
「賃上げ促進税制を活用する」という節税術
2026年度の地域別最低賃金については、2026年9月3日までに全47都道府県の答申が出そろいました。
答申ベースの全国加重平均は1,177円で、前年度から56円の引き上げとなります。今後、異議申出に関する手続などを経て、2026年10月1日から12月2日までの間に順次発効する予定です。
最低賃金の引き上げで人件費負担が増える中小企業も少なくありませんが、増やした給与の一部は法人税額から控除できます。それが「賃上げ促進税制」です。前年度より給与総額を1.5%以上増やした中小企業は、その増加額の15%から最大35%を法人税額から直接控除できます。
本記事では、中小企業の経営者向けに、賃上げ促進税制の基本から節税効果、2026年度改正での変更点までを解説します。
賃上げ促進税制とは?
賃上げ促進税制とは、青色申告書を提出する中小企業者等が前年度より従業員への給与総額を1.5%以上増やした場合に、その増加額の15%から35%を法人税額から直接差し引ける制度です(租税特別措置法第42条の12の5第2項)。個人事業主も、同じ仕組みを所得税で利用できます。なお、ここでいう「中小企業者等」には税法上の要件があり、資本金1億円以下でも大企業の子会社などは対象外となる場合があります。
経費の上乗せではなく税額控除である点が、この制度の効き目を大きくしています。
控除率は賃上げの幅で決まります。役員や一定の特殊関係者などを除く国内雇用者への給与総額が、前年度比で1.5%以上増えれば控除率は15%、2.5%以上増えれば30%となります。さらにくるみん認定等またはえるぼし認定(二段階目以上)を受けていれば5%が上乗せされ、最大35%となります。たとえば前期の給与総額が6,000万円、当期が6,200万円なら、増加率は約3.3%で控除率は30%。増加額200万円の30%にあたる60万円が、法人税額から差し引かれます。
適用期限は、法人が令和9年(2027年)3月31日までに開始する事業年度、個人事業主が令和9年分までです。ただし、改正後の制度がいつから適用されるかは法人と個人事業主で異なります。
賃上げ促進税制は「特別なことをした会社への褒美」ではありません。定期昇給でもパートの時給改定でも、結果として給与総額が前年度より1.5%以上増えていれば対象になり得ます。まずは前期と当期の賃金台帳を並べ、給与総額がいくら増えたかを確認してください。それだけで、使えるかどうかの見当はつきます。
(プロゴ税理士事務所 代表 好川 寛)
賃上げ促進税制を活用する節税メリット
賃上げで増えた人件費は、その一部を法人税額から控除できます。中小企業にとっての節税メリットを3つのポイントに分けて解説します。
節税メリット1 給与の増加額の15%から最大35%を法人税額から控除できる
増やした給与そのものは損金として所得を減らしますが、賃上げ促進税制はそれとは別枠で法人税額を直接減らします。最低賃金への対応で増えた給与も、雇用者給与等支給額の増加額に含まれるため、要件を満たせば税額控除につながります。仮に10名の時給を一律55円引き上げた場合で試算します。
| 給与増加額 | 55円 × 年間労働時間1,800時間 × 10名 = 990,000円 |
| 控除率(前年度比2.5%以上増加) | 30% |
| 税額控除額 | 990,000円 × 30% = 297,000円 |
| くるみん認定等・えるぼし認定(二段階目以上)ありの場合 | 控除率35% = 346,500円 |
節税メリット2 控除しきれない分は5年間繰り越せる
控除額には調整前法人税額の20%という上限がありますが、超えた部分は5年間繰り越せます。令和6年度改正で新設された中小企業限定の措置で、利益が薄い年や赤字の年に賃上げしても控除枠を捨てずに済みます。
【控除上限を超えた場合の繰越】
| 税額控除額 | 給与増加額2,000,000円 × 控除率30% = 600,000円 |
| その事業年度の調整前法人税額 | 2,500,000円 |
| 控除上限 | 2,500,000円 × 20% = 500,000円 |
| 当期に控除できる額 | 500,000円 |
| 翌期以降5年間に繰り越せる額 | 100,000円 |
法人税額がゼロの赤字決算でも、その事業年度において国内雇用者への給与総額を前年度比1.5%以上増やし、賃上げ促進税制の適用要件を満たしていれば、控除しきれない金額を5年間繰り越せます。ただし、繰り越すには、その事業年度の確定申告書に所定の明細書を添付しておく必要があります。
節税メリット3 賃上げ以外の投資をしなくても適用できる
設備投資型の優遇税制と異なり、この制度は適用を受けるために、賃上げとは別の設備投資などを行う必要がありません。最低賃金の改定に合わせた時給の見直し、定期昇給、賞与の増額のいずれでも、結果として給与総額が前年度比1.5%以上増えていれば適用できます。
対象となる支出の範囲も広く、企業が従業員に代わって日本学生支援機構へ直接返還する奨学金の代理返還費用も、給与等支給額に含まれます(中小企業庁「中小企業向け『賃上げ促進税制』」)。人材確保のために導入した制度が、要件を満たせば税額控除額にも反映されます。
繰越制度があるため、赤字の年の賃上げも無駄になりません。ただし控除枠は、申告して初めて残ります。法人税がゼロだから関係ないと判断して明細書を添付せずに申告すると、その年の枠は消えてしまいます。赤字決算でも計算と添付は必ず行ってください。
(プロゴ税理士事務所 代表 好川 寛)
賃上げ促進税制を活用する際の注意点
2026年度税制改正では、中小企業向け制度について教育訓練費に係る上乗せ措置が廃止されました。要件や集計方法を誤ると、適用の可否や控除額が変わります。中小企業の経営者が特に注意すべき4つのポイントを解説します。
