【相続 前編】遺言書はいわば「保険」 不安を感じたときに書いておくべき

税理士法人西川オフィス神戸 代表社員 山口岳史氏
[取材/文責]マネーイズム編集部

遺言書は、残された親族の相続のトラブルを防ぐのに効果的。それがわかっていても、いざ書く立場になると、「まだいいか」となりがちだ。だが、税理士法人西川オフィス神戸の山口岳史代表社員(税理士)は、「遺産に多くの不動産が含まれるケース、相続人が揉めそうな相続などでは、ぜひ残してほしい」と話す。遺言書の持つ意味、作成の際の注意点などについて、事例も交えてうかがった。
記事では、「前編」で特に遺言書が必要となる相続について、「後編」で作り方のポイントや注意点などを中心にまとめた。

遺言書作成に踏み出せない人が多い

――貴社の概要から教えてください。

山口 (敬称略) 当事務所はもともと大阪で創業し、その後神戸市に拠点を移しました。来年(2026年)で創業70年になるんですよ。現在は、役員2名に正社員、パートさんを含めて20名の体制です。

業務は、法人の顧問業務がメインで、お客さまは個人の方も含めて250件ほど。業種の偏りはなくて、メーカーや小売業をはじめ多岐に渡っています。

相続に関しては、そうしたお客さまに関してお手伝いするというパターンが多く、年によってバラつきがありますが、だいたい3~5件程度の申告を行っています。

――本日は、その相続、中でも遺言書についてうかがっていきたいと思います。相続を扱う税理士などの専門家は、口を揃えて「遺言書を残すべきだ」とおっしゃいます。会社の社長はなおさらだと思うのですが、実際には書いているお客さまは多いのでしょうか?

山口 正直、あまり作られていない感じがします。必要性は理解していても、なかなか踏み出せないという感じでしょうか。長年「遺言書を作りましょう」とお勧めしているのに、そのたびに「また今度」とはぐらかされてしまうようなこともあります。

――顧問税理士に言われても、書くところまでいかないのですね。

山口 お持ちの資産が大きく、遺産分割で相続人が大変な思いをすることが目に見えているような場合には、「財産を残す人の責任として、書いておきましょうよ」とお話しするのですが。本人にはなかなかその気持ちになってもらえず、もどかしさを感じることも少なくありません。

不動産は分割で苦労する

――あらためて、どういう人が遺言書を残すべきか、書いておかないとどんな問題があるのか、お話しいただけますか。

山口 そうですね。「遺言書があればよかったのに」と感じた事例を、いくつか紹介してみましょう。

ご高齢の資産家の方が亡くなった相続で、相続人は子ども2人と、養子1人(子どもの息子)、つまり亡くなった人の孫で、全部で3人でした。現預金もそれなりの金額だったのですが、遺産の多くは土地や賃貸アパートなどの不動産で、全部で10件近く持っていらっしゃったんですよ。

――その状態で、遺言書はなかった。

山口 はい。ですから、遺産の分け方は、残された3人が遺産分割協議という話し合いを行って、1から決めなくてはなりませんでした。

不動産とひと口に言っても、今述べたように土地もあれば、収益物件もある。当然、得られる収益にも差が出ます。そこに、相続人それぞれの方の事情や思いが絡んでくるわけですから、これは大変でした。

――相続税には、相続発生から10ヵ月という申告・納税期限もあります。

山口 そうした話もしながら、なんとかまとめて事なきをえたのですが、こじれて争いになってもおかしくはなかったと思います。

――高齢になっても遺言書を書かなかったのには、何か理由があったのでしょうか?

山口 正直、ご本人の真意はわかりません。どちらかというと、「家父長的」なタイプの方で、子どもとも距離が遠い雰囲気はあったのですが。

一方でお孫さんは非常にかわいがっていて、養子にしたのには、確実に財産を渡したい、という気持ちも大きかったようです。養子は法的に実子と同じ扱いで、相続になれば法定相続人になれますから。孫と養子縁組したことで安心した、という面があったのかもしれません。

――とはいえ、法定相続人の権利を持つのと、具体的にどの財産を受け継げるのかは、別問題ですよね。

山口 そうです。きっちり分けられる現金などならまだしも、不動産のウエートが高い相続に向けては、それを譲る人の意思を示した遺言書の作成が「必須」だと考えるべきでしょう。

余談ながら、やはり遺言書のない相続で、遺産の不動産の中に、建物の脇の「側溝」だけの土地があって、びっくりしたことがあります。

――側溝ですか?

山口 本当に「溝」だけなのです(笑)。どうしてそんなことになったのかは謎ですけど、そこにしっかり路線価がついていて、固定資産税も課税されていました。まあ、この場合も被相続人(亡くなった人)は資産家でしたから、生前、気にも留めなかったのかもしれません。

――でも、そんな「遺産」は、誰も欲しくないでしょう。

山口 もちろん、これは特殊なケースです。しかし、不動産の相続では、想定外のことが起こる可能性も高まるわけですね。それが争いの種になるようなことを避けるためにも、生前にきちんとリストアップして、分け方を決めておく必要があると思います。

自社株の相続も要注意

山口 多くの法人の顧問をしていますから、事業承継の課題に対応することもあります。ポイントは自社株で、事業を継続・発展させていってもらうためには、これを子どもなどの後継者にしっかり渡さなくてはなりません。

――中小企業の場合、安定的な経営のために、経営者が最低でも過半数、できれば100%の自社株を持っていることが理想だとされます。

山口 自社株の受け渡しは、贈与など生前対策が大事になりますが、相続で譲られるパターンもあります。その際には、他の遺産の分割とのバランスにも配慮した遺言書を用意するのが、やはり望ましいといえます。

これも印象に残っている案件なのですが、先代が、すでに後継者に就いている子どもに株を渡し切る前に、亡くなってしまったんですよ。遺言書はなし。ちなみに、相続人は妻と会社の後継者を含む子ども3人です。

――株は、後継者に渡している途中だったんですね。

山口 生前贈与で移動を行っていましたが、まだ5割以上が先代の手元に残っていました。仮にこれが、相続によって後継者以外の相続人に分散されてしまうと、後々経営に口出しをされたり、あるいは高値での買い取りを求められたり、といったリスクが否定できません。

他方、後継者がそれを相続することができたとしても、問題は残ります。非上場株にも「株価」があるからです。

贈与や相続の際、非上場会社の株は、定められた基準に従って評価額が算出されます。この会社の株は、先代の持分で1億近くになりました。一方、他に残した財産は、自宅と預金が1,000万円ほど。

――後継者の方がすべての自社株を相続すると、アンバランスが問題になりますね。このようなケースでは、どのような対策ができますか?

山口 例えば、特定の相続人が「現物」を受け取る代わりに、他の相続人に対して相応の金銭を支払う「代償分割」という方法があります。高額な不動産の相続でよく用いられる手法です。ただし、今回のようなケースであれば、株をもらった後継者の方に代償金を支払うだけの資金力のあることが前提です。

――相続になってから、急にまとまったお金を用意しろといわれても、困ってしまうかもしれません。

山口 ですから、このような相続では、生前の準備が重要になります。特に経営者は、個人的な財産の相続と同時に、確実な事業承継が必要なことを肝に銘じる必要があります。相続で株を渡す場合には、他の相続人が不満を募らせないような遺産分割を考え、遺言書として形にしておくべきでしょう。

「後編」では、遺言書の作成方法、注意点などについて、引き続きお話をうかがいます。

注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。

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