「100億企業宣言」は飛躍的成長のため
デフレからインフレの時代に変わり
変化と成長は中小企業が担い手に

[取材/文責]酒井綱一郎[撮影]結城さやか

売上高100億円を目指すことを公言する「100億企業宣言」に注目が集まっている。その仕掛け人である中小企業庁の山下隆一長官は、このプロジェクトを導入した目的を「デフレの時代が終わり、インフレの時代に入った今、経営のやり方を変え、飛躍的成長を遂げてもらうため」と語る。「100億宣言で社長の思いが伝わるので、社員の目の色が変わり、金融機関も注目します」とその効果を指摘する。世界でデジタル革命、AI革命、バイオ革命が起きている今、意欲ある中小企業が積極的な投資を通じて中堅企業へと発展することを期待する。

八木美代子(以下、八木) 「100億宣言」は、中小企業を元気にしてくれる大事な施策だと思いますので、お話を伺うことをとても楽しみにして来ました。

私どもビスカスは中堅・中小企業に税理士を紹介するビジネスをやっています。去年で30周年でした。私どもに税理士紹介を依頼される経営者は、初めて税理士とお付き合いするというより、企業の発展に応じて税理士を変えたいという方が結構います。

企業規模が小さいときに親身になってくれた税理士にはとても助かったけれど、売り上げが増えて従業員もたくさんになると、それにふさわしい税理士、税理士事務所が求められるのです。DXに対応できる税理士を紹介してほしいというニーズも高いです。

30年間にわたって中小企業がどのように発展するのか、発展する際に税理士の変更を含めてどんな経営の転換が必要なのかをつぶさに見させてもらいました。それだけに、将来を見据えたうえで今の経営の変革を促す「100億宣言」はとても興味があります。

まずは、どんな概要で、何を目的に創設されたのか、教えてください。

重要なのは、経営者自ら100億円を目指すメッセージを発してもらうこと

山下隆一(以下、山下) 中小企業の皆様が飛躍的成長を遂げるために、経営者自らが「売上高100億円」という野心的な目標を目指し、実現に向けた取り組みを行っていくことを、宣言するものです。宣言に参加できる企業は、売上高10億円以上100億円未満の中小企業です。

宣言に盛り込むべき内容があります。売上高100億円をどれぐらいの期間でどのようなプロセスを経て実現したいと考えるのか。どんなやり方で実現するつもりなのか。例えば、生産体制の増強、海外展開、M&A(企業の合併・買収)などです。実現するための課題は何かも明らかにしてもらいます。とても重要なポイントは、経営者が自ら100億円を目指すメッセージを発してもらうことです。

宣言した企業の取り組みを「見える化」するため、「100億企業成長ポータル」を開設しています。このポータルサイトには、100億宣言を行った企業を掲載しています。掲載企業を業種別・地域別・売上別・法人番号・企業名で確認できますので、ぜひ検索してみてください。

人物画像

前職で「中堅企業」を
法律上で明確にし、
今度は変化と成長の担い手として、成長志向の
経営者を応援すべき
と考えました

100億宣言をした企業にはできるだけ露出してほしいと思っています。八木社長が冒頭に税理士のお話をされましたが、税理士の情報が少ないように、どんな中小企業が存在していて、何を考えているかについて知られていない。中小企業の思い、10年計画を世に出すことによって、他企業、地域、金融機関と強い結びつきを持ってほしいのです。

八木 なぜ100億円なのですか。

山下 売上高が100億円に達する企業は、一般的な中小企業と比べて賃金水準が高く、輸出による外需獲得、サプライチェーンへの波及効果が大きいと考えるからです。

100億宣言を行う時代背景についても触れておく必要があります。日本経済は1990年代以降のデフレーションに苦しみ、安い製品・サービスが競争力を持つといった「デフレ思考」が染みつきました。

しかし、経済がデフレからインフレに、そして成長モードに変わる中で、経営のやり方そのものを変えていく必要があります。そのためには、まず経営者の変わる意思が必要です。昨日と同じことを続けるのは「現状維持=衰退」です。やり方を変え、挑戦に踏み出す必要があります。

