グローバル化で身近になった“国際税務”
インボイス制度が取引を明確にする【後編】
- 公開日:
- 2024/07/31
前編は【こちら】
「取引の明確化」を求めるインボイス
――お話を聞くにつけ、国際税務の「奥深さ」を感じるのですが、先生が最近特に気になっているテーマなどはありますか?
礒川そうですね。海外企業の消費税申告の難しさについて述べましたが、昨年のインボイス制度の導入は、我々のカバーする分野にもすごく大きな影響があった、という実感があります。さきほどのソフトウエアの対応がいっそう厳格化される方向にあることに加え、外国の企業が絡む取引の課税関係もよりクリアになったというか、そうせざるをえない状況になっているんですね。
実際にあった例で説明しましょう。国内のA社が、海外企業の製品を日本の子会社から買ったのですが、その製品のテクニカルサポートに親会社の外国人がやってきた。対価の請求書は、どのように立てればいいのか、という事例でした。
この場合、子会社を通してA社のサポートを行い、フィーを受け取った形にするならば、国内取引ですから、当然A社には10%の消費税が課税されます。しかし、海外企業からの請求書なら、日本の消費税は課税されません。A社としては、後者にしてもらいたいわけですね。実際、現場に来たのは親会社の人間なのだから、と。
――課税は免れたのでしょうか?
礒川いいえ。このケースでは、子会社を経由したサービスの提供とみなされるため、消費税の課税を回避することはできませんでした。
こうした、判断の余地のある事案の課税関係が、インボイス導入以降、よく言えばすごく整理されてきた感じがするのです。インボイスは、曖昧さを許してくれない制度なので。
――経営者もそうした認識を持つ必要がありますね。
礒川今の例で付け加えておくと、テクニカルサポートに来た親会社の外国人の人件費を日本の子会社で負担するのなら、子会社はさきほどお話しした租税条約上の源泉税が問題になるかもしれません。
また、仮にこのサービスが親会社とA社の直接取引だと認められた場合には、今度は親会社が「PE(Permanent Establishment)課税」の対象になるのではないか、という話にもなりました。通常、国家の課税権はその国に居住する人や企業に限られるのですが、海外企業がその国に事業拠点などの恒久的施設=PEを置いている場合は、例外なんですね。このケースも、子会社がPEに該当すれば、親会社には日本での納税義務が生まれるのです。
実はこうした議論も、すべてインボイスへの対応が起点だったんですよ。「10%が課税されるのはこういう場合」「課税されないと、こうなるんじゃないか」と検討していくうちに、1つの取引から、芋づる式にさまざまな論点が浮かび上がってきたわけです。
――「インボイスは曖昧さを許さない」というのが、よくわかるお話だと感じます。
海外企業によるM&Aも増えている
礒川最近気になるという点で言えば、海外企業による日本の会社のM&Aも盛んになっていますね。日本の会社を買収することで日本市場に参入する、というパターンです。
そういうケースでは、我々は買収スキームの検討や、その後のデューデリジェンス(売り手側企業の調査)などをサポートします。
海外企業が買う場合にも、日本の税法に則った、例えば組織再編税制とか税制適格とかの問題をクリアにする必要がありますから、それらの制度の説明などを英語でします。そういうのもけっこう骨の折れる仕事なんですよ。日本人に日本語で説明するのも難しいのに(笑)。
――サポートする側には、ITスキルに加えて語学力も要るわけですね。
礒川海外企業によるM&Aに際しては、当然、売り手の日本の会社も含めたフォローが必要になります。例えば、売り手側が相手の買いたいものとは別の事業も行っていたので、それを分離させて売却するというスキームを選択したものの、今お話ししたような税制へのケアを怠ると多額の税金が発生してしまう、という事例が実際にありました。
もちろんこうしたことは、海外の企業による買収に限らず、日本企業同士のM&Aでも生じる可能性のある問題なのですが、国際間の場合には、よりいっそうの注意が求められるでしょう。実は円安で増えているのは、インバウンドだけではありません。このチャンスに日本の会社を買おうという海外企業も、ものすごく多いはずなのです。
――なるほど。それに伴うトラブルの増加なども考えられますよね。買収される側にとっては、なるべくいい条件でスムーズに売りたいわけですから、そういうニーズをサポートしてくれる専門家を選ぶ必要がありそうです。
海外進出の成功はパートナー次第
――ここまでお話しいただいたこと以外に、国際税務に関して起こりやすいトラブル、注意点などを教えてください。
