「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。
揉めないコツって?

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

2015/1/28

 
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それまで平穏に暮らしていたきょうだいが、父が亡くなったとたんに、遺産分割をめぐって骨肉の争いを始める――。残念ながら、今の日本では、決して珍しいこと、「他人ごと」ではないようです。そんなことにならないようにする妙案はあるのでしょうか? 税理士の遠山順子先生に聞きました。

親が勝手に決められる時代は終わった

子ども同士が揉めないように、よかれと思って作っておいた遺言書がもとで、逆に喧嘩になった例を、私は税理士として数限りなく見てきました。揉める遺産相続には、「できるだけたくさんの財産が欲しい」という「勘定」だけでなく、身内への様々な「感情」も入り乱れてきます。「兄は私立の学校に行ったのに、自分は公立だった」「長女の孫ばかりかわいがって、多く小遣いをあげていたじゃないか」……。こういう話になってくると、合理的な結論を導くのが、どんどん難しくなってしまいます。
 
そもそも論を言わせていただくと、相続というのは自分が築いた財産を、配偶者や子どもに残す行為です。誰に何をどれだけ相続させるのか、というのは、本来残す人間が自由に決められてしかるべきもの。実際、ひと昔前まではそれで問題が起こることは、ほとんどありませんでした。 しかし、相続人が権利意識に目覚め、相続に関する情報がこれでもかと耳に入る時代環境になって、状況は一変しました。被相続人は、「遺言書さえしっかり書いておけば、みんなそれに従ってくれるだろう」という考えを、まず捨てるべきでしょう。

遺産分割協議には、嫁も婿も連れてくる

結論を言えば、揉めないためには、「相続の中身を被相続人が独断で決めずに、生前に子どもを含めて話し合い、十分納得を得ておく」ことが大事。「人生最後の相続ぐらい、すべてを自らの意思で決めたい」というお考えの方もいらっしゃるでしょう。ただ、のちのちのトラブルの芽を摘むことを最優先にするのなら、これがベストのやり方だ、と申し上げておきたいと思います。
 
当然のことながら、相続人のほうにも考えるべきことがあります。例えば、そうした生前の話し合いにおいても、被相続人の死後、遺産分割協議になった場合でも、子どもの頃のことを持ち出したりしていたずらに感情を増幅させるような態度は、厳に慎まなければいけません。それでこじれるケースは、枚挙にいとまがないのです。付け加えれば、かつては「遺産分割協議に、嫁と婿は口も顔も出させない」というのが、鉄則でした。法的な相続の権利がないにもかかわらず、こういう人たちが出てきて、議論を複雑にしてしまうことがあるからです。ただ、最近私は「嫁も婿も協議に参加してください」というふうに、方針を変えました。
 
せっかく協議が進んだと思ったのに、家に帰って配偶者にいろいろ言われて翻意する人が、やはり少なくないのです。だったら、いっそのこと出てきてもらって、「これでよろしいですか?」と納得してもらったほうがいい。長男のお嫁さんが義理の親を介護していた場合などは、その生の声を聞くことで、他のきょうだいの理解を得られるかもしれません。
 
ともあれ、強調しておきたいのは、関係者みんなが100%納得する「厳密に公平な相続」というのはあり得ない、ということ。特に相続人には、明らかに理不尽なものでなければ、できるだけ被相続人の遺志を尊重する、という態度が必要だと感じるのです。

◆「この子にはビタ一文やりたくない!」。相続人から「廃除」はできるが……

親から見て、子どもたちがみな平等にかわいい、とは限りません。稀にですが、「先生、あの子だけには、財産をビタ一文やりたくないんです。遺言で、相続人から外すことはできませんか?」といった相談を受けることがあります。 どんなに悪いことをしたのだろう、と思って理由を尋ねると、「病気の父親の見舞いに来なかった」「葬式に、香典ももってこなかった」「あの子は結婚してから、変わってしまった」……。第3者からみると、「どうして、そんな理由で相続人から外したいとまで考えるのか」と不思議になるのですが、その心の奥底まで探ることはできません。
 
民法には、「相続人廃除」の規定があります。家庭裁判所に調停を申し立て、相続人の遺留分を含めた相続権を剥奪する制度なのですが、当然のことながら、認められるためには、それなりの要件が必要になります。法では、相続人が被相続人を虐待したり、重大な侮辱を与えたり、その他の著しい非行があったりした場合――などと定められており、先ほどのようなケースでは、もちろん廃除はできません。
 
