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税理士コラム

吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その5
2010.07.30

上司はなんと銀行マン


やる気十分で新会社に赴任したところ、
上司はなんと銀行から出向してきた方でした。

しかも、海外赴任の経験もある英語ペラペラ。
企画部の同僚も皆英語ペラペラ・・・。
「ずいぶん場違いなところに配属された」
本当にそう思いました。

これはものすごいカルチャーショックでしたね。
それまでほとんど国内の証券営業の仕事でしたから。

銀行のビジネスと証券のビジネスというのは
まったく異質なものなのですね。
これは本当に勉強になりました。

ところで営業というのはキライではなかったのですが、
やはり数字を背負いますよね。
そのプレッシャーがたまらなかった。
でも営業の出来る人にとっては、それは楽しいのでしょうね。

ただ、本音のお話として、一方で営業を外れたことで、
また自分自身も力をつけたいとも思っていました。

野村證券とは営業主体の会社です。
営業ができて、営業課長になって支店長になって・・・。
いわゆる出世コースは、当時は営業畑からでした。

営業という職種から外れるということは、その出世レースから
外れるということを当時は意味していました。

ただ、まだこの頃は辞めようという「脱サラ指数」は
上昇しなかったのです。
この仕事は面白い、自分に合っているのではないか。
本当にそう思っていましたから。

「なんでも吸収してやろう!」
そう思ってここでも人一倍働いたと思います。
早朝7時には出勤して、夜10時、11時は当たり前でした。

働くとは別に「社内活動」も楽しんでしていました。
社内には銀行、不動産、リースいろいろな人種、職種の方々が
いるのです。
仕事帰り、いろいろな方を誘って、酒を片手に議論することも
本当に楽しかった。

このように、「脱サラ指数」は一向に上昇しないまま、
いよいよ空前絶後の「バブル景気」に突入です・・・。



夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その4
2010.07.29

サラリーマンにとって出向ということ


その野村證券の「戦略子会社」は、実は野村グループ4社の
合弁企業でした。
その会社に出向という形で行ったわけですね。
今日はその「出向」について触れてみましょうか。

最近大企業では出向という転勤がよくあるようですね。
どんなとらえ方すると思いますか?
これは出向になったものでないと分からないでしょうね。

後ろ向きに考えると、
「ウチの会社にはいらないから他の会社に行ってくれ!」
ということになるでしょうか。
よく50歳台くらいで、関連の会社や得意先に「出向」という
形で異動する方を見かけます。
非常に言い方悪いですが、「天下り」や「片道キップ」みたいな。

「他の会社で、もう少し別の経験をして欲しい!」
これは前向きなお話なのですね。
若手の社員の出向に多いのでしょうか。

ではまだ28歳の当時の私はどう思ったか。
やはり正直ショックでしたね。
「転勤ではないのか・・・」
でも結果的に出向して良かったと今では本当に思っております。

ではその良かった理由を。
いろいろな業種の方とお付き合いができたということですね。
その会社は、銀行、ベンチャーキャピタル、不動産会社など
まさにいろいろな人種がいました。

今でこそ税理士としていろいろな会社とお付き合い
させていただいております。
そういう経験を持ててよかったと思っております。

当時「野村マン」という言い方がありました。
「野村證券で生まれ育った企業人」のことでしょうか。
それが「金太郎アメ」といわれ批判されたことも
あったようですが・・・。

同じような言葉で、電通には「電通マン」東芝には「東芝マン」と
どこの会社にでも、その企業風土に根付いた人種が
必ず生息しているのですね。

もし定年まで勤めたら、本当に「野村マン」だけで終わったでしょう。
でも出向のおかげで違う見方ができたのですね。
「世の中は違うぞ」と。
結果的にそれが脱サラにつながったと思っています。

本当に出向したら上司が銀行マンだった・・。
おかげさまで、いろいろな見方を教わりました。
それはそれでよかったと今では思っております・・・。


夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その3
2010.07.28

平成元年という時代


いきなり20年も前のお話をしても分からないですかね。
当時の金融業界を少し解説してみましょう。

平成元年当時、野村證券は「ガリバー」と呼ばれていました。
証券界では国内には敵がいないと本当に思っていました。
その野村證券が、平成元年4月に戦略的子会社を作りました。
ファイナンス会社で、残念ながら、「銀行」
ではないのですね。
つまり、当時、証券業界に敵がいないと悟った野村證券は、
今度は銀行業務に参入しようとしたのですね。
でも当時は、大蔵省(今の財務省)の力が強烈に強くて、
そう勝手に銀行業務には参入できなかった。
銀行業界からも猛反発を受けていたのでしょうか。

でも当時こんな言葉も言われていました。
「金融ビックバン」
つまり、金融業界にある規制を急激に緩和して、
日本の金融市場をより活性化しようという動きもあり、
そのため国際的にも競争力をつける必要もあったのですね。

それで、銀行ではないファイナンス会社を作ったのですね。
これを「ノンバンク」といっていました。


また時代背景も詳しく説明しておきましょう。
昭和から平成に移ったまさに平成元年、どういう年だったか
ご存知ですか。
平成元年(1989年)12月に
日経平均が最高高値38,915円をつけた年です。
まさにバブル景気突入の瞬間でした。
その株式市場にもつられて、土地の値段も上昇しましたからね。
そのピークは2年後の平成3年(1991年)といわれています。

ですから、平成4年に退職した私は、バブルのピークを見極めてから
脱サラしたといえますね。
今更ながら、もうすごい「相場観」だったと思っています・・・。
なんと見事な脱サラのタイミングだったのでしょう。

サラリーマン時代の最後の3年間はまさに「バブルのような」、
「夢のような」3年間でした。
楽しくもあり、また強烈に仕事もし、かつ勉強になった3年間でした。

バブル時代にそのノンバンクといわれる業種が
何をしてどんな役割だったのか。
まさに私は時代の「生き証人」なのですね。
それこそ、今だから言えるお話を、「守秘義務の範囲内で」
ご披露してみましょう・・・。


夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その2
2010.07.27

4度目の転勤


また昔話を始めます・・・。
時計の針を平成元年まで戻します。

その平成元年5月に、私は野村證券での4度目の転勤をしました。
東京本社への転勤です。
でも5年間でもう早くも4度目の異動です。
転勤に慣れっこにはなっていたものの、
やはり転勤とはイヤなものです。
でもこのとき私の「脱サラ指数」の針は少し動いただけでした。
それはなぜか?

