税理士コラム | 税理士紹介25年、税理士紹介のパイオニア「税理士紹介センタービスカス」

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税理士コラム

吉田信康税理士事務所ブログ

生き方(稲盛和夫) その2
2010.03.31

稲盛さんは昭和34年に若干27歳で京セラを設立します。
そしてその後わずか10年で上場企業に育て上げます。
今と違って新興市場のない当時としては、
このスピードはすごいですね。
そのノウハウをぜひ知りたいと思いませんか。
ベンチャー企業という言葉がまだなかった時代です。
まさに「元祖ベンチャー」を創設された方です。

その後昭和59年に、第二電電(KDDI)も設立し、NTTに対峙する
巨大通信会社も育て上げました。
これでもし今回JALを再浮上させたら、間違いなく松下幸之助氏と
並び称される「経営の神様」になるのでしょうね。

ではその経営の極意とは何か?
それはぜひこの本を読んでいただきたいのですが、
今までご紹介してきた経営者本とはかなり趣が異なります。
人間本来の生き方から、問い正しているのです。
では「人生の目的は何か」、そんなところから始まっているのです。

これは先日ご紹介した香山リカさんの「しがみつかない生き方」が言う
「人生の目的なんか考えない方がいい
人はパンのために働くと考えた方がいい」
というのとは違いますね。
もうそれだけでノイローゼになってしまう方も
出てくるかもしれませんが、
稲盛さんは、「人生の目的は心を高めること、魂を磨くこと」
だと言われているのです・・・。
少し難しいですか。

こういうと怒られてしまうかもしれませんが、多少宗教的です。
それもそのはず、稲盛さんは65歳の時に、得徳をされ仏門に
入られているのですね。
その影響からか、かなり宗教的な、それこそカルト的な要素も
散りばめらています。
まさに「稲盛教」ではないかとさえ思います。

でも中国の古典の数々の例示など、その博識に驚きます。
また、こういうすばらしい経営者の方がいらっしゃったのかとも
感動さえします。


売上が伸びない、資金繰りに困っている・・・
悩み多き現代の多くの経営者の方々に、
「稲盛教」に入信されることをお勧めしておきます。



生き方(稲盛和夫) その1
2010.03.30

忙しければ忙しいほど、何故か本をまた読みたくなりますね。
3月15日まで目一杯だったので、終わったトタンあれこれ本を
また買い込んでしまいました。
それで書評ネタがもう溜まってきました・・・。
まず、今年1番の注目の方。稲盛さんです。

生き方.jpg

以前「アメーバ経営」という名著を取り上げましたが、
最近稲盛本を、やたら日経などで広告していますね。
皆全国の人々は
「JALはどうなるのだろう?稲盛さんはどうするのだろう?」
と期待と好奇心の目で見ているのでしょうね。

国家的損失を食い止めるには、この「稲盛イズム」が必要なのでしょう。
実は日経の広告に釣られて買ってしまったのが
似たような題名の「働き方」だったのです。
これは薄いし、ページも少ないのですぐ読めてしまいます。
出版社の「売らんかなの・JAL戦略」にまんまとひっかけられて
しまいました。
その際に、ついでに買ったのがこの本です。
この「働き方」の原書!です。
こちらの方が、稲盛イズムを正確に伝えているすばらしい本です。

何度も再販されてご存知の方も多いと思いますが、
これは名著ですね。
世界各国で翻訳されて70万部も売れている理由が分かります。

「JALをどうしていくか?」
とのマスコミの質問に対して、
アメーバ経営を実践していくのかと私も思っていましたが、
違うのでしょうね。

この本を読んでみてよく分かります。
「企業はただ儲ければいいという発想ではいけない。
原理原則を追求すること・・・」

いろいろ学びます。
稲盛さんは実にシンプルな発想です。しかも分かりやすい。
私はいままでいろいろな本を取り上げていましたが、
こういう本に出会うために、こういうブログを書き続けてきたのです。

これからの企業経営者に必携の本です。
私も迷った時、稲盛さんだったらどう考えたろう?と
繰り返しこの本を読むでしょう。もうすでに3回も読みかえしてしまいました。
この春の一押しです・・・。


湯河原温泉オレンジマラソン
2010.03.29

確定申告と「渾身の」ブログで疲れた身体を癒しに
湯河原へ行ってきました。
ただ日帰り温泉だけでは物足りないので、思い切って10キロのマラソンに
エントリーしていました。

町興しの一貫なのでしょうか。町長自らが実行委員長となって、
町民総出で大会を盛り上げていましたし、今年は記念大会らしく日大の監督と
花の二区を走ったダニエル選手も招待されていましたね。

さて肝心のマラソンのほうなのですが、
正直タイムは最初から期待していませんでした。
確定申告で練習不足だったのと、この湯河原マラソンの厳しさは
ネットで知っていました。(最初から言い訳・・・)
湯河原マラソンは名前の通り温泉街を走るのですが、
あそこは、そんなに何キロもある大きな温泉街ではないですよね。
それで「無理して作った」マラソンコースで、裏山を大きく回ってくる
周回コースなのです。
それでスタートして3キロくらいはきつい登りになります。
これは参りましたね。
最初の2キロでもう15分もかかってしまった。
ヘロヘロになりながら山を登りきると今度は長い下りになります。
ここでスピードに乗るとよいタイムが出るらしいのですが
登りでもう膝がガクガク。

5キロのラップが34分でした。
「これは60分切れない・・・」
ちょっとガッカリしました。
でも気持ちの良い緩やかな坂を楽しんで走りました。
咲き始めの桜と、温泉街の人たちの暖かい応援も良かったですね。

終わってから、お待ちかねの温泉。
温泉のあとはもちろん、ビール。
至福の時です。
マラソンのこういう楽しみもあるのですね。
完走できたし、タイムなんてどうでもいいではないですか。(また言い訳)

ただ休日でも、さびしげな温泉街の様子が少し気になりましたが、
温泉街も生き残りをかけた「町興しイベント」なのでしょう。
温泉は無料で、冠大会らしく、オレンジも振舞われていたし、
湯河原名物(なのかな?)タンタンやきそばも旨かった。

これだけ楽しんで東京に帰ってきてもまだ昼過ぎです。
これは休日の新しい楽しみ方ですね。

さあ!いよいよ来週はハーフマラソン・デビューです。
桜満開の中を楽しんで走ろうと思っています。
本当に楽しみです。
今度はタイムを「ほんの少しだけ」ご期待ください!



