「親の遺産」には、現金・預金、不動産、有価証券など、さまざまなものがあります。このうち、遺産相続の際に最もトラブルを生みやすいのが、実は不動産。評価額がいくらなのかを算出するのにけっこう骨が折れるうえ、相続人の間での「分け方」をめぐって、ひと悶着起きることが珍しくないのです。こうした「不動産の相続」について、税理士の斎藤英一先生に聞きました。
トラブルになりやすい遺産。それは不動産
2015/9/29
◆遺産の5割以上が不動産
相続で遺産分割の対象になる「財産」は、もちろん、預貯金だけではありません。自宅や賃貸アパート、農地などの不動産や有価証券、経営している会社の資産など、生活の状況によって、多種多様なものがあります。では、トータルでみた場合、金額的に最も多いのは何か、ご存知でしょうか?
表を見てください。国税庁調べによる、2011年の相続財産の種類別の金額です。一見して明らかなように、土地がダントツに多く、家屋などと合わせた「不動産」で括ると、50%を超えるんですね。あくまでも「全体」の話ですけれど、あらためて、そのウェートの高さに驚かされます。
ただ、驚いてばかりもいられません。不動産が絡む相続には、いろいろと難しい問題がつきまとうからです。まず、相続税を払わなければならなくなった場合に、納税資金をしっかり確保する必要がある、という課題があります。 相続税は、「金銭一時納付」が原則です。申告期限である、相続が発生した時(被相続人が亡くなった時)から10ヵ月以内に、お金で納めるわけですね。やむをえずそれができない場合は、税を分割で納める「延納」が認められています。ただ、担保の提供など、一定の条件が必要なことに加え、利子税がかかってくることを覚悟しなければなりません。さらに、それでも現金での支払いが困難な時には、「物納」の制度がありますが、要件のハードルが高く、現在ではあまりみられなくなりました。 つまり、「相続税が発生するくらい遺産が多く、しかしそのほとんどは不動産で、現金は僅かです」というようなケースは要注意、ということになります。実際、「広い土地を相続したのはいいけれど、相続税の支払いに窮してしまった」というような話は、決して珍しくないんですよ。
「不平等」の元凶にもなる
さらに考えなければならないのは、「不動産は、遺産分割において、相続人の間でトラブルの原因になりやすい」という事実です。確かに、「現金の奪い合い」も「争続」に発展することが、多々あります。でも、お金は「スッパリ分けやすい」ぶん、話は単純だともいえますよね。しかし、例えば、相続される不動産が複数あった場合は、誰がどの物件をもらうのか、協議して決める必要があります。すべてが等価ということは考えにくいので、揉める可能性が大いにあるでしょう。
そもそも、「その土地をいくらに見積もるのか」も問題です。相続税は、「路線価」(*)をベースに計算されますが、それは実際の取引価格(「実勢価格」)の80%程度に設定されているのです。仮に遺産総額3億円で、路線価を基にした土地の相続税評価額が1億円、相続人は2人の相続だったとします。片方の相続人が土地を相続した場合、遺産分割協議において、その「価値」を1億円のままで考えるのか、それともそれより2~3割ぐらい高い「実際に売れる金額」で計算するのか? それによって、残りの遺産のそれぞれの取り分は、数千万円単位で変わってくることになるのです。
特に問題になりやすいのは、「自宅の土地建物が相続財産の大半を占める」というケースでしょう。さすがに自宅を分けるわけにいかないので、親と同居していた長男が相続。すると、ほとんど遺産が渡らないことになる他の兄弟との間に、大きな「不平等」が生じることになってしまいます。 次は、そんな事例について紹介してみたいと思います。
国税庁が示す、全国の主要な市街地の不特定多数が通行する道路に面する宅地の、1㎡当たりの評価額。