実に面白い仕事につくことができたのです。
当時野村證券が設立したばかりの戦略的子会社に
出向し企画部に配属されたのです。

サラリーマン経験者ならこれは誰でも思うのですね。
転勤のある度に
「会社はいったい自分の適性を見てくれているのか?」
と。
「オレのやりたい仕事は違うんだ!」
上場企業にお勤めなら一度は必ず思うのでしょうね。
でも多くの上司は
「イヤイヤ。いろいろ君の適性をいろいろな人から見てもらった上で、
将来的には君に合うしかるべきポジションに・・・」
というような、もっともらしい理由を言われるのですね。

でも自分自身はどうだったのか。
この頃はもう入社して6年目に入ったときです。
30歳を前にして自分の置かれているポジションや
将来の位置づけが何となくでも分かってくるころです。
前にもアップしたように、証券会社に勤めながら
どうも株式の営業が好きになれない。
「上がるか下がるかわからない」自分が納得できない商品なんて
正直売りたくはないのですね。

それ対して一度だけやった企画の仕事は、確かに面白いと思った。
「やはり会社は自分の適性見ていてくれたのだ・・・」
何となくそう思ったのですね。
このときもやる気マンマンで新会社に乗り込みました。

このとき「脱サラ指数」0パーセントで
「税理士になりたい指数」も0パーセントでした。
ではなぜ3年後税理士を目指して野村證券を辞めたか
正直に振返ってみましょう・・・。


夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その1
2010.07.26

私の脱サラ日記を始める理由


また人気シリーズ?を復活させましょうか。
先月に当事務所で人の採用のお手伝いをしたということは、
アップしたとおりなのですが、本当にいろいろな方にお会いしました。

実は、不景気のせいでしょうか、当事務所へ直接応募も多かったのです。
ここだけのお話、税理士や会計士の資格をお持ちの方からもありましたし、
もっと驚いたのは、
現在某證券会社にお勤めの東大卒の方から応募の打診もありました。
正直ビックリしましたね。
お話をお聞きすると、「ぜひ吉田事務所で働きたい。」ということなのですね。
大変ありがたかったのですが、実はすべて丁重にお断りしました。

何故かというと、実際にお話をよくお聞きすると、
「脱サラして将来税理士として独立したいのですが、
実際に独立して活躍している吉田のお話が聞きたい。」

実はそういうことだったのですね。
いつかは辞めたい方を採用することはやはりできないのです。

でも、一方でそのお気持ちもよく分かるのですね。
今は某証券会社やある監査法人や税理士法人にお勤めしながら
やはり将来的には脱サラして税理士として独立したい。
そんな考えを持たれている方が多いのでしょう。

さらにショッキングなお話として、昨日の日経新聞に、
監査法人最大手の新日本監査法人の大量リストラのニュースが
出ていましたね。
この業界も、それだけ厳しい状況なのでしょうか。
「し方がないので税理士でもなるか」
なんて安易な会計士が増えても困りますね。

まあそんなことはいいとして、やはり「脱サラ」のお話は
皆さん本当にご興味あるみたいです。

ところで、結構気合を入れて書いていた、ブログ「夢をかなえるゼイ」でも
まだ脱サラしていなかったですね。

「どうして吉田さんは野村證券を辞めたのですか?」
「なぜ税理士を目指したのですか?」
という問いにまだお答えしていないことに気がつきました。

私は野村證券を平成4年5月に退職しました。
もう18年も前になるのですね。
その頃のお話なので、もう時効成立しているので、
何を書いても大丈夫ですかね!?


これから脱サラしようと考えている人、
もう会社を辞めたくなっている人、
日曜日のサザエさんの歌を聞くと憂鬱になる人
のために、自称「脱サラ評論家」がまたお得意の「昔話」をしてみましょう・・・。


ロードサイドのハイエナ流コスト1/5のムダゼロ経営術 その5
2010.07.23

冒頭申し上げたように、星野リゾートの社長と比較しながら
ハイエナ流経営術を読んでみました。
どんなコンセプトで、両社はどうちがうのだろう?
わずか32歳で快進撃をしている若きカリスマ経営者が
どんな経営理念かやはり知りたかったわけです。
ただ同じ「再生ビジネス」というカテゴリーに入れては
失礼なのでしょうか。


驚いたのは、井戸社長も「利他の精神」を真先にあげていました。
もうこれは、私の熱心なブログファンなら、もうお分かりですね。
京セラ稲盛会長の掲げるお言葉です。
私と同じ、「稲盛教の信者」だったのですね。

ただ単に、ロードサイド店の撤退したお店を低コストで取得し、
食べ放題の味付けだけで展開しているだけではなかったのですね。
当然ですが、それに「利他の心」が・・・。
要するに「お客様第一主義」ということらしいです。
「美味しいものを安くお腹一杯に・・・。」
実に分かりやすい経営理念ではないでしょうか。


