不動産の絡む相続税申告 円滑に進めるには
「トータルで見る」視点が必要になる【前編】
- 公開日:
- 2024/09/12
相続財産に不動産があると、評価額次第では相続税が跳ね上がることになる。そもそも不動産は現金のように分割がしにくく、相続トラブルの原因になることも少なくない。今回は、「医者でいえば町のクリニック」を標榜し、相続税申告に多くの実績を持つ表谷耕太税理士(表谷耕太税理士事務所 代表税理士)に、不動産を含む相続のポイントや生前にできる対策などについて話を聞いた。
記事では、「前編」で相続に関連する税制改正の影響、「後編」では財産の分割方法、揉めないための対策などを中心にうかがった。
贈与に関するルールが変わった
――先生は、昨年8月に独立開業されました。
表谷(敬称略)はい。十数年間、税理士法人で法人の顧問や相続などに携わった経験をベースに、東京・上野に事務所を設立しました。おかげさまで、顧問先は法人、個人合わせて40件ぐらいになっています。特に業種を選ぶとかいうこともなく、お客さまのニーズがあれば、幅広くどんなことでも対応しますよ、というスタンスでやっていきたいと思っているんですよ。
――今回は、そんな先生に、遺産に不動産が含まれる相続について、うかがっていきたいと思います。早速ですが、この間、贈与税・相続税に関する税制改正が行われ、影響が注目されています。この点についてどうみているのか、最初にお話しいただけますか。
表谷ご指摘の生前贈与における暦年課税制度、相続時精算課税制度の「ルール変更」については、本決まりになったときに、税理士会の研修でもトピックになり、議論は大いに盛り上がりました(笑)。
――そのくらいインパクトは強かった。
表谷そうですね。けっこう「画期的」な改正だったのは確かです。中身を簡単に説明しておきましょう。
生前贈与には2つの方法があって、まず「暦年課税」では、毎年110万円までの贈与税の基礎控除(非課税枠)が認められています。この枠を利用して長期に渡って贈与していけば、無税ないし軽い税負担で、資産を譲っていくことができるわけです。「暦年贈与」といわれるやり方です。
ただ、この基礎控除を使った暦年贈与には、期間の制限があります。相続開始前の一定期間の贈与に関しては、贈与とは認められず、すべて相続財産に加算されてしまうのです。税逃れを目的とした駆け込み贈与を防ぐのが目的なのですが、これを相続財産への「持ち戻し」といいます。
――基礎控除を使って贈与したつもりのものが、全額相続財産に戻されて、相続税計算のベースになる。
表谷そういうことです。問題は、今度の法改正により、その持ち戻しの期間が、それまでの相続開始前3年から7年に延長されたことです(※)。これだけ長い期間の贈与が持ち戻しになってしまうのは、贈与する側にとっては、大きなデメリットといわざるをえません。
※対象になるのは2024年1月1日以降に行われた暦年課税による贈与で、「持ち戻し」の期間は順次延長されていき、31年1月1日以降に発生する相続で7年となる。
余談ながら、これは我々税理士にとっても、けっこう衝撃です。相続税申告の際に、被相続人(亡くなった人)の死亡前7年分の贈与をチェックするとなると、かなり大変な作業が予想されますから(笑)。
「資産家が対象の改正」を逆手に取る
表谷一方、もう1つの「相続時精算課税」のほうは、2,500万円までの財産を贈与税非課税で贈与することができる制度です。税金は、親など贈与した人が亡くなったときに、譲られていた財産の金額をその相続財産に加えることで、相続税として納めます。要するに、財産を先にもらって税金を後払いするわけです。
この相続時精算課税に関しては、さきほどの暦年課税とは反対に、メリットが拡大される方向で法改正が行われたんですね。もともとなかった110万円の基礎控除が新設され、しかも持ち戻し期間はありません。この制度を使えば、相続ギリギリまで基礎控除を使った贈与が可能です。
――かなり“お得”になった感じがします。半面、暦年贈与のほうは、相対的にみても魅力が薄れた感が否めません。
表谷そうですね。そもそもこうした税制改正の背景には、資産家から公平に税を徴収したい、という当局の思惑があります。そこに、資産家ではない一般家庭が巻き込まれて、あたふたしたりもするわけです。暦年贈与の持ち戻し期間の延長についても、そうしたことがいえるかもしれません。
――ずっと110万円を意識して贈与してきたのに、という人も多いはずです。
表谷「不動産は自宅のみ」というような一般の家庭は、今回の改正をある意味、逆手に取ることを考えてもいいと思うんですよ。あえて相続時精算課税を選択して、基礎控除をフルに使える贈与をコツコツ行っていく。そういう選択肢が広がった、と捉えることもできます。
