家なき子特例の基礎知識と概要
このセクションでは、家なき子特例の制度の位置づけ(小規模宅地等の特例の一部であること)と効果の範囲(330㎡まで80%減額)、そして非同居でも対象になり得る条件の全体像を説明します。総務省の統計によると単身世帯比率が上昇しており、親と別居したまま相続を迎えるケースが増えています。こうした社会背景から、家なき子特例への関心が高まっています。
家なき子特例とは?制度の概要と小規模宅地等の特例との違い
家なき子特例とは、「同居していない相続人でも、一定の要件を満たせば居住用宅地の評価減を適用できる仕組み」のことです。家なき子特例の主な要件は、
- 相続開始前3年以内に持ち家に住んでいないこと
- 現在住んでいる家屋を過去に所有したことがないこと
- 相続した宅地を申告期限まで保有すること
の3本柱となっています。詳細な要件は国税庁タックスアンサーNo.4124で定義されています。
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制度の骨子
家なき子特例は、小規模宅地等の特例のうち「特定居住用宅地等」という居住用宅地の区分を、非同居の相続人でも条件を満たせば適用できる仕組みです。この特例は租税特別措置法第69条の4で定められた居住用宅地等の特例の一部として位置づけられています。
通常、小規模宅地等の特例は配偶者や同居親族が相続する場合に適用されますが、配偶者や同居親族がいない場合には、一定の要件を満たす非同居の親族が代わりに特例を適用できるようになっています。これが家なき子特例の基本的な考え方です。
適用を受けると、居住用宅地330㎡まで評価額が80%減額されます。
小規模宅地等の特例の詳細については、こちらの記事 で解説していますので、併せてご参照ください。
適用メリット(概算例)
家なき子特例を適用した場合の節税効果を具体的な数字で見てみましょう。
例えば、評価額5,000万円の土地を相続した場合、家なき子特例を適用すると評価額は1,000万円に圧縮されます(80%減額)。相続税率を30%と仮定すると、単純計算で最大約1,200万円程度の節税効果が見込まれます。(※)
ただし、節税効果は大きいものの、適用要件を誤ると特例が否認され、追徴課税を受けるリスクがあります。正確な要件確認と適切な手続きが不可欠です。
家なき子特例の適用要件と最新ルール
家なき子特例を適用するには、被相続人・相続人・土地のそれぞれについて定められた要件をすべて満たす必要があります。この三つの要件のうち、どれか一つでも欠けると特例は適用できません。2018年4月1日以後の相続については、改正後の現行要件が適用されます。この改正は、過度な節税対策を防止する租税回避防止を目的として行われました。
基本となる適用要件
被相続人(亡くなった方)、相続人(財産を取得する方)、対象となる土地のそれぞれについての要件を詳しく見ていきましょう。
被相続人の要件
家なき子特例を適用するための被相続人側の要件は次の通りです。
被相続人に配偶者や同居相続人がいないことが、家なき子特例適用の大前提となります。もし同居家族がいた場合は、家なき子特例は使えず、通常の小規模宅地等の特例がその同居家族に優先的に適用されます。
なお、被相続人が老人ホームに入所していた場合でも、やむを得ない事情(要介護認定を受けた入所や、医師の診断に基づく長期入院など)があり、かつ入居前の自宅を事業用や賃貸用に転用していなければ、その自宅は居住用宅地として扱われます。この場合、要介護認定書類などの証憑が必要です。
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相続人(取得者)の要件
家なき子特例を適用するための相続人側の要件は、以下のすべてを満たす必要があります。
- 相続開始前3年以内に、自己または配偶者が所有する家屋に居住したことがないこと
- 相続開始前3年以内に、三親等内親族または特別関係法人(相続人が役員などとして関与する法人)が所有する家屋に居住したことがないこと (2018年改正で追加された要件)
- 相続開始時に居住している家屋を、過去に所有したことがないこと
- 相続した宅地を、相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)まで保有し続けること
