相続時精算課税制度とは?申告不要なケースと正しい手続き・注意点

相続時精算課税制度とは?申告不要なケースと正しい手続き・注意点
最終更新日:2025/10/27
この記事の監修者
松井 信行 公認会計士・税理士事務所
所長 松井 信行 (税理士・公認会計士)
令和6年1月1日以後の贈与から、相続時精算課税制度に年110万円の基礎控除が新設され、110万円以下なら申告不要(ただし初年度は届出が必要)となりました。ただし一度選択すると暦年課税に戻れない、小規模宅地等の特例が使えないなど注意点もあります。本記事は「110万円の線引き・初年度届出・手続フロー」に絞って実務目線で整理します。

相続時精算課税制度とは?

相続時精算課税制度は、生前贈与を促進するために設けられた贈与税の特例制度です。制度の基本的な仕組み、暦年課税との違い、令和6年改正のポイント、利用できる人の条件について解説します。

相続時精算課税制度の仕組みと暦年課税との違い

相続時精算課税制度とは、60歳以上の親や祖父母から18歳以上の子や孫への生前贈与について、贈与時には贈与税を軽減または回避でき、相続時に贈与財産と相続財産を合算して相続税で精算する制度です。

暦年課税は年間110万円まで非課税で、長期継続により累積で多額を移転できます。相続時精算課税では2,500万円までの特別控除があり、贈与者が亡くなった際に贈与財産(贈与時点の評価額)を相続財産に加算して相続税を計算します。

一度相続時精算課税を選択すると、その贈与者からの贈与については暦年課税に戻ることも選択の取消・変更もできません。

令和6年改正で変わった基礎控除「110万円」のポイント

令和5年度税制改正により、令和6年1月1日以後の贈与から、相続時精算課税制度に年110万円の基礎控除が新設されました。

改正前後の比較

改正前は1円でも贈与を受ければ申告が必要でしたが、改正後は年間110万円以下なら申告不要(初年度は届出必要)となり、この部分は相続時の財産加算からも除外されます。

年110万円の按分ルール

特別控除2,500万円と基礎控除110万円は別枠です。年間110万円を「特定贈与者ごとの課税価格で按分」します。複数の贈与者から贈与を受けても、合計で年110万円を分け合う形になります(贈与者ごとに110万円ずつではありません)。

【例】父から80万円、母から60万円(計140万円)の贈与を受けた場合

  • 按分割合で基礎控除を配分:父約62.9万円、母約47.1万円
  • 課税対象:父17.1万円、母12.9万円(それぞれ特別控除を適用)

どんな人が利用できる?適用要件と対象者

年齢要件は贈与した年の1月1日時点で判定します。

贈与者の要件

  • 贈与をした年の1月1日において60歳以上
  • 受贈者の直系尊属(父母または祖父母)

受贈者の要件

  • 贈与を受けた年の1月1日において18歳以上
  • 贈与者の直系卑属である推定相続人または孫

住宅取得等資金の贈与の特例

住宅取得等資金の贈与を受ける場合、贈与者の年齢が60歳未満でも相続時精算課税制度を選択できる特例があります(令和8年12月31日まで)。住宅取得等資金の贈与税非課税措置(最大1,000万円)との併用も可能です。

贈与者ごとに選択できるため、父は相続時精算課税、母は暦年課税という使い分けが可能です。

相続時精算課税のメリット・デメリット

相続時精算課税制度には、まとまった資金を早期に移転できる大きなメリットがある一方、一度選択すると取り消せない、小規模宅地等の特例が使えないなど重大なデメリットも存在します。制度を選択する前に、両面を十分理解し、自身の状況に適しているかを慎重に判断することが重要です。

相続時精算課税のメリット

相続時精算課税制度の主なメリットは、2,500万円までの特別控除による大型贈与の実現、令和6年改正による110万円基礎控除の新設、将来値上がりする財産の早期移転、収益物件からの収入移転などです。それぞれの特徴を見ていきましょう。