◆「遺産の大半は自宅」の“悲劇”
長男と親の同居を喜んだ兄弟
母親と自宅で同居していた長男の方が、相談に来られたことがありました。すでにお父さんは亡くなっていて、その相続の時には、遺産の多くをお母さんが受け継ぎ、長男も若干の現金を相続しました。しかし、残りの兄弟、長女と次男は、あえて何も相続しませんでした。二人がそれで納得したのには、「自分たち夫婦が親の面倒をみるから」という兄の姿勢を「買って」いた、という事情もありました。「兄貴夫婦に任せれば安心だ」と、親との同居を喜んでいたんですね。まあ、普通に仲の良い兄弟です。
ところが、お母さんが亡くなって、二度目の相続ということになり、状況は一変してしまったのです。母親の遺産は、評価額9000万円ほどの自宅の土地と建物(全体の評価1億2000万円×持分4分の3)、それに現金が約2000万円でした。正確に言うと、自宅の評価額9000万円というのは、母親の持分。住宅を建てる時に、長男も資金を出していて、物件は親(最初は父、その後母)と長男の共有名義になっていました。長男の持分は、3000万円ほど(全体の評価1億2000万円×持分4分の1)でした。
さて、「ずっと親と同居していたし、宣言通り面倒もみた。自宅は丸々自分がもらって当然」というのが、ご長男のスタンスでした。ところが、父の時には静観していた長女、次男も、今度は黙ってはいなかった。「兄さんの“総取り”みたいな相続は、おかしい」と主張してきたのです。相続財産に占める自宅のウエートが圧倒的に高いわけですから、仮に現金を1000万円ずつもらっても、ちょっと割に合わないじゃないか、と感じたわけです。
相続で露わになる、子どもたちの本心
加えて、ちょっとややこしい事情もありました。「自宅を受け継ぐのは当然」と考えていた長男は、そのうえに「少しでいいから、現金ももらいたい」という意向を持っていたのです。「家はあくまで“住むところ”で、お金になるわけではない。相続税の支払いもあるし、子どもにお金もかかるし」というわけです。
一方、両親と兄の同居を喜んでいたはずの長女、次男の側は、長男に対するちょっとした不信感も抱いていました。さきほど言いましたように、自宅は親と長男の共有でした。登記上の長男の持分は、4分の1ほどになります。でも、「家を建てる時、そんなに“出資”はしていないはずだ」という話が出てきたのです。お二人は、「同居した時点で、実質的に親の資産の一部を譲り受けているではないか」とおっしゃるのです。お兄さんのほうは「いや、そんなことはない」と、これは水掛け論。
さらに、ご長男の「親の面倒をみた」という言い分にも、二人には異論がありました。お父さんもお母さんも、特に介護を必要とするような状況ではなかったのですね。「むしろ、自分の子どもの世話をしてもらってたんじゃないか」と、「対立」はどんどんエスカレートしてしまいました。
これが相続の怖いところで、仲のよさそうにみえた兄弟が、いざ遺産をどう分けるという話になったとたんに、独自の主張を始めて、いがみ合ってしまうことが、珍しくないのです。とはいえ、なんとか矛を収めてもらうしかありません。私が直接依頼を受けたのは、長男の方でしたが、「さすがに、現金ももらいたいというのでは、妹さんたちも納得しないでしょう」と説得しました。他方残りのお二人には、現実問題として相続できる資産が他にないことを説明して、現金を分けることで納得していただいたのです。
結果的には、長女と次男の大幅な譲歩で、本格的な「争続」にはなりませんでした。でも、やり取りを聞いていると、もうこの兄弟関係は、昔には戻らないな、と感じたものです。“覆水盆に返らず”の危険性を秘めている。それも相続の一面であることを、知っておいてほしいと思います。
◆円滑な代償分割のために~生命保険の活用法~
「遺留分」も問題になる
