【M&A 後編】M&Aは“人対人”のプロジェクト
単なる資本取引ではないことを心得るべき

大澤・山﨑公認会計士事務所 代表 大澤直也氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]結城さやか

プロは会社のどこを見るのか

――お話にあったように、売り手企業に対する精密なデューデリジェンス(DD)を行うことなしにM&Aが実行されるケースは、少なくないようですね。

大澤 そう感じます。仲介業者の持ってくるきれいに整理された決算資料や事業計画書だけを見て、その会社のことをわかったようなつもりになってしまうことが、実際には多いと思うんですよ。

ただ、事業計画は上場大企業だって毎年発表しますけど、その通りになることはむしろ少ないでしょう。当然のことながら、計画はあくまで予測の数字です。

決算は確定したものだから「正確」かといえば、そうは言えないことも多々あります。業績を良く見せるために売上や利益が粉飾されていても、見抜くのは簡単ではありません。

あえて付け加えておけば、決算書は税務申告用に使ったものですよね。税務署は、粉飾した結果、多く税金を払ってくれるぶんには、否認したりはしません(笑)。ちゃんと税務署に提出された決算書なのだから、中身に関しては公のお墨付き、とは言えないのです。

――だからこそ、専門家によるDDが必要になる。

大澤 そういうことです。高額の投資案件やM&Aならば、なおさらです。

――先生は、そうした専門的なDDの経験をお持ちです。実際には、どのような点を見られるのですか?

大澤 一般的には、決算について、まずはBS(貸借対照表)を二期分くらい見ます。で、例えば資産に不良資産はないか。一方で簿外負債などはないか。これは、経費の領収書なども含めて精査します。あとは、保証債務みたいなものはないか、何かを担保に入れてはいないか、といった点ですね。次にPLも確認して、実態BSと実態PLを作成します。

また、キャッシュフローにも、当然目を凝らします。お金の流れで発見できることもたくさんありますから。

ただし、私たちができるのは、財務、税務のDDなんですね。そのほかに、法律の専門家による法務DDも重要です。どんなに業績が良好でも、法的に問題のある商行為などを行っていたら、せっかく買ったのに業務停止になってしまった、などということがありえますから。

経営者がやるべきビジネスDD

大澤 さらに言えば、実は最も大事なのはビジネスDDなんですよ。財務や法務DDでは、その時点でのリスクを洗い出すことはできます。でも、できるのはそこまで。それらも踏まえて、その会社の事業に将来性があるのか、買ったら本当にシナジーが得られるのか、ということを検討する必要があるわけです。

――確かに、それがM&Aの“肝”と言うこともできます。

大澤 そこがわかるのは、我々ではなく、実際に事業を営んでいる経営者自身です。M&A支援をしていると、よく「この事業計画書は大丈夫なのでしょうか?」といった質問を受けることもあるのですが、そこは我々でも保証するのは難しい。事業計画の計算の合理性の検証や過去の推移から実現可能性の検証をしてお伝えすることはできます。最終的には、ビジネスというものを一番知っている経営者が判断し、対象会社の改善ポイントや経営シナジーも考慮して、結論を出さなくてはならないのです。

商品やサービスだけでなく、その会社の抱えている顧客を取り込むことで、どれだけのメリットが得られるのか。一方、M&Aによって、従業員が離れたりすることはないのか――。経営者が検討すべきことは、たくさんあります。そういう意味でも、M&Aを人任せにはできないんですよ。私たちは計数に強いということと、様々な会社やM&Aの事例を見てきているという強みを生かして、社長の経営判断をサポートする役割だと考えています。

「人」をおろそかにしてはいけない

――今のお話にもありましたが、会社同士のM&Aは成立したものの、買われた会社の社員がごっそり辞めてしまった、といったことも珍しくないようです。

大澤 そこもM&Aの重要ポイントです。企業風土などの違うもの同士が一緒になるのは大変なことで、理屈通りにいかないことも多々あります。買われたほうの社員は、複雑な感情も持っているでしょう。そうしたことまで理解しておかないと、思わぬ事態を招くかもしれません。

私が関わっていた会社で、こんなことがありました。多数の美容室を展開していて、業績絶好調の会社だったのですが、とあるファンドがこの会社を買収したのです。で、IPOさせよう、という流れだった。ところが、社長は、自分の株式をファンドに売るという話を他の経営陣に話していなかったんですね。それで、彼らは怒って、部下を連れて会社から出ていってしまった。経営陣といってもカリスマ美容師達で、美容室ですから、お客さんも引き連れて、です。それで売上が激減し、事実上倒産してしまいました。

