社長が認知症に!?事業と資産を守るための税務・法務対策完全ガイド

厚生労働省の推計によると、2022年時点で日本国内の認知症高齢者(65歳以上)は約443万人にのぼります。中小企業においても、社長の高齢化が進んでいるため、認知症が会社経営に及ぼす影響が懸念されているのです。
認知症の症状は、種類や重症度などによって異なりますが、症状が現れると、経営判断や財産管理・契約、人間関係など、経営のあらゆる側面に影響を及ぼすおそれがあります。本記事では、社長が認知症になった際に生じるリスク、事業承継に関する法務対策・税務面でのポイント、認知症発症前から実施したい対策や相談窓口について解説します。
1. 社長が認知症になった際に起こる主なリスクとは
厚生労働省の推計によると、2022年時点で日本国内において認知症高齢者(65歳以上)は約443万人、予備群である軽度認知障害(MCI)の高齢者は約559万人とされています。両者を合わせると約1,000万人であり、高齢者のおよそ3.6人に1人が認知症または予備群であると推定されているのです。
認知症の症状は、種類や重症度などによって異なりますが、主に次のような特徴があります。
・記憶障害
・見当識障害(日付・時間・場所などを正しく理解できない)
・理解力・判断力の障害
・実行機能障害(物事の手順を忘れる・計画を立てられない・計画通りに実行できない)
中小企業では、社長の高齢化が進んでおり、このような症状が現れると、経営判断や財産管理・契約、人間関係などに影響を及ぼすおそれがあるのです。ここでは、それぞれのリスクについて解説します。
認知症による経営判断の遅れと事業運営への影響
会社経営においては、迅速かつ的確な判断が求められます。しかし、認知症により理解力や判断力が低下すると、重要な判断が遅れたり、誤ったりするリスクが高まります。
その結果、経営の方向性を誤ったり、取引先とトラブルが生じたり、会社全体の信頼を損なったりするおそれがあるのです。
財産管理・契約締結の困難化がもたらす問題
社長が認知症になると、財産管理や契約の締結に支障が生じます。たとえば、社長名義の預金口座が凍結される場合があります。これは、財産の不正な引出しや、トラブルを防ぐ目的で金融機関が行うものです。
また、認知症により「意思能力」が低下した場合、民法第3条の2に基づき、契約や権利行使などの「法律行為」が無効とされる場合があります。意思能力とは行動の結果や意味を理解・判断する能力のことを指します。
認知症の診断を受けると「意思能力がない・低い」と捉えられ、以下のような法律行為が無効とされる可能性があるのです。
・株式や不動産の売買・贈与
・融資契約の締結
・株主総会での決議や承認行為
このように、財産管理や契約の実行が難しくなると、会社の運営や事業承継に深刻な影響を与える可能性があります。
従業員・後継者・家族間のトラブル発生リスク
認知症では、感情の抑制が難しくなる場合があります。その結果、怒りっぽくなったり、暴言やハラスメント行為などにつながったりするケースも見られるのです。
また、記憶障害によって、自身が出した指示や決定を忘れてしまい、周囲との認識がずれることもあります。これらにより、従業員や後継者、家族、さらには取引先との間でトラブルが発生する可能性があります。
結果として、従業員のモチベーション低下や退職、顧客・取引先からの信頼失墜など、経営に悪影響を及ぼすこともあるのです。
2. 認知症リスクに備える事業承継の法務対策
ここでは、社長の認知症リスクに備える事業承継に対する法務対策として、任意後見制度・信託の活用・事業承継計画や遺言書について解説します。
任意後見制度による資産・経営の管理体制構築
任意後見制度とは、社長が認知症になる前に、信頼できる代理人(任意後見人)をあらかじめ選任し、財産の管理を任せる制度です。社長の意思能力が低下した際には、家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任を申請します。
選任された監督人が任意後見人の活動を継続的に確認する仕組みです。任意後見制度を活用すると、社長の判断能力が低下した場合にも、財産管理や会社運営を適切に行えます。
任意後見人は親族や知人が務めることが可能ですが、任意後見監督人は弁護士のような専門家が担当するのが一般的です。