これらの要件は特に厳格に判定されます。なお、複数の利用区分が存する場合を除き、同一宅地において被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に区分される家なき子特例と他の区分(事業用・貸付用)を併用することはできません。
詳細は国税庁タックスアンサーNo.4124をご参照ください。
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土地の要件
対象となる土地についての要件は次の通りです。
被相続人が居住していた宅地であることが必要で、その宅地のうち330㎡までの部分について評価額が80%減額されます。なお、他の区分(事業用・貸付用)と併用する場合にも同様に限度面積が定められている為、複数の特例が使える可能性がある場合は、どの特例を選択するのが最も有利かを慎重に判断する必要があります。
適用可否の具体的な判断パターン
実務では、家なき子特例が適用できるかどうかの判断に迷うケースが少なくありません。ここでは、よくある具体的なパターンについて、適用の可否とその理由を解説します。
▼こんなケースは注意が必要です
第三者が所有する賃貸住宅に居住していた場合
適用可能です。ただし、賃貸借契約書と戸籍の附票による住所履歴で、第三者所有の賃貸住宅に居住していたことを証明する必要があります。
持ち家を売却済みの場合
適用できません。相続開始前3年以内に自己または配偶者が所有する持ち家に居住していた履歴がある場合、その後に売却していても特例は適用できません。3年要件に抵触するためです。
リースバック(自宅を売却後、賃貸として住み続ける)の場合
状況により判断が分かれます。実態や時期によって判断されますが、相続開始前3年以内に自己所有家屋に居住していた場合は3年要件に触れるため適用できません。また、「相続開始時に居住している家屋を所有したことが無い」ことも要件になっている為、リース中に相続が発生すれば要件を満たしません。
配偶者名義の家に居住していた場合
適用できません。配偶者が所有する家屋も「配偶者所有家屋」の要件に該当するため、特例は適用できません。
親名義の別の物件(賃貸マンションなど)に居住していた場合
適用できません。親は二親等の親族であり、三親等内親族が所有する家屋に該当します。親族名義の物件は、形式上は別居でも実質的に同居とみなされる場合があります。
自分が経営する会社の社宅に居住していた場合
適用できません。自分が役員を務める会社は特別関係法人に該当するため、その法人が所有する家屋に居住していた場合は要件を満たしません。
相続税の申告期限前に土地を売却した場合
適用できません。相続した宅地を申告期限(10ヶ月)まで保有し続けることが要件となっているため、期限前に売却すると保有要件に抵触します。
家なき子特例の適用可否でよくある質問とは?誤解されやすいポイント
徳永 圭
記事監修者からのワンポイントアドバイス
よくある質問の上位2つは①「判定期間中の住民票が賃貸物件になっているから大丈夫ですよね?」②「相続発生時に賃貸物件に住んでいれば税務署はわかりませんよね?」です。
①について形式で税務署は判断しません。実際に住んでいる場所で適用要件を満たすか判断することになります。税務署は調べようと思えば電気・ガス・水道の利用状況まで調べることができます。
②は以前に住んでいた場所が妻or夫名義物件なら判明しにくいのでは?といった趣旨の質問をよく頂きますが、税務署の調査能力を侮ってはいけません。配偶者、3親等内の親族、特定法人に係る不動産登記情報をしっかり調べます。
80%減額の特例は税額に大きな影響を与えるので、適用の可否について税務署は当然ながら詳細に確認すると思ってください。
家なき子特例の手続きと必要書類
家なき子特例を適用するには、相続税の申告時に適切な書類を添付し、要件を満たしていることを証明する必要があります。相続税の申告期限は被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。まず準備すべき書類を確認し、その後に手続き上の注意点を押さえましょう。
申告時に必要な書類一覧と取得方法
家なき子特例を適用するための申告には、申告書本体に加えて、要件を満たしていることを証明するための各種書類が必要です。基本となるのは、申告様式、住所履歴を証明する書類、賃貸契約を証明する書類、登記情報の4点です。必要に応じて補強資料を追加します。早めの準備が重要です。
基本となる申告書類