これもご存知でしょうか。この4月に、
全国73店舗をチェーン展開しているステーキの「ふらんす亭」を
傘下に入れました。
同じように「居抜き」で安くチェーン店ごと買ったのでしょう。
実は、当事務所の近くに「ふらんす亭」もあります。
好奇心旺盛な私はすぐ行ってみました。
「メニューを一新しました」
という看板はあったものの、内装もまったく変わらず今までどおりの
「ふらんす亭」でした。
味もそんなに変わらなかったようにも思います。
ただ、残念ながら、他のチェーンのような、「サラダ食べ放題」
「カレー食べ放題」なんてなかったですね。
これからどんな手を打って、このチェーン店を再生していくのか
楽しみですね・・・。

ホリエモンのように、外食産業の「時代の兆児」ともてはやされて
マスコミに登場し続けることで、快進撃を進めていくのでしょうか。
露出すればするほど、ホリエモンのように認知度もあがり
その宣伝効果でフォローの風が吹き続けるでしょう。

このまだまだ若い経営者今後に期待したいです。
ホリエモンを越えるのはあなたかもしれません・・・。

(ハイエナ流シリーズ おしまい)


ロードサイドのハイエナ流コスト1/5のムダゼロ経営術 その4
2010.07.22

井戸社長は若き20代の頃にいろいろ経験されています。
その節目節目に決断し、その経験を糧にヴァージョンアップしています。

ただ無意味にサラリーをもらって過ごしている方々とは違うのです。
この点見習うべきところですね。
本当に独立起業には学歴なんて関係ないのです。
昨日ご紹介したように、26歳で地獄の苦しみを味わいます。
それを乗り越えた時に、さらグレードアップした井戸さんに
変わったのでしょうね。

ここでまさに運命の出会い。
その飲食事業向けの経営支援サービスの会社で、
経営不振に陥った焼肉レストランに出会います。
これが、現在エムグランドフードサービスが経営している焼肉レストラン
「いわたき」など6店舗でした。

親会社の経営不振が理由で倒産寸前の状態でした。
しかも、その経営支援サービスの会社も1億円の大口債権者。
想像ですが、その勤務先も連鎖倒産もありうるような状況だったのでしょう。

このときの井戸社長の身のこなしが見事でした。
本人も、この6店舗の経営状況を良く調べていました。
売上高、賃料比率、原価比率、人件費率など検討し、
やり方を変えれば十分経営は可能と判断していたようです。

井戸社長は、食肉の卸会社に6店舗の経営のお話を持ちかけました。
井戸社長のその当時の仕事ぶりから、食肉卸会社の
信用も厚かったと想像できます。
卸会社は子会社を設立した上で、その会社の「雇われ社長」に
収まることになります。
このとき、今から5年ほど前の2005年8月。
井戸社長27歳のときでした。
その1億円の連帯保証人にもなったということですから、
冷静に考えれば「若気の至り」かもしれませんが、
見事な決断力だったのでしょう。

その若さで見事6店舗を立ち直らせます。
新鮮野菜のサラダバーやフルーツ、スープ、カレー、ライスまでが
すべて食べ放題と戦略を買え、さらに次々と出店していきます。
このあたりは若くして十分苦労された経験が生きたのでしょう。

それともっとすごいのが、1年後の28歳のときに、
なんと「雇われ社長」から「オーナー社長」に変わります。
つまり親会社から、店舗ごと、資本ごと買い取ってしまったのです。

2006年9月、躍進企業「エムグランドフードサービス」の誕生です!


ロードサイドのハイエナ流コスト1/5のムダゼロ経営術 その3
2010.07.21

井戸社長は、飲食事業向けの経営支援サービスをする
「店舗流通ネット」に働きながら、いろいろ店舗を見て回ります。
かなり優秀なコンサルタントであったと思いますし、
その過程で、店舗の良し悪しを見る目を養ってきたのでしょう。

それで、若干26歳の時に、すばらしい店舗にめぐり合います。
目黒区の祐天寺駅前にある居酒屋です。
「居抜き」物件で、これなら自分でやれば間違いなく成功すると
思えたのでしょう。

現在、井戸社長が行っているロードサイド店を再生する原型となる
ビジネスモデルですね。
出店費用には1200万円もかかったそうです。
これも想像がつくことですが、26歳で1200万円も調達できる人も
いないですよね。
当然まともな金融機関は相手にしてくれず、
結局3歳年長の兄がポンと出してくれたそうです。
その借金は2年で返す約束で、月に50万円の返済額です。
よほど自信があったのでしょうね。

しかし開店当初からまったく予想が外れました。
月商380万円を予想しておきながら、実際は180万円。
飲食店の経営コンサルとは、いかにいい加減なものかも分かります。
でも死に物狂いになって計画通り2年で完済したそうです。
これも、ものすごい経験です。

しかもここで失敗した経験が持てたことが重要なのですね。
なぜ失敗したか、それを身をもって学んだのです。
そのときの苦労が、またあとから生きてきます。

東京を代表する一大繁華街の渋谷からわずか3駅の
祐天寺の駅前なら、間違いなく成功すると思ったのでしょう。
しかも祐天寺という土地柄、比較的所得水準が高い住民も多い。

でも「祐天寺は飲む街ではなく飲んで帰ってくる場所だった。」
それに店を持って初めて気がついたのですね。
立地開発をコンサルしてきた方が、念願の自分の店で見事に
外してしまったのです。
さらに失敗した理由として、業務委託した従業員のやる気のなさに
気がつかなかったことと、オープンのタイミングも悪かったことも
述べています。

