いま考えるべき事業承継。「事業承継税制の特例措置」の活用や、M&Aという選択肢も 【前編】 | MONEYIZM
 
税理士法人エム・エム・アイ 企画営業部長 嘉納紀男氏(左)、税理士 高橋佑典氏(中)、税理士 横山雄介氏(右)

いま考えるべき事業承継。「事業承継税制の特例措置」の活用や、M&Aという選択肢も 【前編】

税理士法人エム・エム・アイ
企画営業部長 嘉納紀男氏、税理士 横山雄介氏、税理士 高橋佑典氏
公開日:
2023/10/11

中小企業の事業承継が社会問題になっている。後継者難などにより、専門性の高い技術や雇用の場が失われるのは、経営者のみならず日本経済にとって頭の痛い問題だ。今回は、その現状と対応策について、東京の品川区、大田区などを基盤に60年以上製造業を中心とした顧客に寄り添ってきた税理士法人エム・エム・アイの嘉納紀男氏(企画営業部長)、横山雄介氏(相続事業部長、税理士)、高橋佑典氏(税務監査部長、税理士)に聞いた。

記事では「前編」で事業承継税制の活用について、「後編」でM&Aの活用や、事業承継を円滑に進めるためのポイントを中心に語ってもらった。

事業承継の2つの問題

――最初に貴社の概要をお聞かせください。

嘉納(敬称略、以下同じ)現在、パートの皆様も含めて50人近い従業員がいます。ここまで大きな所帯の独立系会計事務所というのは、珍しいのではないでしょうか。税理士資格を持つメンバーは7人在籍しています。

企画営業部長 嘉納紀男氏

「営業担当がいることが、当事務所の特徴です」と嘉納氏

担当する法人のお客さまは、中小・零細企業から大企業まで500社程度、個人のお客さまは1,000人程度です。基盤を置く品川区、大田区などの地域には、伝統的に中小の製造業が多いのですが、近年はサービス業、IT関連などの顧客も増えています。

 

社内には、法人や個人のお客さまの税務などをフォローする税務監査部、相続を担当する相続事業部、営業部などのセクションがあります。

ちなみに営業担当というのは、新規のお客さまの話をうかがって、ベストのサポート体制を提案するのが主な役目です。「そういう悩みをお持ちなら、このスタッフにつなごう」というように。こういう仕組みがあるのも、当社のユニークな特徴だと思っているのですよ。

――わかりました。今回は、そんな御社の専門家に、事業承継をテーマにお話しいただこうと思います。あらためて、現状をどのようにみていらっしゃるのか、その点からうかがいたいと思います。

横山一般的に事業承継の問題は、「後継者」と「税金」の2つです。このうち、よりシビアなのが後継者問題であることは、いうまでもありません。子どもにすんなり継がせることができればハッピーなのですが、現実には簡単ではないんですね。

 

この問題に関しては、一税理士事務所が「こうしましょう」という明確な答えを出せるものではないのですが、最近の流れとしては、「身近に継ぐ人間が見当たらないのだったら、M&Aという手法を使って事業を継続させよう」という選択も徐々に増えています。

 

ただし、当事者レベルでは、事業承継問題をなかなか自分のものとして捉えられないというか、深く考えている経営者はそんなに多くない、という現実があるように感じます。なんとなく気にはなっているのだけれど、真剣に考え始めると目の前が暗くなってしまう、というか(笑)。

「事業承継税制 特例措置」利用の“書類提出期限”が迫る

――そう考えるのは、なぜですか?

横山事業承継に際しての2つ目の問題である税金に関連する“ある期限”が、来年(2024年)3月末に迫っているからです。具体的には、事業承継税制の「特例措置」を受けるためのタイムリミットなのですよ。そこまでに「承継計画」の提出を済ませるのが、制度適用の条件となっているのです。

 

ですから、この特例制度を利用しようと考えたら、年内ぐらいをめどに必要なアクションを起こすべきだということになります。それが選択肢になりうるお客さまに対しては、早めに検討材料を提示したうえで、判断を仰いでいく必要があるわけです。

――事業承継税制は、後継者の経済的負担を抑えて、円滑な承継を促すのが目的ですね。

横山そうです。事業を引き継ぐ場合には、自社株を取得する必要がありますが、普通に受け取れば、贈与税・相続税がかかります。皮肉なことに、業績がいいほど、すなわち株価が高いほど課税される税金の金額も大きくなります。そうした税負担が、円滑な事業承継を難しくすることも珍しくありません。

税理士 横山雄介氏

「M&Aで事業を継続する選択も増えています」と横山氏

事業承継税制は、そのようなネックを解消することを目的に、2009年の税制改正で新設されました。この制度の適用を受けることで、事業承継のために後継者が取得した自社株の贈与税あるいは相続税については、納税が猶予されます。そして、承継後の一定期間にわたって要件を満たしていけば、納税は「猶予」から「免除」に変わるのです。結果的に後継者は、自社株についての贈与税・相続税の支払いゼロで、事業を引き継ぐことができるんですね。