さきほど、親の財産が、約9000万円の評価の自宅と土地と2000万円の預金、という相続の事例を紹介しました。揉めたものの、結局、長男が自宅を相続し、長女と次男は現金を分けることで決着した、とお話ししましたよね。ただ、長男9000万円に対し、残りの二人が1000万円ずつというのは、あまりにも大きな「格差」です。本格的な「争続」に発展しなかったのは、長女と次男が、大幅な譲歩を受け入れたからにほかなりません。
この場合、まず問題だったのは、被相続人である母親が、子どもたちに遺産分割についての話をほとんどしていなかったこと。遺言書もありませんでした。長女と次男は、最終的に不平等を受け入れたくらいですから、生前に親の「遺志」がはっきりしていれば、遺産分割協議はもっとすんなりまとまって、感情的な対立を引き起こすこともなかったかもしれません。とはいえ、本来ならもっと大揉めになってもおかしくないケース。仮に「自宅は長男に譲る」という母親の遺言書があったとしても、遺留分(*1)が問題になります。この場合、子どもの遺留分は、法定相続分の2分の1。3人兄弟ですから、長女と次男の取り分は、その3分の1ずつ、すなわち1億1000万円×3分の1×2分の1で、およそ1833万円ずつになるのです。例えば、二人が遺留分減殺請求(*2)を行い、裁判で争うような事態になったとしたら、その権利が認められる可能性が大きいと思います。
では、このような場合に、金額的な不平等を解消する方法、最低限、遺留分支払いの原資を確保する抜本的な手立てはないのでしょうか? 実は、それを可能にするのが、生命保険の活用なのです。
不動産を相続する人が、自分を受取人にした生命保険に加入する
このケースに当てはめて、簡単な仕組みを説明しましょう。 母親が契約者となり、母親を被保険者とする生命保険に加入します。保険金の受取人は、自宅を相続する長男です。こうしておけば、母親が亡くなったら、その死亡保険金が長男に入り、そのお金を、長女と次男に渡すことができるのです。仮に死亡保険金が5000万円の生保に加入しておけば、2500万円ずつを妹と弟にあげることができる計算です。生命保険には、こんな「使い方」もあるんですよ。
ちなみに、このように、特定の相続人が遺産を相続した場合に、その人が自らの固有の財産――このケースでは、受け取った保険金ですね――を他の相続人に渡して遺産分割のバランスを取ることを、「代償分割」と呼びます。
ただし、ここまで読んで、「あれ?」と思う方がいるかもしれません。保険金の受取人をわざわざ長男にするようなことをせず、長女と次男にしておけば、話は早いではないか、と。ところが、それはNGなのです。 保険金は、民法上、あくまでも「受け取った人の財産」なんですね。もし、妹と弟が受け取ったら、それは二人の財産であって、相続財産には含まれません。理論上二人は、保険金をもらったうえで、さらに相続の権利を主張できることになるのです。それでは完璧な相続対策とはいきませんから、十分注意してほしいと思います。
民法に定められた、一定の相続人が最低限相続できる取り分
*2遺留分減殺請求
遺留分を侵害されている相続人が、遺留分を侵害している他の相続人などに対して、その侵害額を請求すること
◆“お目付け役”がいなくなり、揉める「二次相続」
「今度は私も言わせてもらう」
私は、「一次相続は別の税理士にお願いしたけれど、今回は先生に」というパターンで相続の仕事を受けることが、たまにあります。そうすると、けっこう揉めているケースが多いんですよ。この前お話しした事例もまさにそうでしたけど、似たような、まだ解決に至っていないこんな案件もあります。
依頼者は、親と同居していた息子さん。相続人は、彼と、お嫁に行った妹さんの二人です。10年ほど前に、まずお父さんが亡くなって相続になりました。その時には、遺産のほとんどをお母さんが相続し、息子さんも少し相続しました。娘さんにはゼロです。娘さんは、「兄は親と同居しているし、まあいいか」という感覚だったようです。