「再婚した夫を相続人から廃除して、前夫との間の子どもにすべてを渡したい」という内容の遺書を残して、亡くなった女性がいました。彼女には多額の資産があり、夫はかなり年下の男性、という夫婦でしたが、遺書には夫が暴力を振るったことや、実質的に婚姻関係が成り立っていなかったことなどが、綴られていました。 これらは「相続人の著しい非行」に当たりますから、裁判所がその事実を認めれば、相続人廃除が可能。しかし、現実には認められませんでした。家裁の審議は慎重で、実際に廃除を勝ち取るのは、かなりハードルが高いようです。
 
完全に排除はできなくても、「あげたくない人」の取り分をできるだけ減らす方法が、ないわけではありません。養子縁組をすることによって、相続人の数を増やし、遺留分を少なくするのです。 遺留分とは、「被相続人のきょうだいを除く法定相続人に認められた、最低限相続できる財産」のことです。相続人が被相続人の直系尊属(親)の場合は法定相続分の3分の1、その他の場合は2分の1、と法に定められています。子どもが複数いる場合は、そのぶんを頭割りすることになります。
 
例えば、母親と、その面倒をよくみた長男Aに、放蕩の限りを尽くした次男Bの家族。どんなに遺産を渡したくないと思っていても、母が亡くなったら、Bにも4分の1(法定相続分2分の1÷2人)の遺留分が認められてしまいます。しかし、仮に長男の嫁と、その子どもを1人、養子にしたらどうでしょう? 相続人は4人に増えますから、Bの遺留分は8分の1(2分の1÷4人)になるのです。 しかるべき資産がある場合、この方法による「減額効果」は効くでしょう。ただし、伝家の宝刀を抜く前に、熟考を。遺産を減らされた方から見れば、これはあからさまな「宣戦布告」です。親子、兄弟関係は修復不能になる公算大だと思います。

◆親が勝手に決められる時代は終わった

子ども同士が揉めないように、よかれと思って作っておいた遺言書がもとで、逆に喧嘩になった例を、私は税理士として数限りなく見てきました。揉める遺産相続には、「できるだけたくさんの財産が欲しい」という「勘定」だけでなく、身内への様々な「感情」も入り乱れてきます。「兄は私立の学校に行ったのに、自分は公立だった」「長女の孫ばかりかわいがって、多く小遣いをあげていたじゃないか」……。こういう話になってくると、合理的な結論を導くのが、どんどん難しくなってしまいます。

そもそも論を言わせていただくと、相続というのは自分が築いた財産を、配偶者や子どもに残す行為です。誰に何をどれだけ相続させるのか、というのは、本来残す人間が自由に決められてしかるべきもの。実際、ひと昔前まではそれで問題が起こることは、ほとんどありませんでした。 しかし、相続人が権利意識に目覚め、相続に関する情報がこれでもかと耳に入る時代環境になって、状況は一変しました。被相続人は、「遺言書さえしっかり書いておけば、みんなそれに従ってくれるだろう」という考えを、まず捨てるべきでしょう。

◆遺産分割協議には、嫁も婿も連れてくる

結論を言えば、揉めないためには、「相続の中身を被相続人が独断で決めずに、生前に子どもを含めて話し合い、十分納得を得ておく」ことが大事。「人生最後の相続ぐらい、すべてを自らの意思で決めたい」というお考えの方もいらっしゃるでしょう。ただ、のちのちのトラブルの芽を摘むことを最優先にするのなら、これがベストのやり方だ、と申し上げておきたいと思います。
 
当然のことながら、相続人のほうにも考えるべきことがあります。例えば、そうした生前の話し合いにおいても、被相続人の死後、遺産分割協議になった場合でも、子どもの頃のことを持ち出したりしていたずらに感情を増幅させるような態度は、厳に慎まなければいけません。それでこじれるケースは、枚挙にいとまがないのです。付け加えれば、かつては「遺産分割協議に、嫁と婿は口も顔も出させない」というのが、鉄則でした。法的な相続の権利がないにもかかわらず、こういう人たちが出てきて、議論を複雑にしてしまうことがあるからです。ただ、最近私は「嫁も婿も協議に参加してください」というふうに、方針を変えました。
 