私の独立開業日記 その17
2010.03.26

業界の禁じ手

多分同業者が一番知りたいお話をしましょう。
一般の事業では、独立開業で多いケースは、自分の担当したお客さんに
声をかけて独立後自分のお客さんにする場合ですね。
実際に、建設業や広告代理業、美容室などで
多くそういうケースの開業のご相談を受けてきました。
一番手っ取り早い独立法でしょう。
こういう業界ではいわゆる「仁義なき戦い」が実際にはあります。

でもこの税理士の業界では、その基本法典である「税理士法」により
それが禁じられているのです。通常の業界がうらやましい限りです・・・。

今だからいえるお話をしましょうか。
実は前の担当先にも一応挨拶状を出してあったので、
何人から電話が掛かってきました。「どうして辞めたの?」と。
でも優等生的な会話で、
「自分の身勝手を許してください。今まで通り先生をよろしくお願いします。」
と言って電話を切りました。
本当は頭を下げてもついて来て欲しい。そう心の中では叫んでいたのです。
これは本心でした。
この税理士法というありがたい法律により、顧客の奪い合いは好ましくないと
されているのです。
それどころか、独立して顧問先を何件か取っていったことで
問題になったという話をよく聞きます。
何より、こちらは税理士の登録申請中の身です。
そんなことで問題を起こして税理士になれなかったら、
それこそ単なる失業者になってしまいます・・・。


一番親しくつき合いも長かった担当先の社長が、
この苦しかった開業2ヶ月目に、突然様子を見に来ました。
正直これは当方に乗り換える腹かと内心期待していました。
食事をしながら、その社長はこう言いました。
その時の言葉が忘れられません。

「確かにキミの能力や仕事ぶりは買っている。是非キミについて行きたい。
しかし本音を言えば、キミが駆け出しの税理士であることはやはり不安だ。
1年後やはりダメでしたと急に廃業されても困るし、
あと、やはり今の先生のことが気になる。
強引にキミに変えて何か問題でもなればもっと困るし・・・。」

このときばかりは、少なからずショックでしたけど、
今こうして思ってみると、そういう本音をいってくれる方がいて
よかったのだと思います。
安易な方法で客を作ろうとしないこと。
これは強い税理士を育てる最低限のルールなのだと思います。

開業2ヶ月目。ついに売上はゼロでした。後にも先にももちろんありません。
飲食店で言う「おけら」です。

でもそれが自分の「原点」だと思っています。
その経験があるから今がある。本当に思います。


(渾身の独立開業日記 まだまだつづく・・・)


私の独立開業日記 その16
2010.03.25

借金の誘惑


ここで本当に失敗をしてしまったのです。
借金をしてしまった・・・。
これがなぜ失敗かお分かりになるでしょうか。
これから独立開業する方、また売上に苦しんで借金をしようとする方の
ために、あえて申し上げる「大事なネタ」です。
売上に苦しんだ私は、思わず税理士会に駆け込んで、無担保で借りられる
100万円の融資を申し込んでしまったのです。
当時は本当に軽い気持ちでした。「一応借りておこうか」くらいの・・・。
しかも「先月100万円の売上があったくらいだからいつでも返せるさ・・・。」
そう思っていましたが、これは経営上の大失敗だったのです。


私も税理士事務所開業以来、多くの方々から借金のご相談を受けました。
こういうことを正直に告白するのも、日本全国の税理士で私だけでしょうか。
でもこんな実体験をしたからこそ説得力があるとさえ思っております・・・。


「レバレッジ経営」という言葉をご存知でしょうか。
経営学のイロハのイ。
最近では本田直之さんの著書で有名なお話ですね。
レバレッジとは「テコ」のことです。
例えば、50万円の仕入で100万円の売上があったとしますね。
まさに私と同じです。
50万円の開業資金で開業月に100万円の売上があった。
差し引き50万円の利益です。
ということはもっと利益を出すには100万円仕入れて200万円売れば
今度は100万円の利益が出る。
誰しも経営者は気がつきますね。
でもその時、肝心な100万円の仕入代金がなかった・・・。
その100万円を借りることができればもっと利益が出せる。
つまり、借金という「テコ」を使って利益を拡大しようという経営学です。
なんとなくお分かりでしょう。

では私のとった行動は何が間違っていたのか。
売上の見込みがまだ立っていないのに借りてしまったことです。
この違いお分かりになりますか。
現在では過小資本で会社が設立できる時代です。
多くの起業開業される方が陥るジレンマです。

利益を生む借金かそうでないか、実は借りる人が一番分かっているのです。
赤字の補填や生活費のためには絶対に借金はしてはならないのです。
もっと分かりやすく言えば、「生きた借金」と「死んだ借金」の違いです。
私は利益がつまり生活費が欲しいから借りてしまったのですね。

今なら私はこういうでしょうね。
私の熱心なブログファンならすぐ思いつくでしょう!?
あのスズキ自動車の会長さんの「売上と利益の違いを力説される」
大事なお言葉です。

「儲けがないなら水でも飲んでおけ!」


私の独立開業日記 その15
2010.03.24

天国から地獄へ

・・・またまた、ショッキングなタイトルになってしまいましたね。
どうも「上げといてすぐ下げる」という私のブログの悪いところが
始まってしまいました・・。

でもこれ正直に書いているのですね。
独立開業の際に、これも私がよくいう言葉なのですが

「半値、八掛け、二割引の法則」

独立開業は自分の思っているようにいかないものです。
自分の思っている売上の半分に。それから八掛けに。
さらに追い討ちを掛けるようにさらに二割引に・・・。

それをあえて実体験を踏まえて申し上げているのです。
こんなことを力説する税理士は日本全国で私だけでしょうかね。
だいたいハッタリの多い税理士ばかりですからね。(内緒)
独立開業をされる方のために、正直に本音で書いているのです・・・。


