親が認知症になる前の相続対策とは?リスクを回避する“4つの対策”を解説

[取材/文責]マネーイズム編集部

厚生労働省の調査(2022年度)によると、65歳以上の高齢者で認知症の人の割合は約12%で、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害の人と合わせると、日本人の3人に1人に認知機能にかかわる症状があるとされています。もはや珍しくない病気である認知症ですが、相続への影響も避けられません。本人が意思能力を失うと、その財産の管理や処分、相続の準備などにさまざまな問題の生じる可能性があるのです。事前準備なしに親が認知症になった場合に起こること、そのリスクを避けるために考えるべき対策について解説します。

親が認知症になって起こる財産に関するリスク

特定の法律行為を理解し、遂行する能力を「意思能力」といいます。認知症と診断されると、その意思能力が欠如しているとみなされて、契約などの法律行為ができなくなる(無効となる)可能性が高まります。

このため、本人の財産に関連する次のようなリスクが発生します。

預金口座が凍結される

預貯金口座の契約者が認知症であることを知ると、金融機関はその人の口座を凍結することがあります。本人の知らないところで、他人が勝手に預金を引き出したりすることを防ぐためです。

いったん口座が凍結されると、後で説明する「任意後見人」「成年後見人」以外は、たとえ親の生活費や介護のための費用であっても、原則として引き出すことはできなくなってしまいます。経済的な負担が増える親族にとっては、大問題といえるでしょう。

金融機関に認知症を知らせずに、親のキャッシュカードを使用して現金を引き出すのも、本来はNG行為です。相続の際、引き出したお金の使途などをめぐって、他の相続人とのトラブルになる可能性もあります。

ただし、契約者の認知症の発症を知ったときに、即座に口座を凍結するかどうかの対応などは、金融機関によって一律ではありません。2021年には、一定の条件を満たした場合には、親族の預金の引き出しについて「柔軟」に対応する、という全国銀行協会(全銀協)の「ガイドライン」も示されています。

不動産の売却ができない

認知症になった親をグループホームなどの介護施設に入居させた場合、住んでいた自宅が「不要」になることもあるでしょう。そのような場合に、自宅を売って介護費用などに充てようと考えても、それはできません。法律行為である売買契約は、意思能力のない親には結べないからです。

親の代わりに子どもが不動産の売却を行うことも、認められません。どうしても売却したい場合には、やはり成年後見制度を利用する必要があります。

相続対策ができない

相続の際、遺言書を残せば、原則として自分の思い通りの遺産分割ができます。誰にどの財産をどれだけ渡すのかを指定できますし、法定相続人以外の人への財産分与も可能です。

しかし、遺言書の作成もまた、法律行為です。被相続人(亡くなった人)が作成時に認知症だったと判断された場合には、それが無効になる可能性が高まるのです。高齢化に伴う認知症の増加により、近年、遺言能力の有無をめぐる遺言書のトラブルも増えています。

一方、相続税対策として、生前に子どもなどに財産を譲る生前贈与が有効な場合があります。ただし、贈与は、財産を贈与する方(贈与者)と受け取る方(受贈者)との間に締結される契約ですから、贈与者が認知症で意思能力が認められない場合には、やはり行うことができません。

認知症による相続トラブルを回避するには

1.遺言書を作成する

説明したように、法的に有効な遺言書を作成しておけば、法定相続人の遺留分(※)を侵害しない限り、自分の思う通りの遺産分割が可能です。

相続では、通常でも遺産をめぐって子ども同士の争いの起こることが珍しくありません。認知症の親が亡くなった場合には、なおさらリスクが高まります。親が元気なうちに、遺産の分け方についての考えを明示した遺言書を作成しておけば、そうした問題を回避する効果が期待できます。

※遺留分 一部の法定相続人(配偶者、子どもなど)に認められている、最低限受け取れる遺産の割合。

遺言書には、自分で書く「自筆証書遺言書」と、公証役場で公証人に作成を依頼する「公正証書遺言書」などがあります。「認知症対策」という点からすれば、公正証書にしておくほうが、死後に遺言能力を疑われるリスクは低くなるでしょう。

2.生前贈与を行う

原則として、年間110万円以下の贈与には、贈与税がかかりません(贈与税の基礎控除)。これを活用して財産を渡していくことで、相続時の遺産額を減額することができ、相続税の節税につながります。元気なうちに生前贈与を行えば、意思能力を疑われることもありません。

なお、贈与税の「暦年課税」では、贈与者(被相続人)の死亡前の一定期間に行われた贈与は、相続財産に戻されて、相続税の課税対象とされます(生前贈与加算)。従来、3年だった生前贈与加算の期間は、現在、順次7年まで延長されています。

贈与税の「暦年課税」と「相続時精算課税」、生前贈与加算について、詳しくは、
贈与の「暦年課税」と「相続時精算課税」はどちらが得なのか それぞれのメリット・デメリットを解説 | MONEYIZM

3.「任意後見人」を選んでおく(「任意後見制度」の活用)

「任意後見制度」とは、成年後見制度(※)の1つで、意思能力があるうちに、将来、認知症になった場合などに備えて、自分の財産管理や生活の支援をしてもらう人(任意後見人)をあらかじめ決めておく、という仕組みです。