せっかく協議が進んだと思ったのに、家に帰って配偶者にいろいろ言われて翻意する人が、やはり少なくないのです。だったら、いっそのこと出てきてもらって、「これでよろしいですか?」と納得してもらったほうがいい。長男のお嫁さんが義理の親を介護していた場合などは、その生の声を聞くことで、他のきょうだいの理解を得られるかもしれません。
 
ともあれ、強調しておきたいのは、関係者みんなが100%納得する「厳密に公平な相続」というのはあり得ない、ということ。特に相続人には、明らかに理不尽なものでなければ、できるだけ被相続人の遺志を尊重する、という態度が必要だと感じるのです。

◆内容次第で、心を病んでしまうこともある

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

妻と、息子1人、娘3人の子どもを残して、お父さんが亡くなったご家族に、このようなことがありました。遺言書を目にした末の娘さんが、自分の遺産額が少ないことに衝撃を受けて、躁うつ病になってしまったのです。期待したお金がもらえないから、とかいうのではなくて、「遺産の多寡=愛情の深さ」と受け止め、「自分は愛されていなかったんだ」と、辛くなってしまったんですね。相続人がナイーブになったのか、最近、類似のケースをよく耳にします。 前にこのコーナーで、「相続でトラブルを招かないためには、生前にその中身について子どもたち全員とよく話し合い、納得を得るのがベストだ」と述べました。同時に、実は遺言書そのものの書き方によって、受け取る方の印象はずいぶん違ってくることも、頭に入れておいてほしいと思うのです。
 
今のケースでは、家を継いでくれる子どもに手厚く、というのがお父さんの気持ちのようでした。決して、3女を嫌いだったわけではないのでしょう。その真意が、十分子どもに伝わっていなかったがための「悲劇」だったといえます。では、そうした気持ちを遺言書に込めるためには、どうしたらいいのでしょうか?
 
遺言書には、遺産相続に直接関わること以外書いてはいけない――。そんな決まりはありません。財産分割などについて記した後、「付言事項」として、遺された家族に対する思いなどを綴ることが、自由にできるのです。私は、それを積極的に活用すべきだと考えています。 さきほどの例もそうであるように、遺言書を残すのは、法定相続分とは異なる、ある意味「不平等な」相続を行う場合が多いです。まずは、そうなった理由を、心を込めて家族に語りかける必要があるでしょう。
 
付言事項には、このほか、家族への感謝の気持ち(例:「妻よ、今までありがとう。おかげでいい人生が送れました」)、親族宥和の思い(例:「息子と娘はいつまでも仲良く、お母さんを守ってください」)や、家業発展などの願い、葬式や法要の方法、献体、散骨などの希望――などの記されることが多いようです。 付言事項に法的な拘束力はありませんが、「人生最後の手紙」で自らの気持ちを伝えることは、相続人の理解、協力を得るための力になるはず。ぜひ、「感動」を狙うくらいの気持ちで、書いてほしいですね。

◆「安易な」理由で遺言を書き換える人たち

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

「先生、父が『毎年、遺言を書き換える』と宣言しているんですよ」。相続税対策で相談にいらっしゃった方の中に、そんな人がいました。どうやら、「これからの自分に対する接し方によって、遺産の分け前を変えるぞ」と、子どもたちを“牽制”しているようなのです。遺産を「人質」に取って、子どもの気持ちをつなぎとめようとは、考えたものです。
 
これは極端な例かもしれませんが、いったんしたためた遺言書を書き換える人は、少なくありません。相続税に関する税制改正があったり、資産内容や相続人そのものに変化が生じたり、といった場合には、書き換えが必要でしょう。事業を継がせようと思っていた長男が家を出て行ったとか、献身的に介護をしてくれる嫁にあげたくなったとかいうのも、理由としては納得がいきます。
 
ところが、実際には「え、そんなことで!?」という「リライト」が、けっこう多いんですよ。私は、「娘が、死んだ夫の墓参りに行ってきたって言うんです」という程度の理由で、公正証書遺言(遺言の種類などについては、のちほど述べます)を作りに、3回も公証人役場に付き合わされたことがあります。「病気になったら次女が優しくしてくれたので、遺産をもっと増やしたい」「冷たくなった長男にはあげたくない」……。この手の話は、決して珍しくないのです。 もちろん、遺言を何度書き直そうが、それは被相続人の自由であり権利です。でも、書き換えには、いろんなデメリットやリスクが伴うことも、ぜひ知っておいてください。
 
