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吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ 続・脱サラ編 その10

2009.11.17

ここで野村證券の昔話を長々アップする前に、
少しお断りを申し上げておきましょう。
特定の企業の暴露話や批判などするつもりもありません。
以前アップしましたが、私は野村證券に高校生の頃から
入社したかったのです。これは本当なのです。
だからこそ大学では証券論も専攻した・・。
野村證券に世話になったと思っているし、今でも「愛して」おります!?
こんな人は、今の社員の中でも少ないでしょう。

それなのに
「なぜ私は野村證券を辞めたか」
「なぜ税理士を目指したか」
を説明したいからこそアップしているのです。
どうぞその点ご理解ください。

でも書きながら、昭和の時代の「野村證券の経営術」も、
ある意味で参考になるかなと思ってきました。
今思えば、「昭和の時代の成果主義」ではないかと・・・・。


「金太郎アメ経営」と「ダイヤモンド経営」

こんな言葉を今時、経営コンサルタントの方も言わないでしょうね。
実は、ご存知かもしれませんが、野村證券はその後、バブルを経て、
損失補てんや総会屋事件など、スキャンダラスな証券不祥事を
次々に引き起こし、結果的に大きく変わりました。
よくマスコミは、「金太郎アメの功罪」として書き立てていました。
そこで、この「ダイヤモンド経営」という言葉を引き合いにして
「ダイヤモンドがいつの間にか、つるつるの球体になってしまった」
「金太郎アメが証券業界を変えてしまった」
などと言われ続けました・・・。

でもかつていた社員として、正直に申し上げます。
あの当時「金太郎アメ」が全てでした。
ご紹介したとおり、社員が皆「セブン・イレブン」で働いたのです。
新入社員は全員独身寮に入れられ、激務のあとも毎日のように
深夜でも先輩たちと酒も飲みました。
おまけに休みの日にも同僚とゴルフです。
野村證券こそが生活そのものでした。
四六時中一緒の生活です。
その中で考え方まで「洗脳された」というといい過ぎでしょうか・・・。

だから、入社して5年も経つと、誰でも酒のせいで「小太りになり、」
市況を画面で毎日見るから、「眼鏡をかけ、」セールスのせいで
「大声を出すように、」なって、結局は皆同じような顔になってしまうのです。

さらにいうと、社員は誰でも
「酒は強いし、カラオケがうまくて、ゴルフが得意・・・」
そういう、「金太郎アメ」に自然とならざるを得なかったのです・・・。



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