信託の活用による事業資産・会社株式のスムーズな管理
信託は「委託者」(社長)が自身の財産を「受託者」(家族や後継者など)に託し、管理・運用・処分などを任せる制度です。たとえば、家族信託では委託者である社長が、受託者に長男のような家族を指名しておくことで、事業資産や会社株式などの管理・運用・処分を任せられます。
任意後見制度と比べて次のような特徴があります。
・信託の開始時期は、契約直後または希望するタイミングに設定できる
・一般的には裁判所への申請が不要
・任意後見人制度では財産の「管理」に限定されるのに対し、家族信託では契約内容に応じて「投資」や「財産の処分」も可能
社長が元気なうちから将来に向けて備えておくことで、事業資産や会社株式の移行をスムーズに進められるのです。
事業承継計画書・遺言などの法的書面準備の重要性
事業承継計画とは、社長が引退後または認知症により経営が困難になった場合に備え、中長期的な目標・経営方針・課題・後継者の育成方針などを具体的にまとめた計画書です。
事業承継計画を作成しておくと、後継者が安心して事業を引き継ぐことが可能なため、会社の円滑な運営につなげられます。また、計画を作成するだけでなく、社長が元気なうちに後継者と現状や将来像を共有し、意見交換を重ねておくことも大切です。
一方、遺言書は、相続手続きをスムーズに行い、相続トラブルを防ぐために重要な法的書面です。遺言書がない場合、法定相続人全員で遺産分割について協議する必要がありますが、これが原因で家族間の対立が生じるケースもあります。
遺言書を作成し誰にどの財産を相続するかを明確にしておくことで、相続手続きがスムーズに進み、会社の混乱も防げます。
3. 資産と事業を守るための税務面でのポイント
社長が認知症を発症すると、経営判断だけでなく、財産の管理や相続対策にも大きな影響を与えます。とくに、財産の贈与や株式の譲渡など、税務に関わる手続きは意思能力があるうちに行うことが重要です。
ここでは、社長が元気なうちに検討しておくべき税務面のポイントを解説します。
認知症発症前にすべき贈与・譲渡計画とは
社長が認知症にかかると、意思能力がない、または低下しているとみなされ、財産の贈与や株式の譲渡契約が無効とされる場合があります。そのため、事業承継に関する贈与や譲渡は社長が元気なうちに計画的に進めることが重要です。
たとえば、税務面での対策には、次のような制度を活用する方法があります。
- 暦年贈与を活用する:
生前贈与で年間基礎控除額110万円以下であれば贈与税がかからず、贈与された財産は相続税の対象外とされる(ただし、相続開始前3年以内(段階的に7年以内)に贈与された財産は相続税の対象) - 家族信託を利用する:
受益者を社長に設定しておくと、財産の名義は社長であるため信託開始時に贈与がかからず、信託終了時に相続税の対象となる - 事業承継税制を活用する:
中小企業の後継者が支払う贈与税・相続税の負担を軽減できる
とくに会社株式は、経営権や税金など複数の要素が関与するため、早期に準備を進めることが大切です。
事業承継税制の活用—後継者への円滑な資産移転
事業承継税制は、2009年度の税制改正により設けられた制度で、後継者の税負担を抑え事業承継を円滑に行うことを目的としています。
中小企業では、社長が株主を兼ねているケースが多く、事業承継の際には経営権に加えて会社株式を後継者に引き継ぐケースが少なくありません。その際、株価が高い場合には、高額な贈与税や相続税が発生するケースがあります。
事業承継税制を活用すると、中小企業の後継者が会社株式を取得した際に、贈与税や相続税の納税猶予を受けられます。さらに、一定期間条件を満たすと、猶予された税額が免除される仕組みです。
ただし、納税猶予期間中に20項目以上設定されている取り消し事由に該当すると、猶予されていた税額に利子を追加した金額の納付を求められる場合があります。
たとえば、猶予の対象株式を売却したり、資本金・準備金を減少させたりした場合などが該当します。そのため、制度の要件や注意点をあらかじめ確認しておくことが大切です。
相続税・贈与税の課税リスクと対応策
社長が認知症にかかると、暦年贈与や遺言による財産分与ができなくなる場合があります。