遺言書の書き換えは、やはり自筆証書遺言の場合が多いですね。公正証書遺言書に比べれば「手軽に」作れますから、冒頭のお父さんのように、何らかの理由で何度も書き換えが予想される場合などには、自筆にしておくのがいいかもしれません。 しかし、「手軽さ」は、「ミスをしやすい」ことと、裏腹の関係にあります。何度も書いていれば、例えば必要事項の記載漏れなどによる失効や、紛失の確率も高まるでしょう。被相続人の直近の意志を反映した最新版が無効になって、「まあ、また書き直せばいいや」と安易な気持ちで書いていた以前の遺言書が、「生き返る」かもしれないのです。
 
一方、公正証書遺言書の場合は、書き直しの度に公証役場に行き、さらにその都度、手数料などの出費を余儀なくされることになります。また、公正証書遺言書の場合は、前の遺言の中身を全面撤回しても、「書き換えを行った」という事実は、文書に残ります。目にした遺族は、例えば「兄に有利に書き換えたんだな」と、心中穏やかではないのでは。「自筆」にしろ「公正証書」にしろ、書き換えの事実が明らかになれば、「あの人が、自分に有利になるように、無理やり遺言を書き直させたのではないか」という疑惑が、相続人の間に持ち上がるかもしれません。遺言の書き換えという、普通に考えれば「不自然な」行動は、遺産争いのタネになる危険性が、大いにあるわけです。
 
どうでしょう? あなただったら、そうしたリスクを冒しても、あえて遺言書を書き換えますか? 自らの意思を示すために遺言書を残すべき、というのが私の基本的な考えです。同時に、そもそも遺言書というものは、本来自らの意思が固まってから書くものだ、ということも、しっかり胸に刻んでほしいのです。遺言って、人生で最後にしたためるものでしょう。作成には、それなりの覚悟も持って臨んでもらいたいですね。

◆自分で書けば、簡単だが……

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

遺言書には、基本的に①全文を自筆で書く(ワープロ書きなどはNG)「自筆証書遺言」、②公証役場に出かけ、公証人に内容を後述して作成してもらう「公正証書遺言」、③内容を秘密にしつつ、遺言書の「存在」を公証人に証明してもらう「秘密証書遺言」――の3種類があります。 それぞれの特徴を、表にしました。
表A
 
一般的には、①自筆証書遺言か②公正証書遺言書が多いのですが、ざっくり言うと、①は作成が簡単で費用もかからないけれど、不備や紛失、偽造の心配がある、②はそうした心配はないものの、公証役場に出かける手間やコストがかかる――といった、メリット、デメリットがあります。 それを踏まえたうえで、同じ作るのなら、やはり②公正証書遺言をお勧めします。その有利さは、実は確実性だけではありません。

◆遺言執行人が付いていれば、故人の預金はスムーズに引き出せる

相続はすんなりいったけれど、肝心の故人の預金を引き出すのに、えらく手間と時間がかかった――。こんな話を聞いたことはありませんか? 仮に遺言書がなかったり、自筆だったりした場合、ざっと、次のような書類が必要になります。

  1. ・被相続人が死亡したことを示す除籍謄本、その他の公的証明書
  2. ・被相続人の出生から死亡までの変遷を明らかにするために必要な全戸籍謄本
  3. ・相続人全員の戸籍謄本と印鑑証明書
  4. 相続人全員による遺産分割協議書、又は相続人全員の同意書
  5. ・取引口座解約依頼書への相続人全員の署名押印(④があれば不要という取り扱いもある)
  6. ・銀行通帳と銀行届出印

 
どうでしょう? 見ただけでうんざりするのでは。公正証書遺言ならば、手続きはずっと簡略化できます。ただし、その場合も、「遺言執行人」を選んでおくことが前提になります。 遺言執行人とは、相続人の代理として、財産目録の作成、相続財産の管理、遺言の執行に必要な一切の手続きを行うのが仕事です。遺言の中身が揉めるようなものでない場合は、相続人の一人(最も多く遺産をもらう人など)でもかまいませんし、そうでなければ、弁護士や司法書士などの専門家に頼むこともできます。
 
