「節税ありき」「セオリーに固執」だと
失敗する相続もある

「節税ありき」「セオリーに固執」だと  失敗する相続もある

2020/3/25

 
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア

相続で気になるのは、やはり税金のこと。節税のための特例が使えるのならば、すぐに飛びつきたくもなります。ただし、「当座のお金ばかりに目を奪われていると、あとあと後悔することになるかもしれません」と、相続に詳しい中野竜爾先生(中野会計事務所)は指摘します。揉めないためにどんな準備が必要なのかと合わせて、お話しいただきましょう。

「税より大事なことがある」

先生は、数多くの相続案件を担当した実績をお持ちです。遺産分割の際に、相続人が犯しやすいミスには、どんなものがありますか?
私は、相続人の方々に、「相続には税金よりも大事なことがあります」と、枕詞のように言うようにしているんですよ。いろんな意味に取れる言葉だと思いますが、まずはそういう基本認識を持って欲しいのです。

そのうえで、一例を挙げると、相続税には「小規模宅地等の特例」という、相続税の計算のベースになる遺産額を大幅に引き下げることができる制度があります。親と同居していた子どもなど、一定の要件を満たす相続人が自宅などを相続する場合には、その不動産の評価額を8割減額できるんですね。相続税の金額を大幅に減らせたり、場合によっては税金の支払い自体を不要にできたりする、とてもありがたい制度です。ですから、要件を満たしていれば、無条件で使いたくなる。

相続税節税の“切り札”とも言われるくらいです。でも、使うと問題になることがあるのでしょうか?
こんなケースを考えてみましょう。父親が亡くなり、残されたのは、独立して家庭を築いているしっかり者の兄と、自宅で母親と同居する独身の弟という家族です。親は、頼りなく、職場も長続きしないような次男を案じて、自宅を彼に相続させることにしました。
親と同居していたのだから、問題なく「特例」が使えます。
だから、長男も深く考えずにOKしていたのです。ところが、もともと甲斐性のない次男は、母親のお金をあてにし、やがて自分名義の自宅を担保に入れて、借金まで作ってしまいました。年老いた母ともども、この先、路頭に迷いかねない状況になったわけです。そうなって初めて、長男は安易に弟に家を相続させたことを後悔する。でも、“後の祭り”です。

自宅は、「あえて共有」にした

今のは、半分「実話」です。私が実際に経験した事例では、そういう悲劇的なことにならないように、家族が賢い選択をしました。自宅を長男と次男の50%ずつの共有にして、相続したのです。
相続では、「不動産を子ども同士の共有にしてはいけない」というのが、セオリーです。
はい。共有にすると、その不動産を売ったり貸したりといったことが、他の共有者の同意なしにはできません。共有者が亡くなれば、その子どもなどが相続することになり、権利関係がどんどん複雑化していく、というデメリットもあります。

要するに、せっかく相続した不動産なのに、縛りが多くて使い勝手がよくない。しかし、このケースでは、自宅にそういう縛りをかけることを目的に、「あえての共有」を選んだんですよ。そうすることによって、お兄さんが「実家に住むのだから、母親のことは頼むぞ」と、弟さんを「見守る」ことができるようにしたのです。

なるほど。共有にして、弟さんは住む場所には困らないけれど、それを好き勝手にはできない、という環境をつくったわけですね。まさに逆転の発想です。
ちなみに、この場合、次男が相続する50%の部分には、やはり小規模宅地等の特例が適用できます。ですから、節税の恩恵も十分受けられることになるわけです。

今のは1つの事例ですが、つくづく思うのは、「相続に絶対はない」ということです。それぞれの家庭には、それぞれの事情があります。教科書的な常識にこだわると、一番大事な「相続が終わってからの生活」に支障をきたすことだってあるのです。節税などに関する知識を持つのはいいことですが、実際の相続でどう使うのかは、柔軟に考えるべきでしょう。

「争続」を生まないための“風通し”+遺言書

ところで、相続では、相続人同士が揉めることが珍しくありません。円満な相続のためには何をすべきだと、先生はお考えですか?
月並みな言い方になりますが、最も必要なのは、家族のコミュニケーションです。けっこうあるのが、被相続人(亡くなった人)が、生前、長男には「遺産はこう分ける」と言い、次男には「こう考えている」と言っていて、いざ相続になっていたら「話が違う」というパターン。
子どもはみんなかわいいし、それぞれに「いい顔」をしたくて……。
でも、結局は、親のそういう対応が揉め事のタネになってしまうのです。理想を言えば、相続についての考え方を家族の前で話し、納得してもらうのがベスト。家族の間の“風通し”が良ければ、大揉めになることは少ないはずです。

それに加えて、きちんとした遺言書を書いておくことが、やはり大事になります。被相続人の意思が明確ならば、少なくとも「お父さんはこう言っていた」「ああ言っていた」という諍いは、避けることができるでしょう。

言うまでもなく、残された相続人のほうも、円満な相続のために努力しなくてはなりません。私たち税理士には、遺産分割のやり方に立ち入って、協議を主導することは許されていませんから、「その分け方だと、税金はこうなります」という形のアドバイスが主になります。ただ、ちょっと揉めそうな空気になったときに、私は、「ここにお父さんがいたら、どう思うでしょう?」という話をして、我に返ってもらうんですよ。これは、意外に効果があります。相続の話し合いには、そういうイマジネーションを働かせることも、大切だと思うのです。

中野竜爾(税理士)

中野会計事務所 所長
平成元年に開業以来、経営者が持つ百人百様のニーズに対して、中小企業を数字の面からサポート。「予算管理」と「決算前の納税予測」を2本柱に、『未来志向』の経理を相場の税理士報酬にて提供し、お客様の発展に貢献することを使命としている。相続税も100件以上の申告実績あり。
URL:https://nakanotax.com/

  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア
全国の税理士を無料でご紹介しています
税理士紹介ビスカス