「推し活」に約2億円横領か、税理士「被害を受けた会社の税金はすぐには軽くならない」

[取材/文責]マネーイズム編集部
税理士法人Suinas代表社員 渡口 宏平(公認会計士・税理士)

静岡市清水区の板金加工会社で経理部長を務めていた男性(56)が、2022年から2026年にかけて代表取締役名義の小切手を計61回銀行窓口に提出し、会社の口座から計1億9,570万円を引き出したとして、11月2日付で業務上横領罪で起訴されました。

男性は、地下アイドルとの写真撮影やコンサートのチケット購入に充てたと供述しているとされます。報道によると、2026年2月の税務署の調査で経理の不正が疑われたことが、発覚のきっかけになりました。

約2億円を失った会社は、その分を経費にして税金を減らせるのでしょうか。中小企業の税務に詳しい税理士によると、答えは「すぐには軽くならない」。その理由を聞きました。

横領された約2億円は、それだけでは税金を減らさない

横領による損失そのものは、被害を受けた事業年度の損金(税務上の経費)になります。ただし会社は同時に、横領した本人に「同額を返せ」と請求する権利、つまり損害賠償請求権を手に入れます。従業員による横領では、この請求権を損失と同じ事業年度の益金(税務上の収益)に計上するのが原則です。

今回の金額でいえば、横領損失1億9,570万円を損金に入れても、同額の損害賠償請求権が益金に入るため、差し引きはゼロになります。現金が戻っていなくても、それだけで法人税が軽くなるわけではありません。

この扱いは裁判でも争われてきました。従業員が架空の外注費を使って会社の資金を詐取した事件で、東京高裁は2009年、損失と損害賠償請求権は同じ年度に計上するのが原則だと判断しています。通常の会社でも不正や加害者を把握できず、請求権の行使を期待できない客観的な事情があれば例外も認められます。ただし、経営者が気づかなかったというだけで例外になるわけではありません。

回収できない分を経費にするには、厳しい条件がある

税負担が軽くなるのは、損害賠償請求権の回収が見込めなくなり、その分を損金に算入できたときです。ただし条件は厳しく、本人の資産状況や支払能力からみて全額が回収できないことが明らかになった場合か、本人の債務超過が続いて返済を受けられないと認められ、書面により債務を免除した場合です。本人が「使い切った」と説明するだけでは足りません。条件を満たさないまま返済を免除すると、免除した額が寄付金や給与などとして扱われるおそれもあります。

なお、資本金1億円以下の中小法人などは、未収の損害賠償金に貸倒引当金を設定し、一部を先に損金にできます。ただし中小法人に認められた法定繰入率で計算すると、製造業は0.8%のため、1億9,570万円でも損金にできるのは単純計算で約156万円にとどまります。回収の見込みが立たない事情があれば、個別に評価してより大きな額を引当金にできる場合もあります。本人の財産調査や回収の状況を記録に残し、税理士や弁護士と相談しながら進めてください。

資金を経費として処理していた会社は、追徴課税を受けることも

さらに注意したいのは、引き出された資金を会社が帳簿上どう処理していたかです。たとえば架空の外注費などの経費として処理したまま申告していた場合、実体のない経費は認められません。横領損失と損害賠償請求権は打ち消し合うため、結局はその経費の分だけ過去の所得を少なく申告していたことになります。その場合は、修正申告や追加の納税が必要です。消費税の計算方法として本則課税を採用しており、課税仕入れとして消費税の仕入税額控除を受けていれば、その控除も認められません。

経理担当者による帳簿の隠蔽や仮装が、会社自身の行為と同視される事情があれば、重加算税が課される可能性もあります。ただし、横領の被害に遭った会社に必ず重加算税が課されるわけではありません。今回の事件では税務署の調査が発覚のきっかけとされていますが、会社がどのような会計処理をしていたか、追加の納税があったかどうかは明らかになっていません。

経理を1人に任せきりにせず、銀行の記録を経営者自身が確認する

これまでの報道では、今回の事件で偽造した代表取締役名義の小切手が使われていたとされています。帳簿付けと銀行とのやり取りを同じ担当者が1人で担っていると、引き出しを帳簿上で取り繕われても気づきにくくなります。被害が長引くほど損害額は膨らみ、本人からの回収も難しくなります。

経営者が確認したいのは、まず銀行の当座勘定照合表や取引明細を毎月自分の目で見ることです。あわせて、帳簿の残高と銀行の残高の照合は経理担当者以外が行い、ネットバンキングでは振込の作成と承認の権限を分けてください。小切手を使う会社なら、小切手帳と銀行印を別々の人が保管することも基本です。お金の出入りを1人で完結させない仕組みがあるだけで、不正の発見は大きく早まります。

まとめ

従業員に横領されても、損失と同額の損害賠償請求権が収益になるため、それだけで会社の税金は軽くなりません。回収できない分を損金にするには厳しい条件があり、資金を経費として処理していた場合は、被害を受けた会社が追加の納税を求められることもあります。被害に気づいたら、被害の年度と金額、帳簿の処理、回収の状況を早めに税理士と確認し、日頃から銀行の記録を経営者自身が見る体制を整えておくことが大切です。

中小企業経営者や個人事業主が抱える資産運用や相続、税務、労務、投資、保険、年金などの多岐にわたる課題に応えるため、マネーイズム編集部では実務に直結した具体的な解決策を提示する信頼性の高い情報を発信しています。

税理士法人Suinas代表社員 渡口 宏平(公認会計士・税理士)

有限責任あずさ監査法人(KPMG)にて、金融商品取引法監査、会社法監査、海外レポーティング業務等に従事。その後ミャンマーに渡り、ミャンマーの国際会計事務所にて、会計・税務アドバイザリー業務、デューデリジェンス業務、国際税務業務、会社設立業務、監査業務等にジェネラルマネージャーとして従事。帰国後、税理士法人Suinasを設立。

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