父親が亡くなって、遺産相続。「法定相続分は配偶者に2分の1、残りを子どもで分けることになっているから、それでいいや。お母さんの分には、配偶者控除がフルに使えるんだから、多く相続してもらった方が税金面でも有利だし……」。ちょっと待ってください。それだと、次にやってくるお母さんの相続(「二次相続」)の時支払う税金が、大きく膨らんでしまうかも。税理士の浅野和治先生に聞きました。
「一次相続」と「二次相続」。
あなたはトータルで考えていますか?
2015/2/18
◆「配偶者控除」は魅力だけれど
私が相続税の相談に乗っていて、みなさん意外に無頓着だな、と感じるのが「二次相続」の問題です。相続には、両親の一方が亡くなって発生する「一次相続」に加えて、もう片方が亡くなった時の「二次相続」があります。特にたくさんの財産をお持ちの場合は、この両者をトータルで考えないと、「目先の利益に走ったがために、結局損をした」ことになりかねないのです。
一次相続の時、節税に大きな効果を発揮するのが、配偶者控除です。配偶者が遺産を受け取る場合、1億6000万円までは相続税がかかりません。それを超えても、法定相続分(遺産の2分の1)までは、やっぱり無税です。 だから、「とりあえずお母さんに多く相続してもらって、二次相続のことはその時に考えればいい」となりがちなのですが、事はそう単純ではありません。論より証拠、「目黒家」の相続をシミュレートしてみましょう。次の表をご覧ください。
専門家の知恵と経験を活用しよう
多くの数字が並んでいますけど、まずは最後の「一次二次合計の相続税」に注目してください。中で最安なのは、一次相続の時に配偶者(母親)が、遺産の30%を受け取る場合になっています。法定相続分通りの50%を受け取るのに比べ、340万円ほどお得。約3億円の遺産で、これだけの差になりました。
ここでポイントになるのは、主として二つ。さきほど述べた一次相続の際の「配偶者控除」と、二次相続の時の「税率」です。配偶者控除を使えば使うほど、一次相続の相続税額は抑えられます。しかし、その結果、母親の財産が多くなると、今度はそれを相続する時に、より高い税率を課せられる可能性があるのです。相続税率が、税の対象になる課税財産が1000万円以下は10%、3000万円以下なら15%、5000万円以下で20%……という具合に、財産が増えるほど高くなっているためです。
もちろん、これはあくまでも「目黒家」の場合で、相続税トータルの金額は、財産の規模や中身、相続人の数などいろいろな条件で変わります。ただ、経験から申し上げると、一次相続で配偶者にあげるのは、財産の2~3割がベストで、法定相続分丸々だと多すぎる、という感覚を持っています。 いずれにしても、節税のためには、絶妙のさじ加減が必要なことが分かっていただけたでしょうか? 対象になりそうな方は、ぜひ専門家にご相談なさることをお勧めします。
◆つくづく感じる、「相続は税金だけではない」
それぞれの家の事情がある
さきほど、相続は「一次相続」と「二次相続」をトータルで考えるべきだ、というお話をしました。ただし、それはあくまでも税金が高いか安いか、のお話。実際の相続では、機械的に割り切れないことが、これでもかと出てきます。 例えば、母親に、自分の親からもらった財産がけっこうあって、生活に余力のある場合、子どものほうの状況を考えたら、多少税金は増えても一次相続で全額子どもにあげたほうがいいだろう、というようなケースって、けっこうあるんですよ。そんな時には、正確に税金の話をしたうえで、「お子さんに、全部あげたらいかがですか」とアドバイスすることもあります。「どうして私は一銭ももらえないのか」という、母親の疑問、憤りが出てきた場合には、きちんと答えています。
仮に二次相続まで見越したプランができ、相続人みんなが合意して一次相続を終えたとします。ところが、予想以上にお母さんが長生きし、財産が大きく目減りしてしまうかもしれません。母からの相続を当て込んで、父親の時は兄に譲歩したのに、などということになれば、感情的な対立を生むことになる公算大。被相続人の余命、生活などについても、一次相続の時によく考え、しっかり織り込んでおかなければなりません。
さらに、途中でお母さんの気が変わり、二次相続の中身が合意と違うものになって、揉め事が起きる可能性だってあります。少なくとも、そうした争い事にならないよう、お金以外の面も含めてフォローするのも、相続の相談を受けた専門家の務めではないか、と私は考えています。