本当に、それから思いもしなかった「地獄」が始まりました。
あれだけ開業通知を送りつけ、駆けずり回って名刺をばら撒いたのだから、
すぐお客さんはできると、まだまだ自惚れていました。
ところで税理士の仕事は毎年3月15日で終わるわけではないのですね。
ご存知でしたか!?
会社の決算など毎月お仕事をいただかないと、やはり生計的には
苦しいのです。
そういう会社の顧問契約を締結することが何より先決でした。

「顧問契約の締結なんて証券会社の営業に比べたら簡単さ・・・」
多分そう思っていたのでしょう。
しかし、なかなかお客さんはできないのです。
これは根本的なことを間違っていたようです。
税理士とお客さんとの関係は、ものを売っているお店とお客さんとの関係とは
やはり違うのです。
それと税理士の顧問契約をすぐ明日から切り替えるというものできない・・・。

さらに追い討ちをかけるように、また「税理士法」という厚い壁が
またここでも立ちはだかりました。
他の税理士が顧問契約を締結しているお客さんを
勝手に取ってはいけないのです。これはご法度なのです・・・。
本当にあの時にビスカスがあったら・・。

駆けずり回ってもなかなか成果が出ません。
開業二ヶ月目。本当にあせり出していました。
ここでついに私は「大失敗」をやってしまいました。

これは先ほど申し上げたように、これから独立開業をしようとする人たちの
ために正直に書いてみましょう・・・。



私の独立開業日記 その14
2010.03.23

開業の至福の瞬間

初めて申告書にサインしたときも感動しましたが、
初めて請求書を書いた時もうれしかったですね。
会計事務所職員時代も含めて、請求書を書くことがあっても
当然ですが、それはすべて会社の口座に入金されるのですね。
独立開業したら、それはすべて自分の口座に入るのです。
開業すれば、やればやった分、努力すればその分すべてが
自分の収入になります。
これも感動的でした。

独立開業の理由で一番多いのは
「会社に対してこれだけ貢献しているのに、給料が少ない・・・」
これでしょうね。
この不況期さらに増えているのでしょう。


ここで今だからいえるお話を公開しましょう。
結局開業の月の平成10年3月の売上は、
なんと100万円もありました。

努力の成果なのですが、個人確定申告を何軒かご紹介いただきましたし
やはり先輩の事務所でお手伝いさせていただいたのが
大きかったのでしょう。
「登録前に税理士業務をこっそりやっていたのでは?」
と疑られては困りますが、本当に必死に稼いだのでした。
この金額は多いか少ないかは、それぞれ受け取り方は違うでしょうけど
会計事務所の職員という「薄給の身分」からは破格の金額でした・・・。

それで自分自身へのご褒美ということと、何より応援してくれた家族に
感謝するために、確定申告後の月末に、レンタカーを借りて
1泊の温泉旅行に行きました。
本当に久しぶりの家族旅行でした。
はしゃいでいる子供達の笑顔がうれしかったのですが、
何より自分自身も幸せを感じる旅行でした。
夜に露天風呂につかりながら、こう思いました。

「一月に100万円の売上か・・。
このペースなら年間で1000万円は楽にいくだろう。
開業とはいいものだ。税理士になって本当に良かった・・・。」

まさに天国にでも行ったような、「至福の瞬間」でした。
ただ、これから始まる「地獄」をまったく思ってもいませんでした・・・。


私の独立開業日記 その13
2010.03.19

初めての税理士業務

もう3月15日まで無我夢中で働きました。
出来上がった申告書に初めてサインをした時は、今だから言えるお話ですが
本当に手が震えました。
「これが税理士としての責任の重さか!」
そう実感しました。

あれから12年経って、申告書にサインするとき、
それほど緊張しなくなりました。
もう何百枚、何千枚とサインしてきたからでしょうか。

お医者さんが初めてオペ(手術)をするとき、きっと手が震えるのでしょうね。
初めて人の身体にメスをいれるとき多分緊張するはずです。
でもやはり、そのうちに何とも思わなくなるのでしょうね。
羊羹を切るのと同じように・・・(変な例えですいません)
しかしそれが最もお医者さんらしい瞬間でもあるはずです。
医者としての誇りを感じる瞬間ではないかとさえ思います。

私もこの12年間で、多くのお客さんの申告書にサインをしてきました。
これ私の方針なのですが、ゴム印なんか使わずに必ず肉筆で
キチンとサインしています。
それが私の、つまり税理士としての大事な仕事だと思っているからです。
初めてサインをした時と同じように、
税理士業務をしている喜びを感じる時でもあります。

サインをしながら必ずこう思います。
「この申告書が問題なく通りますように・・・」
本当に祈ります。
それから自分の大切にしている大振りなハンコを
丁寧に押すことにしています。
開業以来使っている大事なハンコで・・・。


こういうこと書くと、今税務署がやたら勧めている「電子申告」という制度を
反対しているみたいですね。
今や電子署名でハンコがいらなくなってきていますからね。
実は私も自分の申告書は必ず電子申告しています。
ですから別に電子申告ができない訳ではないのです。
でもどうもあれから12年間、自分のハンコを押すことに
自分の税理士としての喜びを感じているからでしょう。

といって国税庁や税理士会に反論している訳ではありません。
電子申告した方ならお分かりですね。
電子申告での署名も送信もあっとい間ですからね。

つまり
「この申告書が通りますように・・・」
と祈る私にとっての至福な時間があまりに短いからなのです・・・。


私の独立開業日記 その12
2010.03.18

開業初日

さあ!やる気マンマンの私は9時ちょうどに中野税務署に
乗り込みました。総務課に行って開業届を出しながら
「今日から開業する吉田です!!
よろしくお願いいたします!!」
大声を出したら、総務課全員が目を丸くしていました・・・。
その足で税理士会へもあいさつ回り。
もうそれから走り回りました。
どこへ行っても
「今日から開業です。まっさきに社長のところへ挨拶に来ました。」と。

