誤解していると「争続」を生むかもしれません
~本当は怖い「事業承継税制」・その1~

誤解していると「争続」を生むかもしれません  ~本当は怖い「事業承継税制」・その1~

2019/2/18

 
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事業承継を円滑に行うためにある「事業承継税制」。2018年度税制改正では、それが大きく改正され、一定の要件を満たせば、後継者に自社株を渡す際の贈与税・相続税が100%猶予される特例措置が、10年限定で設けられました。自社株対策に頭を悩ませていた経営者にとっては、まさに「渡りに舟」の改正に思えます。さっそく申請した方も多いようですが、事業承継に詳しいエスペランサ税理士法人の藤本周二先生は、「深く考えずに飛びつくのは、ちょっと持ってください」と警鐘を鳴らします。そのココロは?

とりあえず、「渡される人」にはメリットがある

今回は、事業承継税制のお話をうかがっていきたいと思います。先生は、「その適用を受けるかどうかは慎重に検討すべき」というスタンスだとお聞きしていますが、まずはどんな税制なのか、簡単にご説明ください。
ご存知のように、先代の経営者が後継者に事業を引き継ごうとする時には、自社株が大きな問題になります。安定的な経営を確保するためには、経営者が自分の会社の株をしっかり握っている必要があります。しかし、非上場企業の株にも株価がありますから、原則的にタダで譲るというわけにはいきません。贈与すれば贈与税、相続したら相続税がかかってきます。
株価によっては、後継者の負担が大き過ぎて、事業承継自体が困難になったりもします。
そのせいで日本経済を支える中小企業の存続を危うくしてはいけない、という趣旨で設けられたのが事業承継税制なんですよ。ここでは詳細は省きますが、18年度に新設された特例措置によって、今お話しした贈与税も相続税も、自社株の移動に関しては「ゼロ円」になりました。従業員の雇用の維持という従来あった要件も実質的に撤廃されて、非常に使い勝手もよくなったのです。
それだけ聞けば、事業承継の懸案事項が解消されて、万々歳にも思えます。
後継者にとっては、引き継ぐ時点でのメリットは大ですよね。納税をしないで自社株をもらえるわけですから。先代も、こんな制度ができて、ほっと一息といったところかもしれません。でも、それで安心していると、のちのち「そんなバカな!」という事態を招く危険性があるのです。

相続税の税率計算は?

では、本題のお話をお願いします。
最初に申し上げておけば、私は、「この制度は危険だから使うな」と言いたいのではありません。実際に、事務所のお客さまでも、何社か適用を始めている会社があります。ただし、そうしたケースでも、「リスク」について十分な検討を行い、それらをお客さまに理解していただいたうえで、ゴーサインを出しているんですね。
 私は、特に気をつけなくてはいけない点が2つあると思っています。1つは「相続人」の問題です。事業を継ぐのが1人息子や娘であれば、この問題は起こらないのですが。
兄弟の1人が「高額な」自社株を相続する場合に、他の子どもたちへの遺産分割をどうするのかというのは、今でも問題になりますよね。
そういう、「いくらもらえるのか」ということに加えて、この制度を使って相続を行った場合には、「納税額」が大きくクローズアップされてくるのではないか、と私は考えています。
どういうことでしょう?
例えば、この制度を活用して、相続で長男が時価8億円の評価の自社株をもらい、他の2人の兄弟は1億円ずつ受け取ったとします。アンバランスはあるけれど、「兄は事業を継ぐのだから」と、弟たちは一応納得していた。
 ところで、この場合、長男の支払う相続税はいくらですか?
新しい事業承継税制を使うのだから、当然無税ですよね。
そうです。では、他の2人はどうなのか? という話になった時に、大きな問題が「発覚」するのです。相続税は、相続財産全体をベースに計算されます。この場合、8億円を差し引いた2億円ではなく、長男が無税で受け取った分も含めた10億円を基に算出し、それが相続人に振り分けられるわけですね。
 相続税も、相続財産が増えるほど税率がアップする累進課税ですから、2億円と10億円では、税率が大きく違う。弟たちは、例えば「せいぜい1500万円くらいだと思っていたのに、なんで3000万円も税金を払わなくてはならないのだ」ということになりかねないんですよ。
しかも、ある意味、税率を引き上げた張本人の長男は、税の支払いを猶予されるわけですね。
そういう事実が、実際に相続を進めていくうちにだんだん明らかになってきて、ついには揉め事になる。「やっぱり遺留分(※)はもらう」という話になったり、遺産分割協議自体が暗礁に乗り上げてしまったり。「ほっと一息」どころか、新税制を使ったおかげで承継がままならなくなってしまった、などという事態が起こらない保証はありません。
 ちなみに、この税制を使って、特定の人に自社株が贈与されていた場合にも、相続になれば、それは「持ち戻し」と言って被相続人の相続財産に加算されますから、同じ問題が生じることになります。
遺産分割の仕方には頭が行っても、その後に支払う税金のことは盲点かもしれません。
事業承継税制を活用する場合の「もう1つのリスク」については、次回お話しします。
※遺留分
民法上認められた、相続人が最低限受け取れる遺産の取り分。
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