家なき子特例を適用する際には、「小規模宅地等についての課税価格の計算明細書(相続税申告書 第11・11の2表 付表1)」という専用の様式を使用します。この様式は国税庁のWebサイトから最新版をダウンロードできます。
要件を証明する書類
家なき子特例の要件を満たしていることを証明するため、以下の書類を揃える必要があります。
戸籍の附票(被相続人・相続人それぞれのもの)
住所の履歴を確認するために使用します。市区町村役場で取得できます。相続開始日以降に取得したものが必要です。相続人のものは、相続開始前3年間の住所履歴が記載されていることが特に重要です。
賃貸借契約書
相続人が第三者所有の賃貸住宅に居住していたことを証明するために必要です。契約書には契約期間、賃料、物件所有者情報が記載されている必要があります。契約を更新している場合は、更新契約書も含めてすべて準備してください。
登記事項証明(登記簿謄本)
法務局で取得します。相続人名義で登記された不動産がないことを証明するために使用します。必要に応じて、親族や関係法人の名義との混同を排除するために追加取得することもあります。
相続した宅地の登記簿謄本
相続により宅地を取得したことを証明するために必要です。
添付書類に不備があると特例が否認された事例がありますので、必ず漏れなく揃えてください。
手続きの流れと実務上の注意点
家なき子特例を適用する場合の、相続発生から申告までの流れと、実務上注意すべきポイントを解説します。
申告までのスケジュール
相続開始から相続税の申告期限までの主な流れは以下の通りです。各段階で必要な作業を着実に進めていくことが重要です。
相続開始〜1ヶ月
相続財産の把握と相続人の確定を行います。遺産の内容を調査し、相続人が誰であるかを戸籍等で確認します。
1〜3ヶ月
必要書類の収集と遺産分割協議を行います。この段階で、家なき子特例に必要な戸籍の附票や賃貸借契約書などの収集を開始します。
3〜6ヶ月
相続税額の計算と申告書の作成を行います。家なき子特例を適用した場合の税額を計算し、申告書を作成します。
6〜10ヶ月
申告書の提出と納付を行います(保有要件は10ヶ月まで継続が必要)。提出前に税理士によるチェックを受け、申告書の控えを保管します。
実務上の注意点として、証憑の欠落・住所履歴の空白・賃貸借契約期間の分断は、特例否認の典型的な理由となります。特に、戸籍の附票に記載された住所と賃貸借契約書の住所・契約期間の整合性は必ず確認してください。
税務調査の対象になりやすいケースや、書類準備で注意すべきポイント
徳永 圭
記事監修者からのワンポイントアドバイス
家なき子特例の平成30年改正及び経過措置(2年)が決まってから数年間経過しているので、適用要件については定着してきているとは思うものの、それ以前に受けたアドバイスをもとに相続対策をしている方は注意が必要です。
改正前は孫(相続人の子供)が該当土地を相続する旨の遺言書を作成したり、相続人の持ち家を親が買取り3年経過させる、などの対策をとれば特例の適用を受けることができました。いずれも立法趣旨から逸脱しているとの批判があり改正に至っています。最新情報を入手しましょう。
また、証憑書類については上でも触れましたが、実際の居所に疑義が生じるようなケースでは、水道光熱費の領収書などを準備しておけば強い証拠資料となるでしょう。
家なき子特例の活用事例と注意点
ここでは、家なき子特例を実際に活用した具体例を示し、その効果と注意点を解説します。その後、実務で陥りやすい典型的な否認ポイントを列挙します。実際の適用場面を理解することで、ご自身のケースに当てはめて検討できるようになります。
家なき子特例を活用した相続対策の具体例
賃貸住宅に住んでいる子が実家を相続する、典型的なケースを紹介します。計画的な準備が成功の鍵となります。
ケース:賃貸暮らしの子が実家を相続
前提条件
父(被相続人)は一人暮らしで自宅に居住していました。長男は東京都内の第三者が所有する賃貸マンションに家族と居住しており、持ち家はありません。相続開始前3年以上、継続して同じ賃貸住宅に居住しています。
家なき子特例の適用効果
実家の土地の評価額は6,000万円でしたが、家なき子特例を適用することで評価額は1,200万円に圧縮されました(80%減額)。評価額の減額分は4,800万円となり、相続税率を30%と仮定すると、約1,440万円の相続税が軽減される計算です。
注意すべき点