そんな風に、挨拶状を送りつけた今後可能性のある先を、
アポイントも取らず、いきなり回っていきました。
どうやったら効率よく挨拶回りできるか、前の日から考えていました。
開業初日に名刺一箱100枚配りきった税理士は
多分ギネスもの?でしょう。

しかし、3日も経つともう行くところもありません。

ここで自論の「3日3月1年の法則」
3日目で気づくことも多いものなのですね。
例えば飲食店を開業した人は、1日目はオープンの日で
知人や親戚など訪れる人も多いでしょう。
オープニングセールにつられて来店客も多いでしょう。
そのオープニングセールが終わった3日目からがやはり勝負なのです。

私の方はと言うと、あれだけ開業通知も送ったし、必死のあいさつ回りを
したので多少仕事の依頼の電話がくるかと実は期待していました。
でも1本の電話もない・・・。

正直期待していただけにガッカリしました。「こんなものか・・・」と
でも、その日の夕方に電話がありました。
「開業したばかりで忙しいだろうけど確定申告手伝ってくれないか」

ここで、あの「開設準備室の名刺」が生きました。
簿記学校の合格祝賀会で顔見知り程度の合格者に、思い切って
声をかけて名刺を渡していたのでした。

その翌日に彼の勤務している会計事務所に行くと、
もう仕事がいくらでもあります。
実は税理士会の講師をやるくらいの有名な先生で、確定申告時期は
ほんとうに「猫の手も、新米税理士の手も借りたい」くらいの忙しさです。

私自身仕事どころか、もう行くところさえもないのです。
毎日のように押しかけてお手伝いをしました。
これは正直ありがたかったですね。
これこそ、「独立は協立」なのです。
その後に聞いたお話ですが、その先生は開業したばかりの先生に
声を良くかけるそうです。
きっとご自身もそんな体験をお持ちなのでしょう。
でも本当に感謝しました。それから5年程、先生が特に忙しい確定申告時に
御礼の意味もあってお手伝いさせていただきました。

また相前後して、知り合いの弁護士から数件ご紹介もいただきました。
一生懸命やっていれば、協力してくれる方が必ず現れます。

独立は「独り」だけではできない。本当にそう思います。


私の独立開業日記 その11
2010.03.17

ついに税理士登録

平成10年2月末。ついに税理士として登録が認められました。
税理士会の証標交付式に出席して、ようやく税理士バッチをもらえることが
できたわけです。
そのバッチをもらえたことも感動したのですが、
実はバッチよりもっと感動したのは名刺でした。
刷り上った名刺に、「税理士」という肩書きを見て震えたのを覚えています。
実はこれです。

名刺0003.JPG

「インパクトのある名刺にしよう!」
そう思ってあえて写真付きにしました。今より若々しいですね・・・。
これなら顔を覚えてくれますからね。
今思えば「コピー機のセールスマン」みたいな感じもしますが
当時は写真付きの名刺が少なかったせいで、結構インパクトがあったのでは
ないかと思っています。

さあ、これで開業準備は整いました。いよいよ開業です。
例の開業通知を大量に送りつけて、開業の日3月1日を迎えることになります・・・。

・・・なかなか開業しなくてすいません。このお話もずいぶん引っ張りましたね。
実は「税理士試験こうすれば合格する」で書いていた内容とかなり違ってきました。
時がたつといろいろ思うこともあるのですね・・・。

これから独立開業のお話をようやくスタートさせますが
よくお客さんに申し上げる「開業成功のポイント」は2つあります。
「3日3月1年の法則」と「独立は協立」です。


「3日3月1年の法則」は熱心な私のブログファンなら?もうお分かりですね。
脱サラの法則である「3日3月3年の法則」とかなり近いですね。
でも脱サラより、短く1年としました。やはり開業して1年までがポイントだと
思っています。

「独立は協立」とは独立とは「独り」で立つのではなく、
「協力してくれる人と立つ」ということです。
これも何となくお分かりでしょう。
ビジネスの成功は独りの力では勝ち得ない。家族の協力であったり、
得意先など周りの協力が大事ということです。

この2つの観点から、私の独立開業の実体験をライブで(生で)
お楽しみください・・・。


私の独立開業日記 その10 
2010.03.16

開業通知大作戦

年賀状大作戦に思いのほか反応があったので、
これは開業通知ならもっと効果が出るのではないか
そう気がつきました。
どこかで聞いた話なのですが、開業通知は多少「派手にやっても」
文句は言われないそうです。
よく同じ高校の出身だとか言って弁護士あたりから開業通知を
もらったことはありませんか。

「千枚くらい書いてやるか」
そうは思ってもそれほど書くあて先もありません。
むやみやたらに送りつけたらそれこそ広告になってしまうでしょう。

それで母校の同窓生に送ろうと、まず高校の同窓会を訪ねました。
現在では「個人情報保護法」があるので、公表された名簿は
存在しないですね。
それこそ名簿そのものを作らない風潮にもなってきています。

でも12年前では、名簿も売っていました。
親切なことに、同窓会の出入りの印刷業者におカネを出せば
「ラベル」まで買えたのです。
それで「卒業生全員に送りつけようか」そうは思いましたが、
一応創立100周年を越える歴史のある高校です。
そんなことをしたらラベル代も馬鹿になりません。
結局、予算的なお話で同級生と恩師に紹介していただいた方々で
合計300人くらいのラベルを購入しました。
今でも同窓会で旧友に会うと「吉田から開業通知をもらった・・」と
冷やかされるお話です・・・。

でもこれなら、早稲田大学に行ったらもっと大量の名簿が集まるかと
期待して早稲田同窓会の事務局も尋ねました。
実は早稲田同窓に税理士を紹介する制度もあることも
知っていました・・・。
事務局の方の勧めのままに同窓会の会員になり、
(実はその時最初で最後の同窓会費を払いました・・・。)
同窓会の分厚い電話帳みたいな高額な名簿を買わされました・・・。
卒業生が大量に載っている住所録です。
せめて同窓の商学部1000人くらいに開業通知を送りつけようとも
思ったのですが、どうも住所が古くて当てにならないので、
結局その名簿は使わなかったですね・・・。

