小規模宅地等の特例とは
相続時に自宅や事業用地の評価額を大幅に減らし、相続税を軽減できる制度です。対象は相続人で、居住や事業継続などの要件を満たす場合に適用されます。
制度概要と相続税が最大80%軽減される理由
この特例は、相続人が引き続き居住や事業を継続できるよう設けられています。過度な相続税負担により生活基盤となる土地を手放さなくて済むように配慮された制度といえます。平成27年の税制改正による基礎控除引き下げで課税対象者が大幅に増加したため、この特例の重要性はさらに増しました。
数字で見る特例のメリット
1億円の評価額の自宅の土地に特例を適用すると、80%減額により評価額は2,000万円まで下がります。この減額により課税価格が下がり、適用される相続税率も変わり、税額が軽減される仕組みです。税額は数百万円から数千万円単位で軽減される可能性があり、相続人の経済的負担を大幅に軽減できます。
特に都市部では効果が顕著です。例えば東京23区内の住宅地では路線価が1平方メートルあたり50万円を超える地域も多く、200平方メートルの土地でも1億円超の評価額となることは珍しくありません。こうした地域では、この特例の有無が相続税の納税額を左右する重要な要素となっています。
対象となる宅地の種類と限度面積
適用区分は居住用・事業用・同族会社事業用・貸付事業用の4種類。区分ごとに限度面積や減額割合が異なり、正確な理解が節税の第一歩です。
用途別に見る宅地の種類と条件
小規模宅地等の特例では、宅地の用途によって限度面積と減額割合が異なります。主な区分を表にまとめると以下のようになります。
区分 | 限度面積 | 減額割合 | 概要 |
---|---|---|---|
特定居住用宅地等 | 330㎡ | 80% | 被相続人または生計一親族の居住用宅地 |
特定事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 被相続人の個人事業用宅地 |
特定同族会社事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 被相続人および親族等で発行済株式の50%超を所有する法人の事業用宅地 |
貸付事業用宅地等 | 200㎡ | 50% | アパートや駐車場等の不動産貸付業用宅地 |
同族会社事業用宅地等の場合、被相続人単独ではなく親族等との合計で50%超の株式保有が条件となる点に注意が必要です。
なお、特定事業用宅地等については相続人が申告期限まで事業を継続していること、特定同族会社事業用宅地等については相続人が申告期限においてその法人の役員であること、貸付事業用宅地等については相続人が申告期限まで事業を継続していることが要件となります。
複数所有時の併用ルールと節税効果を高める計算式
複数の種類の宅地を所有している場合、それぞれの限度面積の範囲内で併用することが可能です。ただし、特定事業用宅地等と特定同族会社事業用宅地等は合わせて400㎡までが限度となります。また、貸付事業用宅地等を併用する場合は、変換係数(限度面積を換算する係数)による調整計算が必要となります。
貸付事業用宅地等の適用可能面積は、以下の式で求めます。
※事業用の適用面積は、特定事業用宅地等と特定同族会社事業用宅地等の合計面積です。
この係数は居住用・事業用の面積を貸付宅地の基準面積(200㎡)に置き換えるための換算値です。この式で出した数値が0以上であれば、その面積まで貸付事業用宅地等を適用可能です。
併用パターンの具体例
居住用200㎡と貸付用100㎡を所有している場合の計算例:
つまり、貸付用宅地として79㎡まで特例適用が可能です。
この計算は申告時に必須となるため、税理士による専門的な判断が必要です。組み合わせによって節税額が大きく変わるため、どの宅地に特例を適用するかは、節税効果を最大化するよう慎重に検討する必要があります。
特例を受けるための主な適用要件
取得者の区分ごとに適用条件が異なります。配偶者、同居親族、家なき子の3パターンに分かれ、それぞれ居住・保有・事業継続などの要件を満たす必要があります。
配偶者が取得する場合