まとまった金額を早期に贈与できる

2,500万円までの特別控除により、住宅購入や事業開始など資金が必要なタイミングで大きな支援ができます。

令和6年改正で使い勝手が向上

年110万円の基礎控除新設により、少額贈与なら申告不要(初年度は届出必要)となり、相続財産にも加算されません。

贈与時の価額で相続税を計算

将来値上がりが期待できる財産を贈与すれば、贈与時の低い評価額で相続税を計算できます。ただし財産価値が下落した場合の逆転リスクがあります。

収益物件の家賃収入を移転できる

賃貸物件を贈与すれば、その後の家賃収入は受贈者のものとなり、贈与者の財産増加を抑制できます。

相続時精算課税のデメリット

相続時精算課税制度の主なデメリットは、選択の不可逆性、小規模宅地等の特例との併用不可、財産価値下落時のリスク、相続放棄しても納税義務が残る点、長期間の記録管理負担などです。特に土地の贈与を検討している場合は、小規模宅地等の特例が使えなくなる影響が大きいため注意が必要です。

一度選択すると暦年課税に戻せない

その贈与者からの贈与については以後すべて相続時精算課税が適用され、暦年課税に戻ることも選択の取消・変更もできません。

小規模宅地等の特例が使えない

相続時精算課税で生前贈与した土地については、小規模宅地等の特例の適用を受けられません。自宅や事業用地など最大80%の評価減が見込める土地の場合、相続で取得した方が有利になる可能性が高いため注意が必要です。

財産価値が下落しても贈与時の価額で計算

贈与後に財産価値が大きく下落した場合でも、高い評価額のまま相続税が計算されます。

相続放棄しても課税される場合がある

相続時精算課税で贈与を受けた人が相続放棄をしても、過去に受けた贈与財産は相続税の課税計算に算入され、申告・納税が必要となる場合があります。

長期間の記録管理が必要

贈与者が亡くなるまで贈与の記録を保存しておく必要があります。不動産や未上場株式などは評価争いや税務調査の対象となるリスクもあります。

相続時精算課税の選択後に後悔するケースとは? 制度選択前に検討すべきこと

監修者

松井 信行

記事監修者からのワンポイントアドバイス

相続時精算課税制度を選択・利用して後悔するケースでよくあるのは、生前に自宅や賃貸不動産などの土地を贈与した後で実際に相続が生じた際、その土地に「小規模宅地等の特例」が使えなくなり多額の相続税が生じてしまうケースです。この特例が適用できるのは被相続人から"相続または遺贈"により取得したもので"贈与"が含まれていないからです。
また、相続税の生前贈与加算を避ける目的で子と同じように孫に相続時精算課税制度を選択・利用して財産を移転してしまうケースもあります。暦年課税制度で被相続人から贈与を受けた者のうち、生前贈与加算の対象になるのは"相続等により財産を取得した者"ですので、相続等で財産を取得しない孫への生前贈与はそもそも加算対象になりません。
制度選択はどの財産を・誰に・いつ・どのように移転させるのが最善かを総合的に勘案して行うことが大切です。

相続時精算課税制度で申告不要となるケース

令和6年改正により、相続時精算課税制度を選択していても申告が不要になるケースが生まれました。ここでは、どのような場合に申告不要となるのか、初年度に必要な届出の注意点、110万円を超える贈与を受けた場合の申告義務について、具体例を交えて詳しく解説します。

年間110万円以下の贈与は申告不要

令和6年1月1日以後の贈与について、その年に同じ贈与者から受けた贈与の合計額が110万円以下であれば、贈与税の申告は不要となりました。

申告不要となる具体例

  • 父から生活費の援助として年間60万円の贈与を受けた場合
  • 祖父母から祝い金として年間100万円の贈与を受けた場合

現金以外(不動産・株式など)も「贈与時の評価額」で合算判定します。この110万円以下の部分は相続時の財産加算の対象にもなりません。

初年度の注意点

申告不要でも「届出書」は提出が必要

提出期限:翌年2月1日~3月15日

重要:初年度に贈与額が110万円以下の場合でも、「相続時精算課税選択届出書」の提出は必要です(単独提出)。

令和6年改正により申告は不要になりましたが、届出書は必ず提出しなければなりません。

届出の添付書類

受贈者の戸籍謄本または抄本(推定相続人または孫であることの証明)

相続発生年に初めて相続時精算課税を選ぶ場合の特例

贈与者が亡くなった年に初めて相続時精算課税を選択する場合、提出期限は①通常の贈与税の申告期限(翌年3月15日)または②相続税の申告期限(相続開始から10か月)のいずれか早い方となります。提出先は相続税の納税地(被相続人の住所地)を管轄する税務署です。

初年度に110万円を超える場合

初年度の贈与額が110万円を超える場合は、贈与税申告書と併せて届出書を提出します。この場合は申告と届出の両方が必須です。

届出書の提出が必要な理由と、忘れた場合のリスクとは?