開業通知は印刷屋に頼まなくて自分で刷りました。
(これも予算的な理由で・・・)
封筒と厚紙は印刷屋を電話帳で調べて、
印刷工場まで行って安く分けてもらいました。
初めて買ったパソコンで事務所の地図を苦労して作ったのを
今でも覚えています。
これはこれで結構勉強になりました。

結局出来上がった開業通知は600枚ほど。
これを送りつければすぐお客さんはできると過信していました・・・。


私の独立開業日記 その9
2010.03.15

夢を喰うバク

独立開業で一番厳しいお話をしましょう。
おカネのことです。
最初から軍資金をたんまり用意して開業する人はまれでしょう。
ご他聞にもれず私もそうでした。
正直に告白しましょう。

開業資金は退職金などで50万円ほど。
でもそれは税理士登録費用とパソコンなど買ったらあっという間に
なくなっていました。

でもそんな状況でも、日本政策金融公庫(昔の国金)に開業資金を
借りようなどとはまったく思っていませんでした。
「開業したらすぐ稼げるさ!」
もう意気込みと自信(自惚れ?)だけは万全でした。

でも、登録開業まではまさに「失業状態」です。
一方ではカネを使わないように努力もしました。
昼飯などは、いつも立ち食いそばです。
中野駅の1番線ホームに「行きつけの」蕎麦屋がありました。
「かけそば」を注文するのには、まさに小説「一杯のかけそば」みたいで、
少しみすぼらしいので、少しグレードを上げて?「天婦羅そば」を
いつも食べていました。
あまりに良く行くので、店のおばさんと顔なじみになって
内緒のお話ですが、「かやくご飯」をサービスしてもらうこともよくありました。
「がんばりなさいよ。行ってらっしゃい。」
別に身の上相談なんか一度もしたことないのに、
いつもそう声をかけてくれました。

たまに、「豪勢に?」都庁や区役所の社員食堂でも昼食を食べました。
ご存知ですか?あそこは一般にも開放されて400円も出せば
定食で腹一杯食べられるのです。
でも開業のことで夢中で、正直昼食なんかどうでもよかった・・・。

でも不思議とひもじいとか思わなかったですね。
自分は「夢を喰うバク」だと思っていました。

「開業したらあれこれしたい・・・。税理士になったらこうしたい・・・」
常に思っていました。
もう夢を見るだけでお腹が一杯なのです。

確かにハングリーだったかもしれませんが、今思えば楽しかったですね。
「貧しかったけど夢があり楽しかった・・・」
なんだか「神田川」の世界ですかね。

一生に一度くらい「バク」になってもいいと思いませんか・・・。


私の独立開業日記 その8
2010.03.12

開設準備室大作戦

厳しい税理士法の規定により、登録前に税理士と名乗れないのは
ご説明したとおりです。
ということは名刺も作れないのですね。
開業前に税理士という名刺を作ったことがバレたら
税理士になれないかもしれないのですね。

これも困りました。
せっかく大量の年賀状を出しておきながら、応援して
いただいている方々に挨拶回りしたい。
それには名刺ぐらいと・・・。
でもそんなことをして、万が一税理士登録ができなくなったら
それこそ本当に失業者になってしまいます・・・。

悩みに悩んだ私はついに決心しました。
もう12年前のことですから時効?でしょう。
正直に告白します。
「開業準備室」という名刺を作りました。
これです。

名刺.JPG

もちろん税理士という肩書きはつけていませんね。
税理士試験合格という肩書き?にしました。
それでも心配性?の私は
「税理士業務は法律により開業後」
とまで付け加えました。

この名刺大事に取ってあります。私の原点ですからね。
こんな名刺をもって開業準備をしている税理士は
その後見ませんね。
私だけでしょうか。
そのうち「税理士記念会館」にでも飾られるでしょうね・・・?

この名刺を持って応援している方々へのあいさつ回りです。
真先に恩師のところへ伺ったのは言うまでもありません。
親しい知人友人には「合格祝いやってくれ」と要求しました。
少し疎遠になっている方にも積極的に会いに行きました。
新年会があると聞きつけると押しかけて
この名刺を配りまくり、この業界への思い、開業の意気込みを
熱く語っていました・・・。


これは税理士開業に限らないお話ではないでしょうか。

「日本一うまい焼き鳥屋 開店準備室」
「カリスマ美容師 開店準備室」

こんな名刺作ってみてはいかがでしょうか・・。


私の独立開業日記 その7
2010.03.11

年賀状大作戦

DMさえ「ご法度」の業界です。
年賀状ならいいだろう。すぐ思いつきました。
つまり広告とは「不特定多数」を相手にするものです。
「特定少数」に対して告知することは「広告ではない」
そう考えました。

ところで、その年賀状というのは昔から私は大事にしています。
脱サラした際に、それまで関わってきた会社関係の知人、友人、先輩
その他すべての人に挨拶状と年賀状を書きました。
8年間しか野村證券に在籍しませんでした、多くの方々に知り合いました。
これはこれ自分の財産だと思っていました。
「今までのお礼とともにまたどこかでまたお世話になるかもしれない」
そう思ったからこそ、すべての方々に礼状を書きました。
300枚くらいは書いたでしょうか。
その後年賀状も出し続けていました。
多くの知人、友人、同僚、先輩達は「税理士試験頑張れ」と
応援してくれていました。

そういった方々にまた改めて、試験合格の報告と
開業予定の連絡をしました。
心から喜んでいただいた方も多かったと思います。

不思議なもので、それまで疎遠だった方々からも
多く返信をもらいました。
「君は合格すると思っていたんだ」
そんなものなのですね・・・。

ところで、そういう自分のビジネス上の知人達を
「ベースマーケット」と呼ぶそうです。
マーケティングの用語なのでしょう。
外資系の保険会社に転職した友人から聞いたフレーズでした。
このベースマーケットというのは独立開業では大事なのですね。
やはり自分の基盤となるマーケットがどれくらいあるかなのですね。