注意点1 教育訓練費の上乗せが廃止され、最大控除率は35%に
教育訓練費を前年度より増やしても控除率は上がらなくなり、中小企業の最大控除率は45%から35%に下がりました(中小企業庁「賃上げ促進税制」パンフレット)。上乗せを受けるには、くるみん認定等またはえるぼし認定(二段階目以上)の取得を検討してください。認定には行動計画の策定と届出、一定期間の実績が必要で、取得までに1年以上かかることもあります。今期の決算を待たず、準備に着手してください。
注意が必要なのは、改正の適用時期が法人と個人事業主で異なる点です。法人は2026年4月1日以後に開始する事業年度から改正後の制度となり、3月決算法人なら2027年3月期からが対象です。一方、個人事業主は2026年分までが旧制度で、教育訓練費の上乗せを含む最大45%を使えます。改正後の制度が適用されるのは2027年分からです。自社がどちらの制度で申告するのかを、事業年度の開始日または年分で確認してください。
注意点2 控除には上限があり、繰越には賃上げの継続が必要
計算上の控除額がいくら大きくても、その事業年度の調整前法人税額の20%を超えて控除することはできません。大幅な賃上げをした年に利益が薄いと、控除額を使い切れない事態が起きます。
使い切れなかった分は5年間繰り越せますが、繰り越した額を実際に控除する事業年度でも、国内雇用者の給与総額が前年度より増えていることが条件です。増加額の大小は問われず1円でも増えていれば足りますが、賃上げを止めた年には繰越分も使えません。賃上げは単年で終わらせず、複数年の計画として組み立ててください。
注意点3 役員報酬と助成金は控除の対象から外れる
計算の基礎になる「雇用者給与等支給額」は、賃金台帳に記載された国内雇用者への給与です。パート・アルバイト・日雇いも含まれますが、役員、役員の親族などの特殊関係者、使用人兼務役員は除かれます。役員報酬をいくら増やしても、控除額は1円も増えません。
また、給与に充てるために他の者から支払を受けた金額は差し引いて計算します。雇用調整助成金などの雇用安定助成金額については、1.5%・2.5%という要件を判定する段階では差し引きませんが、控除額を計算する段階では差し引きます。判定と計算で扱いが異なるため、助成金を受けている場合は両方の数字を分けて集計してください。
注意点4 当初申告の明細書に書いた金額が控除の上限になる
賃上げ促進税制は、確定申告書等に控除額の計算に関する明細書を添付して初めて適用されます。さらに、控除額の計算基礎となる「控除対象雇用者給与等支給増加額」は、当初の確定申告に添付した明細書の記載額が限度です。集計を誤って本来より少ない金額を記載した場合、後から修正申告や更正の請求で増やすことはできません。国税庁も別表の記載誤りについて注意喚起しています(国税庁「別表六(三十一)を使用するに当たっての注意点」)。繰越控除を使う場合は、繰り越す年度から控除する年度まで、明細書を連続して提出してください。
適用期限も確認が必要です。大企業向けの措置は令和8年3月31日をもって廃止され、中堅企業向けも令和9年(2027年)3月31日までに開始する事業年度をもって廃止される予定です。中小企業向けについても、現行の適用期限は同じく令和9年3月31日までに開始する事業年度(個人事業主は令和9年分)となっています。使える期間のうちに、賃上げ計画と控除額の試算をセットで固めてください。
見落とされやすいのが、対象になる給与の範囲です。役員報酬や役員の親族への給与を含めたまま増加率を判定すると、要件を満たしていないのに適用してしまう事態になります。逆に、含めてよいものを外したせいで増加率が下がり、30%が15%になることもあります。集計の範囲と方法は、前事業年度と適用事業年度で必ず揃えてください。
(プロゴ税理士事務所 代表 好川 寛)
この節税術に必要な心構えとは
賃上げ促進税制は、「税額控除があるから賃上げする」ための制度ではありません。人材の確保や最低賃金への対応など、事業上必要な賃上げを行った結果として使える税制です。控除額だけを見て人件費を増やせば、翌年以降も続く固定費の増加のほうが大きくなります。
順番としては、賃上げ額と今後の利益見通し、資金繰りを確認して賃上げを決め、そのうえで使える控除を取りこぼさない、という組み立てになります。控除額の判定と集計は自己判断が効きにくく、一度誤れば当初申告の金額に縛られます。賃上げの水準を決める段階で、控除額の試算まで含めて税理士に相談してください。
賃上げ促進税制は、賃上げという経営判断に税制が後から報いる、珍しい設計の制度です。適用のために新しい投資を起こす必要はなく、すでに支払った給与が対象になります。だからこそ、要件を満たしているのに使われていない例が出てきます。実務で差がつくのは、賃上げを決める時期と、賃金台帳の集計方法です。前期と当期で集計の前提が揃っていないと、本来届くはずの増加率に届かず、控除率が一段下がることがあります。賃上げの方針を固める前に、前期の給与総額と当期の見込みを並べてご相談ください。控除額を織り込んだうえで賃上げ幅を決められれば、同じ人件費でも会社に残るお金は変わります。
(プロゴ税理士事務所 代表 好川 寛)

東京国税局で15年にわたり、税務調査・審理・国税不服審判所の業務に従事。非居住者課税の相談実務に精通する。大手YouTuberエージェンシーでの実務経験から、フリーランス・インフルエンサー特有の税務にも明るい。その後、IT企業でのプロダクトマネジメントを経て神奈川県川崎市で独立。現在はクリエイターやスタートアップの税務支援を中心に活動し、税務メディアの記事監修も多数手がける。国税の現場で培った課税庁側の視点を活かした解説を得意とする。
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