
【医業の税務 前編】これからの医療法人・クリニックの経営に求められることとは
岸川祐次税理士事務所 代表 岸川祐次氏コロナ禍を経て、経営が悪化する医療機関(医療法人・クリニック)が増えている。原因はどこにあるのか、将来に向けて考えるべきことは何か。今回は、医業の経営判断に求められること、税務上の注意点などについて、医療業界での勤務経験も持つ岸川祐次氏(岸川祐次税理士事務所、税理士・行政書士)に聞いた。
記事では、「前編」で医療機関をめぐる経営環境の現状や、税務上の問題について、「後編」では経営者として考えるべきこと、税理士の活用方法などを中心にまとめた。
医療業界の現場を経験
――初めに事務所の概要を教えてください。
岸川(敬称略) 独立・開業したのは令和6年(2024年)で、業種はさまざまですが、医療法人やクリニックなどの医業、介護分野に強みを持っています。
実は私は、大学卒業後に大手医薬品商社に就職して働いた経験があります。そこで営業に携わる中で、ドクターと対等に話をして、経営面でもアドバイスできる税理士の存在を知り、自分もその道を目指したいなと。それで会社を辞めて、税理士試験合格にチャレンジすることにしたのです。
開業前には3か所の事務所に在籍し、いずれも医療系のお客さまを対象とした業務に就いて、キャリアを磨きました。
――医療機関の現場を知っているというのは、確かに他にはない強みではないでしょうか。本日はそんな先生に、医療業界の経営課題などについてうかがっていきたいと思います。
コロナ後、厳しい経営環境が続く
――まず、最近の医療法人・クリニックの経営面での現状からお話しいただきたいのですが。
岸川 わかりました。医療機関が国民健康保険などの公的医療保険による診療(「保険診療」)を行ったときに、保険診療の対価となる公定価格を診療報酬といいます。このうち一定割合を保険者から、残りを患者の窓口負担として受け取る仕組みです。患者が医療費を全額負担する「自由診療」もあるのですが、多くの医療機関では、この診療報酬が主な収入源になっています。診療報酬は、基本的に2年に1度、見直しが行われます。なお、薬剤の価格である薬価については、令和3年度(2021年度)から毎年改定されるようになっています。

一方、ニュースでご存じの通り、このところ「社会保険料の高さ」がクローズアップされていますよね。急速な高齢化に伴う国民負担の増加が問題になっていて、政策的には、できるだけ引き上げ幅を抑える方向で議論が進んでいます。
公的医療保険の主要な財源が社会保険料である以上、医療機関の収入である診療報酬は、どうしてもこの社会保険料の動向に左右されることになります。
――医療機関からすると、構造的に収入が伸びにくい状況にあるわけですね。
岸川 もちろん、みなさん経営努力でカバーしようと頑張るわけですけど、収入の大本が国に握られているというところは、一般の企業とは違います。
加えて、新型コロナが大きく影響しました。コロナ禍のさなかには、医療機関にもコロナ関連の補助金が支給されました。
――大変な状況の中で、病院を潰すわけにはいきませんから。
岸川 その間、多くの医療機関で所得が伸びました。ところが、コロナ明けになると、「利益の余剰が生まれている」という理由で診療報酬が抑制されたんですね。わかりやすくいうと、「医療機関は儲け過ぎではないか」と。それと同時に補助金もなくなり、結果的に病院の約6割が赤字に転落するという状況になったのです。
さすがに問題だということで、令和6年度(2024年度)の診療報酬改定が行われたのですが、実はその裏には、コロナ関連の補助金の存在も影響していたところがあります。コロナ患者を受け入れていた病院などは、病床確保料をはじめとする補助金のおかげで、令和4年度(2022年度)は補助金を含めれば黒字でも、除くと大幅な赤字に転落するところが少なくなかったんです。統計上は、補助金の分だけ「利益が出ている」ように見えていたわけですね。
それもあって、令和6年度(2024年度)改定では本体部分(主に医師や看護師などの医療従事者による診察や手術、処置、検査などの技術料にあたる部分の報酬)こそ0.88%のプラスにはなったのですが、薬価の引き下げなども含めた全体の改定率でみると、実質的にはマイナス改定だったんです。ですから、現場の実感としては「焼け石に水」でした。
しかもそのころにはコロナ関連の補助金もすでに縮小・終了していましたから、この改定の後になって、経常赤字の病院の割合がかえって6割超まで拡大してしまったという調査結果も出ています。
さすがにこれはまずいということで、令和8年度(2026年度)の診療報酬改定では、本体の改定率が2年度平均でプラス3.09%、薬価などを含めたネットの改定率(前述の「診療報酬本体」の改定率と、薬の公定価格である薬価や材料価格の改定率を合わせた全体の変動率)もプラス2.22%と、かなり思い切った引き上げになりました。全体でのプラス改定は12年ぶり、本体の3%台の伸びは30年ぶりということですから、それだけ状況が深刻だったということでもあると思います。
ただし、この3.09%は令和8年度・9年度(2026年度・2027年度)の2年間で段階的に適用される数字で、初年度の令和8年度(2026年度)は2.41%、翌年度の令和9年度(2027年度)が3.77%という形になっています。施行時期も、薬価が令和8年(2026年)4月1日、本体が同年6月1日と分かれているので、実務上も注意が必要ですね。
とはいえ、これで一気に経営が楽になったかというと、そう単純な話でもありません。物価高や人件費の上昇はいまも続いていますから、経営的な厳しさは依然として続いているというのが現状だと思います。
追い打ちをかける物価高、人件費のアップ
――大きな病院が廃業に追い込まれたと、いった話も時折耳にします。