失敗しても借金が残らなかっただけ良かったとは思いますが、
こういう失敗を若くしてやったことが結果的には良かったのでしょう。

この社長若いながら、実に経験豊富なのです。
社長の人生を変えるターニングポイントがやってきます。
それもまだまだ若干27歳のとき・・・。


ロードサイドのハイエナ流コスト1/5のムダゼロ経営術 その2
2010.07.20

まずこの井戸社長の経歴を見てみましょうか。

ロードサイドのハイエナ.jpg

出身は神奈川県。
川崎市で一番偏差値の低い工業高校出身だそうです。
(失礼なお話かも知れませんが、これは本人のブログに
そう書いてあります)
高校卒業後「築地すし好」に入社。ここで寿司職人の修行を
しました。
星野リゾートの社長さんは、慶応大学出身。しかもアメリカの大学院まで
行っていますから、恐縮ですがまったく違いますね。
学歴なんか関係ないと申し上げたいことなのですが
でもこの飲食店の板前修業を体験していることが
あとから生きているようです。


しかしこの方の偉いのは、寿司修行を4年やって悟るのですね。
「このままこの給料でやっていったら、いつ自分の店が持てるだろうか」
それを感じたのはすごいです。

お店の開店のご相談を何度か受けたことがありますが、
ほとんどが、お店を数店経験した上で、40くらいになって
ようやく自分の店を持てたというのがほとんどですからね。

しかも、
「収入面もさることながら、調理に従事していただけでは経営ができない」
そう思ったそうです。
それで30歳までに自分の店を持つことを自分と約束し、
それから、飲食店経営に必要な知識や経験を求めて転職を
繰り返します。

このあたり大事なことですね。
「どうやったら自分の理想の店がもてるか」
真剣に考えた上で転職を繰り返したのでしょう。

それで、まず焼肉チェーン「牛角」を経営する「レインズインターナショナル」に
入社します。
ここで立地開発のノウハウを学びます。
その後、テレビ番組「マネーの虎」で有名になった「小林事務所」に
転職し、経営も学びます。
さらに、「店舗流通ネット」という飲食事業向けの経営支援サービスを
する会社に移るのです。
このときまだ26歳。でも若いながら独立開業のためのキャリアアップを
着実にしてきたのです。
こういう方はお目にかかったことがないですね。

飲食店開業へと順風満帆突き進んでいったのかもしれませんが
ここで大失敗をしてします。
この失敗経験を正直に公開しています。
ここはぜひ学ぶべき点です・・・。


ロードサイドのハイエナ流コスト1/5のムダゼロ経営術 その1
2010.07.16

星野リゾートを研究しながら、実は「眞逆の本」も読んでいました。

ロードサイドのハイエナ流コスト.jpg

ご存知ですか?
ロードサイドのハイエナと呼ばれる、今話題の若き実業家。
最近よくテレビで見かけますよね。

井戸実氏。1978年生まれですので、まだ若干32歳です。
2006年の28歳の時に株式会社エムグランドサービスを設立し
まだ4年ほどですが、本当に急成長しています。

数字の専門家、税理士としてまず数字を見てみましょうか。
第1期 2007年3月 売上高 3億6716万円 経常利益160万円
第2期 2008年3月 売上高14億7748万円 経常利益330万円
第3期 2009年3月 売上高19億6032万円 経常利益870万円
第4期 2010年3月 売上高48億2291万円

と売上の割には利益がそれほど出てはいないものの、わずか数年で急成長、
2009年11月現在で62店舗を展開しています。
本でもテレビでも言っていましたが、もう今年度は売上140億円(見込み)
テレビでは数年で1000億!を目指しているとも言っていました。

なぜ、これだけ急成長しているのか?
これは一度勉強しておく必要があると思うのです。
特にこれから飲食店を開業しようと思っている方は必見です。


では「ロードサイドのハイエナ」と、なぜ呼ばれるのか。
これは、テレビで何度も紹介されたのでご存知の方も多いのでしょう。
ファミレス、回転寿司など大手チェーン店が撤退した店舗に、
そのまま「居抜き」で入り、独自のチェーン展開をしてきたのです。
しかも、本の題名の通り、コストをかけず、それこそ設備費8000万はかかる
豪華なロードサイド店を、まさに5分の1の1600万のコストで
いとも簡単に出店してしまう・・・。
そんな事業展開です。

一方で星野リゾートは全く違いましたね。
厳選されたホテルで、資本投下して自ら構築したコンセプトのもと、
まったく新しいホテルを作り上げているのです。
そこには教科書に基いたロジックがある・・・。

両社はともに「企業再生」というカテゴリーには入るのかもしれませんが
やはり眞逆の経営術です。
「星野リゾートの教科書経営」とこの「コスト1/5のムダゼロ経営」
と比較して考えてみることは、間違いなく経営に役に立ちます・・・。


フジテレビから取材を受けました!
2010.07.15

星野リゾートでまた一人で熱くなっているうちに、いろいろありましたね。
ワールドカップも感動したし、参議院選挙もありました。

業界的には、年金保険の二重課税問題で最高裁判決が出ましたね。
そのウンチクはいずれアップしますが、なんとその件でフジテレビから
取材を受けてしまいました。
なんと私も見ている朝の情報番組からです。
ただ残念ながら、たまたま私が外出中だったので、高島アナ?と
話しそこないましたね。
何度か電話いただいたみたいですが、ところで私はそんなに
有名だったのでしょうか?

職員が聞いたら、
「生命保険の分かる税理士は少ないから」
という理由だったらしいのですが、どうでしょうか?
一応生命保険の代理店もやっているくらいですから、詳しいつもりです。
別に生命保険の本も書いていないし、このブログにも
また「偉そうに」書いていませんよね。
きっと、テレビ局のディレクターが、手っ取り早くネットで
検索でもしたのでしょうか?