――IPO寸前の会社が倒産してしまうというのは、恐ろしい話です。

大澤 そんな事態を招いたのは、直接的には社長が自社の人間に対する説明を怠ったからですが、ファンドのDDも甘かったのだと思います。どんなに財務的にいい会社でも、キーマンたちに辞められたら一巻の終わり、ということがわかっていなかったのですから。そこを理解していたら、性急に事を進めることはしなかったはずなのです。

M&Aって、最終的には「人対人」の営みなんですよ。「会社は“生き物”」という言い方もできるでしょう。買い手企業について言えば、経営者の思いや方針、キャラクターはすごく大事で、「お金を払えばいいんだろう」という姿勢だと、失敗する可能性は高まります。自社の人間や買収先の社員、そこに他の株主がいればそういう人たちとか、あらゆる利害関係者のことを念頭に置いて、必要なフォローを行う必要があるんですね。

買収は慌てない

――お話しいただいたことも含め、あらためてM&Aを考える際の注意点を挙げていただけますか。

大澤 買い手側について言うと、経営者には事業を拡大させたいという意欲がありますから、M&A仲介業者に登録して買収先を探している人が、私の顧問先にも多くいます。そうすると、対象企業がどんどん送られてきたりするわけです。

ただ、そうしたものに踊らされて、慌てて買いに走ったりしないことが大事です。M&Aを本気でやるつもりなら、まずは自分の中でその目的をはっきりさせて、業種や相手のサイズ感、場合によっては会社の所在地などもある程度決めておくべきでしょう。あまり遠隔地にあれば、買収後のコミュニケーションに支障をきたす可能性もありますから。

――M&Aには、あくまでも主体的に臨むべき、ということですね。

大澤 そこは他の商品や不動産なんかと同じで、「“掘り出し物”がありますよ」といった話に飛びついて痛い目に遭うことが、けっこうあるのです。

また、買収対象については、できるだけ本業に近い会社をお勧めしたいですね。ビジネスDDの話をしましたが、「土地勘」のある業種なら、将来性の見極めなどもしやすいはず。会社に体力があって、新規事業に乗り出すとか、本業の成長性や収益性に陰りが出て新規事業を着手ためのM&Aをするとかのケースは別として、冒険は避けたほうが無難だと思いますよ。

事業承継のM&Aは、同業をターゲットに

――買い手側をメインにうかがってきましたが、初めの医療法人の例のように、事業承継の後継者がおらず、M&Aを選択するケースも増えています。売り手に対してアドバイスするとしたら?

大澤 いい会社を買いたいというニーズは旺盛ですから、自社の事業に将来性があれば、比較的スムーズに売却することができるはずです。

一方、スモールサイズの会社で、業績はいま一つ、社長の個人保証も引き継がなくてはならないようなケースでは、仲介業者に頼んだとしても、買い手を見つけるのに苦労するかもしれません。そうした会社の場合は、やはり同業系で相手を探すというのが、第一の選択肢になるのではないでしょうか。今お話したように、同業種であれば、買い手のほうも目星がつけやすいですから。

――やみくもに買い手を探すよりは、可能性が高まりそうです。

大澤 ただし、M&Aによる利益を望むのは難しいことを織り込んでおく必要があります。社長の個人保証、従業員や顧客をセットで無償に近いかたちで引き取ってもらうイメージです。

あと、少しでも売りやすくするテクニックとしては、「会社をきれいに整理しておく」ことが重要です。中小企業では、会社と社長個人のお金などがごっちゃになっていることが、けっこうあるんですね。M&Aになれば、そこは否応なしに整理されるわけですが、事前にやっておくことで、多少なりとも評価を高めることができると思います。

――わかりました。本日は、M&Aに関する貴重なお話をありがとうございました。最後に、貴事務所の今後についてお聞かせください。

大澤 我々はお客さまの大事な情報を預かったうえで、仕事をします。言い方を変えると、お客さまに信頼されてこそ成り立つ業務なんですね。これからも、そうした信頼関係を基盤に、何でもご相談いただける存在でありたいと考えています。

その点では、監査法人時代にIPO準備会社のCFO(最高財務責任者)を務めた経験も大きい、と個人的には思っています。社長の右腕として様々な相談に乗り、その苦労とか孤独さみたいなものも目の当たりにしましたから。そうした機能を強化するためにも、事務所の規模の拡大にも取り組んでいくつもりです。

 ――ますますのご活躍を期待しています。

大手監査法人・一般事業会社のCFOの経験を生かし、税務・会計・財務の専門家として幅広いサービスを提供。スタートアップから上場企業まで伴走できる幅広さ、税務調査対応、節税、医療関係に強い会計士事務所。
URL:https://www.ocpa.jp/

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