税理士コラム | 税理士紹介25年、税理士紹介のパイオニア「税理士紹介センタービスカス」

税理士 紹介ビスカス > 税理士コラム

税理士コラム

吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その22

2010.08.25

脱サラ心理学


営業に戻るということは
またまた営業課長、支店長への出世コースへ戻ることになります。
ただそのときは、「呪縛が解けていて」あまり出世には興味が
なかったのです。
しかも5度目の転勤で正直会社に対して、嫌気も差していました。
人一倍「愛社精神」はあったつもりなのですが、それが「フラレタ」感じでした。

その時点では
「辞めて税理士になろう!」
もうすでに心は決まっていました。

一方で、転職しようなんていうことも、
まったく思わなかったのですね。
とにかく自分の夢のために突き進みたかった。

幸いなことに、蓄えが多少あったのです。
その蓄えで2年間くらいは遊んで?暮らせたかもしれません。
でも、自分の力がいかにないか思い知らされていたので
とにかく「原理原則」の勉強がしたかった。

本当に2年間くらい仕事しないで、大原簿記学校に通いつめて
何としても税理士という夢を実現させたかった。

よく聞かれるご質問なのですが、当時の野村證券の給料は
結構良かったのです。
(ブログでやはりその額はアップできません。)
同世代の倍は働いていたので、本当に倍くらいもらっていたのです。
しかも忙しすぎて使うヒマもなかったし・・・。
確かにカネのためだけなら、辞めないほうが良かったのです。
でも人生カネだけでもないのですね。
一度きりの人生。好きなことをやって行きたいですからね。


ただ、もちろん真先に奥さんに言いました。
「2年間だけ我慢してくれないか? 絶対税理士になるから・・・」

ここで「生活はどうするの?」
なんて反対されたら、多分諦めて新幹線に乗っていたでしょうね。
きっと今頃野村證券のどこかの地方支店で
ウロウロしていたかもしれません。
(多分支店長くらいにはなっていたかも・・・)

でも、思いがけず
「なら辞めたら・・・」
その一言で私の脱サラは決まりました。

それでも不安な私は、そのまま大原簿記学校に向かい、
親しい講師の先生に相談に行きました。
ここでも
「大丈夫ですよ。辞めるくらいの覚悟があれば絶対に受かりますよ・・・」
今思えば、かなり無責任なお答えでした。

残念ながら、その2年後には税理士にはなれなかったのですから・・・。

(いよいよ次回は最終回)


ブログトップページ

最近の記事
カレンダー
カテゴリ
税理士紹介ビスカス
コメント
アーカイブ