「生命保険 税理士 ブログ」
で検索してみましたが、ヒットしませんでしたね。
まあ、最近のテレビ局はこんな感じで安易に情報を仕入れているのでしょう。

実はブログを始めてから、結構この手の「取材」と称する電話を
よく受けるようになりました。
ここで、基本的なお話なのですが、「取材」と「出演」の違いは分かりますか?
艶かしいお話なのですが、「取材」はギャラがなくて、「出演」は
ギャラが発生します。
これはある雑誌社から「取材」を受けたときに教えてもらったことです。

取材は「名前を載せてあげるのだから、タダで協力して欲しい」
ということなのですね。
作業が伴うと、多少の(ほんのわずかの)取材協力費もあるらしいですが・・・。

天下のフジテレビもこうやって「取材」しているですね。
取材を受けること自体は、ブログの効果かもしれませんね。
ブログをやるような税理士は「ヒマで目立ちたちがり屋」と
思っているのですかね。

実は、またある出版社から「本を書きませんか?」と依頼が来ました・・・。
どうしようか考慮中です。
お受けすると、夏休み返上ということにもなるし。
ブログも書く暇もなくなるとファンの方に申し訳ない・・・(そんなことないか・・)


星野リゾートの事件簿 その4
2010.07.14

星野リゾート・シリーズ最後に、「人材育成」について
ふれてみたいと思います。
どんな企業でも、この「人」の問題が大事ですね。
実際には育成以前の問題として、なかなか定着率が上がらなかった
そうです。

星野社長は

「社員が定着してこそ、一人ひとりが業務の習熟度を上げることができる。
それがサービスの質を高め、顧客満足度向上につながる」

こう考えています。
やはり旅館業の顧客満足度向上には、「人」がすべてなんでしょうね。
この「人」の問題に関し、先日ご紹介した教科書のとおり、
「スタッフの気づきを意識してもらうための議論」
が大事となります。
これは星野社長ご自身の経験からくる経営術だそうです。

星野社長が1991年に父親から経営を引き継いだ時、
会社の古い体質を変え、ムダや非効率を解消する必要を感じ、
トップダウンにより、事業を改革していきました。
その結果、改革により成果をあげていく一方で、社員が一人またひとりと
退職していったそうです。

なぜ辞めていったか。
それは、命じられて動くことに疲れたと同時に、自分の意見を主張する場が
なかったからなのです。

このあたりサラリーマン経験者なら誰でも想像つくことでしょうね。
それで星野社長は変えたのです。

「自分の判断で行動してもらうことで、社員のやる気を高めよう。
言いたいことを言いたいときに、言いたい人に言えるようにしよう。
そしてどんどん仕事を任せよう。」

社内を改革していった訳です。
これに裏づけとなる「教科書」があったことは、すでにご紹介したとおりです。
ここは自信をもって改革したのでしょう。
だからこそ成果がでたのです。


2007年11月に伊東の旅館「アンジン」が星野リゾートによって
再生されました。
それを主体となって再生したのは、入社5年の若干28歳の総支配人です。
それも新スタッフの社員とパート40人をわずか1ヶ月で開業前の
トレーニングを終えたそうです。
ご紹介した教科書どおりの「意見を出し合い、議論を重ねて決める」研修で
皆一人前のスタッフに成長したということです。
星野リゾートでは、これを「文化創造プログラム」というのだそうです。


すごいですね。
星野リゾートの「ぶれない」教科書経営。
参考になりましたでしょうか。
ぜひ真似して、貴社オリジナルの
「文化創造プログラム」を作ってください・・・。


(炎の星野・リゾートシリーズ おしまい)


星野リゾートの事件簿 その3
2010.07.13

「エコロジカル・ポイント」というキーワードもあります。

環境保護ということは、リゾート開発をする同社にとっては、
確かに矛盾するテーマですね。
でもここまで、「エコ」を経営目標に掲げているホテルは
少ないのではないでしょうか。

よく低価格をうたい文句にするホテルで、あえて「エコ」と称して、
タオルや歯ブラシも浴衣さえも置かないところもありますね。
確かにそれもエコなのでしょうけど、この星野リゾートは真正面から
この環境問題に取り組んでいます。
これは他のホテルでは多分真似できないでしょうね。

軽井沢の星野温泉ホテルの時代から、この環境問題に真剣に
取り組んできたそうです。
敷地内で水力発電もやっていたとは知りませんでした。

その星野温泉ホテルを取壊し、「星のや 軽井沢」を建設しようとした際に、
新たなエネルギーシステムを導入したそうです。
地中の熱をヒートポンプで活用するシステムで
その導入には、なんと!十億単位の巨額な資金が使われたそうです。

星のや 軽井沢.jpg

これはすごいですね。
これは星野グループの社運をかけた一大プロジェクトでは
なかったでしょうか。
結果どうなったか?

現在「星のや」は施設全体で使うエネルギーの7割をこの自然エネルギー
によってまかなうことができるようになりました。
今流行の「二酸化炭素の排出量」を大幅に削減できたわけですね。

巨額な資金の回収も、当初予定の5年を大幅に上回り、なんと
1年10ヶ月で回収したそうです。

見事ですね。
当然ながら、「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」なんかも受けた
ということも納得できます。
これはこれで宣伝効果も大きいのでしょうね。

「星のや 軽井沢」は2005年のオープン以来、
新聞や雑誌の一度は泊まってみたい温泉旅館で、常に上位に入ります。

一泊2食付で5万位するそうですが
本当に一度くらい(本当に一生に一度でも)泊まってみたいと
思いませんか・・・。(こちら)


星野リゾートの事件簿 その2
2010.07.12

「顧客満足度」こそが、星野経営術を理解する最大のキーワードです。

では実際にあった「事件」でご紹介しましょう。
新入社員のKさんは星野リゾートでこの「顧客満足度」を
叩き込まれます。
新人研修として、全員が必ず3箇所のホテルでのOJTを受けるそうです。
Kさんは、名門旅館の「星のや 軽井沢」と「ホテルブレストンコート」で
まずこのOJTを受け、「星野イズム」を叩き込まれたあと、
「アルツ磐梯」にまた研修で送り込まれます。

そこで、現場で「顧客満足」を考えていないような先輩社員の態度に
何度も遭遇します。
それを見かねたKさんは、そのあとどうしたか?

