「使っていない土地がある」「預金がけっこう貯まって、このまま相続になったら税金が高くなりそうだ」――。こんな場合に有効な対策の一つが、賃貸アパートを建てて経営する、といった不動産の活用です。空き地を持っている人には、建築会社などからの勧誘も多いそう。ただし、投資にはリスクがつきもの。今回から、東京中央税理士法人の田上敏明先生に、その注意点を中心にお話しいただきます。
「そんな馬鹿な!」にならないために
~相続対策の不動産~
2017/1/27
◆アパートを建てると、土地の評価額は2割下がる
相続税対策として賃貸アパートやマンション経営を始めるというのは、ポピュラーなお話ですね。先生のところにも、相談が寄せられるのではないでしょうか?
そうですね。まず、相続対策としての不動産投資について、おさらいしておきましょう。相続税は、相続税評価額を基に計算されます。土地の評価には、都心部では路線価(※1)が使われるのですが、これはその土地の実勢価格の7~8割程度に設定されています。すなわち、1億円で購入した土地の相続税評価額は、8000万円程度になるわけです。現金を土地に替えることで、それだけ課税のベースを引き下げられるんですよ。 さらに、そこに賃貸物件を建てると、土地の評価はさらに2割程度下がります。アパートなどを建築して賃貸すると、賃借人に借地権、借家権が発生しますよね。そうすると、土地建物の所有者の自由が制約を受けることになりますから、その分減額しましょうというものです。こうした土地を「貸家建付地」と呼びます。ちなみに、借地権割合は、地域によって異なりますが都心では6~7割、借家権割合は全国一律30%と決められているのです。
建物の評価も下げられる
だから空き地などがあると、「相続税対策に、アパートを建てませんか?」という話になるのですね。建物の評価については、どうでしょう?
こちらも、「建築費から建物先の評価額を差し引いた差額」が評価減になるんですよ。「建物評価額」は、建築費の7割程度といわれる固定資産税評価額で計算されます。さらに貸家の場合は、そこから先ほどの借家権分30%が控除されることになります。 加えて、賃貸物件の建つ土地は、小規模宅地等の特例(※2)の候補地にもできます。空き地のままでは、適用の条件である「被相続人の事業又は居住用の土地」にはならないのですが、アパートの敷地ならばそれを満たすでしょう。200平方メートルまで、50%減額が受けられる可能性があるんですよ。
そういう話をうかがうと、少なくとも空いている土地があるのだったら、アパート経営をしてみようかという気持ちになるかもしれません。
ところが、今お話ししたのは、あくまでも教科書的なメリットなのです。実際には、アパート経営に手を出したばかりに老後の生活が危うくなってしまったなどといった例が、後を絶ちません。次は、そんな話を紹介したいと思います。
※1 路線価
毎年国税庁が公表する、道路に面する土地の1平方メートル当たりの評価額。
※2 小規模宅地等の特例
一定の要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。事業用宅地は400平方メートル、居住用宅地は330平方メートルまで適用でき、評価額は80%削減できる。ただし、不動産貸付や駐車場業の場合は、200平方メートルまで、50%減額となる。
毎年国税庁が公表する、道路に面する土地の1平方メートル当たりの評価額。
※2 小規模宅地等の特例
一定の要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。事業用宅地は400平方メートル、居住用宅地は330平方メートルまで適用でき、評価額は80%削減できる。ただし、不動産貸付や駐車場業の場合は、200平方メートルまで、50%減額となる。
経営に自信はありますか?
さきほど、相続対策のためにアパート経営を始めたのはいいけれど、かえってそれが生活の負担になってしまうこともある、というお話をされました。どんな問題が起こるのでしょう?