監修者

松井 信行

記事監修者からのワンポイントアドバイス

贈与税には暦年課税と相続時精算課税の二つの制度があり、どちらを選択するかは納税義務者(受贈者)に任されています。そのため、相続時精算課税制度を選択する際は贈与財産の価額が基礎控除を超えるか否かを問わず『相続時精算課税選択届出書』を提出することが義務付けられています。
どちらの制度も基礎控除以下は贈与税がかからないのであれば、110万円以下なら『選択届出書』は提出しなくても良いだろうと思うかもしれませんが、どちらの基礎控除を適用するのかを判断するためには必要になります。所定の期間内に『選択届出書』を提出しなければ、その年度に行われた贈与はすべて暦年課税制度で課税されることになります。
つまり、2,500万円の特別控除は適用されず、110万円を超える部分は暦年課税制度の税率で課税されてしまいますので、選択する場合は必ず提出するようにして下さい。

年間110万円を超える贈与時の申告義務

年間の贈与額が110万円を超える場合は贈与税の申告が必要です。110万円を超えた部分について、累計で2,500万円までの特別控除が適用されます。

【計算例】父から500万円の贈与を受けた場合(初めての適用)

  • 贈与額:500万円
  • 基礎控除:110万円
  • 課税対象:390万円
  • 特別控除:390万円(累計管理)
  • 贈与税額:0円(ただし申告は必要)

特別控除2,500万円を使い切った後は、110万円の基礎控除を超える金額に一律20%の贈与税が課されます。

申告不要でも注意したいポイントとよくある誤解

年間110万円以下の贈与なら申告不要ですが、初年度の届出要件、記録保管の重要性、申告が必要なケースの見極めなど、注意すべきポイントが数多くあります。ここでは、申告不要と判断した際に見落としやすい注意点、よくある誤解、申告漏れによるペナルティのリスクについて解説します。正しい理解で、思わぬトラブルを防ぎましょう。

申告不要でも届出や添付書類が必要な場合

初年度で110万円以下の贈与の場合でも、届出書に加えて戸籍謄本等の添付が必要です。

住宅取得等資金との併用時の注意

住宅取得等資金の非課税措置を併用する場合は、別途申告書の提出が必要です。合計所得金額が2,000万円以下(新築等をする住宅用の家屋の床面積が40平方メートル以上50平方メートル未満の場合は、1,000万円以下)であるという要件があります。

記録と証拠書類の保管

申告が不要な場合でも、贈与契約書、銀行振込の記録、不動産の登記簿謄本、有価証券の取引報告書などは必ず保管してください。贈与者が亡くなって相続税の手続きが完了するまで保管することを推奨します。

申告忘れ・誤解によるリスクとペナルティ

無申告加算税

申告が必要なケースで申告を怠った場合、納付すべき税額の15%(50万円超の部分は20%、さらに300万円超の部分は30%)、税務署の指摘前に自主申告した場合は5%の無申告加算税が課されます。

延滞税・重加算税

延滞税は年2~8%程度(令和7年現在の特別税率)、意図的な隠蔽・仮装には無申告で40%、過少申告で35%の重加算税が課されます。

よくある誤解

  • 「110万円以下だから何もしなくていい」→ 初年度は届出書が必要
  • 「特別控除の範囲内だから申告不要」→ 110万円を超える贈与は申告必須
  • 「生活費だから非課税」→ 一括給付や預金化でも贈与を受けたのであれば課税対象

申告漏れに気づいた場合は、速やかに税理士に相談し、自主的に期限後申告または修正申告を行うことで加算税率が軽減されます。

相続時精算課税制度の手続きと実務の流れ

ここでは、贈与の実行から書類準備、申告書の作成・提出、納税、記録保管まで、5つのステップに分けて具体的な手続きの流れを解説します。期限や提出方法、注意すべき実務上のポイントを押さえて、スムーズに手続きを進めましょう。