星野リゾート内では、職場内の疑問や不満などを、直接社内に問いかける
メールシステムがあるそうです。
これはすごいですね。大企業では何か問題があると、普通は直属の上司に
言うのが普通ではないでしょうか。
こういう風にメールで自由に発言できる会社は、なかなか少ないのでは
ないでしょうか。

どんな仕組みかというと、いわゆるメーリングリストのように、
社内の全スタッフに意見を送信できるそうです。
まあ普通の会社なら、直属の上司からどなられるかもしれませんね。
「何で俺に先に言わないのか!」と・・・。

メーリングリストは当然星野社長も見る仕組みです。
それを見た社長が、真先に反応したそうです。しかも
そのメーリングリストに応えるのではなく、
「ガンバレ!新人!!」。
と直接本人にメールをしたそうです。

実にうまいメールの使い方ですね。
これは感心しました。
スタッフは当然ですが、社長も見ているかもしれないという緊張感も
ありますからね。
それに対して、あわてた上司や先輩社員も、改善点を議論するメールが
飛び交ったそうです。

当然ですが、それを社長は黙って見ていたのでしょうね。
トップから指示したら、それでオシマイですからね。
「顧客満足度をあげるにはどうするか?」
それを現場に議論させようとしたのでしょうね。

なかなかうまいシステムです。
星野社長は実にうまくITを使いこなしていると感じましたね。
現場から離れた東京で、星野イズムを「遠隔操作」しているのです。

まあこれは「リクルート向けのネタ」かも知れませんが・・・。


星野リゾートの事件簿 その1
2010.07.09

まだまだ続く、星野リゾートネタ・・・。
星野ウォチャーとしては、もう一冊ご紹介しましょう。
「星野リゾートの教科書」と同じ著者が書いた、
「星野リゾートの事件簿」です。


星野リゾートの事件簿.jpg


いままでご紹介した本は、「教科書」ということで、いささかお上品な
書き方だったのですが、これは実際のお話をもとに星野経営術を
紹介しています。
この著者の丹念な取材力と洞察力、星野氏への愛情まで感じられる本です。

具体的な再生事案で、いままでの教科書経営を検証できます。
「なるほど教科書経営はブレない」
そう感じることができます。


北海道のアルファリゾート・トマムはご存知ですか。
アルファリゾートの再生のお話から始まります。

私には、ここは本当にバブルの象徴のようなリゾートだと感じます。
北海道のほぼ中央、新千歳空港から車で2時間あまりの場所に
ツインタワーができたのは、まさにバブル絶頂期でした。
バブル崩壊により、その会員権売買に頼った資金繰りが
当然ながら破綻したわけです。

それをどうやって星野社長は立て直したか。
非常に興味があるお話ですね。

これを今までご紹介した教科書的星野流で改革していきました。
ます、教科書どおり、スタッフに自由に意見を言わせ、顧客満足度を
あげることを徹底しました。

今までの経営者は、こんな立て直し策だったそうです。
「コストカット」、「上から命令」、「絶対服従」
どこかの超ワンマン社長が、やりそうな経営ですよね。

星野社長は、この再生を教科書どおり、現場のスタッフに任せました。
特に、冬場はスキーで繁盛するものの、夏場が極端に稼働率が
低下することが緊急の課題でした・・・。

生みの苦しみはあったものの、ようやく地元の方ならではのアイデアが
誕生しました。

それは、夏場に「トマムの山頂で雲海を見せるサービス」を
スタッフ自ら思いついたのです。
地元の方ならではの「気づき」なのでしょうね。
トマムの山頂から見る雲海は本当にすばらしいものらしいです。
雲海テラスはコチラ

それが結果的に大人気のサービスとなり、まさに夏場の稼働率アップに
貢献したそうです。
東京から、現場も行かないでひたすら「コストカット」などと
「命令」しているだけのワンマン経営者では
きっと思いつかないアイデアでしょうね。

トマムの雲海を一度を見てみたいと思いませんか・・・。


星野リゾートの教科書 その7
2010.07.08

これだけしつこく星野リゾートを取り上げる理由は
なぜだかお分かりになってきたでしょうか。
星野社長は、この教科書に沿った経営で成功されているのです。
しかも、星野社長が経営の「定石」として考える本を公開しているのです。
だからこそ、経営者の方々は、真似すればいいと思うのです。

こういうことを知らないで経営をしていることは、
まさに定石を知らないで囲碁を打っているのと同じなのです。
定石は覚えればなんでもないことなのです・・・。


「熱狂的なファンをつかむためにはコンセプトを作る」
これも参考になります。

コンセプトは社長が作るのでなく、その施設で働くスタッフが
主役になって決めます。
これが大事なのです。
テレビで何度かこの星野リゾートが取り上げられていますが、
必ずスタッフのミーティング風景が映し出されます。
ここで喧々諤々言いたいことを言いあうのです。
相手が社長であっても遠慮せず発言し、議論を深めるそうです。

この考え方は、米国の経営学者ケン・ブランチャード氏らが書いた
「1分間顧客サービス」という教科書からです。

一分間顧客サービス.jpg

星野社長はこの議論の際に意識することは、「スタッフの気づき」だそうです。
出てきたアイデア自体ではなく、このアイデアが好きだ、共感できると
気づいてもらうことが重要らしいです。