岸川 ここにきて経営を圧迫しているのが、ご多分に漏れず水道光熱費などをはじめとする物価高です。診療報酬という収入の頭が抑えられている中で、インフレが進むのは痛手です。
さらに、人件費の引き上げ圧力が強くなっているのも、頭の痛いところ。人手不足の中、これも業種を問わず全体的な傾向ではあるのですが、特に医療業界では、労働環境の厳しい看護師さんなどの待遇改善が叫ばれています。実際、医療従事者には、「拘束時間が長く、夜勤などもあるのにこの給料ではやっていけない」と、離職・転職する例も少なくありません。
――人材確保のためにも、ある程度のコストアップを覚悟しなくてはならない。
岸川 個人のクリニックなどに比べ、一定規模の病院には、特有の難しさもあります。医療法や、診療報酬の施設基準では、医療機関に対してさまざまな基準を設けているんですね。例えば、医療機関の機能などに従って、入院患者何人に対して看護職員を1人配置しなくてはならない、といった決まりです。それをクリアできないと、診療報酬を下げられたりすることもあるので、なおさら人件費を抑えるわけにはいかないのです。
別の観点から付け加えると、多くの病院ができてから40~50年経ち、建物の建て替えの時期を迎えています。ところが、建築費も高騰しているために、その原資の捻出が難しい。そうしたことも、医療機関が経営に行き詰まる1つの原因にはなっています。
もう一つ、地味に効いてくるのが、消費税の負担です。社会保険診療は消費税が非課税なので、患者さんから消費税をいただくことはできません。ところが、医療機関が医薬品や医療機器、建物の建築費などを仕入れる際には消費税を払っているので、その分を控除できずに医療機関がかぶることになるんです。いわゆる「控除対象外消費税」、業界では「損税」と呼んだりしますが、これも地味に経営を圧迫する要因の一つですね。
税務上注意したい「期ずれ」
――医療業界の置かれている現状についてお話しいただきました。ここからは、税務をはじめとした個々の経営課題について、うかがっていきたいと思います。長くこの分野に携わってきた先生からみて、医療機関の経営者が特に気をつけるべき税務上の問題には、どのようなものがありますか?

岸川 そうですね。自分のほかは看護師さんと職員さんで運営されているようなクリニックの場合、昔に比べるとだいぶ少なくはなりましたが、経営者の「公私混同」がみられるケースがあります。個人経営の院長はもとより、医療法人の理事長の場合にも、「私のクリニックだから」という感覚で、事業とプライベートの財布の区別が曖昧になってしまうわけですね。
これも普通の個人事業主や中小企業の社長と共通する問題ではありますが、比較的所得の高い医業の経営者は、税務署の見る目も厳しくなりがちです。プライベートの支出を経費計上するような行為は、慎むべきでしょう。
また、税務調査で指摘されやすいものに、「期ずれ」の問題があります。
――具体的に、どのような点が指摘されるのでしょうか?
岸川 もっとも多いのは、3月診療分の扱いですね。診療報酬は、実際に入金されるのが2か月ほど後になるので、3月に行った診療の対価も、実際の入金は4~5月になります。ただ、税務上は発生主義ですから、この未収分もきちんと3月末の収入として計上しなければなりません。決算をまたぐタイミングなので、税務調査でも必ずといっていいほど確認されるポイントですね。
少し毛色の違うパターンとしては、請求漏れからくる期ずれもあります。医療機関が保険診療を行った場合、処置の内容や使用した薬剤などを記載した診療報酬明細書(レセプト)を審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会)に送り、医療費を請求します。この際、内容の不備などで差し戻されたり(返戻)、一部が認められず減額されたりする(査定)こともありますし、そもそも請求自体を忘れてしまう「請求漏れ」が起きることもあるわけです。こうした分はあとから再請求することになりますが、その再請求分も、実際に診療が終わった時点の収入として計上しないといけません。この処理を誤った結果、期ずれが起こることもあるのです。診療報酬の請求の仕組みなどをわかっていないと、税理士でも見逃してしまうことがあるのですが。
期ずれは、自由診療でも問題になるケースがあります。例えば、歯科のインプラントや矯正で、治療の開始時に対価をまとめて受け取るケースでも、収入の計上時期は契約の内容や実際の役務提供の状況に応じて判断する必要があります。例えば、一定の役務を提供した時点で全額を請求・受領する契約ならその時点で全額を計上し、期間の経過や診療の進展に応じて請求・受領する契約なら、それに応じて計上していくことになります。患者ごとに恣意的に処理を変えるのではなく、契約の実態に即して処理することが大切です。
あと時々話題になるのは、棚卸資産の扱いですね。薬剤など医療に直接関係あるものはきちんと管理されていても、診察券やパンフレットなど毎年おおむね一定数量を消費するものは、貯蔵品として計上すべきかどうかの判断が曖昧になっているケースがあります。金額が大きい場合や、まとめ買いをした年は、一度確認してみるとよいと思います。
――医療業界特有の注意点があるわけですね。
「後編」では、医業の経営者として考えるべきことなどについて、引き続きお話をうかがいます。
注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。
代表は、大手医薬品商社での営業を経て、複数の会計事務所で20年以上にわたり医業分野の実務経験を積み、令和6年(2024年)に独立開業。医療法人やクリニックなど、医業・介護分野の支援に大きな強みを持つ。
お客さまへの「最適解」の提供を信条としており、税務申告のみならず、DXを活用して効率化を図りながら中小企業・個人事業主の経営を支援する。
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