――ただし、制度の利用者は、国の思惑のようには増えませんでした。

横山その理由は、納税免除に行きつくための要件がけっこうシビアで、それを満たせなかったときの「破裂」の威力も大きかったからです。税金はあくまでも納税猶予の状態ですから、途中で制度の適用が打ち切りになったら、速やかに全額を納めなくてはなりません。加えて、「利子」も発生します。

 

こうしたリスクがあることから、みんな制度の利用に二の足を踏んでいたわけですが、その状況を考慮して、2018年の税制改正で、10年の限定措置として要件の緩和などが行われました。これが、さきほどお話しした特例措置です。

 

事業承継税制利用の最大のネックは、「承継後5年間は、平均80%の雇用を維持する」という要件でした。特例では、中小・零細企業にとっては厳しいこの要件が事実上撤廃されたのをはじめ、利用する側にとって利便性が高まりました。

――その特例措置を利用するために必要な手続きの期限が迫っているのですね。

横山特例の制度自体は2027年末まで使えるのですが、そのためには、2024年3月31日までに「特例承継計画」という書類を都道府県に提出しておかなくてはならないことになっています。これは、いわば「整理券」のような性格のもので、この手続きを取っておかないと、以後制度の利用はできなくなります。仮に制度を使わなかったとしても、ペナルティなどはありません。

 

「承継計画」の作成に当たっては、我々のような経営革新等支援機関(※)の助言および指導が必須で、作成に必要な期間は1~2ヵ月くらいです。「整理券」を取ること自体は、そんなに難しいことではありませんが、期限には注意が必要なのです。

 

なお、「承継計画」の提出期限は、本来今年の3月までだったのが、1年延長されました。今後についても、制度のさまざまな見直しが行われる可能性はあります。

 

※経営革新等支援機関:中小企業支援に関する専門的知識や実務経験が一定レベル以上にある者として、国の認定を受けた支援機関(税理士、税理士法人、公認会計士、中小企業診断士、商工会・商工会議所、金融機関など)。

「自社株対策」は他にもある

――事業承継がスケジュールに上っているような会社では、具体的にどうしていくのかを検討すべきタイミングであることがわかりました。現状では、この機を逃すと特例措置の利用という選択肢がなくなってしまいます。

横山ただし、この制度がすべての事業承継にメリットをもたらすのかというと、そうではありません。検討の対象になるのは、近々バトンタッチが必要で、株価がそれなりに高い会社、要するに自社株をまともに贈与したり相続したりしたら、莫大な税金が発生するケースだと考えてください。

 

そうでなければ、自社株は、例えば節税策を講じて普通に贈与するのが「安全」です。一部の要件などが緩和されたとはいえ、特例にもリスクはあります。この税制には、例えば「事業を受け継いだ人が、きちんと次にタスキをつなぐ」という要件があって、これは特例を使った場合でも同じですね。原則として、「次の次の承継」ができなかった場合には、やはり納税免除にはならないのです。

――先々のことは、不確定要素も大きいでしょう。

横山「そんなふうにして息子を縛るのは嫌だ」とおっしゃって、事業承継税制のメリットを理解したうえで、あえてそれを使わないことを決断した経営者の方もいらっしゃいます。

 

例えば、事業が好調で先行き株価が上がりそうだという場合には、「相続時精算課税」という贈与の制度を利用するのも1つの方法です。ごく簡単にいえば、贈与税なしで贈与を受け、贈与者が亡くなったときに、相続税で「精算」する、という仕組みです。

 

税理士 高橋祐典氏

法人担当として顧客をサポートする高橋氏

事業承継以外でも使われる制度なのですが、利点は財産の評価額、この場合は自社株の株価を贈与の時点でフィックス(確定)できることです。仮に相続時に株価が倍に値上がりしていたとしても、支払う相続税は贈与時の評価がベースになります。納税が免除されるわけではないのですが、事業承継税制のように不測の事態で、ゼロになると見込んでいた税金が「復活」するようなリスクはありません。

 

事業承継の自社株対策は、株価の現状などをよく検討したうえで、自社に適した形を選んでいく必要があります。

 

「後編」では、増えているM&Aでの事業承継や、事業承継に向けてどんな準備を行うべきかなど、さらにお話をうかがいます。

後編は【こちら】

税理士法人エム・エム・アイ
企画営業部長 嘉納紀男氏/税理士 横山雄介氏/税理士 高橋佑典氏
最適なサポート体制を提案する営業担当と、50名以上の専門家チームでお客さまの経営を支えるエキスパート集団。創業60年、個人事業から大企業まで幅広い実績を持つ。会計業務だけではなく、創業支援、事業承継、相続、経営コンサルティングなど業務は多岐に渡る。
URL:https://www.mmigr.jp/
取材:マネーイズム編集部、撮影:世良武史