挑戦すべきは、国内投資環境の整備、そして賃上げです。世界でデジタル革命、AI革命、バイオ革命が起きているときに、研究開発投資も、設備投資も、人材投資もしない国が勝てるわけがありません。

八木 日本経済がインフレ経済に変わる中で、なぜ中小企業なのですか。

山下 私は、今後の成長や投資の担い手は、地域の企業だと考えています。売上高100億円を目指すような、意欲ある中小・中堅企業の経営者が重要になります。中小・中堅企業は、社長が変化や成長に本気で取り組めば会社が一気に変わります。大企業では、トップが変わろうとしても、デフレ思考の優秀なエリート管理職が「変えない理由」を並べ、組織が動きにくい。

だからこそ、前職で中堅企業を明確に法律上位置づけるとともに、中小企業庁では、「100億を目指す」という旗印で、変化と成長の担い手として、成長志向の経営者を応援すべきだと考えたのです。

「成長加速化補助金」や経営者ネットワークなどで中小企業庁も応援

八木 100億宣言をした場合、どんな支援を期待できますか。

山下 主に、次の3つの支援があります。
1)「成長加速化補助金」などの補助金の活用
2)宣言を行った経営者が地域・業種を超えて繋がることができる経営者ネットワークへの参加
3)宣言の公式ロゴマークを自社のサイトなどに掲出することによる自社PR

成長加速化補助金については、2次公募までが終わりました。中小企業者の大胆な設備投資を支援することを目的としています。100億宣言を行っている中小企業が、1億円以上の投資をする場合、最大5億円まで、投資額の半分以内で支援するものです。工場や物流拠点の新設・増築、イノベーション創出に向けた設備の導入、生産性向上のための自動化設備の導入に使ってもらいます。

八木 経営者ネットワークはこれまでもありましたが、なぜネットワークづくりを強調されているのですか。

山下 近年では、AIの急激な発達、地政学リスクの高まり、GX(グリーントランスフォーメーション、脱炭素型経済への転換)など、世界、そして日本経済の前提条件が一斉に変わってくると同時に、少子高齢化という構造的な課題にも本格的に直面し人手不足が深刻化しています。経営環境が大きく変わる中で過去の常識が通用しない。「どう変えるか」を考え抜くのは容易ではない。それでいて、経営者は孤独です。同じ悩みを越えてきた先輩や仲間とつながる場が重要です。

地域を牽引する企業経営者、そして彼らを取り巻くネットワークは、地域社会・経済を変え、動かすソフトインフラとして重要になっていきます。こうした感覚は経営の最前線にいらっしゃる社長の皆様もお持ちのようです。

関東経済産業局は2025年度、20社余りを対象とした経営者ネットワーク「売上高100億円を本気で目指すゼミナール(100ゼミ)」を試行し、経営研修と実務交流を通じて数多くの気づきや協業が生まれました。この取組を「やめないでほしい」という強い要望が寄せられています。このような顔が見える地域ネットワークと、全国イベントやテーマ別セミナーを組み合わせ、プラットフォーム化していきます。こうした経営者ネットワークが、経営者の切磋琢磨の場となるのです。

人物画像

宣言することで、
経営者の意識が変わり、
覚悟も固まるのですね

八木 100億宣言をするのは勇気が要ります。「実現できなかったらどうしようか」とか、ライバル会社から「そこまで成長しないでしょう」なんて見られるのを恐れませんか。

山下 100億宣言を行うことで、補助金という直接的なメリットも大事なのですが、より重要なのは、経営者の意識が変わり、覚悟が固まり、社員の意識が変わり、社外からの信頼も高まるといった効果が生まれることです。また、こうした熱い思いを持った会社や経営者がここに存在するのだということが、広く世の中に発信されるという効果もあります。こうした会社の内外で起きる変化は素晴らしく、非常に大きな意味があります。100億宣言シンポジウムなどもやっていますので、ぜひ見ていただきたいのですが、そこに参加する経営者の熱量はものすごいですよ。

セミナーでは7~8人のグループに分けて、グループディスカッションをします。経営者それぞれが自分の思いを語るのですけれど、皆さん、やっぱり悩んでいるんですよ。悩んでいるのだけれども、成長したいという思いがとても強い。皆さんの本気度が会場全体に伝わってきます。