その結果、資産や会社株式が法定相続分に基づいて分割されたり、まとめて多額の贈与をしたりすることで、次のようなリスクが生じる可能性があります。
・会社株式の評価額が高く、多額の相続税が発生する
・相続税を支払う資金を確保するために、事業用資産を売却せざるを得ない
また、株式が複数人に分割して相続されることで、経営に関する円滑な意思決定ができなくなるおそれもあるのです。
このような状況を防ぐためには、社長が意思決定できるうちに資産の分配方針を明確化し、贈与・相続対策を進めておくことが重要です。具体的な対応策としては、これまで紹介した暦年贈与・家族信託・遺言書・事業承継税制などを活用する方法があります。
これらの対策を講じておくことで、社長が認知症を発症した場合にも、会社経営と家族の生活を守れます。税務対策は弁護士や税理士、司法書士などの専門家と相談しながら進めることが大切です。
4. 認知症発症前から実施すべき具体的な対策と相談窓口
ここでは、社長が元気なうちから実施しておきたい具体的な対策と、相談できる窓口について紹介します。
定期健康診断・認知症チェックの推奨と早期対応策
認知症を完全に予防する方法はありませんが、多くの割合を占める「アルツハイマー型認知症」や「血管性認知症」は、生活習慣病と深く関係しているといわれています。
認知症のリスクを下げるためにも、定期的に健康診断を受けることが大切です。高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病を指摘された場合は、医師の指導に従いバランスが取れた食事や適度な運動を心がけ、必要に応じて治療を受けましょう。
また、近年では自宅で行える簡易的な認知症チェックツールも増えています。スマートフォンやパソコンを用いて、気軽に自身の状態をチェックすることが可能です。
認知症が軽度の段階であれば、生活習慣の改善や薬物治療によって進行を遅らせることが可能な場合があります。この段階であれば、事業承継の準備や手続きを進められる場合もあるでしょう。 気になる兆候がある場合は、早めに専門医へ相談することが大切です。
専門家(弁護士・税理士・司法書士など)への相談方法
専門家への相談方法がわからず不安な方は、国が運営している「法テラス」を活用できます。
法テラスは、経済的に不安を抱える方を対象に、次のようなサービスを提供しています。
・法制度の概要に関する無料説明
・適切な相談先の紹介
・弁護士や司法書士による無料法律相談(予約制・収入や資産に関する条件あり)
・弁護士や司法書士への依頼費用の立て替え(収入や資産に関する条件あり)
相続、遺産分割、贈与税・相続税、遺言など、事業承継に関わる法務や税務の相談が可能です。法テラスの公式サイトから、電話やメールによる問い合わせ方法を確認できます。
自治体や商工会議所など公的機関による支援制度
多くの自治体では「事業承継支援センター」や「中小企業支援センター」を設置しており、事業承継に関する相談を受け付けています。
また「商工会議所」では、事業承継や、税務・法務・経営に関する相談が可能です。さらに「中小企業基盤整備機構」でも、事業承継や経営相談などを実施しています。
これらの公的機関を利用すると、費用を抑えながら専門家の支援を受けられ、安心して事業承継に関する準備を進められます。
まとめ
厚生労働省の推計によると、2022年時点で日本国内において認知症高齢者(65歳以上)は約443万人、予備群である軽度認知障害(MCI)の高齢者は約559万人にのぼります。両者を合わせると約1,000万人に達し、高齢者のおよそ3.6人に1人が認知症または予備群であると推定されているのです。
認知症の症状は、種類や重症度などによって異なりますが、症状が現れると、経営判断や財産管理・契約、人間関係などに大きな影響を及ぼすおそれがあります。こうしたリスクに備えるためには、任意後見制度、信託、事業承継計画や遺言を活用する方法などがあります。
ただし、社長が認知症になると、これらの手続きを進められない場合があるのです。そのため、社長が元気なうちから事業承継計画書を作成し、専門家や公的機関などに相談しながら準備を進めることが大切です。
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