ちなみに、遺言執行人が記載された公正証書遺言があれば、預金の払い出しは、上記①と、遺言書の正本又は謄本、それに執行人本人であることを証明する書類(印鑑証明書や運転免許証)があればOK。不動産などの名義変更もスムーズに行え、相続人の不正行為を防止することもできます。民法上、その選任は任意なのですが、ぜひ付けるべきだと思います。あえて付言すれば、自筆証書遺言にも遺言執行人を記載することはできます。しかし、預金の払い出しなどに関しては、やはり公正証書遺言ほどスムーズにはいかないようです。
 
ただし、あくまでも公正証書遺言書を「お勧め」しているのであって、「自筆証書遺言では意味がない」と言っているのではありません。「公正証書遺言は、何かハードルが高そうだ」と躊躇しているうちに、志を残す機会を失うくらいなら、法的な有効性は変わらない自筆証書遺言書を書いておいたほうが、ずっといいと思います。 中には、子どもたちを牽制するつもりなのか、「遺言は、様子を見て毎年書き換える」と宣言なさるような方もいらっしゃいます。そんな場合には、「手軽」でコストのかからない自筆証書遺言がいいでしょう。ただし、その場合も、もし「もう気持ちは変わらない」という決心がついたならば、より確実な、遺言執行人記載の公正証書遺言書の作成を念頭に置いてください。

◆借金はないのにもらわない。その理由とは?

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

相続では、プラスの財産をもらう権利だけでなく、もし借金などの義務があれば、それも引き継ぐことになります。では、相続人は必ず相続しなければならないのかといえば、そんなことはありません。権利も義務も、まとめて放棄することもできるのです。それが、「相続放棄」。相続放棄のためには、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に」、家庭裁判所に対して「申述」をしなければならない、と民法に定められています。
 
当然のごとく、相続放棄で多いのは、被相続人が財産を上回るような、多額の借金をしていた場合です。でも、稀にではありますが、借金がないのに「財産はいらない」と放棄する人もいます。 私は、「事実は小説よりも奇なり」を絵に描いたような、印象的な案件に関わったことがあります。 相談に来られたのは、すでに60歳を過ぎた男性でした。無類のギャンブル好きで、それが原因で身を持ち崩し、ついには離婚。ところが、なんたる神様の悪戯か、その男性の買ったロト宝くじが、見事6億円を引き当ててしまいました。ちなみに、宝くじの当選金に税金はかかりません。だから、6億円は丸々彼のもの。
 
普通のパターンだと、これ幸いとギャンブルに注ぎ込み、派手に遊び回るところでしょうが、彼は違いました。妻に迷惑をかけたから、一部を贈与したい、というのです。私は、元奥さんに手紙を書くよう、アドバイスしました。 元奥さんは、最初、「私がそのお金をいただく理由は、ありません。パートで生計を立てているので、生活にも困っていません。もし、いただくことで復縁しろとか、定期的に会えというのなら、きっぱりお断りします」と受け取りを拒みました。しかし、そうした意図ではないことを伝え、何度か手紙を送るうち、男性の誠意が通じたのでしょう、最終的にはお金を受け取ってくださることになりました。

◆親子の感情のもつれが一番難しい

その男性には、看護師として働く娘さんもいました。彼女にも贈与を申し出ましたが、小さい頃からギャンブル三昧だった父親のことがどうしても許せず、うんと言ってはくれませんでした。離婚によって法定相続人の立場ではなくなった元奥さんが贈与に同意したのに、相続人である実の娘さんが、それを完全に拒否したわけです。
 
住宅ローンやら何やらで、決して生活は楽ではないにもかかわらず、安易にお金を受け取らないというのは、あっぱれな態度でもあります。ただ、男性にしてみれば、子どもに対しては、妻以上に負い目を感じているはず。「迷惑をかけてすまなかった」という気持ちとしての贈与に同意してもらえないのは、さぞ残念なことでしょう。世の中には、「お金をもらってもらえない辛さ」もあるんですね。
 
この例にもみられるように、相続においても、税理士として一番難しいと思うのが、親子の感情のもつれです。ほぐすのにこれといった特効薬はなく、時間をかけて本音をぶつけ合い、徐々に心の壁を崩していくしかありません。そんなとき、比較的「効く」のが、実は手紙です。私は、そうしたケースでは、いつも心を込めて文章をしたためるように勧めています。 ともあれ、大金を手にしたことで、生活が荒んでしまったという話はよく聞きますが、この方の場合は、お金で心に余裕が生まれ、ある意味、人間を取り戻したわけですね。別れた妻への贈与は毎年続けていて、いつの日か娘さんもその反省を受け止め、心が溶ける瞬間が訪れたらいいな、と私は密かに期待しているのです。

◆「子に美田を残さず」

「感情」と「勘定」が入り乱れる遺産分割。  揉めないコツって?

