同居する子ども夫婦が、介護が必要になった親の面倒をみていた。そういうシチュエーションで相続になったとき、よく問題になるのが「親の預貯金」です。キャッシュカードを預かり、介護に必要なお金を引き出して使うのは、もちろん問題ありません。ただ、他の相続人からは、えてして「自分たちの生活費も、そこから工面しているのでは?」と見えるのです。相続に詳しい鈴木佳美先生(ケアーズ鈴木佳美税理士事務所)は、こんな事例を紹介してくださいました。
介護している親の預金
「親のため」を超えて引き出すと……
2020/1/17
「母のために使いました」
先生の印象に残る相続の事例を紹介していただけますか?
わかりました。すでに夫を亡くしているご高齢の女性の相続で、こんなことがありました。相続人は、10年くらいお母さんと同居して夫婦で面倒をみてきた長男と、その2人の姉妹。遺産は自宅と5000万円ほどの預貯金と株券で、合わせて2億円程度でした。問題は、お母さんの口座を調べてみたら、長男の方がけっこうな金額を引き出していたことだったんですよ。
相続で揉める典型的なパターンの1つです。
介護などに必要なお金を、毎月決まった額、下ろしているのならまったく問題ないのですが、この方の場合は、それに加えて年末などに数百万円単位の引き出しがあったのです。夫がそういう行動をしていたことは、奥さんもご存じありませんでした。
何に使ったのかは……。
「母のために使いました」と。そう言われて、「それはおかしいでしょう」と責め立てるようなことは、税理士の仕事ではありません。「お母さんのため以外に多額の出費をした」という証拠も何もないわけですし。ただ、相続税の申告後に税務署が問題にする可能性のあることは、お伝えしました。
でも、姉妹たちは納得いかなかったわけですね。
「預貯金は、もっとあるはずだ」とおっしゃるわけです。2人とも結婚して実家を出ていたのですが、時々いっしょに顔を出していました。そういう折に、お母さんから、なんとなく「貯金はこれくらいあるよ」といった話も聞いていたらしいのです。
ただし、彼女たちは、事実がすべて明らかになるまで戦う、というスタンスではありませんでした。「自分たちは、現金と株をもらえばいい」と言うわけです。ですから、「現金は姉妹、自宅のみ長男」ということで、相続自体は揉めることがなかったんですね。逆に、長年「夫の母親」の面倒をみてきた長男の奥様にとっては、その苦労がまったく考慮されない、ため息の出るような結論だったかもしれませんけど。
では、とりあえず相続は、丸く収まった。
相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまりましたから、自宅には小規模宅地等の特例(※1)が使えました。でも、それで終わりではなかったのです。
※1小規模宅地等の特例
親と同居しているといった一定の要件を満たす相続人は、相続の際の自宅の土地の評価額を80%減額できることなどを定めた特例。相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合には、この特例は協議が終わるまで使えず、いったん法定相続分に基づいた申告、納税が必要になる。
親と同居しているといった一定の要件を満たす相続人は、相続の際の自宅の土地の評価額を80%減額できることなどを定めた特例。相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合には、この特例は協議が終わるまで使えず、いったん法定相続分に基づいた申告、納税が必要になる。
やはり税務署がやってきた!
どういうことでしょう?
案の定、1年後くらいに税務署の税務調査(※2)が入ったのです。自宅に調査官がやってきて、あれやこれやと調べていきました。もちろん、私も申告を担当した税理士として立ち会ったのですが、奥さんのタンスやバッグまで「見せてください」と言ってましたね。そんなところに隠していないことはわかっていたので、「どうぞ」と。
奥さんのバッグの中まで調べるのですか?
相続税の税務調査では、家の全部の部屋を隅々まで見られると思ってください。この事例のように預貯金が問題にされた場合には、彼らは入出金のデータもすべて握ったうえで調査に入ることも、覚悟する必要があるでしょう。
そういうことを避けたければ、やはり怪しまれることはしないほうがいいということですね。この長男の方は、どうなったのですか?
結局、「母のために使った」という主張は認められず、「自分のために使ったと認められる分」にあらためて相続税が課税され、併せて追徴課税(※3)も課せられることになりました。合計で500~600万円だったと思います。自宅は相続できたとはいえ、現金はほぼ姉妹たちに分けられてしまいましたから、かなり厳しい状況でしたね。
親の預金の管理をルーズにしたツケは、ことのほか大きかったということのようです。
※2税務調査
国税局や税務署が、納税者の税務申告が正しいかどうかをチェックするために行う調査。任意調査と、国税局査察部が行う強制調査がある。
国税局や税務署が、納税者の税務申告が正しいかどうかをチェックするために行う調査。任意調査と、国税局査察部が行う強制調査がある。
※3追徴課税
申告漏れや脱税の目的で、本来支払うべき税金よりも納税した金額が少なかった場合に、追加で税金を支払うこと。過少申告加算税などの「加算税」、「延滞税」がある。
申告漏れや脱税の目的で、本来支払うべき税金よりも納税した金額が少なかった場合に、追加で税金を支払うこと。過少申告加算税などの「加算税」、「延滞税」がある。
「寄与分」の認定は簡単ではない
実は、このケースの場合、姉妹たちにも、追加で相続税の発生する可能性がありました。当初長男が申告しなかった金額は、お母さんの遺産に加算されることになります。そうすると、相続税の「総額」も増えるんですね。
それを遺産の取り分に応じて支払うわけだから、姉妹たちの税額も増える計算です。
国税庁:相続税の計算
実は、姉妹たちは、そういうリスクを見越して、「万が一税務調査が入って、新たな相続税の支払いが発生した場合には、長男が支払うこと」という念書をとっていました。平たく言えば、「あなたの浪費には目をつぶるから、これ以上の税負担はしません」ということ。
ある程度相続税の知識がないと、できない「芸当」だと感じます。
一方で、この相続では、さきほども触れたように長男の妻の苦労が顧みられることはありませんでした。なお、2019年7月1日以降の相続に関しては、このようなケースで、相続人以外でも「寄与分」が請求できる「特別寄与料」が認められる法改正がありました。
寄与分も、相続でしばしば争いの元になります。従来は、例えば、法定相続人である夫が、自らは請求できない妻に代わってその貢献度を認めてくれるよう主張するしかありませんでした。
本人が請求できるようになったのは、一歩前進だとは思うのです。でも、やっぱり「寄与料」をいくらに算定するのか、という根本的な問題が残るんですね。法律ができたからと言って、懸命に義父や義母の面倒をみた人の苦労が報われる方向に一気に変わるとは、いかないでしょう。
【この記事は実話を基に作成してますが、情報保護の観点より、内容を一部加工させていただいてます。個人情報の適切な保護に取り組んでいますので、どうかご了承ください。】
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鈴木佳美(税理士)プロフィール
ケアーズ鈴木佳美税理士事務所 所長
大手航空会社、外資系金融機関に勤務の後、税理士の道へ。業種を問わず対応し、女性経営者の顧客も多い。まったくわからないところからも親切、丁寧に細やかな指導をしている。相続の遺産分割についても得意としており、税理士の立場で事前、事後それぞれの観点からみることができ、協議・解決に力をいれている。
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