配偶者が特定居住用宅地等を取得する場合は、取得者要件は免除されます。ただし申告と添付書類は必要です。
同居親族が取得する場合
同居親族の場合は、以下の要件を満たす必要があります。
- 相続開始前から被相続人と同居し、生計を一にしていること
- 相続税の申告期限まで引き続きその建物に居住していること
- 相続税の申告期限まで宅地を所有していること
住民票上の住所だけでなく、実際の居住実態や生計を一にしていたかで判断されるため、形式的な同居では認められません。
家なき子(別居親族)が取得する場合
別居親族、いわゆる「家なき子」特例については、以下の基本条件を満たす必要があります。
- 被相続人に配偶者がいない
- 被相続人に同居親族がいない
- 相続開始前3年以内に日本国内にある取得者、取得者の配偶者、取得者の三親等内の親族または取得者と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋に居住したことがない
- 相続税の申告期限まで宅地を所有していること

澤村 明浩
記事監修者からのワンポイントアドバイス
小規模宅地の特例は相続財産評価額を大幅に引き下げることが可能なものである分、誰でも簡単に使えてしまうと税の公平性が損なわれるため満たすべき要件は比較的多い特例です。特に居住用特例の誤解として、配偶者以外の同一親族が、申告時まで住んでいればよいと勘違いし、申告期限より前に家を売却し、別の場所に引っ越してしまうという事例が見られます。また、この特例を使った場合に相続財産評価額が基礎控除額以下になるということで、相続税の申告自体を行わないというのも誤解されやすいケースかもしれません。今回は詳しいことは省きますが、適用する土地の面積がどこまでになるかというのが実務上頭を悩ませます。保有している土地の面積全てに特例を適用できると思われるのもよくある誤解と言えます。
特殊ケースでも特例が使える条件
老人ホーム入居、二世帯住宅、賃貸併用住宅、単身赴任など、特殊なケースでも一定の要件を満たせば特例の適用が可能です。
老人ホーム入居の場合
被相続人が老人ホームに入居していた場合でも、以下の要件を満たせば特例の適用が可能です。
- 要介護認定または要支援認定を受けていること
- 入居期間中に自宅を第三者に貸し付けていないこと
- 入居理由が「居住しなくなったやむを得ない事情」に該当すること
二世帯住宅の場合
二世帯住宅については、建物内部で行き来ができない完全分離型でも、区分所有登記の有無により判定が分かれます。
- 区分所有登記なし:完全分離型でも同居とみなされる
- 区分所有登記あり:被相続人の居住部分に居住していた親族に限り適用対象
登記形態の確認が重要なポイントとなります。
賃貸併用住宅の場合
賃貸併用住宅の場合は、敷地を用途に応じて按分します。つまり、居住部分は特定居住用宅地等(80%減額・330平方メートル)、賃貸部分は貸付事業用宅地等(50%減額・200平方メートル)としてそれぞれ判定されます。
例えば、敷地400平方メートルのうち居住部分が200平方メートル、賃貸部分が200平方メートルの場合、居住部分は特定居住用宅地等として200平方メートル全てに80%の減額を適用できます。賃貸部分については変換係数を考慮した範囲で貸付事業用宅地等を適用することができます。
単身赴任や入院で別居している場合
やむを得ない事情の例として、単身赴任、入院などがあります。これらの場合で生活の本拠地が自宅にあると認められれば、被相続人と生計を一にしていた親族として扱われます。一方、相続開始前に被相続人が自宅を売却して賃貸住宅に移り住んでいた場合は、原則として特例の適用を受けることができません。
計算方法と節税効果の具体例
計算は「限度面積の割合算定→減少額算出→適用後評価額の算出」の3ステップ。数字を当てはめれば節税効果が具体的にイメージできます。
特例適用額の計算手順(3ステップ)
計算は3段階のステップで行います。
Step1 限度面積内の割合計算
実際の面積が限度面積を超える場合、適用割合を計算します。
Step2 減少額計算