アパート経営は、あくまで「経営」ですから、きちんと儲けを出す必要があります。ところが、ぜんぜん利益を出せないで四苦八苦しているケースが、けっこうあるのです。賃貸アパートの売り上げは、言うまでもなく入居者の払ってくれる家賃ですよね。しっかり部屋が埋まって、安定した家賃収入の得られることが、成功の大前提になります。
ところが、思ったように入居者が集まらない……。
例えば、そういうふうに採算性を見誤ってしまうわけです。そうなると大変です。建物を建てたら、固定資産税という税金がかかってきます。アパート建設資金を銀行から借りれば、その返済もしていかなくてはなりません。結局、相続税の節税の前に、蓄えてきた資産がどんどん「持ち出し」になってしまう。そこまでいかなくても、「何のためにアパートを建てたのかわからない」と頭を抱えることになるのです。つい最近も、そんなお客様からの相談を、3件続けて受けたんですよ。
冷静に採算性を考える
でも、「素人が不動産経営に乗り出す難しさ」は、いろんなメディアなどでも、けっこう取り上げられていますよね。どうしてそういう状況に陥ってしまうのでしょうか?
相談に来られた方たちは、みんな「持っている空き地にアパートを建てませんか?」とハウスメーカーの担当者に勧められて始めた、というパターンでした。さきほどお話ししたように、賃貸物件を建てれば、空き地に比べて相続税評価額を2割程度下げることができますから。中には、わざわざ不動産管理会社をつくった人もいましたね。確かに、所得が一定額を越えたら、法人にしたほうが税金は安くて済みます。ところが、目論見は見事に外れてしまいました。 お話をうかがってみてあらためてわかったのは、みなさん「現状のままでは、相続税が大変ですよ」という話に心を動かされていた、ということです。事業の採算性、将来展望についての説明は、ほとんど受けていないようなのです。受けていたのかもしれませんけど、少なくとも頭には残っていませんでした。
住宅メーカーとしては、空き地があれば、そこに自社の物件を建ててもらいたいですからね。そのメリットを強調するかもしれません。
もちろん、悪意を持ったメーカーばかりだなどと言うのではありません。でも、お話したような「被害」が増えていることも事実。そのことは、きちんとお伝えしておきたいんですよ。
制度も税制も変わる
採算性を十分検討しないでアパート経営などに乗り出した結果、想定外の状況に陥ってしまった事例を、さきほどお話ししました。あえて言えば、採算が合うと踏んで始めたとしても、結果的にうまくいかないこともあるのが賃貸事業の難しさなんですよ。 アパートにしろマンションにしろ、賃貸物件は、言うまでもなく建てた時が「ベスト」の状態です。家賃相場の動向にもよりますけど、新築時に最も高い家賃が設定できる。逆に言うと、5年後、10年後にどうなっているのかというリスクもあります。
大都市圏ならいざ知らず、ちょっと地方に行くと、人口減で家賃相場自体の下落が目に見えていますよね。
相続対策と言いますが、相続税に関連する法律、税制が目まぐるしく動いていることにも注意が必要です。不動産絡みで言えば、例えば対策の切り札のように言われていたタワーマンションですが、2018年以降の新築物件について、取引価格の高い高層階の相続税が、固定資産税ともども引き上げられることになりました。これなど、いかに政策がドラスティックに変わるのかの典型だと思います。国の財政が厳しさを増す中、特に資産税、相続税関連は、これからも増税のトレンドにあることを頭の隅に置いておくべきでしょう。
近年は、普通のアパート経営にそうしたリスクがあるからと、サービス付き高齢者住宅(サ高住)などにシフトする動きもあるようです。
確かに高齢者は増えますが、だからといって事業としての継続性が保証されているととるのは早計だと思います。例えば、国は「地域包括ケア」を推進すると言っていますよね。仮に、将来在宅介護が今よりずっとやりやすい環境になったら、サ高住の需要はそんなに伸びないかもしれません。
相談は「建てる前」に
誤解してほしくないのですが、私は相続対策としてのアパート経営がすべてダメだなどと言うのではありません。サ高住も、安心して老後を過ごしたいという居住者のニーズと、相続対策をやりながら安定収入を得るという大家さんのそれが合致する状況がつくれるのなら、進んでお手伝いしますよ。
ところが、結局失敗してしまい、先生のところに相談に来た方々は、どうなったのでしょう?