元旦の夜に一本の電話がありました。
なんと20年ぶりの聞き覚えのある高校時代の担任からでした。
「合格よかったね。おめでとう。」
心から喜んでいただいているのが本当に電話から伝わってきました。
実はその先生は脱サラ後、ことあるごとに励ましの手紙を、
送りつづけていただいた、まさに恩師でした。
私も本当に感動して、つい電話口で涙ぐんでいました。

「こういう応援してくれる方々のために頑張ろう」

独立開業は孤独なものです。
でも一方で支えてくれる方々もきっと見つかるはずです・・・。


私の独立開業日記 その6 
2010.03.10

広告規制という厚い壁

税理士法についてご説明するには、必ずこの「広告規制」を
お話しなければなりませんね。
当時、税理士の業界は広告することが一切禁じられていました。
DMどころか看板さえダメなのです。ネオン看板なんか街頭に設置したら
訴えられるくらい!

今でこそ、地下鉄に乗ると「弁護士の広告」や「司法書士の広告」が
やたら目に付きますね。
最近では弁護士法人あたりがよくテレビ広告もするようになりました。
実は税理士以外にも弁護士などこの広告規制が数年前に
撤廃されるようになったのです。

登録するに際に、このあたりも厳しく言われました。
本当なら、開業時に大々的にビラでも配って宣伝したいくらいですからね。
開業しても宣伝ができないというのは、正直参りました。
昔から税理士の業界は「紹介」という媒体が主流だったのでしょうか。
例えば、銀行や取引先などから・・・。
そうなると新参者がなかなか紹介してもらえないですね。

結果的に、大きなネームバリューのある事務所はより大きくなり、
新規参入者はなかなか入り込めない「参入障壁」が確かに存在したのです。
あえてそれが作られていたのではないかとさえ今は思っています。(内緒)

最近こそ、ホームページなんかで積極的に宣伝する事務所が
増えてきましたね。
よく取り上げる(ヨイショする)ビスカスなど「税理士紹介会社」なんて
その当時はなかったのですからね。
実はビスカスもあったらしいのですが、その存在を知らなかったのです。
その当時知っていれば、今頃はもっと大きな事務所になっていたでしょうね。
残念です。(またヨイショ!)

でも10年ほど前はホームページそのものすら
「白い目で」見られるような時代だったと思います。
ホームページは規制をかけるべきだ!という議論も実際にありましたね。
ホームページどころかこの業界に入って、
数十年前に街頭に看板を掲げて宣伝した人の悪口が
いまだに言われるのも聞きました。
なかなか陰湿な業界なのですね・・・(これも内緒)
でも税理士を選ぶ側としたらこの税理士はどういう人なのか
当然ですが知りたいはずですよね。

本当にこの税理士法に「保護された」業界の厚い壁に
ぶち当たったような気がしました。
それで私はどうしたでしょうか。

でもこれから開業する方々に申し上げたいのですが
開業にはいろいろな苦難が待ち受けているのですね。
最初からめげている様では本当に独立なんかしないほうがいいですよ。

やる気マンマンの私は、その壁に完全と立ち向かっていきました・・・。


私の独立開業日記 その5 
2010.03.09

税理士登録申請

今だから言える12年前のお話。

「携帯電話が今後普及して、ノートパソコンもあって
これからは、どこでも仕事ができるようになりますね。
車にパソコンを積んで移動式の税理士事務所に
したいのですが・・・」

真顔で登録の申請の際に質問したことです。
私自身よく税理士法が分かってなかったのでしょう。
窓口の女子職員から厳しく言われました。
「税理士事務所としてキチンと登録してください・・・」

でも独立開業にあたって、結構真面目に考えたことのなのですね。
独立開業する方は、これから売上がどうなるか不安ですね。
それで、昼間に経理など仕事をすることで食い扶持を確保して、
夜や土日に税理士事務所を開業しようと考えたのですね。
「移動式の税理士事務所なんて面白いではないか!」
自分でも良いことを思いついたと、したり顔で窓口で相談したのです。
でもやはり税理士の業界は実に真面目なところなのです。

先日「税理士バーをやろうとする税理士を応援したいですね・・・」
って本音でアップしましたが、どうやら業界的にはかなり問題視されている
ということも聞きました・・・。

今でもそれくらいですから、12年前もちろん厳しいものでした。
神聖な税理士業界において、
「屋台のラーメン屋」のような下品な税理士事務所なんてもちろんダメ!
ということなのでしょうか。
担当者のあきれたような顔をまだ覚えています・・・。

仕方なく自宅で開業することとしました。
でもこのお話も多いご相談ですね。
「開業時からオフィスを構えた方がよいですか?」
もちろんオフィスがあった方がよいに決まっています。
でも切実な資金的な問題が私にも正直ありました。
これは誰でも通る道なのでしょうか。

それより、ここで決定的な「壁」にぶち当たりました。
なんと登録申請してから3ヶ月くらいもかかるそうです。
しかも、その間税理士業務は一切できないのです。
そういう誓約書まで書かせられました・・・。
3ヶ月間自動的に失業するようなものです。
何という厳しい業法でしょうか。

3ヵ月後に寿司屋を開店する板前が
「〇〇法により開業するまで包丁を握ってはダメ」
と言われたようなものです・・・。


私の独立開業日記 その4
2010.03.08

税理士法の壁

ここで税理士に関する業法のことを、少し説明しなければいけませんね。
税理士という職業に関し、「税理士法」という規定が
非常に厳格に定められているのです。
それまで日々に仕事に追われながら、試験合格にまい進して
いたものですから、その合格後のことはまったく考えていなかったのは
前に述べたとおりです。やはりそこに盲点があったのです。

ここで、開業を目指す「Aランク」の方々に、注意喚起を促すために、
私の失敗談をご披露しておきましょう。
開業のために準備期間があったら事前に気がついたのでしょう。