評価額に適用割合と減額率を掛けて減少する金額を求めます。
Step3 課税価格計算
特例適用後の評価額を算出します。
複数の宅地がある場合は、最も節税効果の高い組み合わせを選択することが重要です。
実例でわかる、最大7,920万円の評価額減
500平方メートル、評価額1億5,000万円の自宅の土地の場合を考えてみましょう。特定居住用宅地等の限度面積は330平方メートルですので、以下の計算により減額されます。
特例適用後の評価額は7,080万円となります。
また、自宅300平方メートル(評価額9,000万円)と事業用地350平方メートル(評価額7,000万円)を所有している場合、両方とも限度面積内であるので、自宅は7,200万円の減額、事業用地は5,600万円の減額となり、合計1億2,800万円の評価減を受けることができます。
ただし、実際の相続税額への影響は、遺産総額、法定相続人の数、配偶者控除の適用有無、遺産分割の内容などにより大きく変動するため、具体的な税額軽減効果については必ず税理士に試算してもらうことをお勧めします。

澤村 明浩
記事監修者からのワンポイントアドバイス
アドバイスの論題とは少しずれるかもしれませんが、節税効果を最大化=税務リスクも最大化されると考える思考も必要と考えます。実例や相続税法、財産評価基本通達などにあてはめて、それぞれの土地の評価を判断することになりますが、相続税は申告の数だけ事例があると言っていいほど、毎回異なった事例と出会います。法律や通達は、そこまで個別具体的に書かれているわけではなく、特例を適用するとなったとき、どうしても課税庁と認識が食い違う部分が発生します。小規模宅地の特例の適用においても、後々争いになりそうな税務リスクを少なくしたいのであれば、節税効果の最大化は極めて難しくなります。お金に見えない部分も意識してほしいというのが正直なところです。
手続きと必要書類の流れ
申告期限は相続開始から10か月以内。特例を適用するには申告書の提出と必要書類の添付が必須で、早めの準備が安全です。
申告時のスケジュールと注意点
小規模宅地等の特例を受けるためには、相続税の申告が必要です。相続税がゼロになる場合でも、特例の適用を受けるためには必ず申告書に小規模宅地等についての明細書を添付して提出しなければなりません。申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内であり、この期限内に遺産分割協議を完了させ、必要書類を揃えて税務署に提出する必要があります。
必要書類一覧(共通書類と区分別書類)
共通書類の主なものとして以下が必要です。
- 相続税申告書
- 小規模宅地等についての明細書
- 被相続人の除籍謄本(市区町村役場)
- 相続人全員の戸籍謄本(市区町村役場)
- 遺産分割協議書(または遺言書)
- 不動産登記事項証明書(法務局)
- 固定資産税評価証明書(市区町村役場)
区分別追加書類として、特定居住用宅地等の場合は住民票の写し(市区町村役場)や同居を証明する書類、特定事業用宅地等の場合は青色申告決算書や事業用資産の明細書等が、分割協議書提出の場合は印鑑証明書が必要です。
書類準備のスケジュール
申告期限の3か月前までに書類収集を開始することをお勧めします。特に戸籍謄本や登記事項証明書は取得に時間がかかる場合があるため、早めの準備が重要です。
遺産分割が間に合わない場合の対応
申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合でも、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告することで、後日分割が確定した際に更正の請求により特例の適用を受けることができます。ただし、この場合は一旦特例なしで相続税を納付し、分割確定後に還付を受ける手続きが必要となるため、資金繰りに注意が必要です。
特例適用で注意すべき落とし穴
申告期限前の売却、相続時精算課税の利用、要件誤認などは特例を失効させます。取り返しのつかない失敗を防ぐため、事前確認が不可欠です。
申告期限前に売却すると特例は失効?