残念ながら、失地を挽回するのは困難です。家賃の値上げを考えるとか、逆に下げて入居者を増やそうとか、一括借り上げの相手を探すとか。いずれにしても、「損害をいかに少なくするか」という方策が中心にならざるをえないですね。 建てる前ならば、きちんとシミュレーションしたうえで、「もう少し建築コストを下げましょう」「借入金の比率が高すぎますね」といったアドバイスも可能です。「高い買い物」なのですから、誰かに勧められたから即決するというのではなく、一度「プロの第3者」に相談してみることを、私はお勧めします。
◆「土地の相続対策」は、節税+納税資金対策でいく
納税資金を確保する
「けっこう広い土地を持っているけれど、相続は大丈夫か?」。特に2015年に相続税の基礎控除(※1)が引き下げられて以降、そういう相談が増えたように感じます。
相続人に渡せる現金が少なければ、彼らは自前で納税資金を用立てなければなりませんからね。今までお話した、慌てて空き家にアパートを建てて失敗するといった悲劇の増加にも、そんな背景があるのかもしれません。
むやみにアパート経営に乗り出したりするのは論外として、先生ならどんなアドバイスをなさるのでしょうか?
不動産としては、純粋に土地だけお持ちのオーナーの場合、まずは節税が可能かどうか検討します。アパート経営に十分な採算性が見込めるのなら、それもいいでしょう。ただほったらかしにしている土地で、賃貸物件を建てたりするのにも不向きな場合は、いったん売却して、その資金を基に別のところで賃貸事業を始めるといった「資産組み換え」も、可能であるならば選択肢の一つになると思います。 ただ、これは専門家それぞれの考え方だとは思うのですけれど、私はどちらかというと「冒険」はお勧めしません。それよりも、相続人が納税資金に困らないよう、着実に手を打っておくことを優先してお話しするんですよ。
例えば、どんなアドバイスを?
複数お持ちの場合は、持ち続ける不動産、すなわち子どもと同居している自宅などと、手放してもいい「遊んでいる」不動産に分けてもらい、後者は売却して現金化することも検討します。このように納税資金対策をきちんとしておくことは、相続人の間の無用な争いを避けるためにも大事なポイントです。
生前贈与も考える
不動産は息子夫婦と同居する自宅のみ、といったケースも多いと思います。
そうした家庭の場合は、必要に応じて生前贈与を考えます。生前贈与の非課税枠は年に110万円ですから、ほとんど効果がないように感じられますが、例えば息子と嫁、孫に非課税枠をフルに使って贈与していけば、10年で3300万円移動させることが出来ます。
早めに準備を開始することが大事なんですね。
ちなみに不動産の贈与には、税金が2500万円までかからない「相続時精算課税」を使うこともできます。今説明した「暦年課税」と違い、贈与時に一括で税金を申告、納付するやり方で、贈与した親が亡くなった時にその贈与財産を含めて相続税を計算し、この相続税とすでに支払った贈与税との差額を納める、もしくは還付を受ける、というものです。 ただし、注意点があります。贈与税が2500万円までかからないというのは魅力的に感じられるものの、この方法で贈与を行った場合、相続時に自宅の評価額を8割減らせる小規模宅地の特例(※2)が使えないのです。結局払う税金が多くなったということも、十分あり得るんですよ。
※1相続税の基礎控除額
課税のボーダーラインとなる遺産総額。「3000万+600万円×法定相続人の数」で計算される。
※2小規模宅地の特例
相続人が親と同居しているなどの要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。
課税のボーダーラインとなる遺産総額。「3000万+600万円×法定相続人の数」で計算される。
※2小規模宅地の特例
相続人が親と同居しているなどの要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。
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