一方で星野リゾート流のマーケティング調査のデータなども分析しながら
スタッフが何度も議論を重ね、予約、サービスメニュー、食事、
家族市場、周遊市場など,こまかなコンセプトを決めていきます。

結果どうなるのか。

「スタッフが自分たちで考えてコンセプトを決めるからこそ、
納得感があるし、共感できるようになる。それはスタッフが自分たちでの力で
施設をよくしようとするモチベーションにつながる・・・」

なるほど!
そう思いませんか。
スタッフの力をどうやって引き出しているのか。
これはぜひ真似してください・・・。


星野リゾートの教科書 その6
2010.07.07

「社員の気持ちを一つにまとめる方法」とは?
これは参考になりますね。

星野社長は社員に経営ビジョンを繰り返し語っています。
本当に社員は耳にタコができるくらいだそうです。

この考え方は、ジェームス・コリンズ氏らの書いた
「ビージョナリー・カンパニー」を教科書としているそうです。

ビジョナリーカンパニー.jpg


星野社長の経営ビジョンとは、一言でいうと
「リゾート運営の達人」です。

しかも、この経営ビジョンの実現にどれだけ近づいているかを
自ら決めた「3つの尺度」で求めています。
それは
「顧客満足度」(客のアンケート結果から数値化)
「売上高経常利益率」(20%を目標)
「エコロジカル・ポイント」(環境基準に関する達成度を数値化)
ということです。

顧客満足度をあげるために、コストも脹らみます。
そうなると売上高経常利益率も下がります。これは矛盾していますね。
その売上高経常利益率も20%とかなり高い目標数値です。

エコというのも時代を追っていますね。リゾート開発とは
まさに環境破壊につながりかねない矛盾点です。
その相反する命題をクリアすることが、まさに「リゾートの達人」ということ
なんだそうです。

それを社員に徹底させるためにどうしているか?
これは笑えました!
「星野リゾート目覚まし時計」を作って、社員に配っているそうです。

アラームの音の代わりに、
「起きてください」という言葉と
先ほどの「顧客満足度」「経常利益率」「エコロジカルポイント」の
目標数値が流れます。
それでも起きないと、社長の声です。

「リゾート運営の達人を目指して今日も一日頑張りましょう!」

社員は毎朝イヤでもこれを聞かされるのです・・・。
星野社長!さすがです。参りました・・・。



星野リゾートの教科書 その5
2010.07.06

星野リゾートが手がける超高級旅館「星のや 軽井沢」があります。
この不景気に、一泊5万もするそうなのですが、大繁盛しているそうです。

どうしてなのか?これも気になりますね。
これは「顧客満足度をトコトン突き詰めた作戦」だからなのです。
その教科書として参考にされたのが
経営コンサルタント、ドン・パパーズ氏の「ワン・ツー・ワン・マーケケティング」
です。

ONE to ONE マーケティング.jpg

この理論に沿ったサービスを展開しようと星野社長は考えたのです。

具体的には
「お客様一人ひとりに合ったサービスを提供しよう」
ということだそうです。
例えば、宿泊の際にタオルをたくさん使った方がいたとしますね。
そうすると次回の宿泊の際には、部屋にはあらかじめタオルを
用意しておくのです。
また、シャンパンを持ち込んだ人がいたとしたら、次回の宿泊の際には
あらかじめシャンパン・クーラーを部屋に用意しておく・・
そんなサービスなのです。
つまり顧客情報をデーターベース化して、常にその方に合った
サービスを展開していくのです。

実際に自分が宿泊した時に、もしそういう状況に遭遇したとしたら
間違いなく喜ぶでしょうね。満足度が上がるわけです。
またぜひ次も泊まりたいと。
実際に「星のや」に宿泊したお客さんの5割は1年以内に
再び宿泊するそうです。


星野リゾートでは、それを「CRMキッチン」と呼ぶそうです。
「料理メニューを作るようにお客様のメニューを作る」
そんな意味です。
ただ、この本ではそれ以上の情報は公開していません。
残念ながら極秘情報なのでしょうね。

ホテル・リッツカールトンもそんなサービスをしていると
聞いたことがあります。
常連顧客のデーターベースがあるということです。

一泊数万円の高級旅館だから出来るサービスなのでしょうか。
これは他の業種でも間違いなく真似できることなのですね。
例えば得意先の方にお子さんがいたとしますね。
その子の名前や年齢をデータとして持っていれば
その方に会った時に
「〇〇チャンは今年小学校ですね。おめでとうございます。」
ということが、自然に言えたら相手も感激するはずですよね。

そういうことなのですね。
星野リゾートや高級ホテルだけのお話ではないと
私も思います。
これはぜひ真似してください。



星野リゾートの教科書 その4
2010.07.05

まだまだ続く星野リゾートネタ。
星野社長がどこまで自社のノウハウを開示しているか分かりません。
ホテル再生のプロである以上、その情報はやはり有料でなければ
ならないはずで、すべてを公開しないかもしれません。

でもこの本を信じて、そのノウハウを考えて見ましょう。
何か経営のヒントになるはずです。


「アルツ磐梯」というリゾートホテルがあります。
もともと第3セクターで運営していたものが、バブル崩壊で星野リゾートが
立て直すことになりました。

この建て直しのために、星野社長が参考にしたのが、米国の経営学者の
クリストファー・ハート氏の論文、「いかにサービスを収益化するか」でした。

いかに「サービス」を収益化するか.jpg

この論文の中に「サービスの100%保証システム」があるそうです。
これをそのまま参考にしています。
どうしたかというと、
「美味しさ保証付きのカレー」をゲレンデのレストランで販売したそうです。