争いの芽を摘むために
例えば、経験からたどり着いた私の鉄則に、「父親が死んだ一次相続では、できるだけ母親から家を取り上げない」というのがあります。仮に土地は、同居する長男が相続したとしても、“上物”だけは、母親の名義にしておいてもらうのです。
理由は、こうです。家まで長男が相続すると、実際には住んでいるのに、お母さんは「自分の居場所がなくなった」という感覚にとらわれるんですね。そうすると、「息子に家を取られた」「嫁が辛く当たる」と、例えば長女のところに出かけては、悪口を言うようになる。本当に、判で押したようにそうなるから、不思議です。
長年連れ添った伴侶を亡くすと、男はそれをいつまでも引きずります。でも、女性は3年もすれば、すっかり立ち直る。いい悪いではなくて、それが女性なんですね。だから、一次相続の遺産分割協議では、「私は何にもいらないよ」と言っていたにもかかわらず、ある日、「取られた」と言い出すわけです。 二次相続でのきょうだい間の争いのタネを、母親が蒔く。そうなっては元も子もないですから、私は「いらない」と言っているお母さんにも、「居場所」だけは確保しておくように進言するのです。子どものほうにも、同じ話をして説得します。 一次相続と二次相続をトータルで考える。繰り返しになりますが、それは税金の話だけではないんですね。
◆相続を見据え、「集まれコール」で子の教育を
親が存命中は「言うことを聞く」
さきほど、「二次相続」まで見据えた相続対策の必要性を申し上げました。なんだかんだ言って、子は親が怖いもの。年老いただけに、なるべくその顔は立ててあげよう、と考えてもいるものです。だから、親が存命中に決めたことに対しては、子は比較的よく従います。二次相続まで想定し、プランを立てて子どもに説明していれば、それに刃向うことは、あまりありません。問題は、両親とも亡くなってから発生した二次相続。そこには何も“歯止め”がないため、感情丸出しの、大変な騒動になりやすいのです。
そうした点から考えても、「争わない相続」のためには、やはり親の力が大きい、と言わざるをえません。自分の財産の相続なのだし、親がイニシアチブを取って、事前の準備に万全を尽くすべきだと思うのです。大事なポイントは、子どもに対する「教育」だと私は感じています。
かつての日本は、遺産も家業も「家督相続」でした。長男が全部を相続し、同時に下のきょうだいたちの面倒をみたのです。法律にも定められたその仕組みを機能させていたのは、「家督はすべてお前にやる。その代わり、弟や妹たちのことは頼んだぞ」という、親の教えでした。翻って、現代。相続に関して、兄弟姉妹に平等の権利が与えられたのはいいのですが、相続に対する教育も、雲散霧消してしまいました。そのことが、「争続」を助長しているのは、否定しようのない事実だと思うのです。
相続の意味を子に伝える
先祖代々の守るべき財がある、といった場合は、まだいいかもしれません。小さな頃から、昔ながらの風習みたいなものを体感して育ちますから、「引くところは引く」わけですね。しかし、親が一代でしかるべき財産を築いたようなケースでは、きょうだいみんなが権利を主張し譲らない、ということが起きやすくなります。
核家族化が進み、親元を離れた子どもは先祖の墓参りもしないどころか、自分の家の宗派も知らない。家のことなど、ほとんど無関心――。そんな状況で相続の話になれば、いくらもらえるのか、ということだけになるのも、ある意味当然かもしれません。
思うのですが、少なくとも1年に1度くらいは、親子みんなが顔を突き合わせて、しっかり話をすべきではないでしょうか。そこで、親の資産がどれくらいあるのか、もし相続になったらどう分けたいのか、そもそもその資産はどのように形成され、それを受け継ぐことにはどんな意味があるのか、といったところを語り合うのです。繰り返しになりますが、イニシアチブを取るのは親の側です。 提案したいのは、「集まれコール」。お盆でも正月でもいい。「何月何日に相続の話をするから、実家に来なさい」。電話やメールだけで足りなかったら、「来たら何万円渡す」と“餌”で釣っても、いいじゃないですか。後々のことを考えれば、それくらいは安い先行投資。そこまでやるのが親の責任だ、と私は思うのです。
子どもに話すためには、自らの方針を固めなければなりません。親にとっても、自分の相続について真剣に考える、いい機会になるはずです。
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