長男は相続税の申告期限(10ヶ月)まで土地を所有し続ける必要があります。また、第三者所有の賃貸住宅に居住していたことを証明するため、賃貸借契約書や戸籍の附票などの書類を確実に準備する必要があります。
税務調査で想定される質問
家なき子特例を適用した場合、税務調査の対象となる可能性があります。その際、「なぜ持ち家を持たなかったのか」「賃貸契約は実態のあるものか」「親族間での資金援助はあったか」など、特例適用の妥当性を確認されることがあります。証憑をしっかり整備し、実態に基づいた説明ができるよう準備しておきましょう。
家なき子特例の落とし穴と注意点
家なき子特例を活用しようとする際、思わぬところで特例が適用できなくなるケースが多くあります。以下の点に注意が必要です。
適用不可となる主なパターン
下記のようなケースでは特例が使えません。
相続開始前3年以内に自己または配偶者が所有する家屋に居住していた場合
自己または配偶者の持ち家に住んでいた履歴がある場合、その後に売却していても適用できません。3年要件を満たさないためです。
親族・関係法人が所有する家屋に居住していた場合
三親等内の親族(親、祖父母、兄弟姉妹など)や、自分が役員を務める会社など特別関係法人が所有する家屋に住んでいた場合は適用できません。2018年改正で追加された要件です。
現在住んでいる家屋を過去に所有したことがある場合
現在住んでいる賃貸住宅を、過去に自分が所有していたことがある場合は適用できません。
申告期限前に相続した土地を売却した場合
相続した土地を申告期限前に売却すると、保有要件を満たさなくなるため適用できません。
形式的な賃貸借契約や節税意図が濃厚な場合
実質的な対価を伴わない形式的な賃貸借契約や、相続を見越して意図的に持ち家を手放すなどの対策は、租税回避行為とみなされ否認されるリスクが高くなります。
まとめ
家なき子特例は、細かな要件判定と書類整備が欠かせない制度です。ビスカスが運営する相続財産センターでは、相続税に精通した税理士を無料でご紹介しています。「自分のケースで適用できるか不安」「手続きを一緒に進めてほしい」という方は、まずはお気軽にご相談ください。専任のコーディネーターが、お客様の状況に最適な税理士をご紹介いたします。
よくある質問
実務でよく聞かれる疑問点に簡潔に回答します。
Q.賃貸を転々としていても適用できますか?
家なき子特例には「継続居住」の要件はありません。相続開始前3年以内に第三者が所有する賃貸住宅に居住していた事実を、賃貸借契約書と戸籍の附票で証明できれば適用可能です。複数の賃貸住宅を転居していても問題ありません。
Q.リースバック(自宅売却後に賃貸として住み続ける)でも使えますか?
リースバックの場合、実態と時期によって判断が分かれます。相続開始前3年以内に自己または配偶者が所有する家屋に居住していた場合は、その後に売却してリースバックしても3年要件を満たさないため適用できません。節税意図が強いスキームは否認リスクが高くなります。また、「相続開始時に居住している家屋を所有したことが無い」ことも要件になっているのでリース中に相続が発生すれば要件を満たしません。
Q.老人ホーム入所中は対象になりますか?
被相続人が老人ホームに入所していた場合でも、やむを得ない事情(要介護認定など)での入所であり、かつ入居前の自宅を事業用や賃貸用に転用していなければ、その自宅は居住用宅地として扱われ、家なき子特例の適用が可能です。要介護認定書類などの証憑が必要です。
参考文献・URL
Q.申告に必要な様式は?
相続税申告書の第11・11の2表 付表1「小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」を使用します。最新版は国税庁Webサイトから取得してください。
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Q.相続した土地はいつまで所有すればよい?
相続した土地は、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10ヶ月)まで保有し続けることが要件です。申告期限が経過した後であれば、土地を売却しても特例の適用には影響しません。
Q.税理士に相談するメリットは?
税理士に相談することで、家なき子特例の適用可否を正確に判断でき、必要書類を漏れなく準備でき、申告書を正確に作成できます。特に相続財産が多額の場合や、要件判定が微妙なケースでは、専門家のサポートが不可欠です。