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吉田信康税理士事務所ブログ

夢をかなえるゼイ 私の脱サラ日記 その3

2010.07.28

平成元年という時代


いきなり20年も前のお話をしても分からないですかね。
当時の金融業界を少し解説してみましょう。

平成元年当時、野村證券は「ガリバー」と呼ばれていました。
証券界では国内には敵がいないと本当に思っていました。
その野村證券が、平成元年4月に戦略的子会社を作りました。
ファイナンス会社で、残念ながら、「銀行」
ではないのですね。
つまり、当時、証券業界に敵がいないと悟った野村證券は、
今度は銀行業務に参入しようとしたのですね。
でも当時は、大蔵省(今の財務省)の力が強烈に強くて、
そう勝手に銀行業務には参入できなかった。
銀行業界からも猛反発を受けていたのでしょうか。

でも当時こんな言葉も言われていました。
「金融ビックバン」
つまり、金融業界にある規制を急激に緩和して、
日本の金融市場をより活性化しようという動きもあり、
そのため国際的にも競争力をつける必要もあったのですね。

それで、銀行ではないファイナンス会社を作ったのですね。
これを「ノンバンク」といっていました。


また時代背景も詳しく説明しておきましょう。
昭和から平成に移ったまさに平成元年、どういう年だったか
ご存知ですか。
平成元年(1989年)12月に
日経平均が最高高値38,915円をつけた年です。
まさにバブル景気突入の瞬間でした。
その株式市場にもつられて、土地の値段も上昇しましたからね。
そのピークは2年後の平成3年(1991年)といわれています。

ですから、平成4年に退職した私は、バブルのピークを見極めてから
脱サラしたといえますね。
今更ながら、もうすごい「相場観」だったと思っています・・・。
なんと見事な脱サラのタイミングだったのでしょう。

サラリーマン時代の最後の3年間はまさに「バブルのような」、
「夢のような」3年間でした。
楽しくもあり、また強烈に仕事もし、かつ勉強になった3年間でした。

バブル時代にそのノンバンクといわれる業種が
何をしてどんな役割だったのか。
まさに私は時代の「生き証人」なのですね。
それこそ、今だから言えるお話を、「守秘義務の範囲内で」
ご披露してみましょう・・・。


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