独立開業する際に、その業種業態で法律の縛りを受けることが
多くあります。
そのあたり事前に確認することをお勧めしておきます。
かつて、証券マンだった頃、「証券外務員試験」という資格を
会社から強制的に取らされました。
そこには証券マンとしての規律が定められていました。
これも金融商品取引法改正によって、より厳格になったようです。
またと不動産関係に職種に従事していたころ、「宅地建物取引業」の
試験も取らされました。
これも不動産取引によって善意の第三者がトラブルに
巻き込まれないように、監督官庁のもとに定められた法律でした。
証券ビジネスにしろ、不動産取引にしろ、その業法に則って
仕事をしないと取引そのものが無効になるなど、「消費者保護」や
「善意の第三者」を保護するために、厳格に作られたものでした・・・。

さて、その税理士法なのですが、合格後あわてて勉強し出しましたが
どうもよく分からない法律です。
「納税者の確定申告をする際には、第〇〇条に基く書面を提示し
説明しないさい。」
「納税者から相続税の申告を受任した際には、第〇〇条に
規定する〇〇をしなさい。」
というような納税者保護については具体的には何も規定がないのですね。

他の業界から飛び込んできた者にとっては
まったく異質の法律に思えました。
「何だこの法律は?」
本当に思いました・・・。
納税者保護というのではなく、税理士という職種を「保護」するため、
規制で縛り上げるような法律です。(ちょっと言いすぎかな・・内密に・・)

その点、コンサルタントという職業がありますね。
その業種の方から顧問の依頼を受けることが多いのですが、
コンサルタントとは何の法律に縛られなく自由にやれることが
いつもうらやましく思えます・・・。


私の独立開業日記 その3
2010.03.05

独立の落とし穴

やる気マンマンのAランクの独立でした。
本当に怖いものがありませんでした。
でもここでも非常に重要な落とし穴が待っていたのです。
独立開業を目指す、特に「Aランク」の方のために
ご説明しておきましょう。

その5年前、野村証券を退職し、まさにゼロから勉強をスタートし、
その後会計事務所に勤めながら、
本当に悪戦苦闘の末ようやく手に入れた合格でした。
小さな個人事務所に2人も先生を置いておく余裕はないということを
悟るのにそう時間はかかりませんでした。
「こういう業界なのか。でもまたゼロからスタートすればいいさ。」
もともと独立志向が強かったこともあり、結局文句もいわず
退職することにしました。

「税理士になるために、今までこんなに努力してきたのだ。」
独立開業することに不思議と不安はありませんでした。
「バラ色の人生の扉をついに自ら開け放ったのだ。」
その時は合格の喜びからか、まさに有頂天で自分に取って
怖いものは無かったのかもしれません。

「客はいなくても看板掲げて、いい背広を着て事務所で座っていれば
客は自然に来る。」

そういう話を以前聞いたことがありました。
それは税理士の絶対数が少なく景気のよい頃の昔話かもしれません。
しかし自分でもその時本当にそう考えていたのでしょう。
証券会社に8年もいたせいで、営業で鍛えられた経験から、
顧客開拓に自惚れに近い自信がありましたし、
勤務先の先生より顧客にもっとうまく立ち回れる自信もありました。
何よりも最近の税法や会計学の知識なら負けるはずがない。
長く税理士試験勉強した人なら、皆きっとそう思うでしょう。

しかも当時の事務所の「アナログ・スタイル」に疑問も持っていて
「これからはパソコン中心の新時代が来る」
そんな予感もありました。
「必ずうまくやれる。」
そう信じていました。

しかし、その自惚れが後で予想もしなかった目に
会わされることとなりました・・・。


私の独立開業日記 その2 
2010.03.04

独立のモチベーション

いきなりショッキングなお話からスタートしてしまいましたかね。
でも独立のこのモチベーション(動機)は本当に重要なのですね。
それを分かっていただくためにあえて自分の経験談を
最初にご披露したまでです。
決して特定の人物や業界を批判している訳ではありません。
その独立のモチベーションについて「脱サラ評論家」として、
詳しくご説明してみましょうか。

私のように止むに止まれず独立した人。それこそリストラにでもあい
仕方なく独立した人も含まれるでしょう。
私なんかもこの業界でいわれる「官報リストラ」ですからね。
この最近の不況期、独立のご相談で多いタイプでもあります。
これをAランクの独立モチベーションとしましょうか。

このランクに所属する人は本当にやる気マンマンです。
「コンちくしょう!今に見ていろ!」という気概もあります。
こういう方々はお会いすると目の輝きが違います。

それと最近これも多いのですが、1、2年後独立しようと会社を
先に、しかも多くの場合が会社に内緒で作っておく方です。
今資本金1円でも簡単に会社が作れますからね。
これをCランクの独立モチベーションとしましょう。

となると多くの方がその中間のBランクとなります。
たいていは会社を退社後、数ヶ月間失業保険で食いつなぎながら
独立起業を夢見る方々です。
ここで失業保険のお話は法的に問題があるとご指摘を受けるでしょうか。
でもそういう方々の気持ちよく分かります。
よくあるご相談でもあります。
ただブログなんかでその問題をアップするのは控えておきましょうか・・・。

とだいたい3パターンに分類されるのですね。
お分かりの通り、ランクが上がるほど成功の度合いが高くなります。
やはりモチベーションは重要だと申し上げる次第です。


でも、これにも当てはまらない「潜在的な脱サラ予備軍」Dランクの方々も、
実は多いのですね。
こういう予備軍からのご相談もあります。
そういう方々は、現在はサラリーマンとしてそこそこの収入もあり、
キチンと仕事をされている方です。
でもなぜか現状に満足できなくて、勝間本やドラッガーを
読み漁っているような方々です。
こういう方々からご相談を受けると私は大抵は独立に反対します。
何故でしょうか。

脱サラや独立はあくまでも自分の意志でやるものだからです。
人から勧められたりアドバイスで決めるものでもないと思うのです。
漠然と「会社辞めたい」という現実逃避とは違うのです。
甘い考えの脱サラはあとで必ず後悔します。
よく聞く言葉ですが厳しい言葉を最後に送ります。