ステップ1:贈与の実行

贈与契約書を作成し、現金は銀行振込で記録を残します。不動産は名義変更登記、有価証券は名義変更手続きを行います。不動産や未上場株式は評価が複雑なため、税理士に相談することを推奨します。

ステップ2:必要書類の準備

  • 戸籍謄本(初年度のみ、ケースにより追加あり)
  • 財産評価に関する書類(固定資産評価証明書、路線価図、取引報告書など)

ステップ3:申告書の作成と提出

贈与を受けた年の翌年2月1日~3月15日に、受贈者の住所地を管轄する税務署へ提出します。

贈与税申告書(第一表、第二表)、相続時精算課税選択届出書(初年度のみ)の申告書を作成します。

提出方法

  • e-Tax:24時間申告可能
  • 窓口持参:令和7年1月から控えへの収受印押印は廃止されました。(当面はリーフレットで代替されます)
  • 郵送:消印日付が提出日、配達記録推奨

ステップ4:納税

贈与税が発生する場合は3月15日までに納税します。贈与税額が10万円を超え一時納付が困難な場合は、申請により5年以内の延納が認められることがあります(利子税が発生)。

ステップ5:記録の保管

申告書の控え、贈与契約書、振込記録などは、贈与者が亡くなって相続税の手続きが完了するまで保管してください。

まとめ

相続時精算課税制度は、令和6年1月1日以降の贈与から年110万円の基礎控除が新設され、110万円以下なら申告不要ですが、初年度は届出書の提出が必要です。

制度の選択や手続きに不安がある場合は、税理士に相談することをお勧めします。相続財産センターを運営するビスカスでは、相続や贈与に詳しい税理士を無料でご紹介しています。専任の税理士コーディネーターがお客様のご状況に応じて最適な税理士を厳選し、初回面談の調整までサポートいたします。相続時精算課税制度の適用可否の判断や、具体的な手続きのサポートなど、まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問Q&A

Q.暦年課税に戻すことはできる?

いいえ、一度選択すると戻れません。選択の取消・変更も不可です。ただし贈与者ごとに選択できます。

Q.110万円以下の贈与は本当に何もしなくていい?

いいえ、初年度は届出書の提出が必要です。年間110万円以下なら申告は不要ですが、初めて適用する年は「相続時精算課税選択届出書」を単独で提出しなければなりません。贈与の記録も必ず保管してください。

Q.初年度のみ申告が必要?

いいえ、贈与額が110万円を超えるかどうかで判断します。2年目以降も110万円を超えれば申告が必要です。

Q.相続時にどんな手続きが必要?

贈与を受けた財産は相続財産に加算して相続税を計算します。令和6年1月1日以後の贈与で110万円以下の基礎控除を適用した部分は加算されません。相続税の基礎控除を超える場合は申告が必要です。

Q.申告不要でも証拠書類は残すべき?

はい、必ず残すべきです。贈与契約書、振込記録、登記簿謄本、取引報告書、申告書控えなどを、相続税の手続きが完了するまで保管してください。

Q.住宅取得資金の贈与は例外?

住宅取得等資金の非課税措置(最大1,000万円)と相続時精算課税制度は併用可能です。贈与者が60歳未満でも相続時精算課税を選択できる特例があります(令和8年12月31日まで)。合計所得金額が2,000万円以下(新築等をする住宅用の家屋の床面積が40平方メートル以上50平方メートル未満の場合は、1,000万円以下)であるという要件があります。

この記事の監修者
松井 信行 公認会計士・税理士事務所
所長 松井 信行 (税理士・公認会計士)
大学卒業後、東京で大手IT企業や監査法人にて情報システムの新規事業企画や会計士としての実務に長年携わる。その後、自身が相続を経験したことを契機として2014年に相続専門の個人会計事務所を地元で開業。現在は阪神間(主に神戸市・芦屋市・西宮市)で相続税をはじめとする各種税務申告や生前の相続対策相談など、相続に纏わる様々なサービスを数多く手掛けている。

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この記事の執筆者
相続財産センター編集部

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