あなたは、自分があと何年生きるか、考えたことがありますか? 「神のみぞ知る」と言ってしまえば、それまで。厚生労働省が発表した2013年の「簡易生命表」によれば、70歳日本人女性の平均余命(あと何年生きるのか)は、19・29年です。つまり、今70歳の人のほとんどは軽く90歳近くまで生きている、ということですね。
 
もちろん、長生きできるのは、幸せなこと。ただし、長く生きれば生きるほど、それに伴うお金もかかります。子どもへの贈与は、その点を冷静に考え、計算してから行うべきです。そうしないと、かえって子どもに精神的、経済的負担をかけてしまうことにだって、なりかねないのですが……。後先考えずに贈与をする方が、けっこういらっしゃいますね。
 
加えて、資産を多くお持ちの方の場合、それを贈与や相続で、そのまま子に渡すことの「リスク」も考える必要があるのではないでしょうか。西郷隆盛は、「子孫に美田を残さず」と言いました。肥えた田畑を子に与えれば、遊んで仕事をしなくなるから、あえて残さない、という意味です。この言葉は、現代にも生きていると思うのです。

◆まずは、「自分のこと」を考えよう!

自分の資産なのですから、まずは「自分のためにどう使うのか」を、十分に考えるべきだと思います。さきほど述べた老後資金に関して言えば、例えば「老後のためにいくら必要か?」という雑誌の特集などでは、「夫婦2人で3000万円」と言う専門家がいるかと思えば、「いや、今の時代は1億円近くないと不安」と主張する人までいます。
 
むろん、どんなライフスタイルを選択するかによっても、必要な金額は変わってくるでしょう。そういう記事には、必要資金の計算方法なども載っています。そんなのも参考に、一度じっくり検討してみてはいかがでしょう。 人生には、「不測の事態」がつきもの。例えば、介護を当てにしていた子どもが、体調を崩してしまい、やむなく施設に入らねば、といったことだって起こり得るのです。繰り返しになりますが、まずは「自分の将来のため」の余裕を持った人生設計、マネープランを立案してみて欲しいと思うのです。
 
そのうえで、子どもや孫にお金を渡すときには、「渡し方」を十分に考えるべきでしょう。豊かな生活が送れるようにと贈った「美田」が、子や孫の生活を狂わせてしまったら、元も子もありません。贈与するのは、十分社会経験も積んで、それなりの判断力を身に付けてからにするとか、現金ではなく、将来、家族で暮らすための家を残すとか……。子どもとよく話し合い、親の真意を明確に伝えておくことも、大事ですよね。
 
あえて付け加えておけば、2015年度の税制改正によって、大まかに言って相続税は増税、贈与税は減税となります。しかし、贈与税の減税効果が発生するのは、500万円以上の贈与から。日本の男性の平均年収が400万円台という時代です。まだ汗水たらしたこともない子どもたちに、ポンと500万円渡すということのインパクトは、よくよく考える必要があるのではないか、というのが私の率直な感想。
 
また、13年からは、30歳未満の子孫の教育資金について、子・孫1人当たり1500万円まで非課税となる制度が始まっていますが、これも15年の税制改正で、期限を15年末から19年3月末まで延長し、通学の定期券代や、留学の渡航費用なども対象になります。また、16年4月からは、結婚や子育ての資金を贈与すると、子・孫1人当たり1000万円まで非課税となる制度が新設されます。これらの制度の活用が、相続税対策(相続財産の圧縮)としても有効なことは、間違いありません。でも、使い道などについては、十分子どもと話し合い、やはり「誤解」させないようにしないといけないですよね。ちなみに、私にも二人の息子がいます。「医者の無養生」と言われそうですが、私自身は、以上二つの理由から、今のところ生前贈与は一切していません(笑)。

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