礒川国際間の利益移転の話にも少し触れましたけど、小さな会社であっても、海外に出て子会社を作るような場合には、問題が起きないように、やはり細心の注意を払う必要があるでしょう。
お客さまに、アメリカに子会社をつくりたい、という社長がいました。ノウハウを生かして、海外で本格的に事業を展開したい、と。いわゆる町工場で、移転価格文書化の義務が生じる規模ではないのですが、利益移転の疑いを持たれたりすることのないよう、きちんと親子間で英文の契約書を交わすなど、必要なサポートを行いました。
――せっかく海外進出したのに、本業と関係ないところで足を掬われるのは、避けたいものです。
礒川ちょっと税務の話からは逸れるのですが、海外の資産家が日本で事業をやりたいからといって法人をつくることがあります。ところが、日本国内で必要な借入を起こせなかったりするんですね。そういう場合には、日本人のパートナーを見つけて組んでもらう、というのがオーソドックスな解決策になります。
一方、そのように一緒に事業を始めたものの、その後決別の道を選ぶ、ということも起こるんですよ。そうなると、今度は事業を続けるほうがいくらで株を買い取るか、といった問題に対処する必要が出てきます。
――よく言われる共同経営のリスクですが、国籍が違う人間同士だと、別れるときはさらに大変になるかもしれません。
礒川これは、日本から進出する場合にもありがちな問題なのです。それなりに資金力があり、海外で十分勝負できる商品、サービスを武器にマーケットに乗り込んでいくというのなら、単独で出て行くのもいいでしょう。でも、必ずしもそうでないケースでは、やはり現地のパートナーと組んで、ジョイントベンチャーのような形で市場開拓を目指していくことになります。
私の経験上、そのパターンで成功できるかどうかは、ひとえに「組む相手」にかかっています。特に東南アジアでは、金持ちのふりをするとか、役所や軍とパイプを持っていると匂わせるとか、言葉は悪いのですが、実態を伴わない「偽物」も多いわけです。そういう人に騙されて、お金だけ持って逃げられてしまった例をいくつか見ました。
――そうした国では、コネがものをいうので、余計につけ込まれやすい感じがします。
礒川そうですね。反対に、成功している人は、本当にいいパートナーにめぐり合っているんですよ。正直、そんなに際立ったサービスを持っていったわけではないのに、現地に根付いて稼いでいる日本人もたくさんいます。
ちなみに、海外でジョイントベンチャーをつくると、税理士や会計事務所は、現地のパートナーが見つけてくるのが普通です。我々が日本のお客さまをサポートする場合には、そこにセカンドオピニオン的にかかわることになります。
円安は海外の個人資産にも影響
――ところで、貴社では、個人の顧客は基本的に対象にしていないというお話でしたが、先生の目から見て、今後個人が国際税務に関して気をつけるべきことを、あえて挙げるとすると?
礒川海外に資産を移動させて国内での課税を免れる、といった行為に対しては、国税当局からますます厳しい目が向けられるようになるでしょう。被相続人(亡くなった人)、相続人がともに10年海外で暮らせば、海外資産には日本の相続税はかからない、というルールなどについても、将来見直されるかもしれません。
現在海外資産を持つ人が注意すべきなのは、この間の急激な円安です。日本では、2014年に「国外財産調書制度」ができ、12月31日時点に海外で保有する資産の合計額が5,000万円を超える人は、その財産内容を記載した国外財産調書の提出が義務付けられています。
円安で海外資産の円換算の価値が上昇するのはいいのですが、気づいたらその「5,000万円の壁」を超えていた、ということがありえるわけですね。財産調書を提出しなくてはならないケースは間違いなく増えているはずですから、「申告漏れ」にならないように気をつけなくてはいけません。
――国際税務に関する興味深いお話をうかがい、直面している多くの問題があることも、よくわかりました。最後に、貴社のこれからの目標についてお聞かせください。
礒川「お客さまとともに成長する」というのが、当社のミッションです。ですから、我々自身ももっと勉強し、成長していかないといけないし、よりグローバルな会社になっていく必要があると思っています。
事務所としては、規模の拡大よりもクオリティを重視して、お客さまのサポートを担っていきたいですね。東南アジアでのパートナーシップも、より強化していきたいと考えています。
――今後の活躍を期待しています。本日はありがとうございました。
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