ところが、お母さんが亡くなった相続では、「私も言わせてもらうわ」というふうに、彼女の姿勢がガラリと変わったのです。ちなみに、相続財産は、自宅を含めて3500万円ほどでした。まあ、娘さんにとっては、言ってみれば、親の遺産を手にする「最後のチャンス」でもあります。一次相続の時とは違う気持ちになっても、不思議なことではないでしょう。
ところが、娘さんにも会って話を聞いてみると、息子さんの話の持っていき方も、彼女の怒りの炎に油を注いでしまった側面のあることが、分かったのです。兄は妹に対して、「おふくろは、『お前が心配だから、遺産は全部やる』と話していたんだ。ずっと親と同居してきたのだし、僕が100%もらって当然だろう」と言ったのだそう。娘さんのほうは、「そんな話、聞いたことがないわよ!」と一歩も引かない構えで、トラブルになってしまいました。
「嫌われまい」が逆効果に
このお母さんが、息子さんが言うように、まだ独身の長男の行く末を案じていたのは、確かなようです。しかし、その気持を具体的な遺産分割のやり方に示した遺言書などは、やはり残していませんでした。二人が揃ったところで、相続についての話もまったくしていなかった。 というより、どうやら息子にも娘にも、「悪いようにはしないから」と“いい顔”をしていたようなのです。親としても、人生の最後に子どもに恨まれるのは嫌ですからね。高齢になって、そういうふうに子どもに接する人は、少なくないと思います。その気持ちは分かるのですが……。
結局、被相続人=お母さんの意志が、相続人全員=息子、娘に明確に伝えられていなかったことが、争いの大きな要因になってしまいました。「嫌われたくない」という思いは、完全に裏目に出てしまったわけです。
いずれにしても、相続人、特に子ども同士の感情のもつれというものは、被相続人が亡くなってから起こる場合がほとんどなんですよ。一次相続においては、まだどちらか生きている親の威光があるけれど、二次相続では、ついに子どもに対する“お目付け役”もいなくなります。だから、誰憚ることなく、揉める。そして、いったんこじれてしまうと、収拾がつかなくなって、調停や裁判にまで発展することが、少なくないのです。
それを避けるためには、まず、相続について、親が存命中に子どもたちとよく話をしておくこと。さらに、このケースだったら、一次相続の時に、少しでもいいから娘さんにも財産を分けておく、といった心配りをしておけば、争いにはならなかった可能性もあるように感じます。人の感情って、些細なことで変わるものなのです。
◆親子では、「見ている時間」が違う
まずは、財産の状況を正しく把握するところから
さきほど、「子どもたちが相続で揉めないために、親が存命中にきちんと話をしておく必要がある」という話をしました。ただし、親が闇雲に自分の気持ちだけを話しても、子どもが理解してくれる保証はないでしょう。
話の前提として、まずは親自身が、自らのこれからの生活をどうしていくのか、プランニングすることが必要になります。自分のためにかかるお金はいくらで、子どもたちにはどれくらいの財産を残せるのか? そもそも、自分の財産や債務を正確に把握できていない方も、少なくないのが現実なんですよ。そこがクリアになって、初めて相続税がかかるのかどうか、支払う場合はいくらぐらいか、といった話に進むことができるわけです。そうしたシミュレーションも含めて、相続の事前準備から、プロの税理士のアドバイスを受けるのも、一つの方法です。
方向性が固まったところで、相続人全員にその内容を話します。親と同居していた兄と、嫁いだ妹が揉めたさきほどのケースだったら、例えば「自宅は兄に相続させる。現金は、二人でこう分けなさい」と、しっかり伝えるべきでした。後で「聞いた」「聞いてない」の話にならないように、きちんと遺言書を残すことも大事なことです。
どう話を始めるべきか?