宣言した企業の従業員は、トップの夢に共感し、一体感が生まれる

八木 宣言をした企業の従業員の皆さんはビックリでしょうね。

山下 宣言した企業の従業員の皆さんは「うちの会社、経営陣は、こんなにすごいビジョンを打ち出すのか」と驚き、夢に共感して、会社に対する帰属意識が高まります。従業員は、社長のビジョンを細かく知ることができ、自社がどの方向に進もうとしているかについて経営者と従業員の考えが一致し、組織に一体感が生まれる効果があると考えます。

人物画像

100億宣言で
社長の思いが伝わるので、
社員の目の色が変わり、
モチベーションが
高まります

宣言した社長さんにお話を伺うと、「100億宣言で社長の思いを伝えることができ、社員の目の色が変わった」「社長の考えに触れて従業員のモチベーションが上がった」といった声を聞きます。

宣言した社長自身も当然変わります。「飛躍的に事業規模を拡大し、売上高100億円突破を目指す」という宣言は社長自身を変えます。100億円達成への道筋を明確にする戦略が必要になります。社長自身が「自然体での成長は難しいよな。そうであれば、M&Aや全く新しい投資が不可欠になるよな」と自身の現実的な問題として考えるようになります。宣言をして、初めて真剣に10年の計画やM&A、新規投資を考えるようになった方がたくさんいらっしゃいます。

八木 地域への波及効果も期待されているのですか。

山下 地域での雇用創出への期待が高まります。地域企業の社長ご自身が成長と賃上げのビジョンをお示しになり、魅力的な職場をつくっていけば、都会志向の若者が生まれ育った土地に残る可能性は高まるはずです。

さらに、周りの社長が変わることも重要です。100億宣言するような社長は、地域のコミュニティ、飲み会の中心です。その飲み仲間、ゴルフ仲間の間で「あいつができるならば、俺もできる」という経営者が出てくる。この結果、金融機関や税理士など士業のネットワークでも情報が伝わっていくことが期待されます。

取り引きがなかった大手銀行も100億宣言企業に注目している

人物画像

高い売り上げ目標でも、
計画・戦略を立てれば
実現する道は
あるわけですね

八木 金融機関との関係に変化は出ていますか。

山下 100億宣言、成長加速化補助金が採択された地域企業の中には、採択を契機として、これまでは取り引きがなかった大手銀行が訪ねたケースもあります。それをきっかけとして、取り引き先が広がったケースもあります。社外に対しての効果もあります。中長期のビジョンを示すことになりますから、金融機関に「この社長は本気だな」と伝わります。行き当たりばったりの経営ではないので、どうして資金が必要なのかが金融機関に伝わりやすくなります。

八木 高い目標であっても計画・戦略を立てれば、実現の道はある。高い目標・意欲を拡散していきたいわけですね。

山下 私はこれまで日本でスタートアップが起きてこなかった理由の一つは、マインドの問題があると思っています。日本では多くの人が「スタートアップをやって成功する人は特殊な人だ」と考えているのです。特別な才能に恵まれた人しか成功しないと考えるから、「俺はやらなくてもいい。仕方がない」という言い訳をして、日々を過ごしてしまう。

しかし、シリコンバレーやシンガポールでは、普通の人、近所の人、身近な同級生がどんどん起業していく。だから、「何で起業しないの?」というマインドが働きます。売上高100億円達成には、しっかりした戦略が必要ですが、それは特別な経営者でなくても挑戦できる。このマインドを広げたい。

そして、何より経営者の皆さんにとって、「世の中に公言した以上はしっかりやらないといけない」という経営者責任、ガバナンス(企業統治)が効いてきます。売上高20億円、30億円規模の企業はオーナー保有が多く、株主側からのガバナンスがあまり効きません。

それに優良企業ゆえに借り入れが少なく、銀行などの金融機関が、貸し付けたお金を通じて企業経営を監視・統制し、財務規律の健全化を促す機能が効かないことが多いですよね。そこが変わります。