特例の適用要件として、配偶者以外の相続人は相続税の申告期限まで宅地を所有し続ける必要があります。申告期限前に売却すると特例が使えず、数百万円単位で税額が増えることもあります。
実例:
3,000万円の宅地を申告期限前に売却した場合、特例失効により評価額が2,400万円増加(3,000万円×80%)します。この評価額増加により相続税額も増加しますが、具体的な税額増加は相続税率(10%〜55%)、遺産総額、法定相続人の数等により大きく変動します。
一度失った特例は取り戻せません。申告期限後であれば売却しても特例の適用に影響はありませんが、申告期限前の売却は重大な税負担増を招く可能性があります。売却時期は必ず専門家に相談して判断してください。
相続時精算課税を使うと小規模宅地等の特例は使えない
相続時精算課税制度を利用して被相続人から贈与を受けた宅地については、相続開始前に所有権が移転しているため「被相続人の宅地等の相続取得」に該当せず、小規模宅地等の特例の適用を受けることができません。生前贈与を検討する際は、相続時精算課税制度の利用が将来の特例適用に与える影響を十分に検討することが重要です。贈与方法の選択は必ず税理士に相談して決定してください。
書類不備や誤申告によるペナルティのリスク
特例の適用を受けるためには、厳格な要件確認と正確な書類準備が必要です。書類に不備があったり、要件を満たしていないにも関わらず特例を適用した場合、後日税務調査により特例の適用が否認され、本税に加えて過少申告加算税や延滞税が課される可能性があります。一度特例を選択して申告すると、基本的に撤回や変更はできないため、申告前には必ず税理士に相談して要件を確認してください。
税制改正による要件変更の可能性
小規模宅地等の特例は、過去にも複数回の税制改正により要件が変更されています。平成30年には貸付事業用宅地等について3年縛りの規定が新設され、同年には家なき子特例の要件が大幅に厳格化されました。今後も税制改正により要件が変更される可能性があるため、相続対策を検討する際は最新の税制に基づいた検討が必要です。
まとめ
小規模宅地等の特例は、適用要件を満たせば相続税を大幅に軽減できる重要な制度です。特に配偶者や同居親族が自宅を相続する場合は積極的に活用すべきですが、要件の判定や必要書類の準備には専門的な知識が必要となります。相続開始前から対策を検討することで、より確実に特例の適用を受けることができ、申告期限に余裕を持って手続きを進めることが可能となります。
税制改正により要件が変更されるリスクもあるため、最新の制度に精通した税理士への早期相談が重要です。
相続財産センターでは、相続税に精通した経験豊富な税理士が、特例の適用可否の判定から申告手続きまで、お客様の状況に応じた最適なサポートを提供しています。相続税でお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 老人ホーム入居でも?
適用可能です。要介護認定または要支援認定を受けており、かつ自宅を他人に貸し付けていない等の要件を満たす場合に適用されます。ただし、老人ホームへの入居が「居住しなくなったやむを得ない事情」に該当することが必要であり、単に利便性のために入居した場合は認められない可能性があります。
Q2. 二世帯住宅の同居条件は?
区分所有登記の有無で判定されます。建物内部で行き来ができない完全分離型でも、区分所有登記がされていなければ同居とみなされます。区分所有登記がされている場合は、被相続人の居住部分に居住していた親族に限り特例の適用対象となるため注意が必要です。
Q3. 遺産分割未了時は?
「分割見込書」により後日適用可能です。申告期限内に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告することで、後日特例の適用を受けることができます。ただし、一旦は特例なしで相続税を納付する必要があるため、納税資金の準備が重要です。
Q4. 精算課税贈与は対象?
対象外となります。相続時精算課税制度による贈与取得は、相続開始前に所有権が移転しているため適用対象外です。生前贈与を検討する際は、将来の特例適用への影響を十分に考慮して贈与方法を選択することが重要です。
Q5. 申告期限前売却の対応は?
特例適用は不可能となります。申告期限前の売却により特例の適用要件を満たさなくなった場合、特例を適用することはできません。この場合は特例なしで相続税を計算し、納付する必要があります。売却時期の判断は特例適用の可否を左右する重要な要素となるため、事前に税理士に相談することをお勧めします。