とはいえ、これは「言うは易し、行うは難し」の典型でもあるのです。「相続は事前準備が大事だ」ということ自体は、専門家の方を含めて、みなさんおっしゃることなのですけれど、「家族だからこそ話しにくい」という気持ちにとらわれたり、あるいは「家族なのだから、話さなくても分かるだろう」とスルーしたり。実際には、これといった話し合いもないまま親が亡くなってトラブルに、というケースが本当に多いのです。
どうして一歩が踏み出せないのか、経験上、僕はこう感じています。高齢の親の頭の中を占めているのは、第一に「余生をどう生きようか」ということ。「相続も気になるけれど、まだ先の話だろう」という認識の人が多いのです。「遺産相続? そんなの子どもに任せるから、自分が死んだ後、勝手に分けてくれ」というスタンスの方も、たくさんいます。これに対して、子どもはいろんな意味で、親の遺産が気になります。「相続税は大丈夫だろうか?」「今の家に住み続けられるのか?」「兄弟間で揉め事になったら、どうしよう」……。 要するに、相続に関しては、親子でありながら、それぞれ「見ている時間」がズレているのですね。親は「今を生きること」、子どもは「相続発生後にどうなるのか」が関心の中心なのです。このズレを修正できるのは、「相手に対する思いやり」以外にないと思います。
さきほど話したような、話し合いの場を持ったり、遺言書を書いたりというのは、親の子に対する思いやりですね。他方、子どもが親に思いやりを示せるとしたら、「親がどんな生き方をしたいのか」「生きているうちに何をしたいのか」に思いを馳せて、そこから話をしてみることではないか、と私は思います。いくら不安だからといって、子どもからいきなり相続の話を切り出せば、親のほうは「遺産の話しかしないのか」と受け取るかもしれません。そうではなくて、「何か困っていることはないの?」という話をしていけば、「親のことをこれだけ考えてくれるのだから、自分も死んだ後に子どもたちに迷惑をかけてはいけない」という気持ちになってくれるのではないでしょうか。
家族としての愛情を持って、相手が何を考えているのかに目を向ける。そう心掛けたら、相続が逆に親子関係を見直すいい機会にもなるはずです。
◆「私は別の税理士に頼む」。気持ちは分かるけど……
諍いが生む「別々の税理士」
相続における税理士の仕事は、納税者の意を酌んで、遺産の価値を評価したうえで、正しい相続税の申告を行うことです。遺産分割について、基本的な部分でアドバイスすることはありますが、「こう分けましょう」と話し合いをリードしたりすれば、違法行為とみなされることもあるんですね。そういうこともあって、私たちは基本的にそれぞれの相続人の「代理人」ではないのですが、時には、相続人の方の意向に沿う形で、一つの相続を複数の税理士が担当することも、ないわけではありません。
私の経験したのは、こんな事例でした。多くの不動産を所有する資産家が亡くなり、相続になりました。遺産の総額は、数十億円。相続人は、長男、次男、長女の3人の子どもでした。そのうちの長女の方からの依頼が、すでに遺産分割協議が始まって数ヵ月経ってから舞い込んできたのです。協議は揉めに揉めていました。感情の矛先は、長男が頼んだ税理士にも向いて、まず次男と長女が、別の税理士に遺産の再評価などを依頼。長女はそれにも納得できずに、私の事務所にやってきた、という経緯でした。結果的に、同じ相続に税理士が3人。実はこれ、我々税理士にとっては、とても困った状況なのです。最初に、「税理士の仕事は、遺産を評価すること」と言いましたが、それは口で言うほど単純な仕事ではありません。特に土地などの不動産は、場所や広さはもちろんのこと、形状や周辺環境、利便性などさまざまなファクターで、評価額が大きく違ってくる場合があります。 「違い」があるということは、それだけいろんな評価の行われる余地がある、ということ。同じ土地だから、誰がやっても同じ評価額になる、という世界ではないのです。しかも、この相続では、そうした不動産がゴマンとある。最初から、遺産についての税理士3人の評価がピタリ一致したら、それこそ奇跡でしょう。
しかし、申告のことを考えたら、「ピタリ一致」させておかなければ、話になりません。そこで我々は「税理士会議」の場を設け、どのように分割するかは別にして、遺産の評価については同じになるよう、調整を進めました。3人が担当しつつ、遺産の評価については1人がやったのと同じ形を整えたわけですね。
