるでしょう。経理処理も申告も間違いなくやっているという会社は、すぐにこの制度を活用すべきだと思いますよ。
なお、申告書に書面を添付した法人に対しては、金融機関が有利な扱いをしてくれることがあります。決算書の信憑性が高いと評価して、融資の審査スピードが速かったり、金利が優遇されることもあるようです。
――あえてうかがうと、制度を利用するデメリットはありますか?
田上当事務所で書面添付を行う場合には、通常の顧問料とは別にコストが発生します。デメリットといえば、それくらいではないでしょうか。また、デメリットとは次元が違いますが、万が一事実と異なる内容を記載した場合、その税理士は重い懲戒の対象となります。
――“税理士の太鼓判”を押すためには、それができる申告書でなければならない、というお話がありました。
田上当事務所では、基本的に毎月監査を行い、税務会計上のチェックと指導をしております。そして決算の数ヵ月前に着地見込みを行ったうえで、決算の事前対策(節税に限らず、黒字化や銀行格付けアップ等様々)を行います。合法的な事前の対策というのがポイントです。そういったプロセスを経た決算申告書に書面添付を行っているので、ハードルが高いと感じられるかもしれませんが、私はそれくらいでないと“太鼓判”を押すのは難しいと考えています。
――書面添付は、税務調査を逃れるための免罪符のようなものではない、ということですね。
田上そうです。「会社が、客観的根拠のある事実に基づいて判断と処理を行ったということを主張する権利を行使する」ということです。難しい言い方に聞こえるかもしれませんが、ひとことで言うと「権利の行使」なのです。自社の正当性を積極的に主張することは、お客さまにとって大きな意味のあることだと思います。
また、常日頃頻繁にコミュニケーションをとり、真剣な打合せを重ねていけば、我々は「数字のプロ」として経営上の課題についてアドバイスすることもできます。また、自社の状況をリアルに反映した決算書を作成すれば、それは経営の指針になるはずです。私は、毎年の決算書は、会社の「健康診断書」だと思っているんですよ。
――なるほど。「正しい決算書」であれば、会社の強みも、「患部」がどこにあるのかも、わかるはずです。
田上しっかりした申告を終えた後は、健康診断書に基づいて処方箋を考えていくことになります。書面添付という制度を、そういうサイクルを確立するツールと位置づけて、活用していただければいいと思うのです。
税務調査を受けにくくする「当たり前のこと」
――よくわかりました。書面添付について説明いただきましたが、話にも出たように、実際に活用されているケースはまだ多くはありません。先生の目から見て、この制度を利用する以外に、税務調査を受けにくくする効果的な方策はありますか?
田上税務調査は、すべての納税者に対して行われるわけではありません。同時に、ちゃんとした申告をしていても、入られることはあります。そうやって一度調査が行われたときに、資料の整理や会計処理がしっかりしている状況を確認してもらえれば、次回の調査対象になる確率は下がると思います。もちろん、それで2度と調査に来ないというわけではないのですが、やはり日頃から正しい経理、会計を心がけるという当たり前のことが、「最大の防御」になると思います。
こんな事例がありました。開業したての頃、少し甘く考えられていたのか、資料整理などが大雑把だったために、税務調査でさまざまな指摘を受けて、多額のペナルティを課されたお客さまがいらっしゃいました。資金が必要な時期でもあり、大きな痛手になったのです。それを教訓に、その後は当事務所の指導に従っていただき、しっかりした決算書の作成を心がけました。その結果、2度目の調査では、節税効果の大きな取引を問題なく認めてもらうことができたんですよ。
――やるべきことをやるかどうかで大きな違いになるということが、よくわかる事例です。今日は、申告書への書面添付制度を中心にお話しいただきました。最後に、貴社の今後の目標をお聞かせください。
田上「健康診断書を基に処方箋を作る」といいましたが、当事務所は、そうしたことを通して、「関与先の黒字割合を80%以上にする」というのを目標の1つに掲げています。それが実現できるだけの実力を磨いていきたいですね。
現在パートも含め40人弱、うち登録税理士数は10人という体制です。これからも税務会計のエキスパートとしての立場を堅持しながら、サービスを提供できるお客さまの数を現在の約600社から1,000社を目指して、拡大していきたいと考えています。
――税務会計のエキスパート集団として、今後の事務所のますますの発展を期待しています。本日はありがとうございました。
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