※成年後見制度 認知症や知的障害などにより、自分の財産の管理や医療・介護や生活上の判断、契約などができない状態の人を法的に保護・支援するための制度。

任意後見人の主な役割は、①財産管理=預貯金や不動産などの管理と、②身上監護=生活や介護・医療に関する支援です。任意後見人に依頼する事務の内容は、本人が自由に決められます。

任意後見契約は、本人と任意後見受任者(任意後見人になる人)が、公証役場で任意後見の内容に関する公正証書を作成し、締結します。本人が認知症と診断されると、任意後見監督人(任意後見人を見守る立場の方)が家庭裁判所に選任されて、任意後見が開始されることになります。任意後見監督人の選任の申立は、認知症になった本人、配偶者や4親等以内の親族で行うことができます。

なお、本人の認知症が進行し、すでに意思能力が十分でない場合には、成年後見制度のもう1つの仕組みである「法定後見制度」を利用する、という選択肢があります。

この制度では、家族などが家庭裁判所に申立てを行い、裁判所が法定後見人を選任します。法定後見人は、本人に代わり財産管理や契約行為を行い、本人が行った不利益な契約など法律行為の取り消しも可能な権限を与えられています(任意後見人には与えられていない)。

ただし、後見人は裁判所が選ぶため、本人や家族が希望する人にならない可能性がある、弁護士などの専門家を選任した場合には、多額の報酬が発生することがある、財産の自由な活用・運用や移動ができなくなる――などのデメリットがあります。

4.「家族信託」を利用する

「家族信託」は、その名の通り、信頼できる家族に財産の管理・処分を任せる仕組みです。この家族信託には、以下の3つの当事者が登場します。

・委託者:財産を他人に預ける人⇒親など
・受託者:財産を預かって管理する人⇒子どもなど
・受益者:財産から生じる利益を受ける人⇒契約で定められた人や法人

親の認知症に備える場合には、子どもが受託者となり、委託者の親自身が受益者になります。

受託者となった子どもは、委託された財産を管理するだけでなく、親のために運用したり、処分したりすることもできます。例えば、賃貸アパートを受託したら、管理できなくなった親の代わりを務めて収益を上げ、それを生活費や介護費用として親に渡すことも可能になるのです。

家族信託を活用することで、さきほどの成年後見制度に比べ、裁判所や専門家の介入がなく、家族だけで柔軟な財産管理を行うことが可能になります。半面、受託者(子ども)の負担が大きい、あくまで財産管理が目的で身上監護には対応していない、といった注意点もあります。

家族で「認知症リスク」を共有する

認知症に伴う財産、相続トラブルの対策について述べてきましたが、どれも親が元気なうちに「その気」にならなければ、実行に移せません。こうしたことを子どもの側からは、なかなか切り出しにくい、という現実もあるでしょう。

親の症状を見逃さない

まずは、万一親が認知症になった場合のリスクについて、親自身も子どももあらためて理解し、共有することが大事になります。

最近、冒頭でも触れた認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)が注目されています。少なくとも、この段階ならば、財産についてのさまざまな判断が可能です。また、早期治療により、認知機能の低下を抑えることができるとされています。

親に、過去の経験を詳しく思い出せない、何度も同じ話を繰り返す、物の置き忘れやしまい忘れを起こす、などの症状がみられる場合には、迷わず専門医への受診を勧めましょう。

家族で確認しておくべきこと

もし認知症になったら、介護をどうするか、財産管理をどのように行っていくかなどについて、事前に家族で相談しておくのが理想的です。

検討すべき項目には、次のようなものがあります。

・介護 認知症になったら、家族の誰かが介護するのか、施設に入るのか
・介護費用 施設の入居費用などはどうするか
・財産管理 誰が責任を持つのか、任意後見制度や家族信託を利用するか
・不動産の対応 施設に入ったら、自宅はどうするか
・生前贈与の検討
・遺言書の作成

「認知症リスク」を話し合いのきっかけに

親が認知症になると、子どもはいろいろな負担を背負う可能性があります。しかし、最もリスクが大きいのは、いうまでもなく親自身です。例えば、貯めた老後資金を介護者が思うように使えなかったら、十分なケアが受けられないかもしれません。

いきなり介護や相続の話をしたら、親も身構えるかもしれませんが、「もし認知症になったら」と切り出せば、共通の話題にできる可能性は高いのではないでしょうか。特に離れて暮らしている場合には、子どもが気づいたときには、認知症の症状が進行していることもあります。手遅れにならないうちに、アクションを起こすことが大切です。

まとめ

親が認知症になり、意思能力を欠く状態になると、財産管理や相続に大きな問題の生じる場合があります。親子でリスクを共有し、家族に適した対策を実行することで、万が一の事態に備えるようにしましょう。

中小企業経営者や個人事業主が抱える資産運用や相続、税務、労務、投資、保険、年金などの多岐にわたる課題に応えるため、マネーイズム編集部では実務に直結した具体的な解決策を提示する信頼性の高い情報を発信しています。

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