八木 中小企業の飛躍的な成長には、M&Aが欠かせませんね。

山下 時間と経営資源を買うM&Aは、飛躍的な成長を遂げるため必須の選択肢です。例えば、中小企業の場合、M&Aの対象となった旅館であればブランドを残してバックオフィスを統合する、といった取り組みで利益が上がる事例があります。

M&Aはだいたい年間5,000件近くであり、事業承継型が多数を占めています。良質なリソースを持つ「売り手」と、成長志向の「買い手」をつなぐ市場は活発です。行政としては、透明性が確保される制度をつくっていくことが大切だと考えています。

八木 マーケティングの仕方についてもデフレ思考から脱することが大事です。

山下 多くの地域企業が下請けの仕事に甘んじてきましたが、素材・原料をはじめ物価が上がる世界では、もう限界にきています。中小企業庁は価格転嫁を進めるよう努めていますが、本質的には、自社のブランド化とマーケティングが不可欠ではないでしょうか。

中小企業に対しては金融面で支援する機会は多かったのですが、マーケティング強化やブランディング支援は十分ではなかった。基礎的なところを強化したい企業には、政府が全国に設置した「よろず支援機関」を活用してもらうのがいいと思います。

日本にはあらゆる産業があり、サプライチェーン充実もあり、成長が可能

八木 ビスカスもお金を借りて動かなきゃいけない会社じゃないため、結局、借りることなく30年やってきました。本当にお金を借りたのは、東日本大震災の直後に、ある銀行の支店長が来て、借りた方がいいと言うから借りただけです。しかし、山下長官のお話を伺うと、後ろ向き資金ではなく前向きな資金を借りて加速度的な成長をするのも選択肢だなと感じます。

山下 日本は長いデフレにありましたが、悲観することはありません。諸外国とは異なり、あらゆる分野の産業群、観光資源があり、サプライチェーンも充実しています。これを事業化していけるのは、大企業ではなく、変化余力、成長余力のある中堅・中小企業の皆さんです。100億宣言を開始して1年足らずでたくさんの宣言が集まりました。本当にこの国は変わるかもしれないという勇気をもらいました。

スタートアップのように無から有、すなわちゼロイチを生み出し、
さらに、1→10、10→100、100→1000へと事業を成長させる力を持つ方々が、100億を宣言する企業として集まってもらう。このような経営者層が厚い国ほど、幸せな経済をつくりだす国になると思います。経営者であることが「かっこいい時代」にしたいのです。

ラ・サール高等学校、東京大学法学部卒業。1989年、通商産業省(現・経済産業省)入省。東日本大震災後、東京電力の取締役兼執行役として東京電力の事業再建と福島復興に向けた取り組みを推進。産業技術環境局長、資源エネルギー庁次長、製造産業局長などを歴任。経済産業政策局長として成長と変化の担い手企業を支援する観点から「中堅企業」の定義を新設し、現在の100億企業政策につながる成長戦略の基盤を構築。2024年7月より現職。中小・中堅企業の「稼ぐ力」強化による賃上げと成長投資を推進。

各業界のトップと対談を通して企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒントをお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第27回は、中小企業庁の山下隆一長官です。なぜ「100億企業宣言」なのか、山下長官にお会いして、その真意を教えていただきました。デフレからインフレへの転換期にあたる今、経営そのものを変えていく必要があるという問題意識に深く共感しました。山下長官は、経済産業政策局長時代に、それまで曖昧だった「中堅企業」という概念を定義されました。中堅・中小企業への熱い思いを感じさせてもらうお話でした。

こちらもオススメ!

マネーイズム マネーイズム

5分で読める、
お金に関する得する情報を見逃さない

毎週火曜日、経営者が「今週知るべき」
ニュースをまとめてお届けします。

毎週の内容
今週の注目税務トピック
お金に関わる最新ニュース
今月の税務カレンダー
得する情報を受け取る

登録無料・いつでも解除できます

5分で読める、お金に関する
得する情報を見逃さない

毎週の内容
▶ 今週の注目税務トピック
▶ お金に関わる最新ニュース
▶ 今月の税務カレンダー
得する情報を受け取る →