調整できないとどうなるか
ただし、どんな場合にも税理士会議が開けるとは限りません。話し合いが持たれないこともあるし、開いたけれど、税理士同士の調整が不調に終わった、ということもあるでしょう。私も、やはり3人の税理士が担当し、それぞれの相続人が別々に税務申告した例を、実際に知っています。
そうなると、税務署には、遺産の額がバラバラ、相続税額もバラバラ、もしかすると分割についてもバラバラの申告書が届くことになります。黙って見逃されたら、やっぱり奇跡です。間違いなく、「この申告は何ですか?」と税務調査が入ることになるはずです。相続人にとってプラスになることは、一つもありません。 遺産分割の争いは、いざとなったら、それぞれが弁護士を立てて争うしかないでしょう。ただ、遺産の評価や税務に関しては、共通の税理士に一元的に任せる、又は依頼する税理士が別々であっても、情報や方向性を統一させるなど、そこは冷静に対処してもらいたいと思います。
◆相続問題と相続税問題は、イコールではない
大きく増えた課税対象者
相続税の基礎控除が、平成27年1月から大幅に引き下げられました。基礎控除とは、「遺産総額がここまでなら、相続税はかかりません」というボーダーラインのこと。これが、従来の「5000万円+1000万円×法定相続人の数」から、「3000万円+600万円×法定相続人の数」になったのですね。金額にすると、4割の引き下げです。
ボーダーラインがそれだけ低くなるのですから、相続税の課税対象者は、当然増加します。国税庁の発表によれば、2011年の相続税の申告割合は、全国平均で4・1%でした。これが、基礎控除の改定により、6%台に上昇すると言われます。
この数字だけなら大したことがないようにも感じられるのですが、自宅など不動産の評価額が高くなる、東京をはじめとする大都市圏では、地方とはちょっと事情が違います。11年の申告割合が8・78%だった東京都では、15%程度まで高まるという見方もあります。都民の7人に1人が相続税を申告しなければならなくなるという事実には、けっこう大きなインパクトを感じますよね。
そんなこともあって、まちの本屋さんにも、相続に関する書物がたくさん並ぶようになりました。みなさんの関心事は、税金とともに、「相続で揉めないためにはどうするか」にあります。ただし、その「心配」は、高額の遺産相続を控える人だけがしていればいいものでは、ないようです。いや、むしろ相続財産のあまり多くない家庭こそ、気をつけるべきなのかもしれません。そんなことを考えさせるのが、次の数字です。
相続税がなくても、争いは起こる
表をご覧ください。相続をめぐる争いが、親族同士の話し合いでは決着せず、裁判所による調停に持ち込まれ、それが成立した件数(2012年)です。
なんと、全体の3割強は、遺産1000万円以下なのですね。1000~5000万円以下が4割強。全体の75%を5000万円以下が占めているのです。逆に、「億単位」の相続が調停に持ち込まれるのは、そんなに多くない。まあこれは、そもそもそうした高額の相続の実数が少ない、という状況を反映している面もありそうですが、それにしても驚きのデータではないでしょうか。
ちなみに、遺産総額5000万円というのは、さきほど述べた当時の相続税の計算式を参照すれば、悠々「課税圏外」であることが分かります。相続税のかからないレベルでも、調停になるような争いは起こる。まさに、「相続問題と相続税問題はイコールではない」のですね。
では、「相続問題」とは何か? それは、「相続人の間に横たわる感情の問題」と言い換えることができるでしょう。「親と同居していたのだから、自宅は自分がもらって当然だ」という長男の態度に他の兄弟が反発し、「だったら私も言わせてもらう」と諍いになる――という、このコラムで紹介した事例なども、その典型といえるでしょう。
私たち税理士は、「税」の問題には100%助言できても、そうした「感情」の部分にどれだけ関われるか、関わるべきかは、正直言って悩ましいところなのです。最低限のアドバイスをするとすれば、前にも言いましたが、まずは被相続人と相続人が、お互い相手の立場になって、「争続」にならないための準備を始めてほしい。月並みな言い方ですけれど、一番大事なのは、相手への思いやりの気持ちだと思うのです。
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