これは実に面白いアイデアですね。
おいしさという主観的なものを保証するというのは難しいことでしょうけど。
まあ通常ゲレンデで食べるカレーなんて、もとから味には
期待しないですからね。
それをあえて「保証」した。
本当に美味しくなかったら返金するそうです。

本当に美味しいのか確かめたくなりますよね。
マズかったら絶対文句言ってやろうとも思いませんか。
でも実際には予想されたほどクレームはなかったそうです。
結果的に、これが1シーズン10万食も出る大ヒットになったそうです。

これがどうしてヒットになったのでしょうか。
星野社長の「教科書経営」の真髄ですね。


ハート氏いわく
「保証すると、サービスを提供する社員がサービスに責任もつようになる」
という効果があらわれるそうなのです。
本当にやってみるには、かなりの度胸が必要だとは思いますが
真似てみたらどうでしょうか。

「おいしさ保証付きラーメン」
「おいしさ保証付きうどん・・・」
飲食店ならどこでも真似できるお話ですね。
やってみませんか。


私もやってみようかなと。
「税理士の保証付き」決算書・・・・!
税務調査で問題になったら決算料全額返金します!?


星野リゾートの教科書 その3
2010.07.02

では経営の「定石本」をどうやって選ぶか?
これはまた参考になりましたね。

私のような選び方、例えば
本屋に行って、「平積み」のものや、アマゾンのランキング、
日経の広告あたりから手当たり次第に買う・・・。
これでは経営に参考になるものに出会わないそうです。
「書店の書棚に一冊だけ置いてあるような本」から選ぶそうです。

これこそが、「流行の波を乗り越えて、評価が定まった本が多いから」
だそうです。
本屋で「平積み」されているような本は、まだまだ評価が定まってない本が
多いということなのでしょう。
囲碁で言う「定石」とは万人が認める「最高の手筋」です。
でも、それが認められるには年月が必要ですからね。

さらに、星野社長の教科書=経営の定石本 とは、
「米国のビジネススクールで教える教授陣が書いたもの」
なんだそうです。
これは本の買い方を改めなければいけませんね。
今後ブログ「経営に役立つ本」の選定に悩みそうですね・・・。
アマゾンなんかで買ってはいけないみたいですね。
もう少し難しそうな本から選びますかね・・・。


また彼の「教科書の読み方」も参考になります。
1行ずつじっくり読むそうです。
何度も読み返し、本に書き込みも。
読むポイントとしては、
「自社にどうあてはめればよいのか」
「従業員にどうやって伝えるか」
それを考えながら読むそうです。

これは私自身も納得するのです。
ブログ「経営に役立つ本」を書いていますが、
私自身、どうやってブログで「分かってもらえるか」
考えながら読んでいるのです。
そう思って読むことで
間違いなく読みこなし方が違ってきますよ・・・。


しかし、本を読んだだけで経営がよくなるのでしょうか。
米国の大学教授こそが、すべての経営を理解しているということ
なのでしょうか。
星野社長の意見は参考にはなるものの、
まだまだ私も疑り深いのですね。

囲碁の川柳にこんなものがあります。

「定石を覚えて2目弱くなり」

定石だけに頼っても、返って囲碁が弱くなるのです。
これはこれで囲碁をやるものとして
またよく分かるお話なのですね・・・。



星野リゾートの教科書 その2
2010.07.01

私のブログで「経営に役立つ本」ということで何冊も紹介しています。
「本を読んだだけで、本当に経営に役立つのか!」
そんな反論も一方ではあるかとも、内心思っていたのですね。

でも、この本に出会ったことで、まさに「本は経営に役立つ」と
強い自信が持てました。
星野社長は、「経営判断を誤るリスクを最小限にしたいから」
本を読むそうです。

『企業経営には経営者個人の資質に基く「アート」の部分と
論理に基く「サイエンス」の部分がある・・・。』

ここは「なるほど!」と思いました。
今まで数多くの経営者にお会いしてきましたが、
多くの経営者は個性的です。
だからこそ組織に馴染めず、独立開業したんだと理解できます。
でも「アート」といういわば職人的なセンスだけでは
やはり実際の経営では息行き詰ることも
目の当たりにしてきました。
企業経営を「サイエンス」ととらえ、一方で論理的思考も必要なんだと
星野社長から教えてもらいましたね。


囲碁には「定石」というものがあります。
星野社長はこの囲碁の定石にたとえています。

私は囲碁を多少たしなむので良くわかるのですが、
(囲碁暦40年!7段!すいません。またプチ自慢・・・)
つまり、ここでいう教科書の経営と同じものだといっています。

「定石を知らないで経営するのと、定石を知って経営するのでは
正しい判断に差が出る。」

ここは、実に良く分かりましたね。
囲碁を勉強する時に、まずこの定石を覚えます。
私も小学生の時(!)囲碁の手ほどきを受けましたが、
とにかく定石をまず覚えさせられました。
定石を覚えることで、石の形(これを手筋といいます)を知るのです。
厳密では理屈の世界かもしれませんが、
何度も繰り返し覚えることによって
その石の形から囲碁の打ち方を自然と学ぶことができるのです。
逆に定石を知らないで囲碁を打てないとさえ思います。

そういう意味では、会社の経営者、定石である「経営学」と
いう「サイエンス」を学ぶ必要があるのでしょうね。
これは勉強になりました。
星野社長は

「定石を理解していることで、思い切った経営判断に勇気を持って
踏み切るきっかけを与えてくれる」

これは囲碁をやったことのある人ならよく分かるたとえでしょう。
ではその経営の定石をどうやって覚えるか?
これが大事なのでしょうね。
経営の「定石本」の選び方まで紹介しています・・・。


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