「自殺と脱サラは自分の意志で決めるもの・・・・」


私の独立開業日記 その1 
2010.03.03

突然の独立

今から12年も前の平成9年12月。
私はようやく税理士試験に合格しました。
長くつらかった受験生時代のお話はそのうち「夢をかなえるゼイ」で
ご披露しようと思っています。

税理士受験生なら誰でもあこがれる官報合格です。その合格を目指して、
受験勉強に必死に取り組む訳ですが、その合格の暁にはどうするかは
意外と考えていないものです。
「合格さえすればバラ色の人生が待っている。」
多くの税理士受験生がそう信じ込んで、ひたすらあの無味乾燥の
計算練習と、つらい理論暗記に取り組むのです。
かく言う私の場合もそうでした・・・。

でもあの時は、官報に自分の名を見つけ、ようやく5年もの苦しい受験生活に
ピリオドを打つことが出来た、もうその喜びだけで一杯でした。

その発表の3日後、まだ合格という美酒に酔いしれていた私に
当時勤務していた会計事務所の先生がこう冷たく言い放ちました。
一生忘れられない言葉です。

「合格したのだからもう一人前だ。今月一杯で辞めてくれないか。」

たったその一言で私の人生は大きく動いたのです。
本当に小さな会計事務所でした。
職員は5名ほど。でも受験勉強しながらも4年間必死になって
仕事しました。
老齢の先生は、勉強している男性職員は私しかいなかったせいか
「早く受かって私を楽にさせてくれ。後は君に任せるからな。」
口癖のように言っていました。
業界の実情を知らない「うぶな」私は、その言葉を信じ込んで、
残業代も出ない薄給で、休日出勤もいとわず人一倍仕事したと思います。

「いきなりそれはないだろう!」
正直に思いました。
今だから言えますが、あの時は若く、まだまだ血気盛んでしたので、
本当に裁判でも起こそうかと思ったくらいです。
しかし今こうして冷静に振返ってみればそれがきっかけで独立できた訳で、
小さな事務所で何でも任され、あらゆることに必死に取りくんだおかげで
貴重な経験も積むことができた・・・
それはそれで良かったのかと今では思えるようになりました・・・。


おかげさまで12年 
2010.03.02

マラソンに熱くなり、オリンピックの宴も終わり、確定申告に忙殺されていたら
あっという間に3月になってしまいましたね。

3月1日は大事な日なのですね。
私の開業の日です。
7月4日がアメリカの独立記念日なら、私の独立記念日は
3月1日なのです。
もうちょうど12年も経ってしまいました。

私の職歴を正直に申し上げると、大学を卒業して野村證券に就職しました。
勤めたのは約8年。
その後、大原簿記学校で勉強し直した後、会計事務所で約4年。
つまり12年ものサラリーマン生活をしてしまいました。
その後税理士として独立開業してから12年ですので、
これで私の人生の大半を税理士として過ごしていくことになります。
これで私の職業は税理士でしたって胸を張っていえるように
なりますかね。

この日に私がよくいう言葉
「初心忘れずべからず」
これは大事な言葉ですね。
あの日があるから今がある。
本当にそう思います。

ここで私の究極のネタをご披露しましょうか。
「私の独立開業日記」

これは実は本にも書いたお話なのですね。
税理士試験こうすれば合格する」」(法学書院)で。
非常に評判でした。
でも12年経った今、もう一度読み返して書き直してみようと思います。
今だから言えること。思いつくこともあると思います。

実はネットでこのネタをアップするとアクセスが殺到するのですね。
アクセスが増えるこの確定申告時期にこれを書くということは
究極の作戦です。
キムヨナが誰でも知っている「007のテーマ」で金を取りにいったのと
同じ戦略なのですね。
私もブログランキングで金を取りに行きましょう!お楽しみに!!


東京マラソンの経済効果
2010.03.01

あいにくの雨と寒さでランナーと応援の方々は可愛そうでしたね。
確定申告に追われて、休日なのにテレビもろくに見れなくて
「やはり当たらなくて良かった。こんな天候で無理して走って
風邪でも引いたらお客様に迷惑をかける・・・」
とエントリーできなかったくやしさで言い訳を一日中していました。

あんな売れないタレントが(失礼!)良いタイムを出したと聞いて
来年こそ!と本当に思いました。
実はすでに「マラソンシューズ」を衝動買いしていました。
徳光アナが「東京マラソンの経済効果は80億円!」と言っていましたが
実際にはもっとあるのではないでしょうか。

初マラソンの方は必ずシューズくらい買っただろうと予想しても
天候が悪いからということで、雨天用のウエアを急に買った人もいるでしょう。
やはりあの写真屋さんもいたようですし、これをビジネスチャンスとして
雨中でも仕事に精を出していた人もきっと多いのでしょう。

これでマラソンに目覚める人もきっといるでしょうし、
私のように「来年こそ!」と思ってシューズを買う人が
実際にいるのですからね。
経済効果は確かにあるのでしょう。

MR760-ST_1.jpg

写真はニューバランスの最新モデルです。
池袋にある専門ショップ(あのキンカ堂の隣)で買いました。
なんと3Dで計測できる器具で足のサイズを測ってもらいました。
バスケットやテニス、野球をやっていましたから何度もスポーツシューズを
買っていましたが、初めての計測体験です。
こういうビジネスも経済効果に一役買っているのでしょう。

自慢ではないですが私の足のサイズはデカイです。
(一応個人情報なので公表しません)
幅広甲高の日本人固有の形状をしています。
本当は、アディダスかナイキの「カッコイイ」シューズを買いたかったのですが
3D計測でかなりの幅広が判明してしまって
私に合うモデルは実はこれしかなかったのです。
価格はなんと1万円以上もします!
東京マラソンの経済効果に私も一役買ったのですね。

東京マラソンに当たっていれば、参加料も1万円かかったのだから・・・。
と自分を納得させ、思い切って買ってみました。
履くと確かに値段の価値はあります。何といっても足にぴったりですし
軽くて本当に早く走れそうです。

来年こそは、このシューズで出場して4時間を切ります・・・
イヤ切りたいです!!


メディア掲載情報
全国の書店にて好評発売中!