ともあれ、相続時精算課税の使い勝手がよくなったのは、間違いありません。ただし、さきほど紹介した税理士会の研修でも、節税メリットはけっこうケースバイケースかな、という議論になりました。
例えば同じ不動産を含む相続でも、賃貸物件を多く抱える資産家と自宅しかないようなケースとは、大きく違います。今回の制度改正を受けてどうするかというのも、結局はそれぞれのお客さまの状況をみてベストの策を探していく必要がある。一般論では、そういうことになると思います。
相続時精算課税を使うべきケースとは
表谷そのうえで、あらためて不動産を含む相続について考えてみると、相続時精算課税の利用で節税効果が期待できるのは、収益を上げている賃貸不動産を子どもなどに贈与するパターンです。
――子どもは贈与税を支払わずに不動産の贈与を受け、親の相続時に不動産の価格を相続財産に加算して、相続税を支払うことになります。
表谷そのように税金については後払いすることになるのですが、ポイントは不動産から上がってくる家賃収入が、贈与以降は子ども世代のものになる、ということなんですよ。それによって、家賃収入が親の預金として積み上がっていくことを防げます。結果的に相続税の節税につながるわけです。
不動産を含む相続では、相続財産や相続人の手元に現金があまりなく、相続税の支払いに問題が起こることが珍しくありません。生前から子どもに家賃収入が渡るようにしておけば、それを納税資金に充てることも可能です。
――賃貸不動産ならではの活用ができるわけですね。
表谷また、将来的に値上がりする不動産は、この制度を使って早めに贈与しておくことで、相続税を節税できます。相続税計算の際に加算される不動産の価格は、贈与時の価値で評価されるからです。これも相続時精算課税を使って不動産を贈与するメリットなのです。
ただし、あえて申し上げておけば、節税メリットがあるのは、贈与された不動産が相続時に値上がりしていた場合です。今東京など都市部の不動産相場は上昇しているのですが、人口減少時代ですから、この先どうなるのかは予測が難しい面もありますよね。
――贈与を受けた後に値下がりして、結果的に相続税が割高になってしまった、ということもありえます。そういうところは、慎重な判断も必要になるでしょう。
「遺言書があるとホッとする」
――実際に相続になった場合、まず何から始めたらいいのかに、話を進めたいと思います。やはり相続財産に不動産があると、気をつけるべきことが増えるように思います。
表谷そうですね。一般的な相続で必要になることをみておきましょう。
相続が発生したら、まず遺言書があるかどうかを確認します。税理士としては、「ちゃんとした遺言書があります」と聞くと、少しホッとするんですよ(笑)。
遺産分割は、被相続人の残した遺言書の通りに分けるか、相続人同士の遺産分割協議で話し合って決めるかの2択です。後者は、全員が遺産分割協議書にハンコを押さない限り、そこから前に進めません。遺言書があれば、たとえ相続人同士の仲が悪かったとしても、基本的にそこに書かれている通りに分ければOKです。
――遺産分割に関しては、遺言書すなわち被相続人の意志が優先されます。
表谷この遺言書の有無の確認と同時に、できるだけ早くやりたいのが「相続人の確定」です。具体的には、被相続人が生まれてから死亡するまでの戸籍謄本を取り寄せて調べるんですね。私は経験ないのですが、ここで「隠し子」の存在が明らかになって、大騒ぎになるようなことも話には聞きます。たとえ一面識もない相続人だったとしても、無視して遺産分割を進めるわけにはいきません。
さらには、「被相続人の財産の特定」も必要です。不動産に関していうと、そもそも親がどこかに不動産を持っていたのかどうか、わからないこともあると思います。今亡くなる高齢者の方は、バブル時代に投資目的の不動産を買っていたりもするんですよ。私の知る例では、リゾート開発を見込んで島の土地を買っていた、という人がいました。
――そういう事実を子どもが知らないと、相続では困ったことになります。
表谷まずは、被相続人の机の引き出しに固定資産税の課税明細書がないか、確認しましょう。また、市区町村役場、東京23区は都税事務所で「名寄帳」を取得すれば、その自治体で被相続人が所有する不動産情報を確認できます。ただし、相続人の知らない土地に不動産がある場合には、取得のしようがありません。
こうお話しすれば、相続人の大変さがわかると思います。苦労をかけないためには、生前の準備が大切になるのです。
「後編」では、不動産の分割方法や生前対策などについて、さらにお話をうかがいます。
後編は【こちら】